No | 115946 | |
著者(漢字) | 山口,有朋 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | ヤマグチ,アリトモ | |
標題(和) | エネルギー分散型時間分解XAFS法による触媒調製中のゼオライト内Cu及びMo種の構造変化に関する研究 | |
標題(洋) | Time-resolved energy-dispersive XAFS study on the structural change of Cu and Mo species in zeolites during catalyst preparation processes | |
報告番号 | 115946 | |
報告番号 | 甲15946 | |
学位授与日 | 2001.03.29 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(理学) | |
学位記番号 | 博理第3990号 | |
研究科 | 理学系研究科 | |
専攻 | 化学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 担持金属触媒の調製過程における活性金属前駆体の動的挙動を調べることは、高活性触媒の開発や担持金属種の表面化学的特性を明らかにする上で重要である。しかし、触媒上の吸着種の動的挙動に関しては赤外分光法などにより研究されているが、触媒自身の活性金属サイトの局所構造の時間分解測定については研究例は少ない。 X線吸収微細構造(XAFS)は吸収元素の周りの局所構造を調べる手法として、触媒などに応用されている。通常のXAFS測定は白色X線を平板結晶に当て、Braggの条件を満たすエネルギーを持つ光で試料によるX線の吸収を測定し、平板結晶を回転させることによりエネルギーを1点1点変化させスペクトルを測定している。この方法はスペクトルの測定に数十分かかるため、反応の前後、あるいは、触媒調製過程の前後の構造は測定できるが、ダイナミックな構造変化のin situ測定は不可能である。エネルギー分散型XAFS(DXAFS)(図1)は白色光を湾曲結晶にあて、position sensitive detectorで一挙にXAFSスペクトルを測定する方法であり、測定時間を数10ミリ秒にまで短縮でき、時間変化を追跡する上では遥かに有利である。 私は博士課程において、DXAFS装置を高エネルギー加速器研究機構(KEK)で作製し、イオン交換法で調製したCu-ZSM-5の還元過程における構造変化、およびCVD法により調製したMo(CO)6/Y-type-zeolitesの昇温脱カルボニル過程の構造変化の時間分解測定を行った。 [1. Cu-ZSM-5の昇温還元過程] Cu-ZSM-5触媒はNO分解触媒として高い活性を示すことが知られており、様々な研究が行われている。NO分解反応においてはCuの酸化還元状態が重要な役割を果たしていると考えられるが、Cu-ZSM-5の還元過程におけるCuの周りの局所構造については依然不明のままである。本研究では、焼成後にCu-ZSM-5に存在するとされる孤立Cu2+イオン(A)、CuO粒子(B)がそれぞれ主に存在する2種類の試料を調製して、Cuの初期状態によりどのように還元過程が異なるかを検討した。 図2にCu-ZSM-5(A)を水素(5.3kPa)存在下、5K min-1で昇温還元したときのCu K-edgeDXAFSスペクトルを示す。各スペクトルの測定時間は1秒である。図2の一連のDXAFSスペクトルから、還元によりCuの電子状態および局所構造が変化していることがわかる。バックグラウンドをさし引いて、k3の重みをかけてフーリエ変換したときのスペクトルを図3に示す。Cu-0結合のピークが420K付近で減少し、560K付近でCu-0結合のピークがCu-Cu結合のピークに変化していく過程が観測できた。さらに詳細な情報を得るためにこれらのフーリエ変換曲線をカーブフィットし、得られた配位数と結合距離の温度変化を図4に示す。はじめに0.195nmにCu-0結合が観測され、この結合の配位数は400-450Kで半減し、550-650Kでさらに減少した。この2段階目の変化の時、0.251nmにCu-Cu結合が観測され、その配位数は温度と共に急激に増大した。これらのことは、ZSM-5の細孔内に存在する孤立したCu2+イオンが400-450Kで還元され、孤立したCu+イオンになり、その後550-650KでCu+イオンがCu金属微粒子に還元されたことに対応している。 透過型電子顕微鏡(TEM)測定により還元前にCuO微粒子がZSM-5の表面に存在することがわかっているCu-ZSM-5(B)を試料として、同様の実験を行った。はじめにCuO微粒子に帰属できるCu-0結合とCu-(0)-Cu結合が観測され、これらの結合の配位数は450K付近で急激に減少した。このときCu金属微粒子に帰属できるCu-Cu結合の配位数が急激に増大した。CuO微粒子は直接Cu金属微粒子に還元されることを示唆している。 XAFSから得られる情報はすべてのCuの平均化されたものなので、Cu金属微粒子のCu-Cu結合の配位数は、カーブフィットにより得られたCu-Cu結合の配位数をCu金属微粒子に寄与しているCuの割合で割ることにより求められる。その割合は、測定したXANESスペクトルを価数の異なるXANESスペクトルの線形結合であらわし、各係数から求めた。 Cu-ZSM-5(A)ではCu+イオンの還元の初めの段階、550KではCu金属微粒子の配位数はおよそ3であり、その後徐々に増大し、670Kではほぼ8になった。Cu+→Cuoの初期の段階ではZSM-5の細孔内にCu4-6程度の大きさのクラスターを作り、その後ZSM-5の表面に拡散して、Cu金属微粒子へと成長したものと考えられる。TEM測定からも還元後は直径10-20nmのCu金属微粒子がZSM-5の表面に存在することが観測された。10-20nmのCu金属微粒子のCu-Cu結合は12であるので、還元後でも一部のCuクラスターはゼオライト細孔内に安定化され表面に出てきていないものと考えられる。 Cu-ZSM-5(B)のCu金属微粒子の配位数の変化から、還元がはじまる初期の段階で配位数がおよそ9で、その後、温度上昇による配位数の変化は観測されなかった。ZSM-5の表面に存在しているCuO微粒子は一段階でCu金属粒子に還元されその大きさは還元温度が上昇してもほとんど変化しないことが明らかになった。 [2. MO(CO)6/Y-type-zeolitesの脱カルボニル過程] Mo(CO)6はゼオライト細孔内で容易に脱カルボニルが進行するので、高分散したMo種を調製するのに適している。Y型ゼオライトのスーパーケージと呼ばれる空孔内にMo(CO)6をCVD法により導入すると、スーパーケージあたりMo(CO)6が2分子入ることが知られている。本研究ではNaYおよびHYゼオライトを用いて、脱カルボニル過程をDXAS法により追跡し、活性金属前駆体の動的挙動を検討した。 図5にMo(CO)6/NaY及びMo(CO)6/HYを排気下5K min-1で昇温したときのMo K-edge DXAFSスペクトルのフーリエ変換曲線を示す。Mo(CO)6/NaYの脱カルボニル過程においては、Mo(CO)6は400K付近で中間体構造に変化することが明らかになった。フーリエ変換曲線をカーブフィットした結果より、この中間体はMo(CO)3(OL)3(OL:ゼオライトの格子酸素原子)であり、Mo-CおよびMo-(C)-Oの結合距離が0.192及び0.309nmであることがわかった。これらはMo(CO)6分子よりもそれぞれ約0.01nm短くなっている。この現象はMo原子からCO配位子へのd→π*逆供与が増したためであると考えられる。この中間体Mo(CO)3(OL)3は520K付近でさらに脱カルボニルが進行しMo2(C)0xへ変換する。一方、Mo(CO)6/HYの脱カルボニル過程においては、Mo(CO)6は中間体構造は経由せずに脱カルボニルが進行することがわかった。また、脱カルボニル後においてもMo-Mo結合は観測されなかった。これらのことからMo(CO)6/HYの脱カルボニルはMo(CO)6分子とゼオライト内のプロトンの反応により進行していることが示唆される。 [3.結論] 1. ZSM-5の中に存在するCu2+イオンは、Cu2+→Cu+→Cuoのように2段階で還元される。ゼオライト細孔内で孤立したCu2+イオンは400-450Kで孤立したCu+イオンに還元され、Cu+イオンは550-650KでCuoに還元される。この2段階目の還元においてCuoはZSM-5の中で初めCu4→クラスターを作り、その後Cu金属微粒子がゼオライトの表面に生成することがわかった。それに対して、Cu-ZSM-5の表面に存在するCuO微粒子は450Kで直接Cu金属微粒子に還元されることがわかった。このときCu金属微粒子は還元温度が上昇しても成長しないことがわかった。 2.CVD法により調製したMo(CO)6/NaYは排気下で昇温するとMo(CO)6→Mo(CO)3(OL)3→Mo2(C)0xのように脱カルボニルが進行する。この中間体Mo(CO)3(OL)3(OL:ゼオライトの格子酸素原子)はMo-CおよびMo-(C)-Oの結合距離がMo(CO)6よりも短いことがわかった。一方、Mo(CO)6/HYは中間体構造は経由せずに脱カルボニルが進行し、脱カルボニル後においてもMo-Mo結合は観測されなかった。Mo(CO)6分子とゼオライト内のプロトンの反応により進行していると考えられる。 3.DXAFS測定により、ゼオライト内のCu及びMo種の構造変化について新たな情報が得られた。DXAFSは分散した金属サイトの触媒調製中の構造変化をその場観察するのに有効な手法であることが示された。 図1 エネルギー分散型XAFSの模式図. 図2 Cu-ZSM-5(A)の昇温還元中のDXAFSスペクトル. 図3 Cu-ZSM-5(A)の昇温還元中のDXAFSフーリエ変換. 図4 Cu-ZSM-5(A)の昇温還元中のDXAFSスペクトルのカーブフィツトの結果;(a):配位数;(b):結合距離. 図5 Mo(CO)6/NaY(a),Mo(CO)6/HY(b)の脱カルボニル過程DXAFSフ一リエ変換。 | |
審査要旨 | 本論文はエネルギー分散型時間分解XAFS装置を開発し、それを用いて、触媒調製中のゼオライト内CuおよびMo種の構造変化に関する研究を述べたもので6章から構成される。 第1章では、X線吸収微細構造(XAFS)法を触媒研究に応用する際の有効性と欠点が述べられ、時間分解XAFS法開発の必要性とエネルギー分散型XAFS(DXAFS)法の利点を論じ、本論文の位置付けを与えている。 第2章では、高エネルギー加速器研究機構放射光実験施設で作製したDXAFS装置について詳細に説明している。 第3章では、DXAFS装置を用いたXAFSスペクトルの測定方法およびDXAFS装置の性能評価について述べている。 第4章では、Cu-ZSM-5触媒の昇温還元中の構造変化をDXAFS測定・解析した結果について述べている。焼成後にCu-ZSM-5に存在するとされる孤立Cu2+イオン(A)、CuO粒子(B)がそれぞれ主に存在する2種類の試料を調製して、Cuの初期状態によりどのように還元過程が異なるかを検討している。Cu-ZSM-5(A)を水素存在下、5K min-1で昇温還元したときのCu K-edge DXAFSスペクトルを、各スペクトルの測定時間1秒で測定している。スペクトルのフーリエ変換曲線をカーブフィットした結果から、ZSM-5の細孔内に存在する孤立したCu2+イオンは400-450Kで還元され、0.195nmのCu-O結合を持つ孤立したCu+イオンになり、その後550-650KでCu+イオンが0.251nmのCu-Cu結合を持つCu金属微粒子に還元される事を見い出している。Cu-ZSM-5(B)では、CuO微粒子が直接Cu金属微粒子に還元されることを見い出している。一方、XANESスペクトルも測定し、それが価数の異なるXANESスペクトルの線形結合で与えられると仮定して、それぞれの価数のCuの割合をもとめ、その結果からCu金属微粒子の配位数を見積もっている。その結果、Cu+→Cuoの初期の段階では、ZSM-5の細孔内にCu4-6程度の大きさのクラスターを作り、その後ZSM-5の表面に拡散して、Cu金属微粒子へと成長する事を明らかにしている。一方、Cu-ZSM-5(B)では、CuO微粒子は一段階でCu金属粒子に還元されその大きさは還元温度が上昇してもほとんど変化しないことを明らかにした。 5章では、NaYおよびHYゼオライトを用いて、吸着Mo(CO)6の脱カルボニル化過程をDXAFS法により追跡している。Mo(CO)6/NaYを排気下、5K min-1で昇温すると、Mo(CO)3(OL)3(0L:ゼオライトの格子酸素原子)が形成されており、Mo-CおよびMo-(C)-Oの結合距離が0.192及び0.309nmであることが分かった。この中間体Mo(CO)3(OL)3は520K付近でさらに脱カルボニル化が進行しMo2(C)Oxへ変換する。一方、Mo(CO)6/HYの脱カルボニル過程においては、Mo(CO)6は中間体を経由せずに脱カルボニル化が進行することが分かった。また、脱カルボニル後においてもMo-Mo結合は観測されなかった。これらのことから、Mo(CO)6/HYの脱カルボニル化はMo(CO)6分子とゼオライト内のプロトンの反応により進行しモノマーとして分散されているとしている。 6章では、本論文全体の結論が述べられている。 以上、本論文はDXAFS装置を作成し、それを用いてゼオライト内のCu及びMo種の昇温還元中あるいは昇温脱カルボニル化中の構造変化を時間分解測定し、解析することに成功したもので、触媒化学等の分野に対する貢献は大である。本論文の研究は、本著者が主体となって考え実験を行ったもので、本著者の寄与は極めて大きいと認める。よって、山口有朋氏は博士(理学)の学位を受ける資格があると判定する。 | |
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