学位論文要旨



No 115941
著者(漢字) 鈴木,次郎
著者(英字)
著者(カナ) スズキ,ジロウ
標題(和) ブロック共重合体の平衡凝集構造と界面の性質
標題(洋)
報告番号 115941
報告番号 甲15941
学位授与日 2001.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第3985号
研究科 理学系研究科
専攻 化学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 上田,寛
 東京大学 教授 太田,俊明
 東京大学 教授 山内,薫
 東京大学 教授 柴山,充弘
 東京大学 助教授 田島,裕之
内容要旨 要旨を表示する

 現代人の生活に高分子化学が果たす役割は非常に大きいが、絶え間ない技術の発展により、既存の高分子材料では多様なニーズを満たせなくなりつつある。すなわち、ポリスチレンやポリエチレンなど汎用高分子を単独で用いたのでは高機能高分子材料としては自ずから限界がある。そこで異なった性質を持つ高分子を合金のように組み合わせた複合高分子が開発されてきている。しかし単に高分子を混合しただけでは、鎖状高分子の性質上ほとんどの場合相分離してしまい、分子レベルで混合し得ないため高機能性が期待できない。そこで分子レベルのミクロな状態で混合するために異なる高分子鎖を共有結合した複合高分子、すなわちブロック共重合体・グラフト共重合体などが開発されてきている。これらの共重合体では、非常に規則的な繰り返し構造を持つミクロ相分離構造を形成することが知られている。そこでは、性質の異なる高分子をつなぐことによって、異なった物性の高分子鎖を界面を介して分子レベルのオーダーで共存させることに成功している。最も単純な二種の高分子鎖を共有結合したAB型二元ブロック共重合体は、組成比、各成分の間の相互作用の大きさなどがその共重合体の物性を決める要素となっており、これらについては多くのことが調べらている。Aの部分の体積分率をψとしたときψが小さければ、A/Bの界面は球面になり球状のAドメインが体心立方に配列しそれ以外の部分をBが占める。ψが大きくなるにつれ円柱が六方状に配列した構造、そして界面が平面でAとBが対等な関係になるラメラ構造、Bが円柱状、球状になる相分離構造の組成依存性が調べられている。このうち、円柱とラメラ構造の間の非常に狭い組成領域で共連続構造の存在が明らかになっている。

 三成分の組み合わせからなり両端のAとCの体積が等しい対称なABC型三成分ブロック共重合体では中央のBの体積分率をψとしたとき、ψの増加にしたがってABCBA..と並ぶラメラ構造、三相共連続構造、A,Cが互いに正方状に並ぶ円柱状、A,CがCsCl型に並んだ球状の相分離構造をとる(図1)。このうち三相共連続構造は二元ブロック共重合体の共連続構造と比較して組成範囲が非常に広いことが分かっていたが、その詳細はわかっていなかった。

 このように、AB二元ブロック共重合体とABC三元ブロック共重合体は大きく異なった相図を呈する。本研究の目的はABC型三元ブロック共重合体に見られる三相共連続構造の安定性を評価することである。そこでまず、充分に明らかにされていない三相共連続構造の骨格(空間群)、特徴(グレインの配向,大きさなど)、界面の性質などを透過型電子顕微鏡(TEM)と小角X線散乱法(SAXS)を用いて明らかにする。引き続き、AB二元、ABC三元、ABA三元ブロック共重合体がつくる種々のミクロ相分離構造形成における自由エネルギー変化を計算し、ブロック鎖の組み合わせ方に対する共連続構造の安定性について三者を比較し議論する。

 使用した三元ブロック共重合体は互いに非相溶な3種の高分子鎖からなり重合方法が確立されているpoly(isoprene-styrene-2-vinylpyridine)(以後、ISPと略す)である。試料はCumyl-Kからリビングアニオン重合され、組成比I/S/P=0.26/0.48/0.26、分子量1.0×105のISP-3、組成比I/S/P=0.22/0.59/0.19、分子量6.4×104のISP-14、組成比I/S/P=0.20/0.66/0.14、分子量9.1×104のISP-23の三種であり両端のI,Pの体積分率がほぼ等しい対称な共重合体である。tetrahydrofuranの希薄溶液からのキャスト膜を、OsO4染色した超薄切片(厚さ40,80,160nm)のTEM観察を行い、超薄切片中の三次元構造が二次元に投影された像を得た(図2:80nmの場合)。TEM観察の結果、厚さの異なる三種の切片のいづれからも二次元上で特徴的な三回対称のイメージが得られ、厚さによる像の違いは認められなかった。三回対称が認められることからCubic構造の[111]方向の投影像であること、三相のすべてが三次元的に連続な繰り返し構造(三相共連続構造)を持っていると推定できるので、共連続構造の骨格と三次元周期的極小曲面との関連付けをおこなった。この曲面は曲面上のすべてで平均曲率Hがゼロと定義される一群であって、三次元空間を幾何学的に等しく二分割する。ここでは、二種の界面を持つ対称な共重合体の構造のため中央のS-chainの重心の平均的な位置が極小曲面上にあると考え、I/S,S/Pの界面は極小曲面から常に等しい距離にあるとした(二枚の等しい平行曲面)。この構造に対し、種々の切片の厚さ、観察方向、染色強度、計算範囲を任意に計算できるシミュレーションプログラムを作成した。実験結果と計算結果(図3)の比較を行い、SchoenのGyroidを骨格とした三相共連続構造(tricontinuous Gyroid構造=TG構造空間群I4132)と最もよく一致することを明らかにした。TG構造を図4に示す。

 TEM観察は三次元のミクロ相分離構造を二次元に投影した像であるとともに、ミクロ相分離構造の局所構造を観察しているに過ぎないため、バルクの性質としてキャスト膜全体の構造を評価し、その配向性を明らかにするためSAXS測定を行った。実験は高エネルギー加速器研究機構の放射光施設(BL-15A)で行った。キャスト膜の表面に垂直方向と平行方向に対しX線を入射させた。垂直方向(図5)、平行方向ともにスポット状の異なる散乱パターンが観察された。両者で散乱パターンが異なっているため相分離構造は非常に高い配向性を持っていることがわかる。TG構造について、構造因子を計算したところグレインの[110](=α→)が膜表面に対して垂直(=β→)に配向していることが分かった。図5では、全く同じ散乱パターンで強度の大、小の二つのパターンが円周方向にずれて重なっていることがわかる。更に配向性を評価したところ、αとβのなす角は0-10degの範囲に87%含まれ、αはβを軸とする自由回転が許されていることが分かった。

 ISPの共連続構造がTG構造であることが分かった。そこで、共連続構造としてTG構造が選択される理由について、自由エネルギー計算によって考察した。Gibbsの自由エネルギーΔGはΔG=ΔH-TΔSで表される。エンタルピー項は、共重合体一つあたりのI/S,S/Pの界面の面積AIS,ASPとこれらの界面張力γSI,γSPにより、ΔH=ASIγSI+ASPγSPと書ける。エントロピー項としては、I,S,Pのそれぞれのブロック鎖が、ガウス鎖の状態(random walk:球形)からミクロ相分離構造中で引き延ばされた形(回転楕円体)までの形態エントロピーの差を計算すればよい。各ブロック鎖のセグメント長bI,bS,bPは、0.60,0.68,0.68nm,界面張力γSI,γSPは4.8×10-3,6.3×10-3J m-2とした。SP二元ブロック共重合体の場合にはIに関する項を無視することになる。以上に基づき、ブロック鎖の組成分率ψと格子定数tの関数として、ΔG(ψ,t)をラメラ構造、円柱構造、球状構造、種々の共連続構造について求め、組成分率と界面張力によって決まる最も安定な相分離構造を求めた(図6,7)。図6ではGyroid構造の存在を予測していない。この計算では、界面張力の値を決めるにあたり、ブロック共重合体のブロック鎖の連結点が界面に拘束されるエントロピーを考慮していない。これを考慮すると計算結果と実験結果が近づくが、それでも充分な予測になっていない。この結果は、SP二元ブロック共重合体の実験的相図では共連続領域は非常に狭いか、存在しないこと、すなわち外部因子に影響されやすく共連続構造を発見しにくいことを説明している。一方、ISPの計算結果と実験結果は非常に良く一致した。これは、この共重合体が凝集構造中で、ブリッジ構造しかとらないことから共連続構造が安定化され、ψの広い範囲でγに拘らず、安定構造となりうるからである。この考察から、ISP以外の三元ブロック共重合体でも共連続Gyroid構造の存在が予測でき、この構造の普遍性が示唆された。

図1:A=polyisoprene,B=polystyrene,C=2-vinylpyridineとしたときの組成比に対するミクロ相分離構造

図2:ISP-3,切片の厚さ80nmのTEMイメージ。

図3:TEMイメージの計算結果

図4:Tricontinuous Gyroid構造の界面

図5:SAXS測定結果through view,マーカーの大きさは計算で得た散乱強度の予測。

図6:SP二元ブロックにおける構造形成の自由エネルギーの組成依存性。

図7:ISP三元ブロックにおける構造形成の自由エネルギーの組成依存性。

審査要旨 要旨を表示する

 本論文には、複合高分子の一つであるABC型三元ブロック共重合体が三相共連続ジャイロイド構造(Tricontinuous Gyroid Structure,TGS)を呈することを、実空間観察、逆空間観察を通して示した結果について、およびこの構造が熱力学的に安定に存在する理由を考察した結果について述べられている。ブロック共重合体やグラフト共重合体等の複合高分子は、凝集状態で自己秩序化による規則正しいミクロ相分離構造を形成するため、産学両面から広く研究されてきているが、メゾスコピックな超格子構造の一つとしてのTGS構造の発見は、複合高分子凝集系の分子論確立という学術的な面への貢献ばかりでなく、高機能複合材料の開発という視点からも意義が大きい。この構造をめぐっては、界面活性剤やりん脂質膜等の他のソフトマターが溶媒中で呈するジャイロイド界面を有する構造との類似性、普遍性が盛んに議論されていて、本論文の成果は、広く有機物質、無機物質を含めても初めて実験的に発見されたものとして高く評価される。

 本論文は全6章で構成され、第1章では高分子を混合した場合の相分離の原理およびブロック共重合体のミクロ相分離構造に関するこれまでの研究結果が纏められ、ABC型三元ブロック共重合体の共連続構造およびその存在理由をあきらかにするという研究の目的が掲げられている。

 合成高分子は一般に広い分子量分布を持ち、共重合体となればこれに組成分布も重なる。本論文のような複合高分子の物性研究では、これらの分布が狭い試料をもちいることが、信頼できる成果をあげるために重要である。そこで第2章には分子量分布、組成分布の狭い分子の調製方法について簡単に述べている。試料はisoprene-styrene-2-vinylpyridine三元ブロック共重合体であり、以下ISPと略す。

 第3章では、試料の溶媒キャストフィルムを用いて透過型電子顕微鏡(TEM)法により実空間からISP三元ブロック共重合体のミクロ相分離構造を観察した結果について述べている。TEM法では非常に複雑な三次元構造でも、その情報は二次元に投影されて得られる。論文提出者は、微分幾何学で知られる周期的極小曲面の概念を取り入れ、その平行曲面を構築して複雑かつ規則正しい二次元TEM像のシミュレーションを行った。その結果、極小曲面の1つであるGyroidから派生した2枚の平行曲面を内蔵した共連続構造であるとの結論に到った。この構造は、ソフトマターに限らず物質系で初めて発見されたもので、三相共連続ジャイロイド構造と命名された。続いて第4章では、X線小角散乱(SAXS)法を用いて逆空間から前章で発見した構造の確認を行うと共に、試料フィルム中のこの構造の配向性について論じた。ここで用いたフォトンファクトリー所有のX線小角散乱装置が二次元イメージングプレートを検出器として有していることを利用し、二次元検出器上の逆空間格子像の詳細な解析から、IとSの体積分率が等しいISP三元ブロック共重合体のSの体積分率が0.48から0.68までの広い範囲でTGSを呈すること、更にこの構造では、試料表面と垂直な方向に立法格子の[110]が優先的に配向していることを示した。

 更に第5章では、熱力学的な自由エネルギー計算によりABC型の共重合体において共連続構造が安定に出現する理由を明らかにした。これまで多くの実験家により、AB型の二成分ブロック共重合体には、共連続構造が安定構造としては存在しないことが指摘されている。論文提出者はAB、ABCについて、ミクロ相分離構造形成の自由エネルギー変化を、実験に即した物理量を用いて計算することにより、両者の実験結果にあらわれる明確な違いは、ABC中のB鎖の橋渡し構造に起因していることを導いた。第6章には全体のまとめが述べられている。

 以上、本論文は、規則的であるが同時に難解な三次元周期的連続構造の存在を、実空間観察と逆空間観察の結果を注意深く相補的につき合わせる手法で、実験の立場から初めて示したものであり、ソフトマターのみならず物質科学全般にとっても重要な成果と評価できる。なお本論文は、松下裕秀、関基弘、鳥飼直也、野村真人、高林直己諸氏との共同研究の部分を含むが、上記の主要部分について論文提出者が主体となって実験および解析を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

 したがって、博士(理学)の学位を授与できると認める。

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