学位論文要旨



No 115962
著者(漢字) 廣田,耕志
著者(英字)
著者(カナ) ヒロタ,コウジ
標題(和) 分裂酵母の接合因子受容体Map3pのC末端細胞質領域の機能解析
標題(洋)
報告番号 115962
報告番号 甲15962
学位授与日 2001.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第4006号
研究科 理学系研究科
専攻 生物化学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 飯野,雄一
 東京大学 教授 竹縄,忠臣
 東京大学 教授 宮島,篤
 東京大学 助教授 前田,達哉
 東京大学 教授 山本,正幸
内容要旨 要旨を表示する

 Gタンパク質と共役した7回膜貫通型受容体の分子生物学的解析は出芽酵母において広範な知見の集積があるが、なお未解明の部分は多く、高等真核生物での解析からの結果と符合しない点も多い。本研究では、出芽酵母とともに優れたモデル生物として知られる分裂酵母において、接合過程において機能するフェロモン受容体の詳細な解析を試みた。分裂酵母は栄養源枯渇条件において接合および減数分裂を行う。接合因子シグナルの伝達は、接合型の異なる細胞の存在の認識に関わるとともに、接合体における減数分裂の開始にも必須である。接合に際して、h+型細胞はP因子を放出し、それはh-型細胞の細胞表面に発現している受容体Mam2により受容される。同様にh-型細胞の放出するM因子はh+型細胞のMap3により受容される。接合因子のシグナルは、受容体に共役している3量体Gタンパク質を介してMAPK経路に伝達され、下流の遺伝子の転写を誘導する。

 接合因子M-factorの受容体Map3のC末端欠損変異受容体Map3-dn9は、優性に接合を阻害するが減数分裂の開始には影響しない。Map3-dn9変異細胞では、接合および減数分裂に関わる遺伝子の転写誘導は起こるが、接合因子に応答した接合管伸長を行えない。このことから、Map3のC末端部位はMAPK経路へのシグナルの伝達には不必要であるが、接合管形成に必要であると示される。

 Map3-dn9変異細胞では、細胞の一部分からの接合管の形成は出来ないが、細胞体積を全体的に大きくさせることは可能であった。このことから、細胞の伸長を誘導するシグナル経路そのものをMap3-dn9が阻害しているのではなく、接合管形成部位を一部位に決定し、その部位からの伸長の開始を始めることが出来なくなっていると推測される。h-型細胞にmap3を異所発現させると、細胞が多方向に伸長するオートクリン反応を示すが、map3-dn9を異所発現させた場合には、細胞が大きく膨れ上がった。オートクリン反応の生理的意味合いについては不明であるが、h-型細胞内で作り出されたM因子の濃度が微妙に濃い部位からMap3分子は伸長を誘導するが、Map3-dn9分子はM因子の濃度勾配を感知できず、細胞全体に大きくなっていると解釈できる。Map3-dn9変異細胞は接合管伸長不能であるが、gap1Δ変異によりこの形質は抑圧されることがわかり、gap1Δ変異を持つMap3-dn9変異細胞における接合管の伸長方向が、M因子の濃度の濃い方向になるのか調べたところ、Map3-dn9変異細胞はランダム方向に接合管を伸長した。以上の観察より、Map3-dn9変異細胞は接合管形成不能であるが、細胞の伸長そのものが阻害されているのではなく、接合因子の濃度勾配に応じて接合管形成部位を決定する過程が阻害されていることが示唆される。

 接合条件下でのMap3およびMap3-dn9の局在を調べたところ、Map3は接合管を形成する部位に局在し、接合の進行とともに内在化した。一方、Map3-dn9は、細胞膜上全域に存在し、内在化は見られなかった。さまざまなMap3のC末端欠損変異株を解析した結果、内在化、および接合管伸長に必須なモチーフは特定できず、C末端部分全体の構造的保持がこれらの機能に必須であることが示唆された。また、Map3-dn9の欠失部分にP-factor受容体Mam2のC末端をはめ込んだキメラタンパク質Map3-mamは正常に機能し、内在化されたことから、Mam2のC末端も同様の機能を果たしていることが示唆された。このようなアミノ酸配列上の類似性の見られないMam2のC末端による機能の代替は、受容体C末端領域の機能には特定のアミノ酸ドメインではなく、C末端領域全体の構造の保持が重要であることを強く支持する。出芽酵母のα因子受容体Ste2では、C末端領域のK残基のユビキチン化が受容体の内在化に必須であることが知られるが、Map3のC末端領域にあるK残基をすべてR残基に置換しても、内在化にほとんど影響しなかった。このことから、Map3のC末端を介する内在化の制御機構にはK残基のユビキチン化は重要でないことが示唆される。近年、出芽酵母のα因子受容体Ste2の解析から、この受容体は2量体化して機能していることが示された。Map3-dn9に相当すると考えられるSte2のC末端欠損変異体であるSte2-T326は膜上に強く局在し、内在化不能である。しかし野生型のSte2が発現している細胞内では、Ste2-T326は内在化される。これはSte2とSte2-T326が複合体を形成し、Ste2によって細胞内に取り込まれるたためであることが示されている。そこでMap3-dn9の膜局在が、Map3の高発現により変化するのか調べた。map3-dn9-GFP株(JW288)を、強力なnmtlプロモーター下でmap3を発現するプラスミドrep1-wで形質転換したところ、map3の発現はMap3-dn9の膜局在に影響しなかった。同様に、map3-GFP株(JW287)を、強力なnmt1プロモーター下でmap3-dn9を発現するプラスミドrep1-9で形質転換したが、Map3の内在化を阻害することはなかった。このような観察から、Map3とMap3-dn9は出芽酵母Ste2のような2量体形成を行わないことが示唆される。Ste2-T326の効果は劣性であったが、Map3-dn9の効果は優性であった。これは、以上のような両受容体の性質の違いによるものと考えられる。map3-dn9高発現株は接合不能であるが、これを多コピーで抑圧する遺伝子をスクリーニングしたところ、ras1、byr1、scd1/ral1が得られた。これらの因子はRas1の関わるシグナル伝達系路上で働くもので、それらと受容体の関わりは興味深く、詳細な解析を行った。Byr1、Byr2はそれぞれMAPKKおよびMAPKKKであり、Ras1はMAPK経路へのシグナルを調節していることが知られている。MAPK経路に関わる因子が得られたことは、Map3-dn9はMAPK経路へのシグナルを正常に伝達できるといった解析結果に矛盾するように感じられる。接合時のByr1、Byr2、Scd1の局在を調べたところ、それぞれ接合部位に局在し、それらの接合部位への局在は、Map3に依存し、Map3-dn9により阻害された。以上の観察結果から、Byr1やByr2は単にMAPK経路上の因子としての働きだけでなく、接合部位で何らかの機能を果たしていることが示唆される。また、これらの因子の接合部位への局在がmap3-dn9の高発現により乱され、その結果接合不能となっていると考えられる。Raslの局在は常に細胞膜全体に見られ、Map3やMap3-dn9により影響されなかった。Raslは得られたmap3-dn9多コピー抑圧遺伝子の内で最も強い抑圧能を示したが、Ras1自体の局在はMap3やMap3-dn9の影響を受けないことから、Ras1は少なくとも、Map3による局在レベルの制御は受けておらず、活性レベルでの制御がMap3によりなされていると考えられる。そこで、ras1を高発現させ、Ras1のシグナルが亢進した細胞条件におけるByr1、Byr2、およびScd1の局在を調べた。ras1を高発現させると、Scd1およびByr2は、増殖条件でさえ細胞膜上に局在するようになった。map3-dn9を高発現する細胞でも、Ras1の高発現でScd1、およびByr2は膜に移行した。

 前述のように、Map3-dn9は接合管を形成することは出来ないが、細胞全体の膨張を誘導することから、顕微鏡下で検出できない微小レベルのScd1などの下流因子を、細胞膜上全体に引き寄せていることが推測される。これは細胞膜全域にひろがるMap3-dn9も、Map3同様に下流因子を細胞膜上に引き寄せ、下流因子も細胞膜全体に拡散したためであると解釈される。しかし、Ras1シグナルの亢進によりこれらの下流因子は、強力に細胞膜上へ移行する。その結果、Scd1などの下流因子の細胞膜上での活性が、接合を行うのに十分なレベルに達したために、Ras1の高発現によりMap3-dn9変異細胞の接合不能は抑圧されたと考えられる。しかし、Ras1により細胞膜上に局在したScd1やByr2は、接合部位のみでなく細胞膜上全域にみられたことや、Ras1によりmap3Δ変異を持つMap3-dn9変異細胞の接合不能も同様に抑圧されたことから、Ras1により細胞の一部位からの接合管伸長が回復する理由は不明であった。

 以上の結果から以下のようなモデルが立てられる。Map3は接合部位に一過的に局在し、膜上すべてに存在するRas1の内、接合部位にある分子を活性化する。接合部位で活性化を受けたRas1は下流の因子(Scd1やByr2など)を、この部位に引き寄せ、これらの因子はこの部位で接合管形成に関わる機能を果たす。このような機構により、接合因子の濃度の高い部位に下流因子を集中させ、この部位から接合管を形成させていると考えられる。接合因子の濃度が高い方向に接合相手が存在する確率は高く、その方向に接合管を伸長させることは合理的な機構であると考えられる。

審査要旨 要旨を表示する

 Gタンパク質と共役した7回膜貫通型受容体は広く真核細胞に存在し、外界の情報を細胞内に伝える重要な役割を担っている。しかしその分子生物学的解析にはなお未解明の部分が多く、出芽酵母と高等真核生物とでは解析結果に符合しない点も多い。学位申請者廣田耕志は、出芽酵母とともに優れたモデル生物として知られる分裂酵母において、7回膜貫通型受容体のひとつである、接合フェロモン受容体の詳細な解析を試みた。

 分裂酵母における接合因子シグナルの伝達は、接合の相手細胞の存在の認識に関わるとともに、接合体が行う減数分裂の開始にも必須である。接合に際して、h+型細胞はP因子を放出し、それはh-型細胞の細胞表面に発現している受容体Mam2により受容される。同様にh-型細胞の放出するM因子はh+型細胞のMap3により受容される。接合因子のシグナルは、受容体に共役している3量体Gタンパク質を介してMAPキナーゼ(MAPK)経路に伝達され、下流の遺伝子の転写を誘導する。

 接合因子M-factor受容体Map3のC末端欠損変異受容体Map3-dn9は、接合を優性に阻害するが減数分裂の開始には影響しないものとして単離された。学位申請者は、map3-dn9変異細胞では、接合因子に応答した遺伝子の転写誘導は見られるが、接合管の伸長が起こらないことを示した。しかしより詳細に観察を行ったところ、Map3-dn9変異細胞では、接合因子による接合管伸長誘導は起こらないものの、細胞体積が全体的に増大していた。さらに、gap1はRas1のGTPase活性化因子をコードし、gap1破壊体は接合因子に対し超感受性となることが知られているが、gap1破壊変異が加わると、map3-dn9細胞は接合管伸長できるようになった。しかし、その際の接合管の伸長方向は接合相手の存在する方向とは無関係であった。学位申請者は以上から、map3-dn9変異細胞では接合管の伸長そのものではなく、接合因子の濃度勾配に応じて接合管形成部位を決定する過程が阻害されていると結論した。さらに、接合条件下でのMap3およびMap3-dn9の局在を調べたところ、Map3は接合開始時に接合管形成部位に集中して局在し、接合の進行とともに内在化し、分解された。一方、Map3-dn9は、細胞膜上全域に存在し、内在化は見られなかった。したがって、Map3-dn9が細胞全域に局在し続けるために、接合相手に隣接する細胞表面部位にMap3が一過的に集合する効果が打ち消され、接合因子に応答した接合管の極性が失われて接合不能となると推定された。

 学位申請者は次いで、map3-dn9高発現株の接合不能性を多コピーで抑圧する遺伝子をスクリーニングした。その結果、ras1、byr1、scd1/ral1が得られた。これらの因子はRas1の関わるシグナル伝達経路上で働くものである。Byr1、Byr2はそれぞれMAPKKおよびMAPKKKであり、Ras1の支配を受けてMAPK経路へのシグナルを調節していることが知られている。この結果は、Map3-dn9はMAPK経路へのシグナルを正常に伝達できるという先の解析結果に一見矛盾する。そこで接合時のByr1、Byr2、Scd1の局在を調べたところ、それぞれ接合部位に局在していた。この局在は、Map3に依存し、Map3-dn9により阻害された。ras1は最も強くmap3-dn9を抑圧したが、Ras1の局在はMap3-dn9の影響を受けず、常に細胞表面全域に存在した。そこで、Map3-dn9はRas1の局在でなく、Ras1の活性性御に影響を及ぼしていることが推測された。また、Ras1を高発現した場合、Scd1やByr2は増殖条件下でも細胞膜上に移行し、このRas1に依存したScd1、Byr2の膜への移行はMap3-dn9に影響されなかった。

 上記の観察結果から、学位申請者は以下のようなモデルを考案した。『野生型株においてM因子受容体Map3は、接合相手に隣接している細胞表面に集積し、この部位でRas1を活性化する。Ras1はScd1やByr2などの因子を接合部位表面に引き寄せて活性化し、その部位から接合管を形成させる。map3-dn9変異細胞では受容体が一点に集合できず、細胞表面全域のRas1を活性化し、本来接合部位に集積するべきScd1などの下流因子が膜上全域に分散するため、特定の方向の相手細胞と接合不能となる。』

 以上、廣田耕志は分裂酵母のM因子受容体を解析し、そのC末端がシグナルの伝達そのものではなく、受容体の細胞膜上で局在と内在化反応に重要な役割をもつことを明瞭に示した。この成果は、7回膜貫通型受容体の分子機能の理解に対して重要な知見をもたらすものであり、学位申請者の業績は博士(理学)の称号を受けるにふさわしいと審査員全員が判定した。なお本論文は田仲加代子、渡辺嘉典、山本正幸との共同研究であるが、論文提出者が主体となって分析および検証を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

 したがって、廣田耕志に博士(理学)の学位を授与できると認める。

UTokyo Repositoryリンク