学位論文要旨



No 115960
著者(漢字) 橋本,修一
著者(英字)
著者(カナ) ハシモト,シュウイチ
標題(和) B細胞特異的な新規Etsファミリー転写因子、PrfのB細胞分化および機能における役割
標題(洋)
報告番号 115960
報告番号 甲15960
学位授与日 2001.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第4004号
研究科 理学系研究科
専攻 生物化学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 宮島,篤
 東京大学 教授 横田,崇
 国立感染症研究所   竹森,利忠
 千葉大学大学院 教授 古関,明彦
 東京大学大学院 教授 坂野,仁
内容要旨 要旨を表示する

 哺乳類の免疫系において主要な細胞種であるB細胞は、細胞の分化や刺激応答の研究モデルとして従来より詳細な解析が行われてきた。その中で、遺伝子発現を制御し最終的に分化の進行や刺激応答を引き起こす蛋白である転写因子については、特に活発な研究がおこなわれており、B細胞特異的な遺伝子発現を司る転写因子が数多く同定され、そのB細胞の分化および機能発現における役割が研究されてきた。

 免疫グロブリン(Ig)遺伝子の再構成は、B細胞の分化の重要なステップの一つであるが、この再構成はIg遺伝子上のDNAシスエレメントおよびこれと相互作用する転写因子によって制御されていると考えられている。たとえば、免疫グロブリンK軽鎖遺伝子の再構成は、B細胞の、特にpreB細胞とよばれる分化段階でのみ起こるが、当研究室における研究により、この遺伝子の3'エンハンサー内に存在する転写因子PU.1の結合配列を変異させた組換え基質をトランスジーンとして導入したマウスでは、このトランスジーンの組換えがproB細胞や丁細胞においても起き、組織特異性・分化段階特異性が失われることが明らかとなった。このことは、PU.1結合配列に作用する蛋白が、何らかの機構によりIgk鎖遺伝子のDNA構造を変化させることで、この遺伝子における組換えを組織特異的、分化段階特異的に制御していることを示唆している。私は、このような蛋白を単離しその機能を調べることで、Igk遺伝子再構成の制御機構を解明することを目標とした。

 まず私は、酵母細胞を用いたone-hybrid法を用いてIgk遺伝子3'エンハンサーのPU.1結合配列に結合する蛋白を、胸腺細胞のcDNAライブラリーよりスクリーニングした。その結果、PU.1と相同性の高く、かつ未知の蛋白をコードするクローンを得た。このクローンの全長をスクリーニングしたところ、Pu.1およびSpi-BのDNA結合ドメインと約60%の相同性を有する領域をもつ、273アミノ酸の蛋白をコードする遺伝子を得た。私はこの遺伝子をPU.1関連因子(PU.1related factor:prf)と名づけた。(Fig.1)

 PrfのDNA結合活性を、in vitroにおいて合成した蛋白を用いて検定したところ、これまでPU.1の結合配列として知られているDNA配列の多くを認識することが明らかとなった。これに対し、prf遺伝子の発現はpu.1およびSpi-Bとは異なってB細胞特異的であり、さらにB細胞の分化段階においては、骨髄のpre-B細胞において発現量が増加し、immature B細胞においていったん減少したのち、末梢のB細胞において再び発現が高まるという、特徴的な発現パターンを示すことが明らかとなった。(Fig.2)

 転写因子PU.1はB細胞やマクロファージなどで発現する数多くの遺伝子の制御領域に結合し、特にB細胞とマクロファージの分化を決定していると考えられている。一方、Spi-BはB細胞受容体を介したシグナル伝達系の構築に重要であると考えられている。PrfがPu.1、Spi-Bと同じDNA配列を認識し、かつPu.1、Spi-Bと異なる発現パターンを示すことは、B細胞の分化および機能発現において、PrfがPU.1やSpi-Bと相補する形で独自の役割を果たしていることを示唆した。

 また、培養細胞を用いた転写活性の検定により、PrfはPU.1と同様転写活性化能を持つことが明らかとなった。PU.1はIgk遺伝子3'エンハンサー上で、近傍に結合するB細胞特異的な転写因子BSAP(B cell specific activator protein)によってその転写活性が抑制され、このことがIgk遺伝子の分化段階特異的発現制御に重要であると考えられてきた。私はさらにPrfについてBSAPとの転写活性における関係を調べたところ、PrfはPU.1と対称的にBSAPと協調的に転写を活性化することが明らかとなった。Prfがpre-B細胞において発現していることと考え合わせると、従来考えられてきたモデルとは異なり、Igk遺伝子の組換え、発現がpre-B細胞においてPrfによって活性化されている可能性が考えられた。

 以上の結果をもとに、私はPrfの生理的機能を解明するため、prf遺伝子欠損マウスを作製し、その表現型を観察した。PU.1やSpi-Bについてはすでに遺伝子欠損マウスが作製されている。PU.1遺伝子欠損マウスは胎生致死あるいは生後まもなく極度の貧血によって死亡し、B細胞の発生が完全に停止する。spi-B遺伝子欠損マウスについてはB細胞の丁細胞依存的抗原反応性が著しく低下し、免疫後の胚中心の形成が不安定になる。さらに、spi-b-/-PU.1+/-マウスにおいてはB細胞受容体を介したシグナル伝達が損なわれ、B細胞の選別が機能しなくなる結果、末梢のB細胞数が減少する。以上のような報告から、Prfの欠損マウスにおいてはB細胞の分化異常、成熟B細胞の抗原刺激に対する反応性異常、そして免疫後のT細胞依存的抗原反応の異常が観察されることを予想し、これらについて解析を行った。

 作製したprf遺伝子欠損マウスは正常に成熟し、末梢におけるB細胞数にも変化は無かった。さらに骨髄および脾臓におけるB細胞分化を、表面抗原を指標としたフローサイトメトリーにより解析したが、prf-/-マウスと野生型マウスで大きな変化は認められなかった。また、免疫グロブリンK軽鎖を発現する細胞の比率にも大きな変化はなかった。以上の結果より、K軽鎖遺伝子の再構成・発現を含め、B細胞の成熟過程においてPrfが不可欠な働きをしていることはないと考えられた。

 さらに、prf-/-マウスの成熟B細胞を脾臓より精製し、in vitroにおいて種々の増殖刺激存在下で培養したところ、野生型とほぼ同様の増殖活性を示した。またDNP-KLHでprf-/-マウスを免疫後、一次抗原反応によって産生される血清中の抗体量を検定したが、これも野生型とほぼ同じ抗体産生量を示した。このように、抗原刺激に対してprf-/-マウスのB細胞が正常に反応する一方、無免疫状態においては、血清中のIgG1,IgG2a,IgG2b各クラスの抗体量が野生型に比べ2倍程度に上昇していることが観察された(Fig.3)。このような現象は、自己免疫疾患のモデルマウスとして知られるMRL1lpr/lprマウスや自己免疫様の表現型を示す遺伝子改変マウスなどにおいて見られる現象であり、prf遺伝子欠損マウスにおける自己免疫現象の存在を示唆するものであった。

 本研究において私はPU.1、Spi-Bと同じDNA配列を認識する新規の転写因子Prfを単離した。PU.1はB細胞への分化決定に、Spi-BはB細胞の丁細胞依存的抗原反応にそれぞれ重要な転写因子であるが、これらに加えて、今回さらに同じDNA配列を認識するPrfが得られたことは、PU.1ファミリー蛋白によるB細胞分化・機能制御を考える上で注目すべきことである。さらにPrfはEtsドメイン以外においてはPU.1、Spi-Bと相同性が無く、これらと同じDNA配列を認識しながらも、PU.1やSpi-Bとは異なる活性を持っていると考えられた。実際Prfが、BSAPとの相互作用においてPU.1と対称的な転写活性を示したことはこのことを裏付けている。

 Prfの発現がPU.1やSpi-Bと異なってB細胞特異的であり、さらにB細胞の分化段階において特徴的な発現パターンを示すことから、Prfは、PU.1あるいはSpi-Bの働きを調節することで、これらの蛋白だけでは行うことのできない、より精密な遺伝子発現制御にかかわっている可能性が高い。本研究により観察されたprf-/-マウスの表現型は非常に弱いものであったが、このことはPrfの本来の機能がPU.1やSpi-Bの機能をより詳細に調節することであるからとも考えられる。この可能性については、PU.1あるいはspi-b遺伝子との二重遺伝子欠損マウスにおいて、より重篤な表現型が観察されることが期待される。その一方で、prf-/-マウスにおいて血清中のIgGの抗体量が増加するという表現型が見られたことは、B細胞の分化におけるPrfの独自の機能を示唆する点で興味ぶかい。

 本研究においてPrfという新規PU.1ファミリー蛋白が単離され、その解析がなされたことは、PU.1ファミリー蛋白によるB細胞の分化および機能の制御メカニズムのより深い理解にとって大きな進歩であるといえる。

Fig.1 Prfの構造とPU.1、Spi-Bとの比較。

数字はアミノ酸レベルの相同性。PrfはPU.1、Spi-Bと約60%の相同性のある配列(Ets domain)を持っているが、それ以外の領域は、既知の蛋白との相同性は無い。

Fig.2 prf mRNAの発現。図に示した細胞集団をFACSにより分取し、RT-PCR法によってprfmRNAの発現を検出した。prfの発現はB細胞特異的であり、かつpre-Bで発現がみられた後にimmatureB(B220+Ig+)において発現が減少するという、特徴的なパターンを示す。

Fig.3 無免疫状態のprf遺伝子欠損マウスの血清申におけるIgG量の増加。

無免疫状態の8週令マウスの血清中の各サブクラスの抗体濃度をELISA法により検定した。IgG1、IgG2a、IgG2bの各抗体量が2倍程度に増加している。

審査要旨 要旨を表示する

 本学位論文は、Bリンパ細胞で特異的に発現する新規転写因子PU.1 related factor(Prf)について、遺伝子の単離及び変異マウスの作成を中心に報告したものである。

 Prfは免疫グロブリンκ鎖の組換えおよび発現を制御する3'エンハンサー内のPU.1結合配列に結合する蛋白因子として単離された。Prfは、すでに報告されている転写因子PU.1およびSpi-BとそのDNA結合ドメインにおいて高い相同性を有し、実際にPrf蛋白がPU.1およびSpi-Bと同じ標的DNA配列と相互作用することが報告された。その一方で、DNA結合ドメイン以外の配列はPrfとPU.1はまったく異なっていることが示された。Prf蛋白はPU.1と同様にそれ自身転写活性化能を持つことが示された。さらに、同じくB細胞特異的な転写因子であるBSAP(B cell specific activator protein)がPU.1の転写活性を抑制するのと反対に、PrfとBSAPは協調的に転写活性化を行うことが示された。加えて、PrfはB細胞の分化過程において、pre-B細胞および成熟B細胞でのみ発現するという、PU.1およびSpi-Bには見られない特徴的な発現パターンを示すことが報告されており、これらの結果から、PrfがPU.1やSpi-Bによる遺伝子発現の制御を、分化段階的により詳細に調節する役割を持っていると結論付けられている。

 さらに本学位論文においては、Prfの生理的機能の解明を目的とした、遺伝子欠損マウスの作製およびそのB細胞の分化および機能に関する表現型の解析について報告されている。prf遺伝子欠損マウスの骨髄中および脾臓中のB細胞集団の細胞数に大きな変化はみとめられず、Prfの欠損はB細胞分化に単独では大きな影響をあたえないことが示された。脾臓成熟B細胞の各種増殖刺激に対する反応性は正常であるものの、個体レベルの丁細胞依存型抗原反応が減退していることが報告された。さらに、Prf遺伝子欠損マウスは、無免疫状態における血清中の免疫グロブリン濃度の上昇、高頻度の血清中の抗核抗体の検出といった、自己免疫疾患モデルマウスと類似した表現型を示した。これらの表現型はPU.1およびSpi-Bの遺伝子欠損マウスとは異なるものであり、Prfが生体内でPU.1、Spi-Bとは異なる機能を持つことが明らかとなった。具体的には、B細胞と丁細胞の相互作用におけるシグナル伝達系の構築、および未成熟B細胞における負の選択の機構の成立にPrfが重要な役割を果たしていると推察されている。

 本研究は、ここで新たに同定されたPrfを含む、いわゆるPU.1ファミリー因子による協調的転写制御に、統一的理解を与えるものとして重要である。論文の前半は西住、林、名川、坪井、竹森、坂野との共著として欧文誌に公表されたが、論文提出者が筆頭著者であることからも明らかなようにその寄与は十分であると認められた。論文後半部分についても、現在筆頭著者として別の欧文誌に投稿準備中である。

 以上の様に、本研究は提出者が中心となって行われたものであり、その内容及び関連分野への寄与を考慮して、博士(理学)の学位を授与出来ると判定した。

UTokyo Repositoryリンク