学位論文要旨



No 115948
著者(漢字) 崔,秉日
著者(英字)
著者(カナ) チェ,ビョンイル
標題(和) コンディショナルターゲッティングによるケモカインレセプターCXCR4の機能解析
標題(洋) Functional studies of chemokine receptor,CXCR4,with conditiona1 knockout technique
報告番号 115948
報告番号 甲15948
学位授与日 2001.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第3992号
研究科 理学系研究科
専攻 生物化学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 宮島,篤
 東京大学 教授 坂野,仁
 東京大学 教授 山本,雅
 東京大学 教授 松島,綱治
 東京大学 教授 岩倉,洋一郎
内容要旨 要旨を表示する

 ケモカインはシステイン残基の位置が保存されている構造を持つ、分子量10KDa程度のタンパク質のファミリーである。 C-末端の保存されたシステイン残基の数や位置から4つのサブファミリーに分類されており、現在まで40種類以上が報告されている。 ケモカインは炎症組織、傷害部位へ各種白血球が走化性遊走を行う際に中心的な役割を果たす因子であるが、遊走能以外にもリンパ球の分化増殖や、組織形成にも関与することが示唆されている。 これらのケモカインは7回膜貫通Gタンパク質共役型受容体に結合して細胞内にシグナルを入れることが明らかになっている。ケモカイン受容体は現在まで少なくとも9つのCCケモカイン受容体、5つのCXCケモカイン受容体、1つのCケモカイン受容体、1つのCX3Cケモカイン受容体が同定されている。今まで幾つかのカモカイン受容体において遺伝子欠損マウスや突然変異マウスが樹立され、in vivoでの機能解析が行われてきた。 CCケモカインSLCやその受容体であるCCR7欠損マウスではTリンパ球のリンパ節へのホーミングに異常があることが分かり、CXCR5欠損マウスではBリンパ球の脾臓B細胞follicleへの局在の異常が報告された。また、MIP-1α、MCP-1、CXCR1、CCR1、CCR2、CCR5、の欠損マウスが作製され、免疫反応における好中球、単球、Tリンパ球の浸潤にこれらのケモカインやケモカイン受容体が必須であることが明らかになっている。

 1996年CXCR4をはじめ、CCR5、CCR2、CCR3等幾つかのケモカイン受容体がエイズウィルスの宿主細胞への感染にCD4とともに必須のレセプター(コレセプター)であることが報告され、HIV感染やAIDS発病におけるケモカイン受容体の役割について活発な研究が行われてきた。

 CXCR4はCXCケモカインレセプターの一つで、T-tropicHIVのコレセプターとしても機能することが知られている。これまでに、CXCR4及びそのリガンドであるSDF-1のノックアウトマウスが長沢らをはじめ、幾つかの研究室で作製され、心室中隔欠損、小脳の発生異常、胃腸での血管形成不良、胎児肝及び骨髄での造血異常などが報告されている。 しかし、ホモ欠損マウスは出産前後に死亡する為に成体におけるこの分子の機能は今だ不明である。ここで我々はノックアウトマウスの致死性を回避するために、Cre/loxPシステムを利用した部位特異的、時期特異的なCXCR4遺伝子のノックアウトを試み、成体での機能を解析した。

[結果]

 CXCR4遺伝子のエクソン2とselective markerであるネオマイシン抵抗性遺伝子をloxP配列で挿んだコンストラクトを作製し、ES細胞に形質転換し、G418存在下で培養し、5つのhomologous recombinantsを得た。 Aggregation法を用いてキメラマウスを作製し、野生株マウスとの交配でヘテロノックインマウス(flox/w)を得た。 さらに、ヘテロノックインマウスの兄妹交配からホモノックインマウス(flox/flox)を得た。ホモノックインマウスは正常であり、CXCR4遺伝子の発現量も野生株マウスと同様であることを確認し、loxP配列の導入がCXCR4遺伝子の発現には影響を及さないことが分かった。CXCR4遺伝子はTリンパ球で高い発現がみられ、その分化段階においても厳密な発現調節が行われている。また、HIV-1がTリンパ球に感染する際にCXCR4がコレセプターとして利用されることから、Tリンパ球におけるCXCR4遺伝子の機能解析は重要且つ興味深い問題である。そこで、丁細胞特異的にCXCR4遺伝子を欠損させる為に、lckプロモーターの制御下にcreリコンビナーゼを発現するトランスジェニックマウスを大阪大学の竹田博士から供与して頂き、CXCR4ノックインマウスとの掛け合わせを行った。その子孫マウスを調べたところ、T細胞特異的にCXCR4遺伝子がほぼ100%欠失し、CXCR4の遺伝子発現がなくなっていることがわかった。これらのマウスにおいてT細胞の分化に異常があるかどうかを調べる為に種々のTリンパ球の分化マーカーを用いたFACScan解析を行った結果、胸線細胞や抹消Tリンパ球は正常であることがわかった。しかし、胸線、リンパ節の細胞数が野生株マウスの60%程度に減少していることが分かった。 また、脾臓細胞の数は減少していないが、T細胞が占める割合は野生株マウスの60%程度に減少していた。その原因を知るために、Annexin-VとPIを用いて胸線細胞を染色しFACScanで解析したところ、アポトーシス細胞が増加していることがわかった。また、TUNEL法を用いた胸線組織切片の染色でもアポトーシス細胞の増加が確認できた。次に、抹消T細胞の減少の原因を調べるために、増殖している細胞をin vivoでlabelinできるthymidine類似体BrdUを用いた解析を行った。 3日と6日間BrdUを含む水をマウスに与えた後、リンパ節T細胞でのBrdU陽性細胞の割合を調べたところ、野生株マウスよりノックアウトマウスでの割合が2倍程高くなっていることが分かった。また、6日間BrdUを含む水をマウスに与えた後、BrdUを含まない水に換えBrdU陽性細胞の減少を調べたら、ノックアウトマウスでの減少が野生株マウスより早くなっていることが確認できた。したがって、CXCR4ノックアウトマウスでみられる抹消T細胞の減少はリンパ節T細胞のturnoverの亢進によるものであることが明らかになった。

[考察]

 以上の結果からCXCR4からのシクナルはT細胞の分化ではなく生存に重要な役割を果たしていることが初めて明らかになった。HIV感染後Tリンパ球でCXCR4の発現抑制が見られることから、CXCR4がAIDSにおける末梢T細胞の減少にも関与している可能性が示唆された。CXCR4からのシクナルがどのような経路を介してアポトーシスに対して抑制的に働くかは不明である。しかし、最近の報告によるとPKB(Protein Kinase B)がCXCR4からのシグナルによって活性化され、アポトーシス関連タンパク質を不活化させることにより、細胞のアポトーシスが抑制されることが示唆された。今後、CXCR4ノックアウトマウスの胸線やリンパ節細胞においてPKBの活性化程度とアポトーシスの亢進がどのように関係するかを検討したいと思っている。

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は序論、材料と方法、結果、結論、謝辞、及び参考文献より構成され、ケモカインレセプターの1つであるCXCR4のコンディショナルノックアウトマウスの作製と機能解析について述べられている。

 ケモカインは炎症組織、傷害部位へ各種白血球が走化性遊走を行う際に中心的な役割を果たす因子であるが、遊走能以外にもリンパ球の分化増殖や、組織形成にも関与することが示唆されている。これらのケモカインは7回膜貫通Gタンパク質共役型受容体に結合して細胞内にシグナルを入れることが明らかになっている。これまでに、CXCR4及びそのリガンドであるSDF-1の完全欠損変異マウスが作製され、心室中隔欠損、小脳の発生異常、胃腸での血管形成不良、胎児肝及び骨髄での造血異常などが報告されている。しかし、ホモ欠損マウスは出産前後に死亡する為に成体におけるこの分子の機能は今だ不明である。CXCR4遺伝子はTリンパ球で高い発現がみられ、その分化段階においても厳密な発現調節が行われている。また、HIV-1がTリンパ球に感染する際にCXCR4がコレセプターとして利用されることから、Tリンパ球におけるCXCR4遺伝子の機能解析は重要且つ興味深い問題である。ここで論文提出者はノックアウトマウスの致死性を回避するために、Cre/loxPシステムを利用した部位特異的、時期特異的なCXCR4遺伝子のノックアウトを試み、成体での機能を解析した。

 CXCR4遺伝子のエクソン2とselective markerであるネオマイシン抵抗性遺伝子をloxP配列で挿んだコンストラクトを作製し、ES細胞に形質転換し、G418存在下で培養し、5つのhomologous recombinantsを得た。Aggregation法を用いてキメラマウスを作製し、野生株マウスとの交配でヘテロノックインマウス(flox/w)を得た。 さらに、ヘテロノックインマウスの兄妹交配からホモノックインマウス(flox/flox)を得た。そこで、T細胞特異的にCXCR4遺伝子を欠損させる為に、lckプロモーターの制御下にcreリコンビナーゼを発現するトランスジェニックマウスとCXCR4ノックインマウスとの掛け合わせを行った。その子孫マウスを調べたところ、T細胞特異的にCXCR4遺伝子がほぼ100%欠失し、CXCR4の遺伝子発現がなくなっていることがわかった。これらのマウスにおいてT細胞の分化に異常があるかどうかを調べる為に種々のTリンパ球の分化マーカーをを用いたFACScan解析を行った結果、胸線細胞や抹消Tリンパ球は正常であることがわかった。しかし、胸線、リンパ節の細胞数が野生株マウスの60%程度に減少していることが分かった。また、脾臓細胞の数は減少していなかったが、T細胞が占める割合は野生株マウスの60%程度に減少していた。その原因を知るために、Annexin-VとPIを用いて胸線細胞を染色しFACScanで解析したところ、アポトーシス細胞が増加していることがわかった。 また、TUNEL法を用いた胸線組織切片の染色でもアポトーシス細胞の増加が確認できた。次に、抹消T細胞の減少の原因を調べるためにBrdUを含む水をマウスに与えた後、リンパ節丁細胞でのBrdU陽性細胞の割合を調べたところ、野生株マウスよりノックアウトマウスでの割合が2倍程高くなっていることが分かった。また、6日間BrdUを含む水を与えた後、BrdUを含まない水に換えBrdU陽性細胞の減少を調べたところ、ノックアウトマウスでの減少が野生株マウスより早くなっていることがわかった。したがって、CXCR4ノックアウトマウスでみられる抹消T細胞の減少はリンパ節丁細胞のturnoverの亢進によるものであることが明らかになった。

 以上、本研究により、CXCR4からのシグナルがT細胞生存に重要な役割を果たしていることが初めて明らかになった。 また、HIV感染後丁リンパ球でCXCR4の発現抑制が見られることから、AIDSにおける末梢T細胞の減少のメカニズムについて新しい説明を与えた。この様に本研究は免疫学、ウイルス学分野に大きく貢献するものである。

 なお、本論文においてマウス作製は安田二朗・浅野雅秀・須藤カツ子・岩倉洋一郎との共同研究であるが、論文提出者が主体となって実験を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断した。

 したがって、博士(理学)の学位を授与できると認める。

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