学位論文要旨



No 115959
著者(漢字) 中山,恒
著者(英字)
著者(カナ) ナカヤマ,コウ
標題(和) オンコスタチンMにより誘導される遺伝子の同定およびそれらの造血系における機能解析
標題(洋) Cloning of Oncostatin M Inducible Genes and Their Characterization in the Hematopoietic System
報告番号 115959
報告番号 甲15959
学位授与日 2001.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第4003号
研究科 理学系研究科
専攻 生物化学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 多羽田,哲也
 東京大学 客員教授 横田,崇
 東京大学 教授 岩倉,洋一郎
 東京大学 教授 秋山,徹
 東京大学 教授 宮島,篤
内容要旨 要旨を表示する

オンコスタチンM(OSM)はIL-6ファミリーに属するサイトカインであり、その作用はがん細胞の増殖抑制、血管内皮細胞の増殖促進、造血発生の支持など多岐にわたっている。マウスの造血発生は卵黄嚢の一次造血に始まる。一方、成体型の造血は大動脈・生殖器・中腎(AGM)領域で始まり、胎生肝臓を経て、最終的な造血の場所である骨髄に移行する。発生過程における造血場所の変化は、造血幹細胞の移行によると考えられている。AGM領域の初代分散培養系が近年確立され、この培養系においてはOSMの存在下で血管内皮様の細胞が増殖してクラスターを形成するとともに、浮遊性の血球細胞の産生がみられる。また、細胞レベルでの更なる解析により、AGM領域の初代培養系で増殖してくる血管内皮様細胞群には、血管内皮細胞と血球に共通の前駆細胞であるヘマンジオブラストが含まれていることおよび、OSMがヘマンジオブラストに作用する可能性が示唆された。AGM領域でのOSMの作用を明らかにするために、AGM領域初代培養系より樹立されたOSM応答性のヘマンジオブラスト様細胞株LOを用いて、OSM刺激の前後で二種類のcDNAライブラリーを作成し、これらのcDNAライブラリーから、サブトラクション法によりOSM誘導性遺伝子の同定を試み、多数の遺伝子を得た。それらの中で、誘導性および発現のパターンをもとに、OIG37、ZIO、およびHes-1の三つのクローンを選択し、これらのクローンに関して解析を進めた。

OIG37の同定および解析

OIG37はGADD45ファミリーに属する新規遺伝子である。このファミリーはUV照射によって誘導される遺伝子として同定されたGADD45および、IL-6刺激に応答して誘導される遺伝子として同定されたMyD118から構成されていた。OIG37はこれらの分子とアミノ酸レベルで55%程度の相同性を示した。このファミリーは主にストレスやサイトカイン刺激に応答して誘導され、細胞増殖を抑制することが知られていた。OIG37の組織レベルでの発現はGADD45、MyD118と同様に、各組織に普遍的にみられた。しかし、サイトカインによる誘導パターンを三つの遺伝子間で比較したところ、GADD45はサイトカインによる誘導がほとんど見られなかったのに対して、MyD118では穏やかな誘導が観察され、OIG37に関しては顕著な発現誘導が観察された。一方、ストレスによる誘導性をメチルメタンスルホン酸添加により検証したところ、GADD45において発現誘導が引き起こされたのに対して、MyD118ではその発現量は変化せず、OIG37においては非常に遅い時間経過でわずかに誘導されるのみであった。このようにOIG37の発現誘導は主にサイトカイン刺激で引き起こされることが示されたので、その誘導がサイトカイン刺激により活性化される、RasおよびSTATを介したシグナル伝達経路のどちらに依存しているのかを検討した。優性抑制型STAT3を発現したLO細胞をOSMで刺激すると、OIG37の誘導が抑制されたことなどから、OIG37の発現誘導にはSTAT3経路が重要な役割をしていることが示唆された。

OIG37の細胞内における機能解析をOIG37遺伝子の強制発現実験により行った。この結果、OIG37はLO細胞、NIH3T3細胞、BaF3細胞などの増殖をMyD118と比較して強く抑制した。以上の結果から、OIG37はGADD45ファミリーに属する増殖抑制因子であることが示された(図1)。

ZIOの同定および機能解析

ZIO(zinc finger protein induced by Oncostatin M)は新規のzincフィンガー型転写因子であり、分子内に12個のC2H2型zincフィンガーモチーフを持つ。一般的に、zincフィンガーモチーフを持つ分子はDNAに結合して、転写因子として働くことやタンパク質間の相互作用に働くことなどが知られている。ZIOの細胞内における分布をCOS7細胞を用いた強制発現実験により検討したところ、ZIOは核に局在することが示された。このような結果から、ZIOは転写因子として機能していることが推測された。そこで、ZIOが転写活性化能を持つかどうかを検討するために、ZIOをいくつかの既知のプロモーター配列とルシフェラーゼ遺伝子が結合したようなコンストラクトとともに共発現させて、ルシフェラーゼ活性を測定した。その結果、β-caseinプロモーター領域,APREなどと結合したルシフェラーゼの発現を誘導したことから、ZIOは転写因子であることが示された。

ZIOはLO細胞で同定された遺伝子であることから、ZIOの細胞内における機能の解析を行うために、AGM領域の初代培養系にレトロウィルスベクターを用いて強制発現した。その結果、AGM領域初代培養系に特徴的な血管内皮様細胞の形態変化が観察されたとともに、培養系に出現する浮遊性の血球細胞数が減少することが観察された。さらに、これらの血球のメチルセルロース内でのコロニー形成能を検討したところ、コントロール群に比べて、顕著にコロニーの形成能が低下することが示された。これらの結果より、ZIOはAGM領域において、血管内皮細胞の形態を変化させるとともに、造血能を低下させる活性を持つことが示された(図2)。

Hes-1の機能解析

HesファミリーはbHLH型の転写因子であり、現在までにHes-1からHes-6までの分子が同定されている。Hes-1は神経系において細胞分化を抑制する活性を持ち、神経幹細胞からニューロンおよびグリアへの分化を調節する分子の一つであることが明らかとなってきている。近年、造血系においてもT細胞の発生過程に関与していることが示された。Hes-1のノックアウトマウスは脳が正常に形成されないために致死となることが報告されており、この原因は幹細胞の分化が正常なタイミングで引き起こされず、機能的な細胞が適切な個所に存在しなくなるためと考えられいる。Hes-1と同様の働きをしている分子にHes-5があり、この遺伝子のノックアウトマウスではマウスは正常に生まれるが、これはHes-1が補償的に働いているためと考えられる。

Hes-1の作用機序はbHLH分子の間でヘテロおよびホモダイマーを形成することで、様々な転写を主に抑制的に制御していると考えられている。Hes-1遺伝子の発現誘導は主にNotchシグナルによって制御されており、NotchシグナルによりNotchの細胞内ドメインが切断されると、転写因子であるRBP-JKと結合して、Hes-1プロモーターにあるRBP-Jk結合領域に結合してHes-1の発現を誘導する。一方でHes-1遺伝子のプロモーター領域にはHes-1自身の結合領域もあるため、ネガティヴフィードバックがかかるような仕組みも存在している。Hes-1はPC12細胞においてbFGFにより誘導されてくる遺伝子として報告されている。近年、DNAチップを用いた一連の遺伝子群の解析より、NIH3T3細胞でPDGFにより誘導されてくる遺伝子としての報告もある。

Hes-1はLO細胞においてはOSMに依存的に誘導される遺伝子であり、等量のRNAを用いた解析においては、NIH3T3、M1およびBaF3細胞での発現はみられなかった。Hes-1をAGM領域初代培養系で強制発現させたところ、大きな形態的な変化は観察されなかったが、一部の細胞においてPCLP1陽性の細胞群が維持されることが観察された。Hes-1はbHLH領域を介して、様々な分子と会合してその活性を抑制するので、Hes-1と会合している分子が細胞機能に関わる活性を持つことが予想されるため相互作用する分子の探索をtwo-hybrid法を用いて行い、10個のクローンを単離した。Hes-1プロモーターを用いたルシフェラーゼの活性を測定した結果から、得られたクローン中4個はHes-1の転写抑制活性を解除するような活性を持つこと示された。

図1 GADD45ファミリーの細胞内における作用機序のモデル

図2 血球・血管系細胞の分化におけるZIOの作用点

審査要旨 要旨を表示する

本論文は全五章からなる。第一章は序論であり、一連の研究の中心テーマである、マウスの造血発生およびサイトカインの作用についての一般的な事象が紹介されている。二章から四章に関しては、血管内皮様の細胞株LOから得られたオンコスタチンM(OSM)による誘導性遺伝子に関して述べられている。第二章では新規OSM誘導性遺伝子OIG37の機能解析、第三章では新規zincフィンガータンパク質EZIの機能解析、第四章ではベーシック/ヘリックス・ループ・ヘリックス(bHLH)型タンパク質Hes-1の機能解析についてそれぞれ記述されている。第五章では、それらの遺伝子の機能解析より得られた情報をもとにOSM誘導性遺伝子の造血発生への関与について考察されている。

マウスの造血発生は卵黄嚢における一次造血に始まり、AGM領域での二次造血の開始、さらに胎生肝へと引き継がれ、成体における造血器官である骨髄へ最終的に移行する。二次造血が始まるAGM領域ではOSMが発現しており、また、AGM領域の初代培養系ではOSMの作用により、血管内皮細胞のクラスターの出現および血球細胞の産生が引き起こされる。OSMはIL-6サイトカインファミリーに属するサイトカインであり、筋細胞、血管内皮細胞の増殖を促すことなどが知られている。AGM領域における造血発生過程でのOSMの役割を遺伝子レベルで解析するために、血球産生能を持つ内皮様細胞株LO細胞を用いて、cDNAライブラリーのサブトラクション法によりOSM誘導性遺伝子の同定、解析が進められた。サブトラクション法により得られた遺伝子の中で、OIG37、EZI、Hes-1に関して更なる解析が行われた。

第二章では、OSM誘導性の新規遺伝子であるOIG37の解析について述べている。OIG37の全長の配列を決定することにより、この遺伝子が既知の分子である、GADD45およびMyD118と高い相同性を示し、GADD45ファミリーを形成することが明らかとなった。GADD45ファミリー分子のマウスの成体組織における発現は普遍的であり、顕著な差は見られなかったが、これらの分子間で細胞レベルでの誘導は異なっていた。サイトカイン刺激による誘導はOIG37やMyD118では顕著に認められたのに対して、GADD45ではほとんど認められなかった。一方で、ストレスによる誘導はGADD45で顕著に認められたが、OIG37やMyD118ではほとんど見られなかった。このように発現誘導の調節機構は異なっていた。GADD45ファミリー分子を細胞に強制発現させたときの作用は共通に細胞増殖を抑制することが明らかとなった。一連の実験より、GADD45ファミリー分子は増殖抑制という共通の作用を持っているが、その作用点はGADD45が主にストレス応答を、MyD118やOIG37がサイトカインに対する応答に中心的に関わっていることが考察され、モデルとして提示された。

第三章では、新規zincフィンガータンパク質であるEZIの機能解析について述べている。配列決定の結果、EZIはC2H2型のzincフィンガータンパク質ファミリーに含まれることが明らかとされた。EZIは分子内に12個のzincフィンガーモチーフを持っており、595残基のアミノ酸より構成されている。EZImRNAのサイトカインによる誘導は顕著ではなかったが、マウス胎仔の組織レベルでの発現はAGM領域で高かった。EZIの細胞内における局在を免疫化学染色法を用いて検出したところ、EZIは核に顕著に局在していることが明らかとなった。このようにEZIの構造的なモチーフおよび細胞内の局在などから、EZIは転写因子として働いている可能性が示唆され、プロモーター領域にルシフェラーゼが結合したようなコンストラクトを用いてEZIの転写活性化能を検討したところEZIにより転写活性化が認められたことからEZIは細胞内において転写因子として働いている可能性が示唆された。また、この転写活性はOSMの刺激により増強され、一方で抑制変異型のSTAT分子を共発現させることにより、抑制されることが明らかとなった。すなわち、EZIの転写活性化にはSTAT分子が関与していることが示唆された。EZIの細胞内における機能がレトロウィルスを用いた強制発現系により検討された。EZIをAGM領域の初代培養系に強制発現させると、この培養系に特徴的な血管内皮細胞のクラスターの形態が変化し、通常は円形の内皮細胞が、長く伸張した形態を示すようになった。しかし、形態的に変化した細胞もアセチル化低密度リポタンパク質を取り込み、血管内皮細胞の性質は保持されていた。これらのことより、EZIは血管内皮細胞の形態変化を誘導するような活性を持つことが示唆された。その一方で、EZIを強制発現させることによりAGM領域の初代培養系において出現する血球数が減少することが明らかとなった。これらの活性よりEZIはAGM領域の初代培養系において、血管内皮細胞および血球細胞の分化に関与していることが示唆され、作用点は血管および血球に共通の前駆細胞である、ヘマンジオブラストであるというモデルが提示された。

第四章はbHLH型タンパク質Hes-1について記述されている。Hes-1は転写に抑制的に働く分子であることが知られていた。また、神経幹細胞の分化を抑制する効果を持つので、同様な分化抑制活性が血球系においても認められるかが検討された。Hes-1をレトロウィルスを用いた系によりLO細胞に強制発現させると、LO細胞が血管内皮様の円形から伸張したような形態へと変化して、束状になった。またAGM領域の初代培養系においてもHes-1を細胞内に強制発現させたところ、形態的な変化は認められなかったが、ヘマンジオブラストの表面抗原であるPCLP1の発現が維持されることが明らかとなった。このようにHes-1のAGM領域造血発生への関与を示唆する結果が得られている。また、神経系では、Hes-1は他のbHLH型転写因子と相互作用して、その働きを抑制することが知られている。しかし、血球系においてはその標的となるようなbHLH型転写因子は同定されていなかった。そこでHes-1がDNAおよびタンパク質との結合に重要な役割をする、bHLHドメインをおとりにして、酵母ツーハイブリッド法を用いて相互作用する因子の同定を試みた。その結果、4種の候補となる分子が得られており、これらの分子はHes-1によって抑制される転写活性を解除し、活性化させることまでが明らかとなっている。

第五章には、一連の研究を通じて、OSM誘導性遺伝子の機能からAGM領域における造血発生へのOSMの関与が考察されている。

なお、本論文第二章の内容は、原孝彦、日比正彦、平野俊夫、宮島篤との共同研究であり、第三章および第四章は宮島篤との共同研究である。いずれの章においても学位申請者である中山恒がその研究を中心的に進めており、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

したがって、博士(理学)の学位を授与できると認める。

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