学位論文要旨



No 115961
著者(漢字) 花田,克浩
著者(英字)
著者(カナ) ハナダ,カツヒロ
標題(和) 非相同的組換えの制御機構
標題(洋)
報告番号 115961
報告番号 甲15961
学位授与日 2001.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第4005号
研究科 理学系研究科
専攻 生物化学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 山本,正幸
 東京大学 教授 大坪,栄一
 東京大学 教授 中村,義一
 東京大学 講師 名川,文清
 東京大学 教授 岩倉,洋一郎
内容要旨 要旨を表示する

 非相同的組換えとは、DNAの配列に依存しない組換えや非常に短い相同性に依存して起こる組換えのことで、紫外線等のDNAダメージによって誘導されることが知られている。非相同的組換えは原核生物から真核生物に至る多くの生物種で起きる現象であり、染色体異常の原因の1つである。染色体異常は癌や細胞死などを引き起こすことから、非相同的組換えはそれを精巧に制御する機構によって抑制されていると考えられている。しかしながら、その制御機構については、ほとんど明らかになっていない。そこで、解析が容易な大腸菌を用いてそのメカニズムを明らかにすることにした。

1. RecQによる非相同的組換えの抑制効果

 RecQは、3'→5'の方向にDNAを巻き戻すヘリカーゼという酵素で、相同組換えのRecF経路で作用する酵素である。近年、ヒトの遺伝病で染色体異常を高頻度に起こすブルーム症候群、ウェルナー症候群、ロスムンド-トムソン症候群の原因遺伝子が同定され、recQ遺伝子と相同性をもっていつことが明らかになった。RecQが非相同的組換えを抑制するかどうかを検討するために、recQ変異株を用いて非相同的組換えの頻度を測定した。その結果、recQ変異株では紫外線照射の有無に関わらず、非相同的組換えの頻度が上昇していた(図1)。このことから、RecQは自然誘発、および、紫外線によって誘導される非相同的組換えを抑制する機能があることが明らかになった。

 (b)ラムダ・ファージを染色体上のattP部位に導入した株を用いて測定した非相同的組換えの頻度。

2.UvrABによる非相同的組換えの抑制効果

 非相同的組換えは紫外線照射によって誘導されることから、紫外線によるDNAのダメージが非相同的組換えを誘導することが考えられる。UvrABは、紫外線によるDNAの傷を排除する除去修復に関与する因子である。除去修復と非相同的組換えとの関連性を検討するために、uvrA〜uvrD変異株を用いて非相同的組換えの解析を行った。その結果、uvrAおよびuvrB変異株では野生株に比べて紫外線照射条件下での組換えの頻度が上昇していた(図2a,b)。一方、uvrCおよびuvrD変異株では組換えの頻度の上昇が観察されなかった(図2a)。次に、UvrAとUvrBとの関係を明らかにするためにuvrA uvrB二重変異株の解析を行ったところ、自然誘発条件下での組換え抑制機能に関して両者は相乗効果をもつことが明らかになった(図2c)。このことから、UvrAおよびUvrBは、除去修復とは独立に非相同的組換えを抑制する機能を持つことが示唆される。さらに、UvrAおよびUvrBとRecQとの関係を、uvr recQ二重変異株を用いて検討した。その結果、uvrA recQ二重変異株でのみ組換えの抑制機能に関して相乗効果をもつことが明らかになった(図2d)。これらの結果から、UvrAおよびUvrBは、RecQと協調して非相同的組換えを抑制することが明らかになった。

3. RecJに依存する非相同的組換え経路に対するRecQの役割

 紫外線照射条件下の非相同的組換えは、RecJ5'→3'1本鎖DNA特異的エキソヌクレアーゼによって誘導される。RecJとRecQとの関係を検討するために、recQ recJ二重変異株を作成し非相同的組換えの頻度を測定した。その結果、紫外線照射条件下におけるrecQ recJ二重変異株の組換え頻度はrecQ変異株と比べて低下していた。このことから、RecQは紫外線照射条件下でRecJに依存する非相同的組換えを抑制することが明らかになった。しかしながら、自然誘発条件下でのrecQ recJ二重変異株の組換え頻度は、recQ変異株と同等であり、野生株やrecJ変異株に比べて上昇していた。このことは、自然誘発条件下では、RecJに依存しない組換え経路が存在することを示唆しており、その経路はRecQによって抑制されていることを示唆している。

4. RecJに依存する非相同的組換え経路に対するUvrBの役割

 UvrABもRecJに依存する非相同的組換えを抑制している可能性が考えられる。そこで、uvrB recJ二重変異株を作成し非相同的組換えの解析を行った。その結果、uvrB rexJ二重変異株における組換え頻度は、recJ変異株における組換え頻度よりも上昇していた。このことから、UvrBは、少なくとも紫外線照射条件下でRecJに依存しない非相同的組換えを抑制することが示唆される。さらに、recQ recJ uvrB三重変異株を用いてその効果を検討したところ、紫外線照射条件下におけるrecQ recJ uvrB三重変異株の組換え頻度は、recQ recJ二重変異株やuvrB二重変異株における頻度よりも上昇していた。

5. 非相同的組換えにおけるRecJとRecEの役割

 RecE5'→3'2本鎖DNA特異的エキソヌクレアーゼも非相同的組換えを促進することが知られている。そこで、RecEと、RecJとの関連性の検討を試みた。本研究で使用している菌株はrecE遺伝子を持たない系統であることから、RecEを発現するベクターを導入しその効果を解析した。まず、野生株でRecEを発現したところ、RecEの発現によって非相同的組換えの頻度が上昇した。次に、recJ変異株でRecEを発現したところ、紫外線照射条件下ではrecJ変異株と同等のレベルにまで組換え頻度が低下した。これらの実験からRecEは紫外線の有無に関わらず非相同的組換えを促進することと、紫外線照射条件下におけるRecEによって促進される組換えはRecJと同一の経路であることが明らかになった。

本研究によって明らかになったこと

 大腸菌では、非相同的組換えは非常に低い頻度の抑えられている。しかしながら、紫外線照射等のDNAダメージによってその頻度は上昇する。これは、DNAダメージによりDNAの二重鎖切断が増加するからだと考えられている。非相同的組換えは、切断されたDNAが二重鎖切断修復の経路ではなく、末端同士で再結合されることによって引き起こされると考えられている。本研究で、RecQは非相同的組換えを抑制することを明らかにした。RecQはDNAヘリカーゼであることから、切断されたDNA末端の会合を壊すことによって非相同的組換えを抑制していると考えられる。また、RecQは、RecJに依存する経路を抑制していることも明らかにした。同時に、自然誘発の組換えはRecJに依存しないことを発見し、RecQはこの経路も抑制することを発見した。さらに、UvrABがRecQと協調して非相同的組換えを抑制することも明らかにした。この効果は、UvrABがもつ除去修復の機能とは独立のものであることも示した。興味深い点は、RecQおよびUvrABの双方共にヘリカーゼ活性を持つことである。このヘリカーゼ活性が非相同的組換えの抑制に貢献している可能性も考えられる。また、本研究によってRecEによる組換えはRecJの機能に依存することを示した。これらの実験から、非相同的組換えは5'→3'エキソヌクレアーゼで促進されることから、その産物である3'-突出型の1本鎖DNA末端が非相同的組換えを促進に関して重要な役割を持つことが明らかになった。さらに、1本鎖DNA末端によって引き起こされる非相同的組換えは、RecQやUvrABヘリカーゼによって阻害されるということを明らかにした。

図1. recQ変異株における非相同的組換えの頻度。

 非相同的組換えの頻度は、ラムダ・ファージが非相同的組換えを起こすことによって生じる特殊形質導入ファージの形成頻度を測定した。(a)ラムダ・ファージを染色体上のattB部位に導入した株を用いて測定した非相同的組換えの頻度。

図2. uvr変異株における非相同的組換えの頻度

 (a)uvr変異株における非相同的組換えの頻度 (b)非相同的組換えにおけるuvrAおよびuvrB変異の相補正試験 (c)uvrA uvrB二重変異株における非相同的組換えの頻度 (d)uvr recQ二重変異株における非相同的組換えの頻度。

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は、この研究の背景を書いた序章の他、6章からなる本論で構成されている。第1章はRecQによる非相同的組換えの制御機構、第2章はUvrAおよびUvrBによる非相同的組換えの制御機構、第3章は非相同的組換えRecJ経路におけるRecQの役割、第4章は非相同的組換えRecJ経路におけるUvrABの役割、第5章は RecEによる非相同的組換え、第6章は総合討論(本研究の成果)について述べられている。このうち第6章の総合討論に関しては論文提出者が行った研究を総合的に考察した章であることから、実際に論文提出者が行った研究成果は、第1章から第5章に述べられている。

 論文提出者が行った研究は、遺伝子の非相同的組換えと呼ばれる生命現象に関するもので、非相同的組換えはDNAの二重鎖切断修復に関与する反面、染色体異常を引き起こすメカニズムの一つであるため癌や突然変異の原因となるという側面と持つことも知られている。非相同的組換えはこのような側面を持つため、その活性を精巧な制御機構によってコントロールされていると考えられている。しかしながら、そのメカニズムの解明は未だ明らかになっていない。論文提出者は、この非相同的組換えを抑制するメカニズムに注目し、解析が容易な大腸菌をいることでその抑制因子を同定する事に成功し、その機能解析を行ったのが本研究である。

 まず、第1章ではRecQヘリカーゼという酵素が非相同的組換えを抑制することを示している。これまでヘリカーゼは組換えを促進する因子として知られていたが、この研究で初めて組換えを抑制するヘリカーゼの存在を明らかにした。また、recQ遺伝子は、ヒトで染色体異常を高頻度に引き起こすために高発癌性を示すブルーム症候群、ウェルナー症候群、ロスムンド-トムソン症候群の原因遺伝子のホモログであることから、これらの遺伝病における染色体異常に非相同的組換えが関与している可能性を提唱している。

 次に、第2章ではUvrAおよびUvrBが非相同的組換えを抑制することを示している。UvrABは除去修復と呼ばれるDNA修復に関与する因子であり、ヒトの場合、この除去修復酵素の欠損は色素性乾皮症という疾患はにみられ、高い頻度で染色体異常を引き起こし高発癌性を示すことが知られている。この研究で、論文提出者は、これまで除去修復のみに作用すると考えられていたUvrABに除去修復とは独立に非相同的組換えを抑制する機能があることを新たに明らかにした。この結果から色素性乾皮症でみられる染色体異常に非相同的組換えが関与することが示唆されると共に、色素性乾皮症の原因遺伝子の中にも非相同的組換えを抑制する因子が存在する可能性を示唆している。

 第3章では、既に知られている非相同的組換えRecJ経路に対しRecQが果たす役割について検討している。この研究の中で、論文提出者は、RecQはRecJに依存する経路を抑制することを明らかにした。同時に、RecJに依存しない新規の組換え経路が存在することを発見し、RecQはこの経路に関しても抑制効果を持つことも示している。

 第4章では、非相同的組換えRecJ経路に関してUvrBがどのような役割を持つかを検討したもので、UvrBは少なくともRecJに依存しない組換え経路を抑制していることを発見している。

 第5章では、これまでにRecJ以外の組換え因子としてRecEが知られていたが、これまでの研究ではこの両者の関係については明らかにされていなかった。そこで、RecEとRecJとの関係について検討して、紫外線照射条件下で起きるRecE依存性の非相同的組換えが、RecJの機能に依存することを明らかにしている。

 第6章では以上の研究成果に基づき、論文提出者が新たに明らかにしたRecQ、UvrA、UvrBによる非相同的組換えの抑制現象を中心として、DNAの切断後の修復のメカニズムと、その中におけるこれらの酵素の役割について総合的な考察を加えている。

 なお、本論文の第1章は、浮田 俊幸、河野 優子、齋藤 和枝、加藤 潤一、池田 日出男との共同研究であり、第2章は、岩崎 美穂子、井橋 園絵、池田 日出男との共同研究であるが、両方の研究課題に関して論文提出者が主体となって分析及び検証を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

 以上、本論文は初めて非相同的組換えの抑制に関与する因子を明らかにしたものであり、遺伝子切断修復の機構や発癌機構の解明に寄与するところが極めて重大である。

 したがって、博士(理学)の学位を授与できると認める。

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