学位論文要旨



No 115936
著者(漢字) 赤星,大介
著者(英字)
著者(カナ) アカホシ,ダイスケ
標題(和) YBaCo2O5+x(0.00x0.52)の酸素不定比性と構造・物性
標題(洋)
報告番号 115936
報告番号 甲15936
学位授与日 2001.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第3980号
研究科 理学系研究科
専攻 化学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 上田,寛
 東京大学 教授 西原,寛
 東京大学 教授 小林,昭子
 東京大学 教授 下井,守
 東京大学 助教授 田島,裕之
内容要旨 要旨を表示する

 銅酸化物高温超伝導体の発見は物性物理、物性化学の分野に大きな衝撃を与え、この後、強相関電子系の研究が飛躍的に進展した。高温超伝導体はペロフスカイト関連構造をとるため、ペロフスカイト型構造をとる遷移金属酸化物は特に注目を集めている。高温超伝導にはCuO2二次元正方格子が重要な役割を果たすことがわかっており、そして数ある高温超伝導体のなかでも、YBa2Cu3O6+x(YBCO)は精力的に研究されてきた。その中で、YBCOと類似のMO2-Y-MO2ブロック層を持つような銅酸化物以外の化合物の探索が成されてきたが、そのような化合物はほとんど報告されてこなかった。

 その中の数少ない例がYBaCo2O5+xである。この物質を最初に報告したのはW. Zhouらで、YBaCo2O5.00の構造と酸素原子の配列に起因する3×3×1の長周期構造の存在を指摘した。しかしながら、詳しい構造や物性に関する報告は皆無であった。そこで、本研究では、様々な酸素量xを持つYBaCo2O5+xを合成し、酸素量xの変化に伴う構造・物性の変化についての詳しい研究を行った。

<実験>

試料の合成は通常の固相反応法で行った。Y203、BaCO3、CoOを所定の比で秤量、混合し、酸素中980℃で焼成した。その後、粉砕、混合、焼成の操作を不純物相がなくなるまで繰り返す。最後に、酸素中980℃から徐冷することにより、酸素量x=0.50の試料が得られる。このようにして得た試料をアルゴン雰囲気下、適当な温度で処理をすることにより、目的の酸素量を持つ試料を合成した。酸素量xは水素雰囲気下での熱重量分析で求めた。この場合、YBaCo2O5+xはY203、BaO、Co金属に分解する。試料の同定は粉末X線回折、磁化の測定はSQUID磁束計により行った。抵抗の測定は直流四端子法で行った。

<結果・考察>

本研究により、酸素組成の異なる三つの相が存在することがわかった。以下、それぞれの相について述べる。

0.00〓x〓0.19

YBaCo2O5+xの基本構造は酸素欠損型ペロフスカイト構造であり、この相の定比組成であるYBaCo2O5.00の結晶構造を図1に示す。Y原子とBa原子がc軸方向に整列しており、すべてのCOイオンはCoO5の正方ピラミッド型配位をとっている。この正方ピラミッドが角共有することにより二次元的な二重層を形成する。

 この構造の興味深い点は、一つにはY層は二枚のCoO2面に挟まれており、YBCOとよく似たCoO2-Y-Co02ブロック層が存在するということ。もう一つは、Coイオン結晶学的サイトは一つしかないにもかかわらず、Coイオンの原子価はCo2+、Co3+の混合原子価状態であるという不均衡な状態にあるということである。図2にYBaCo2O5.00の磁化と抵抗の温度変化を示す。磁化-温度曲線には、350Kと220Kに異常が見られる。その後、T.Vogtらによって、350Kにおいて常磁性-反強磁性転移が起こり、同時に結晶構造は正方晶から斜方晶へと転移し、さらに220Kで電荷整列が生じ、それと同時にCoのスピン状態も変化すると報告されている。

 最近の我々の研究により、常磁性-反強磁性転移と正方晶-斜方晶転移は独立であることを確認した。さらに、220Kの電荷整列と同時に相分離現象を観測した。電荷整列に伴うミクロなレベルでの相分離はこれまでに報告されているが、粉末X線回折により観測できるほどのマクロなレベルでの相分離の観測は本研究が初めてである。

 この組成の酸素不定比」性は、Y層上に存在する酸素サイトの占有率の変化に起因し、この点がYBCOと異なるところである。この組成領域においては、酸素原子の整列に起因する長周期構造は観測されなかったが、酸素量が増加すると、以下に示すように、長周期構造が現れる。

0.25〓x〓0.44

 この組成領域では、YBaCo2O5+xの結晶構造は室温では正方晶であり、3×3×1の長周期構造を持つ。この相の定比組成は、x=4/9=0.44である。図3はY層での酸素配列を示したもので、図に示した二種類の長周期構造が考えられる。この図ではY原子は省略されている。Rietveld解析の結果では、モデル(a)の可能性が高い。図4にYBaCo2O5.44の磁化と抵抗の温度変化を示す。260Kで常磁性-弱強磁性転移を起こし、190Kにおける磁化曲線により、この弱強磁性はスピンのキャントに起因しているものと考えられる。190Kでは、弱強磁性-反強磁性転移を起こす。190Kで抵抗に異常が見られるが、それ以外の温度では抵抗に異常は観測されない。定比組成からずれると、各磁気転移は不鮮明になる。

0.50〓x〓0.52

 この組成領域では、YBaCo2O5+xの結晶構造は、斜方晶であり、2×1×1の長周期構造を持つ(図5)。この長周期構造は本研究により始めて見出された。2×1×1長周期構造は、Y層上の酸素原子がb軸方向に一次元鎖を作り、その一次元鎖がa軸方向に規則的に現われることにより得られる。この構造の定比組成は、x=0.50である。Coイオンの平均原子価は3+であるにもかかわらず、CoO6の八面体とCoO5の正方ピラミッドが1:1の比で存在する。この事実はx=0.00の場合とは対照的で興味深い。

 図6にYBaCo2O5.50の磁化と抵抗の温度変化を示す。YBaCo2O5.50は、297Kで金属-絶縁体転移を起こす。抵抗は二桁近く変化し、転移とともに格子定数が大きく変化する。金属-絶縁体転移温度のすぐ下の290Kで常磁性-弱強磁性転移を起こす。270Kで弱強磁性-反強磁性転移を起こし、抵抗のも異常が見られる。5Kの磁化曲線は通常の反強磁性的振る舞いを示す。

 磁化の挙動は、YBaCo2O5.44のものと類似していることがわかる。しかし、YBaCo2O5.44はYBaCo2O5.50と異なり金属-絶縁体転移を起こさず、高温でも半導体のままである。YBaCo2O5.50における金属的振る舞いには、キャリア濃度(酸素量x)よりも、酸素原子の配列(長周期構造)が重要であると考えられる。0.45〓x〓0.49の酸素量を持つ試料は、2×1×1、3×3×1の二相が共存していて、単相の試料は得られなかった。230Kから270Kの温度領域では負の磁気抵抗効果が観測される。この磁気抵抗効果は、磁場により、反強磁性状態から弱強磁性状態への転移が誘起されたためである。また、290Kから297Kの間では正の磁気抵抗効果が観測される。これは、磁場により常磁性状態が、弱強磁性状態へと変化したためである。

 以上をまとめると、YBaCo2O5+xには酸素組成の異なる、三つの相が存在する。YBaCo2O5.00においては、本研究により初めて電荷整列に伴うマクロなレベルでの相分離という非常に興味深い現象を観測した。2×1×1の長周期構造を持つ相で、金属-絶縁体転移、磁気抵抗効果といった興味深い物性を観測した。

図1.YBaCo2O5.00の構造

図2.YBaCo2O5.00の磁化と抵抗の温度変化

図3

図4.YBaCo2O5.44の磁化と抵抗の温度変化

図5.YBaCo2O5.50の構造

図6. YBaCo2O5.50の磁化と抵抗の温度変化

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は全五章からなり、第一章では、高温超伝導銅酸化物とよく似た結晶構造をもつ他の遷移金属酸化物の開発という強相関電子系研究の流れに触れ、その中で、YBaCo2O5+xが高温超伝導体YBa2Cu3O6+xとよく似た構造をもち、電荷・スピン・格子の絡んだ強相関電子系としての新奇な物性が期待できること、よって、酸素不定比性を制御して色々な酸素量を持つ試料を合成し、その結晶構造と電子物性を明らかにし、相図を確立するという本研究の背景や動機そして目的が述べられている。

 第二章の実験方法では、試料の構造、酸素不定比性、物性の評価法として、粉末X線回折および電子線回折、熱重量分析、示差熱分析、磁化、電気抵抗測定について説明している。第三章では試料作製について、まず固相反応法によりYBaCo2O5.5を合成し、酸素ガスおよびアルゴンガス雰囲気中での熱重量曲線をもとに様々な酸素量を持つ試料の作製を行ったことが述べられている。最終的な酸素量は、得られた試料の水素ガス中での熱分解による重量変化から求め、この場合、誤差はΔx=±0.01としている。以上より得られた試料を室温で同定し、その格子定数を求め、YBaCo2O5+xは、長周期構造をもたない相、3x3x1長周期構造をもつ相、2x1x1長周期構造をもつ相の三つに分類されることが述べられている。

 第四章では、上記三つの相についての実験結果と考察について述べられている。まず、長周期構造をもたない相の定比化合物YBaCo2O5.00について、この物質は、CoO5正方ピラミッドの角共有よりなるCoO2-Y-CoO2ブロック層という構造的特徴をもち、コバルトイオンの結晶学的サイトは1種類にもかかわらず形式電荷はCo2.5+(Co2+/Co3+=1)で、金属的伝導や電荷整列が期待されるが、半導体的伝導を示し、磁化率は350Kと220Kに異常が見られることを見出している。これらの異常は、その後、他グループにより、反強磁性秩序および電荷整列転移に対応していることが報告されたが、論文提出者は新たに電荷整列転移とともに相分離が生じることを見出している。この相分離は通常の組成の異なる二相への分離ではなく、電荷整列様式の異なる二相への分離であり、電荷整列に伴う格子の大きな歪を緩和するために相分離が起こる可能性を論じている。また、磁気秩序より低温で電荷整列が起こるという通常とは逆の相転移に対し、電荷整列様式は異なるが同じ磁気構造を示すYBaMn2O5と比較し、YBaCo2O5.00では電荷相関に比べて磁気相関が強いこと、また、YBaCo2O5.00における特異な電荷整列様式は磁気相関によるエネルギーの利得により説明できることを示している。

 続いて、2x1x1長周期構造をもつYBaCo2O5.50について、この物質は本研究で初めて見出された物質であり、その構造はCoO6の1次元鎖とCoO5の1次元鎖の交互配列よりなり、コバルトイオンの形式電荷はCo3+であるが結晶学的サイトは2種類あるというYBaCo2O5.00とは対照的な関係にあること、また、単一原子価にもかかわらずYBaCo2O5+xでは唯一金属伝導を示すこと、さらに、金属-絶縁体転移、常磁性絶縁体-弱強磁性絶縁体転移、弱強磁性絶縁体-反強磁性絶縁体転移の逐次相転移を示すことなどを見出している。金属伝導の起源としては、異なる配位形態(CoO6とCoO5)のもとでのCo3+の周期的電荷揺らぎ(3-δと3+δ)が効いている可能性を指摘している。

 3x3x1構造をもつ相については、その定比組成および過剰酸素の規則配列の観点から、3x3x1構造のモデルを提唱している。また、定比化合物YBaCo2O5.44は混合原子価状態にあるにもかかわらず半導体的伝導を示すこと、YBaCo2O5.50と同じような磁気転移を示すことを見出している。混合原子価状態にもかかわらず金属伝導を示さない原因として、YBaCo2O5.50との構造上の違いに触れ、YBaCo2O5.44では過剰酸素が1次元鎖状ではなくクラスター状に配列している点を指摘している。

 最後に、以上の結果を相図としてまとめ、それぞれの相の組成範囲を示し、各相の定比組成で観測された各種相転移の酸素量依存について述べている。第五章では課題・今後の展望について述べ、精密な構造や物性のより深い理解のために単結晶の育成が急務であることが述べられている。

 以上、本論文は、論文提出者が作製した良質のYBaCo2O5+x試料を用いた系統的かつ広範な酸素不定比性、構造、物性測定により、特異な構造やそこにおける興味深い電子物性および様々な相転移を見出し、強相関電子系物質の開発研究におおきなインパクトを与えたオリジナルな研究として評価できる。なお、本論文第三、四章は上田寛との共同研究であり、大部分は既に学術雑誌として出版されたものであるが、論文提出者が主体となって実験および解析を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

 したがって、博士(理学)の学位を授与できると認める。

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