学位論文要旨



No 115934
著者(漢字) 羅,京佳
著者(英字)
著者(カナ) ラ,キョウケイ
標題(和) 太平洋の長期気候変動の研究
標題(洋) A Study on Long Term Climate Variations in the Pacific
報告番号 115934
報告番号 甲15934
学位授与日 2001.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第3978号
研究科 理学系研究科
専攻 地球惑星科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 日比谷,紀之
 東京大学 教授 山形,俊男
 東京大学 助教授 川辺,正樹
 東京大学 助教授 安田,一郎
 東京大学 助教授 中村,尚
内容要旨 要旨を表示する

 本研究では、観測と数値モデルの結果を用いて、太平洋の長期気候変動とその力学について調べる。

 北太平洋の十年/数十年変動の海盆スケールの現象だけではなく、ローカルなシグナルを含む詳しい情報を得るために、様々な統計的手法(EOF, Rotated EOF,SVD,POP,CEOF,Joint CEOF)を用いて、海面水温、亜表層海水温度、500hPaのジオポテンシャル高度を解析する。これらのデータには7年より長い周期の成分を残すために、低周期フィルターをかけた。上記の統計的手法により明らかにされた北太平洋の十年/数十年変動の定在及び伝播モードの解析より、北太平洋には4つの大気海洋結合モードが存在することを発見した。第1のモードは、大気のPNAパターンに伴われる良く知られたENSOに似たモードで、熱帯と熱帯外で逆の海面温度の変動を示す。西太平洋熱帯では、亜表層温度変動と海面温度変動は、位相がずれている。残りの3つのモードは、それぞれ亜熱帯循環、アラスカ循環、亜寒帯循環の3つの海洋大循環に関連するものである。3つの循環モードの大気海洋パターンと混合層熱収支解析によると、北太平洋中緯度には2種類の大気海洋相互作用が存在する可能性がある。一方は、海面温度-風応力-蒸発フィードバックによるものであり、もう一方は、海面温度-エクマン湧昇フィードバックによるものである。北部北太平洋の1988/89年のイベントは、亜熱帯循環モードと密接に関連したものであり、このモードに伴われる大気パターンは、北極振動(AO)である。これらの海洋の十年変動モードのシグナルは、北太平洋のより深い層にまで広がっていることから、熱が蓄積され、長期気候変動に寄与している可能性がある。

 さらに、ENSOの十年変動(7-35年周期)のメカニズムを観測とモデル結果を用いて研究する。南太平洋熱帯のプロセスがENSOの十年変動にとって重要であるという新発見に基づき、ENSOの十年変動の新しいシナリオを提唱した。正の温度アノマリーが東太平洋熱帯に存在する時、大気応答により、西部南太平洋熱帯に負の風応力の回転成分を励起し、そこでの温度躍層を浅くして、負の海水温度アノマリーを生じさせる。負の温度アノマリーは、北西方向に伝播し、西部及び中部赤道域に達する。その後、赤道に沿って東へ伝播し、最初の東太平洋の正の温度アノマリーを負にする。赤道域の温度躍層に沿った海洋シグナルの東方伝播は、東西風アノマリーと相関する。東太平洋の逆の温度アノマリーは熱帯大気海洋相互作用によって成長し、西部南太平洋熱帯に逆の大気応答を励起する。以下、負の位相の発展は、正の位相と同様である。以上により、14年周期のENSOの十年変動のシナリオは完結する。したがって、ENSOの十年変動は熱帯の大気海洋相互作用によるものである。また、35年周期以上の時間スケールでのENSOに似た変動、1976/77年の気候レジームシフト、ENSOに似た変動による十年またはそれ以上の時間スケールの気候変動への影響についても議論する。

 1988/89年の温暖化イベントは、興味深い大気海洋パターンを北太平洋中緯度に示した,結合パターンは、ENSOに似た十年変動のものとは異なる。そこで、観測データと海洋大循環モデルの結果を用いた海洋上層め蓄熱量収支と混合層熱収支の解析に基き、1980年代後半に起こったイベントのメカニズムを解明する研究を行う。その結果、蓄熱量と海面水温の急増には、平均水平地衡流移流と表面熱フラックスが主に関与していることがわかった。1988/89年の蓄熱量の増大には、平均循環による移流が支配的な役割をする。海面温度の上昇には、表面熱フラックスが最も支配的である。地衡流移流のアノマリーは、1988/89年の中緯度の上層蓄熱量の増大と海面温度の上昇において、負の役割を果たす。エクマン移流も負の貢献をする。また、1988/89年の中緯度における温暖化イベントは、日本南方の黒潮の流路の十年変動と関係することが示された。

審査要旨 要旨を表示する

 太平洋における長期気候変動については、Nitta and Yamada(1989)による先駆的な解析研究が発表されてから、データ解析、数値モデリングによる研究が数多くなされて来た。しかしながら、大気-海洋結合系の変動の形態とそれを支配する力学過程に関しては、未だ確固とした理解が得られていないのが実情である。本学位論文は、観測データおよび数値モデルの結果の詳細な解析を行なうことにより、太平洋の長期気候変動の形態を明らかにするとともに、それを支配している力学、熱力学過程に関して詳細な考察を行なったものである。

 まず第1章では太平洋の長期気候変動の研究に関するこれまでの研究のレビューを行ない、それぞれの問題点を明らかにしている。第2章では、北太平洋の十年/数十年変動の海盆スケールの現象だけではなく、局所的な現象も含めた情報を得るために、7年より長い周期成分の海面水温、亜表層海水温度、500hPaのジオポテンシャル高度のデータをEOF, Rotated EOF,SVD,POP,CEOF,Joint CEOFなどの様々な統計的手法を用いて解析している。この統計的手法によって明らかにされた北太平洋の十年/数十年変動の定在モードおよび伝播モードの解析から、北太平洋には4つの大気海洋結合モードが存在することを見い出した。第1のモードは、従来からよく知られている、大気のPNAパターンに伴われたENSO(エルニーニョと南方振動)に良く似たモードで、熱帯と熱帯外での海面温度の変動が逆位相となり、また、西太平洋熱帯域での亜表層温度変動と海面温度変動は位相がずれている。残りの3つのモードは、本研究によって初めて見い出されたもので、それぞれ亜熱帯循環、アラスカ循環、亜寒帯循環の3つの海洋大循環に関連したものである。さらに、この3つの循環モードのそれぞれについて、大気海洋パターンと混合層熱収支解析を行って、北太平洋中緯度には2種類の大気海洋相互作用が存在する可能性のあることを指摘した。一つは、<海面温度-風応カ-蒸発>フィードバックによるもので、もう一つは、<海面温度-エクマン湧昇>フィードバックによるものである。特に、北部北太平洋の1988/89年の温暖化イベントは、大気の北極振動(AOパターン)に伴われた亜熱帯循環モードと密接に関連したものであることがわかった。これらの海洋の十年変動モードのシグナルは、北太平洋のより深い層にまで広がっていることから、その大きな熱容量を通じて、長期気候変動と関連している可能性のあることが示唆された。

 第3章では、特に、ENSOの十年変動(7-35年周期)の機構を観測データと数値モデルの結果の解析に基づいて調べ、ENSOの十年変動を支配する物理過程に関する新しいシナリオを提唱している。すなわち、正の温度アノマリーが東太平洋熱帯に存在する時、大気応答を通じて、西部南太平洋熱帯に負の風応力の回転成分を励起し、そこでの温度躍層を浅くすることで、負の海水温度アノマリーを生じさせる。負の温度アノマリーは、北西方向に伝播し、西部及び中部赤道域に達する。その後、赤道に沿って東へ伝播し、最初の東太平洋の正の温度アノマリーを負にする。この赤道域の温度躍層に沿った海洋シグナルの東方伝播は、東西風アノマリーと関係している。東太平洋の負の温度アノマリーは熱帯大気海洋相互作用によって成長し、西部南太平洋熱帯に逆の大気応答を励起する。以下、負の位相の発展は、正の位相と同様である。南太平洋熱帯の大気海洋相互作用がENSOの十年変動に重要な役割を果たしているとするこのシナリオは、本研究で初めて提唱されたものであり、既に国際的に注目を集めている。

 第4章では、北太平洋中緯度に興味深い大気海洋パターンを示した1988/89年の温暖化イベントを、観測データと海洋大循環モデルの結果を用いて海洋上層の蓄熱量収支と混合層熱収支の解析を行うことにより、詳しく論じている。その結果、1988/89年の中緯度の上層蓄熱量の増大と海面温度の上昇においては平均場の地衡流による水平移流と表面熱フラックスの効果が支配的な役割を果たしていることが明らかになった。また、この温暖化イベントは、日本南方の黒潮の流路の十年変動とも関係していることが示された。

 このように、申請者は、観測データおよび数値実験結果の詳細な解析から、太平洋の長期気候変動の形態を明らかにするとともに、それを支配する力学、熱力学について数々の興味深い考察を行なっている。特に、南太平洋熱帯域の大気海洋相互作用が、ENSOの十年変動にとって重要であることを初めて明らかにするなど、太平洋の長期気候変動の機構についての今後の理論的および数値的研究を方向づけるような重要な結果を得ていることは高く評価できる。なお、本論文は、指導教官である山形 俊男教授との共同研究の成果であるが、申請者が主体となって解析を行なったものであり、その寄与が十分であると判断する。したがって、博士(理学)の学位を授与できるものと認める。

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