学位論文要旨



No 115939
著者(漢字) 小野,あや子
著者(英字)
著者(カナ) オノ,アヤコ
標題(和) オキシム誘導体の一電子還元による含窒素環状化合物の合成法
標題(洋)
報告番号 115939
報告番号 甲15939
学位授与日 2001.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第3983号
研究科 理学系研究科
専攻 化学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 奈良,坂紘一
 東京大学 教授 中村,栄一
 東京大学 教授 川島,隆幸
 東京大学 教授 橘,和夫
 東京大学 助教授 尾中,篤
内容要旨 要旨を表示する

 生物活性物質や医薬品の多くは含窒素環状化合物であり、その簡便な合成法の開発は有機合成化学の重要な課題の一つである。筆者はこの点を踏まえて、オキシム誘導体の一電子還元を利用する含窒素環状化合物の合成法の開発について研究を行った。

1. 0-2,4-ジニトロフェニルオキシム誘導体からの8-置換-1,2,3,4-テトラヒドロキノリン誘導体の合成

 メタ位にヒドロキシ基を有するフェネチルケトン0-2,4-ジニトロフェニルオキシムに水素化ナトリウムとシアノ水素化ホウ素ナトリウムを作用させると、1,2,3,4-テトラヒドロ-8-キノリノール誘導体が得られることを見出した。この際6-キノリノールは全く生成せず、位置選択的に環化が進行する。メタ位の置換基をヒドロキシ基からアミノ基に変換した基質に対して同様の反応を行うと、8-アミノテトラヒドロキノリン誘導体が合成できた。特に、アミノ基上の置換基が電子求引性基である2,4-ジニトロフェニル基の場合に良好な収率で環化が起こった。本反応は、窒素原子と芳香環の炭素原子とのN-C(8a)結合の生成を鍵反応としている、これまであまり例のないテトラヒドロキノリン骨格の構築法である。また、1,2,3,4-テトラヒドロ-8-キノリノール,8-アミノテトラヒドロキノリンにはこれまでキノリン誘導体の還元以外の合成例がなかったが、今回一電子還元を利用する新しい合成法を開発することができた。

 さらに、本反応は、シクロペンテノテトラヒドロキノリンやオクタヒドロフェナントリジン、ピロロキノリン誘導体などの三環式化合物の合成にも広く利用できることがわかった。

 この環化反応では、水素化ナトリウムだけを作用させたときに比べ、シアノ水素化ホウ素ナトリウムを添加することにより反応が加速する。

 すなわち、シアノ水素化ホウ素ナトリウムは、中間に生成するジヒドロキノリン誘導体の還元剤として作用するだけでなく、水素化ナトリウムの一電子還元能を高める効果を有していることがわかった。当初この反応はナトリウムフェノキシドから2,4-ジニトロフェノキシ基への分子内電子移動によって反応が開始されると考えていたが、これに加え、水素化ナトリウム−シアノ水素化ホウ素ナトリウム系からオキシム誘導体への分子間電子移動による活性化のルートも存在することが示唆された。

2. β-(3-インドリル)ケトン0-2,4-ジニトロフェニルオキシム誘導体の環化によるα-カルボリン類の合成

 α-カルボリンは抗ガン作用などの薬理活性を示す化合物として近年注目されており、これまでにも様々な合成法が報告されている。しかし、従来のα-カルボリン類の合成法は、ベンゼン環やピリジン環上に置換基を有する場合置換基の位置選択性が乏しいことや、出発物質の合成が難しいなどの問題点があった。そこで、先に見出した水素化ナトリウム−シアノ水素化ホウ素ナトリウム系を一電子還元剤として利用する、α-カルボリンの合成を試みた。前述した反応基質のm-置換フェニル基を3-インドリル基に変換した化合物であるβ-(3-インドリル)ケトン0-2,4-ジニトロフェニルオキシム誘導体を、水素化ナトリウムとシアノ水素化ホウ素ナトリウムで処理すると、予期したようにα-カルボリン誘導体が得られた。この反応では、還元体であるテトラヒドロ-α-カルボリンは全く得られず、これが酸化されたα-カルボリンのみが得られた。これは中間体のジヒドロα-カルボリンが、系内に生成する2,4-ジニトロフェノールあるいは反応処理段階で空気により酸化を受けたものと考えられる。今回見出した反応は、出発物質となるオキシムの合成も容易であり、穏やかな条件下で位置選択的に進行し、α-カルボリンの合成法として有用であると考えられる。

3. 遷移金属化合物を還元剤とするγ,δ-不飽和ケトンオキシムの環状イミンへの変換反応 上述の反応からも推察できるように、オキシムの窒素原子上に電子受容能を有する置換基がある場合、オキシムの窒素一酸素結合は一電子還元を受けることにより容易に解裂する。この知見に基づき、遷移金属化合物を一電子還元剤として用いる、オキシム誘導体からの環状イミン合成法を開発した。γ,δ-不飽和ケトン0-ペンタフルオロベンゾイルオキシムにヨウ化銅(I)と配位子としてN,N',N',N'',N''-ペンタメチルジエチレントリアミンを作用させると、オキシム誘導体の一電子還元によって環状イミンを合成できる。なお、オレフィン部位が二置換オレフィン、電子不足オレフィン、ジエンなどである種々のオキシム誘導体についても、同様に環状イミン誘導体が得られる。

 以上述べてきたように、オキシム誘導体の一電子還元を利用することによって、テトラヒドロキノリン類、α-カルボリン類、ジヒドロピロール類などの含窒素環状化合物の合成法を見出すことができた。これまで、オキシムの窒素-酸素結合の解裂には熱分解や酸化剤が知られていたが、いずれの反応も厳しい反応条件を必要としたり、基質に一般性が見られないなどの問題点があった。また、スズ化合物による窒素一酸素結合の切断は、比較的穏やかな条件で行うことができるが、反応試剤に毒性がある。しかし、今回見出した一電子還元による方法はいずれも穏やかな条件で進行し、これらの問題点を克服している。また、オキシム窒素原子上での環化反応はこれまでBeckmann転位中間体を利用する方法以外あまり報告されていなかったが、今回、オキシムの一電子還元により発生するアルキリデンアミニルラジカル種またはその等価体を用いる方法で、様々な骨格を持つ含窒素環状化合物を容易に合成できることを示すことができた。

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は、オキシム誘導体の一電子還元を利用して、様々な含窒素環状化合物合成法を開発した結果について、三章にわたって述べたものである。

 第一章では、0-2,4-ジニトロフェニルオキシム誘導体から8-置換-1,2,3,4-テトラヒドロキノリン誘導体を合成する方法について述べている。

 8位にヒドロキシ基やアミノ基を有するテトラヒドロキノリン誘導体には様々な生理活性物質が知られており、また、キレート試剤としても有用な化合物群である。著者は、メタ位にヒドロキシ基を有するフェネチルケトン0-2,4-ジニトロフェニルオキシムに水素化ナトリウムとシアノ水素化ホウ素ナトリウムを作用させることによって、1,2,3,4-テトラヒドロ-8-キノリノール誘導体が位置選択的に合成できることを見出した。また、メタ位の置換基をアミノ基に変換したオキシムから、同様の方法で8-アミノテトラヒドロキノリン誘導体を合成している。本反応は、窒素原子と芳香環の炭素原子とのN-C(8a)結合の生成を鍵とする、これまで例のないテトラヒドロキノリン骨格の構築法である。また、これまで1,2,3,4-テトラヒドロ-8-キノリノールや8-アミノテトラヒドロキノリンの合成には、キノリン誘導体を合成後還元する方法しか知られていなかったが、著者は上述の一電子還元を利用することにより、一段階で合成する効率的な方法を開発している。

 また本反応は、シクロペンテノテトラヒドロキノリンやオクタヒドロフェナントリジン、ピロロキノリンなどの三環式化合物の合成にも広く利用できる。

 著者は、シアノ水素化ホウ素ナトリウムが中間に生成するジヒドロキノリン誘導体の還元剤として作用するだけでなく、水素化ナトリウムの一電子還元能を高める効果もすことを見.出し、本反応の機構として、ナトリウムフェノキシドから2,4-ジニトロフェノキシ基への分子内電子移動と、水素化ナトリウム-シアノ水素化ホウ素ナトリウムからオキシム誘導体への分子間電子移動による2つのルートを提示している。

 第二章では、β-(3-インドリル)ケトン0-2,4-ジニトロフェニルオキシム誘導体の環化によるα-カルボリン類の合成法について述べている。

 α-カルボリンは薬理活性を示す化合物として近年注目されているが、従来のα-カルボリン類の合成法には、ベンゼン環やピリジン環上に置換基を有する場合、置換基の位置選択性が乏しいことや、出発物質の合成が難しいなどの問題点があった。著者は、β-(3-インドリル)ケトンo-2,4-ジニトロフェニルオキシム誘導体を水素化ナトリウムとシアノ水素化ホウ素ナトリウムで処理すると、α-カルボリンが得られることを見出している。この反応は、出発物質となるオキシムの合成も容易であり、穏やかな条件下で位置選択的に進行するため、α-カルボリンの新規合成法として有用である。

 第三章では、遷移金属化合物を一電子還元剤とするγ,δ-不飽和ケトンオキシムの環状イミンへの変換法について述べている。

 著者は、オキシムの酸素原子上に電子受容能を有する置換基がある場合、オキシムの窒素-酸素結合が一電子還元を受けることで容易に解裂する点に着目し、遷移金属化合物を一電子還元剤として用いるオキシム誘導体から環状イミンヘの変換について検討している。その結果、γ,δ-不飽和ケトン0-ペンタフルオロベンゾイルオキシムにヨウ化銅(1)を作用させると、オキシム誘導体の一電子還元によって環状イミンをが合成できることを見出している。

 オキシム窒素原子上での環化反応は、これまでBeckmann転位中間体を利用する方法以外ほとんど報告例がなかったが、著者はオキシムの一電子還元により発生するアルキリデンアミニルラジカル種またはその等価体を利用することによって、様々な骨格を持つ含窒素環状化合物の優れた合成方法を開発している。

 以上述べたように、オキシム誘導体の一電子還元による含窒素環状化合物の新規合成法に関する本研究業績は、有機合成化学の分野に貢献するところ大である。なお、本研究は内山勝也、林雄二郎、奈良坂紘一との共同研究であるが、論文提出者の寄与は十分であると判断される。従って、博士(理学)の学位を授与できるものと認める。

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