学位論文要旨



No 115953
著者(漢字) 伊藤,拓宏
著者(英字)
著者(カナ) イトウ,タクヒロ
標題(和) ヒトU2AF65タンパク質のRNA結合ドメインに関する構造生物学的研究
標題(洋)
報告番号 115953
報告番号 甲15953
学位授与日 2001.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第3997号
研究科 理学系研究科
専攻 生物化学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 講師 中迫,雅由
 東京大学 教授 黒田,玲子
 東京大学 教授 中村,義一
 東京大学 教授 渡辺,公綱
 東京大学 教授 横山,茂之
内容要旨 要旨を表示する

 真核生物において、pre-mRNAからイントロンを切り出してエキソンのみがつながったmaturemRNAを作り出すスプライシングは、正確な遺伝子の発現やその発現の調節に重要な役割を果たしている。human U2 small nuclear ribonucleoprotein particle auxiliary factor(hU2AF)はヒト由来のスプライシングに必須なタンパク質のひとつである。hU2AFはイントロン中の3'スプライス部位の近傍に存在するピリミジンに富む配列(polypyrimidine tract以下PPTと略す)に結合する。それによりスプライシング反応の3'スプライス部位が決定し、U2snRNPをはじめとしたスプライソソームの構成分子が集まり、スプライシング反応が進行すると考えられている。hU2AFは大小二つのサブユニットからなるタンパク質であり、前述したPPTへの結合活性は大サブユニットであるhU2AF65が担っている。hU2AF65は475アミノ酸残基からなるタンパク質であり、RNA結合ドメイン(RNA binding domain、以下RBDと略す)を3つタンデムに有する。hU2AF65のPPTへの結合活性はこれらのドメインに由来する。hU2AF65のRBD1およびRBD2のドメインはPPTを認識しうる最小単位であると考えられたため、はじめにこれらのドメインの立体構造解析をNMR法によりおこなった。NMR法による解析の結果、RBD1とRBD2はともにβαββαβという現在までに知られている他のRBDと同様の二次構造であることが明らかになった(図1、図2)。特にRBD2に関しては、アミノ酸配列から予想されていた二次構造に一致し、立体構造も一般的なRBDと類似していた。一方でRBD1に関しては、βαββαβという二次構造を保持しつつも、特異な構造が見いだされた。まず、hU2AF65RBD1のα1ヘリックスは典型的なRBDと比較してC末端側に1ターン長く、13残基からなる。hU2AF65RBD1の中で最も特徴的な構造はα1/β2ループであり、12残基と長く、他のRBDにはない疎水的相互作用が存在する。結果的にβ2ストランドはA188からN192のAVQINの領域になるが、このことはアミノ酸配列を用いた単純な二次構造予測では予想できなかった。hU2AF65RBD1のβ3/α2ループにも他のRBDと異なる点がある。まず、ループの長さが5残基と他のRBDと比較して少し長い。そしてV205の側鎖が特徴的なα1/β2ループの領域と疎水性相互作用をしている。hU2AF65RBD1のα2ヘリックスは9アミノ酸残基からなり、通常は10-11残基からなる他のRBDのα2ヘリックスと比較するとN末端側が1/2ターンだけ短い。

 マウスなどのいくつかの真核生物よりhU2AF65のホモログがクローニングされている。S.pombeを除いたU2AFに関しては、RBD1とRBD2の全領域にわたってアミノ酸配列の相同性が高い。またhU2AF65RBD1のα1からβ3の領域に関してはRBDとしては特異的であったが、この領域においても他種のU2AFとの間でアミノ酸配列の保存性が高い。

よってヒト以外の他種のU2AFにおいてもRBD1とRBD2はヒトと同様の立体構造であり、hU2AF65 RBD1のα1からβ3の特異な構造はU2AFの何らかの機能に関与していることが予想される。次にRNAを混合していくchemical shift perturbation実験をhU2AF65 RBD1およびRBD2についておこなった。RNAの配列には、U5C3U5とACUCU4CACAUAG、A15を用いた。RNAを加えたときのRBD1およびRBD2の化学シフトの変化は、U5C3U5やACUCU4CACAUAGの場合の方がAl5の場合と比較して非常に大きかった。よってRBD1とRBD2はドメイン1つの状態でも配列特異性をもつことが明らかになった。またRBDとRNAとの結合の交換速度はNMRの時間スケールで速い交換速度であった。NMRスペクトルの変化より得られた解離定数より、RBD1よりもRBD2のほうが標的RNAへの結合が強いことが明らかになった。U5C3U5を混合した場合とACUCU4CACAUAGを混合した場合を比較すると、化学シフトの変化のパターンはほとんど同様であった。RBD1とRBD2ともに、標的RNAの添加にしたがって、αリックス側よりもβシート側の化学シフトが大きく変化したが、RBD1とRBD2とを比較するとβシート側の化学シフトの変化に一部違いが見られた。hU2AF65 RBD1に特異的であったα1/β2ループ周辺の領域は他種のU2AFでもアミノ酸配列が保存されていたが、RNA結合活性には関与していないことがこの実験により明らかになった。一連のスプライシング反応においてRNA結合ではなく、タンパク質-タンパク質相互作用のような何らかの他のステップにこの領域が寄与している可能性がある。

 次に、hU2AF65の複数のRBDによるPPTの認識機構を解析した。解析のためのタンパク質にはhU2AF65 RBD1-RBD2を、PPTの配列にはU4C2U4Gを用いることをNMR法により決定した。まず非結合状態のhU2AF65RBD1-RBD2の化学シフトの帰属をおこなったところ、ドメインの領域の化学シフトは、ひとつのドメインのみを解析したときの化学シフトにほぼ等しかった。2つのドメインがつながった状態でも、ドメイン部分の立体構造が1つのドメインのみで解析したときの構造に等しいことを示している。ドメインをつなぐリンカー領域については、二次構造を特徴付けるNOEが観測されないことや、{1H}-15NNOE値が0に近い非常に小さい値であることから、フレキシブルな構造であることが明らかになった。次にU4C2U4GおよびA11を加えていくchemical shift perturbation実験をおこなった。U4C2U4Gの場合、RBD1とRBD2のドメイン部分と各ドメインのC末端側の領域における化学シフトの変化は、それぞれのドメインを用いたchemical shift perturbation実験に合致する結果が得られた。また、ひとつのRBDの場合と比較してRBD1-RBD2の場合には結合状態と非結合状態との交換の時間スケールがより遅く、結合はより強いことが明らかになった。ドメインをつなぐリンカー部分のC末端側の領域に関しては、化学シフトがほとんど変化せず、PPTとの結合状態での{1H}-15NNOE値は非結合状態と比較してほとんど変化しなかったため、PPTとの結合に従う構造変化はほとんどないことが示唆された。2つのRBDと標的RNAの複合体の立体構造が明らかにされているSxlタンパク質やpoly-A結合タンパク質、nucleolinの場合には、標的RNAへの結合に伴ってリンカー領域がヘリカルな構造をとり、2つのRBDが共同的により強固にRNAと結合する機構が知られている。しかしながら、hU2AF65RBD1-RBD2にはそのような機構は存在せず、これらのタンパク質とは異なる様式でPPTを認識していると考えられる。部位特異的スピンラベル法による実験結果からは、hU2AF65のRBD2がPPTの5'末端側を、RBD1が3'末端側を認識していることが示唆された。このような標的RNAの認識様式は前述のSxlタンパク質やpoly-A結合タンパク質、nucleolinの場合と共通している。NMR法より得られた情報から、hU2AF65RBD1-RBD2によるPPTの認識様式のモデルを構築した。

図1 hu2AF65RBD1およびRBD2の2D 1H-15N HSQCスペクトル

図2NMR法によって決定されたhU2AF65RBD1およびRBD2の立体構造のリボンモデル

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は4章から構成されている。第1章は序章として研究の背景について、第2章はhU2AF65のRBD1とRBD2の立体構造について、第3章はRBD1-RBD2と2つのドメインがつながった状態での標的RNAの認識機構について、第4章は総合討論として全体についての考察について述べられている。

第1章は本論文の背景と目的を述べる序章であり、スプライシングにおけるhumanU2 small nuclear ribonucleoprotein particle auxiliary factor(hU2AF)の機能についての説明がなされている。hU2AFはイントロン中の3'スプライス部位の近傍に存在するピリミジンに富む配列(polypyrimidine tract、PPT)に結合し、それにより3'スプライス部位が決定されるスプライシングに必須のタンパク質であることが述べられている。

第2章はhU2AFの大サブユニットであるhU2AF65のRNA結合ドメイン(RBD)の立体構造解析について述べられている。はじめに3つ存在するhU2AF65のRBDのうち、1番目と2番目のRBD(RBD1とRBD2)が標的RNAであるPPTへの結合能を有することを紫外線架橋法により検証し、つづいてRBD1とRBD2のそれぞれの立体構造をNMR法により決定している。その結果、RBD2の立体構造は他の典型的なRBDと類似した立体構造であるのに対して、RBD1は特徴的な立体構造をしていたことが明らかにされている。具体的にはRBD1のα1ヘリックスが1ターンC末端側に長く、α1/β2ループは12残基と通常の5残基と比較して長いことなどが述べられている。Chemical shift perturbation実験によりRBD1とRBD2の両ドメインともにベータストランドの領域でPPTを認識しながらも、両者の認識様式はβ2ストランド周辺で異なることが述べられている。また、RBD1のα1/β2ループ周辺の特徴的な構造はPPTへの結合に関与していないことから、RNA結合でない何らかのスプライシングの機能を担っていると考察している。

第3章はhU2AF65RBD1-RBD2のPPTの認識様式について述べられている。はじめにRBD1-RBD2とRBD1-RBD2-RBD3のPPTへの結合能をNMR法により検証した後に、ドメイン2つがタンデムにつながったRBD1-RBD2の溶液中でのPPTとの結合様式についてNMR法による解析をおこなっている。ドメイン領域については第2章と同様の認識様式を保持していることがchemical shift perturbation実験により明らかにされている。加えてSxlタンパク質など他のRBD-RNA複合体に観測されている標的RNAへの結合に同期したリンカー領域のヘリックスへの構造変化が、hU2AF65RBD1-RBD2の場合には存在しないことが明らかにされている。また、部位特異的スピンラベル法により、PPTの5'末端側をRBD2が認識し、3'末端側をRBD1が認識していることが述べられている。これらの情報を用いて、hU2AF65RBD1-RBD2とPPTとの複合体についてモデルを提唱している。

第4章は第2章と第3章の結果をふまえて総合討論をおこなっている。現在までに明らかにされているRBD-RNA複合体とhU2AF65とを比較することにより、より詳細なhU2AF65によるPPTの認識機構についての洞察がおこなわれている。また、スプライシングにおける、hU2AF65の機能についての考察もおこなわれている。なお、本論文第2章は、武藤裕・Michael R・Green・横山茂之との共同研究であるが、論文提出者が主体となって解析と検証をおこなったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。したがって、博士(理学)の学位を授与できると認める。

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