学位論文要旨



No 115955
著者(漢字) 久保田,浩行
著者(英字)
著者(カナ) クボタ,ユキヒロ
標題(和) ストレス応答性翻訳制御における新規GIドメインの役割
標題(洋) Role of GI Domain, a Novel Protein-protein Interaction Module,in Stress Responsive Translational Regulation
報告番号 115955
報告番号 甲15955
学位授与日 2001.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第3999号
研究科 理学系研究科
専攻 生物化学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 西郷,薫
 東京大学 教授 山本,正幸
 東京大学 教授 岩倉,洋一郎
 東京大学 教授 田之倉,優
 東京大学 教授 榊,佳之
内容要旨 要旨を表示する

哺乳類ゲノム中には、片親から受け継いだアレルしか発現しない『刷り込み遺伝子(imprinted genes)』が少数存在することが知られている。今までに同定された刷り込み遺伝子の多くは細胞の増殖や分化と密接に関係しており、個体レベルでは発生、成長そして行動の制御に関与することが示されている。実際、ヒトにおけるインプリンティングの異常は様々な特徴的先天性疾患のみならず、種々の悪性腫瘍、そして糖尿病、アトピー、躁鬱病などの多因子性疾患の発症にも関与することが明らかにされつつある。

 Impactは我々の研究室でマウスから単離された父性発現のインプリント遺伝子である。Impactは原核生物から真核生物にまで高度に保存された特徴的ドメインを持つ蛋白質をコードしているにも関わらず、その機能は全く不明の遺伝子であった。そこで私はImpactさらにはこのファミリーの生物学的機能を探る目的で、その酵母ホモログYIH1(Yeast lmpact Homologue1)を採り上げてその機能解析を行った。

 YIH1の機能解析の一環として私はYih1と相互作用する蛋白質を探索する目的でこれをbaitとした2ハイブリッドスクリーニングを行なった。その結果、Yihlが後述するアミノ酸合成の一般制御現象の必須因子Gcn1と相互作用することを見い出した。そこでYihlのGcn1相互作用領域を検討したところ、原核細胞にまで高度に保存されたC末端ドメインではなく、真核生物にのみ保存されているN末端領域であることが明らかになった。興味深いことに、Yih1のGcn1結合領域を用いてPSI-BLASTによるホモロジー検索を行ったところ、この領域はImpactのみならず各種由来のGcn2を含む様々なタンパク質と特徴的な3種類のモチーフ様配列を共有していることが判明した。私はこの領域がGcn2とImpact中に見い出されたことに因んでGIドメインと名付けた。

 GCN2もGCN1と同様にアミノ酸合成の一般制御現象の必須因子(General Control Nonderepressible)として同定された遺伝子である。アミノ酸合成の一般制御現象(General Control of Amino Acid Synthesis)とは、特定単一アミノ酸の欠乏に晒された酵母がそのアミノ酸のみならず様々なアミノ酸の合成に関与する遺伝子の発現を誘導する現象である。現在までに分かっている知見を要約すると以下の様になる。『アミノ酸欠乏によって細胞内に蓄積したuncharged tRNAがシグナルとなって、Gcn1依存的にeIF2αキナーゼGcn2を活性化する。活性化されたGcn2は翻訳開始因子eIF2αをリン酸化する。リン酸化されたeIF2αは、そのGDP結合型でグアニンヌクレオチド交換因子であるeIF2Bと複合体を形成しeIF2B活性を阻害する。その結果、eIF2αのGDP結合型からGTP結合型へのリサイクルが障害され、翻訳開始に必須であるMet-tRNA・eIF2α・GTP複合体の細胞内濃度が減少し、翻訳が全般に阻害される。この際に5'UTRに特殊な構造を持ち通常は翻訳が抑制されているGCN4mRNAのみは選択的に翻訳が誘導(脱抑制)される。そして転写因子Gcn4は各種のアミノ酸合成系遺伝子の転写を誘導する。』この一連の機構のうち、Gcn2によるeIF2αのリン酸化以降は近年の研究でその詳細が分子レベルで明らかにされてきた。一方、Gcn2自身の活性化に関しては遺伝学的にGCN1が必要であることが示されてはいたものの、その詳細な分子機構は不明のままであった。

 Yih1とGcn1の相互作用を司るGIドメインが、Gcn2上にも存在するという知見は、Gcn2も同じくGIドメインを介してGcn1と直接相互作用する可能性を示唆する。そこで私はこの可能性を検証すべく、酵母2ハイブリッドシステムと組み換え蛋白質を用いたin vitro結合実験でGcn1とGcn2の相互作用に検討を加えた。その結果、Gcn2のN末端に位置するGIドメイン(a.a.1-125)がGcn1のC末端領域(a.a.2048-2382)に直接結合することが明らかになった。更に、この相互作用におけるGIドメインの役割を明らかにするために、このドメイン中で高度に保存されているアミノ酸を置換した変異体Gcn2(E18A、E18K、Y74A、Y74A,P75A)を作製し、Gcn1との結合能を同様の手法で検討したところ、いずれの変異蛋白質もGcn1との結合能を欠くことが示された。興味深いことに、同様なアミノ酸置換を持ったYih1もGcn1との結合出来なかった。以上の結果は、GIドメインがGcn1との結合を媒介する必須最少要素であることを示している。

 次にこのGIドメインを介したGcn1-Gcn2相互作用の生物学的役割を検討するために、上記の実験でGcn1との相互作用を障害することが示されたY74A変異をゲノム上のGCM2遺伝子に導入したgcn2-Y74A株を作成したgcn2-Y74A株においてもGCM2株と同等のGcn2タンパク質が存在することが示され、この変異が蛋白質を不安定化しないことが確認されたので以下の解析を行った。まずアミノ酸合成の一般制御障害の指標として用いられる3-アミノトリアゾール(3-AT)感受性を検討したところ、変異株は高感受性を示し、アミノ酸合成の一般制御系が障害されていることが明らかになった。そこでアミノ酸合成系遺伝子の発現を司るGCN4の翻訳を、このmRNAの5'-UTRにlacZを接続した翻訳レポーター遺伝子を用いて検討したところ、変異株ではGCN4mRNAの翻訳脱抑制が障害されていることが確認された。最近、Gcn2の活性化を介さずにGCN4の翻訳を脱抑制する経路の存在も示されて来たので、最後にGcn2の活性化をリン酸化eIF2α特異的抗体を用いて検討した。その結果gcn2-Y74A株ではeIF2αのリン酸化が確かに障害されていることが判明した。この事実は酵母細胞唯一のeIF2αキナーゼであるGcn2の活性化が障害されていることを意味する。以上の結果は、GIドメインを介したGcn1との結合がGcn2のin vivoにおける活性化に必須であることを示している。

 上記の説を更に実証する為に、私はGcn1のGcn2結合能を障害する変異を2ハイブリッド法を応用してスクリーニングした。その結果、同定したF2290L変異をゲノム中のGCN1遺伝子に導入したgcn1-F2290L株を作成した。この変異株について、Gcn1タンパク質が不安定化していないことをウェスタンブロッティングで確認した上で、3AT感受性、GCN4翻訳の脱抑制、そしてeIF2αのリン酸化を検討したところ、gcn2-Y74A株と同様の結果が得られた。これにより、上記の仮説を裏付けることが出来た。

 さらにGcn2のGIドメインならびにGcn1上のGcn2結合ドメインをGAL1プロモーターによって過剰発現させたところ、その誘導に依存的にドミナントネガティブ効果が生じて細胞は3AT感受性を示した。またGcn1結合能を失ったGcn2-GIドメインの過剰発現ではこの効果は観察されなかった。

 以上、一連のgcn2,gcn1変異体および過剰発現実験の結果は一致して、『GIドメインを介したGcn2のGcn1への結合はGcn2の活性化、そしてそれが惹起するアミノ酸合成の一般制御に必須である。』ことを示しており、これまで不明であったGcn1によるGcn2活性化機構の一端が初めて明らかになった。

 さてGcn2と同様にGIドメインを持つYih1もGcn1上の同じ領域に結合することからYih1がGcn1によるGcn2の活性化を競合的に阻害する可能性が示唆される。そこでYih1の過剰発現の効果を検討したところ全長またはGIドメインを含むN末端領域では酵母細胞は3AT感受性を示したが、これを含まないC末端の過剰発現では3-AT感受性が誘導されなかった。この結果はGcn1-Gcn2相互作用の重要性を更に支持するのみならず、Yih1自身がアミノ酸合成の一般制御機構の負の調節因子として機能し得る可能性も示唆しており、今後この視点からの変異株の解析を行う予定である。

 また最近、GCN2のマウスホモログが、アミノ酸欠乏に応答して転写因子ATF6の翻訳を脱抑制することが示され、酵母と同様の系が哺乳類でも作動していることが明らかにされ、哺乳類Gcn1の機能解析およびYIH1の機能に関する上記仮説のImpactにおける検証も可能になりつつある。Impactが哺乳類においてもeIF2αのリン酸化の負の制御因子として作用するならば、それは翻訳抑制による増殖停止を解除する方向に機能することになり、他の多くの父性発現インプリント遺伝子同様、細胞増殖を基本的には正に制御する機能を持つ可能性もあり、今後の実験的検証が待たれる。

 なお本研究で見い出されたGIドメインはGCN2、Impact以外にも様々なタンパク質中に見い出されることから、タンパク質相互作用のモジュラードメインであると考えられる。それぞれのGIドメインの結合標的領域の同定は、GIドメインによる分子認識機構をより明瞭にし、相互作用ルールの定式化に繋がると思われる。シグナル伝達におけるモジュラードメインの重要性を鑑みるとGIドメインの発見そしてその解析は意義の深いものになると期待される。

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は、マウスのインプリント遺伝子Impactの機能解析の一貫として行われた出芽酵母ホモログYIH1(Yeast Impact Homologue 1)の機能解析に始まり、その過程で見い出された新規GIドメインの媒介する出芽酵母のアミノ酸飢餓応答(GCシステム)の制御機構の解析について述べられている。

 YIH1の機能解析の一環としてYIH1と相互作用する蛋白質を探索する目的でこれをbaitとした2ハイブリッドスクリーニングを行い、YIH1が出芽酵母におけるGCシステムの中心的役割を果たすGCN1と相互作用することを見い出した。そして、YIH1のGCN1との相互作用領域は原核細胞にまで高度に保存されたC末端領域ではなく、真核生物にのみ保存されているN末端領域であることを明らかにした。次にこの領域に対するホモロジー検索の結果、この領域はImpactのみならず各種由来のGCN2を含む様々なタンパク質と3種類のモチーフ様配列を共有していることを発見し、この構造をGCN2とImpact中に見い出されたとしてGIドメインと名付けた。

 YIH1とGCN1の相互作用を司るGIドメインが、GCN2上にも存在するという知見は、GCN2も同じくGIドメインを介してGCN1と直接相互作用する可能性を示唆する。これらの示唆から本論文は、酵母2ハイブリッドシステムと組み換え蛋白質を用いたin vitro結合実験でGCN1とGCN2の相互作用に検討を加え、GCN2のN末端に位置するGIドメイン(a.a.1-125)がGCN1のC末端領域(a.a.2048-2382)に直接結合することを明らかにした。更にこの相互作用でのGIドメインの役割を検討する為、このドメイン中で高度に保存されているアミノ酸を置換した変異体GCN2を作製GCN1との結合能を同様の手法で検討したところ、いずれの変異蛋白質もGCN1との結合能を欠くことが示された。同様なアミノ酸置換を持ったYIH1もGCN1との結合能を失っていた。以上の結果は、GIドメインがGCN1との結合を媒介する必須最少要素であることを示している。更に本論文は、GCN1のGCN2結合能を障害する変異を2ハイブリッド法を応用した方法でスクリーニングし、3つの変異体GCN1を得ている。

 次にこのGIドメインを介したGCN1-GCN2相互作用の生物学的役割を検討するために、上記の実験で得られた相互作用を障害するGCN2-Y74A,GCN1-F2291L変異を酵母細胞内に導入したgcn2-Y74A株ならびにgcn1-F2291L株を作成した。これらの変異体はGCN2の活性化そしてGCシステム作動の障害が予想される為、GCシステム障害の指標として用いられる3AT感受性を検討した。その結果変異株は高感受性を示し、これらの株においてGCシステムが障害されていることを明らかにした。更にアミノ酸合成系遺伝子の発現を司る転写因子GCN4の翻訳脱抑制がこれらの変異株において作動しているか確認する為、このmRNAの5'-UTRにlacZを接続した翻訳レポーター遺伝子を用いて検討したところ、変異株では翻訳脱抑制が障害されていることが確認された。最近GCN2の活性化を介さずにGCN4の翻訳を脱抑制する経路の存在が示されたので、最後にeIF2αキナーゼであるGCN2の活性化をリン酸化eIF2α特異的抗体を用いて検討した。その結果これらの変異体ではeIF2αのリン酸化が障害されていることが判明し、これにより酵母細胞唯一のeIF2αキナーゼであるGCN2の活性化が障害されていることを明らかにした。以上の結果は、GIドメインを介したGCN1との結合がGCN2のin vivoにおける活性化に必須であることを示している。

 最後に、GCシステムにおけるYIH1の生物学的意義をYIH1の過剰発現により検討し、その結果全長またはGIドメインを含むN末端領域では酵母細胞は3AT感受性を示したが、これを含まないC末端の過剰発現では感受性を示さない事を明らかにしている。この結果はGCN1-GCN2相互作用の重要性を支持するのみならず、YIH1自身がGCシステムの負の調節因子として機能し得る可能性も示唆している。

 以上、本論文は出芽酵母のGCシステムにおける、GIドメインが媒介するGCN2のGCN1への結合がGCN2の活性化ならびにGCシステムの作動に必須である事を明らかにした。本論文はこれまで明らかにされていなかったGCN1によるGCN2の活性化機構に重要な貢献をもたらすだけでなく、YIH1によるこのシステムの負の制御機構の存在を提示し、更に新規タンパク質相互作用モジュールGIドメインの発見はシグナル伝達研究全般への貢献をもたらすものと思われる。なお、本論文第2章は、伊藤 隆司・榊 佳之との共同研究であるが、論文提出者が主体となって分析及び検証を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

 したがって、博士(理学)の学位を授与できると認める。

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