学位論文要旨



No 115965
著者(漢字) 森田,明典
著者(英字)
著者(カナ) モリタ,アキノリ
標題(和) 放射線誘導細胞死における細胞死指標タンパク質p41の生成機構
標題(洋) Molecular Mechanism of p41-induction in Radiation-induced Cell Death
報告番号 115965
報告番号 甲15965
学位授与日 2001.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第4009号
研究科 理学系研究科
専攻 生物化学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 秋山,徹
 東京大学 教授 鈴木,紀夫
 東京大学 教授 竹縄,忠臣
 東京大学 教授 宮島,篤
 東京大学 助教授 室伏,擴
内容要旨 要旨を表示する

【序】

 p41は、放射線高感受性のヒトT細胞性白血病細胞株MOLT-4に、X線10Gy照射6時間後から、銀染色した2次元電気泳動ゲルに検出されるようになる分子量41kDa、等電点4.0のタンパク質である(図1)。p41のマイクロシーケンスに基づいて作成されたウサギ抗合成ペプチド抗体AM-iによるイムノブロッティングの結果、p41と共に反応し、非照射、照射に関わらず検出される分子量42kDa、等電点4.1のタンパク質p42が新たに見出されていた(図2)。

 所属研究室で見出されていたp41に関する以上の結果をふまえ、本研究では、細胞死指標タンパク質となり得る可能性があるp41の生成機構、およびp41とp42の関係について研究を進め、p41生成の分子機構を明らかした。

【1.X線照射MOLT-4細胞からのp41、p42の精製およびN末端シーケンス】

 X線10Gy照射18時間後のMOLT4細胞抽出液から、60-80%飽和硫安分画、350-650mMNaCl濃度勾配溶出によるQ-SepharoseFF陰イオン交換カラムクロマトグラフィー、および遠心限外濾過法によりp41、p42の濃縮部分精製画分を得、更にこの画分の2次元電気泳動ゲルをPVDF膜に転写、CBB染色スポットを切り出すことによりN末端アミノ酸配列決定に必要なp41、p42を分離することができた。

 p41、p42のN末端シーケンスの結果、p42は白血病細胞の転座点の解析から見出され、がん遺伝子の可能性が示唆されていたSETβであること、p41は、SETβのN末端から18番目のアスパラギン酸残基のC末端側切断産物であることが明らかになった(図3)。このAsp-C切断性は、細胞死進行の過程で活性化し、アポトーシス実行に中心的役割を果たすことが示唆されていたプロテアーゼ、カスパーゼに特徴的な基質特異性であることから、照射後、p42が細胞死関連プロテアーゼによる切断を受け、p41に変換されるという分子機構が想定された。

【2.p41、p42解析に有用な抗p41/p42特異的抗体の作成】

 AM-1抗体作成に用いた免疫抗原ペプチドは、N末端シーケンスの結果、p41とp42の共通アミノ酸配列部分(SETβ123-137)にあることが判明し、p41とp42の両方に反応する結果となった(図2)。

 そこで、p41、p42解析に、より有用な抗p41/p42特異的抗体を得ることを目標に、新たに3種の抗合成ペプチド抗体を作成した。具体的には、p41とp42両方に反応するよう設計したSETβ13-28ペプチド、p42、p41それぞれに特異的に反応するよう設計したN末端部ペプチド(それぞれSETβ3-14、p411-10)をウサギに免疫することにより、抗血清を作成、それぞれの抗原ペプチドカラムによりアフィニティー精製抗体AM-2,-3,-4を得た。なかでもp41特異的抗体AM4は、p42切断部位特異的抗体と言い換えることができ、p42切断後に露出するようになるグリシン19のアミノ基とその後続アミノ酸配列を特異的に認識するペプチド抗体である。この抗体はアフィニティー精製画分を、更に非切断p42に相当するSETβ13-28ペプチドカラムに通し、p42反応抗体を吸着除去することによりp41反応抗体のみを分離、精製した特殊抗体である。

 得られた抗体によるイムノブロッティングの結果、計画当初の構想通り、AM-2抗体はAM-1抗体と同様、p41とp42の両方に反応し、AM-3、AM-4抗体はそれぞれp42、p41のみに反応することが、MOLT-4細胞のp41、p42(図4)、およびリコンビナントp41、p42を用いて明らかとなった。

 また、AM-4抗体では、作業の難易度が高い2次元電気泳動を経ず、容易な1次元の電気泳動(SDS-PAGE)でp41の検出が可能となり、技術的にも優れた抗体であることが示された(図5)。

【3.p42切断プロテアーゼの同定】

 p42切断プロテアーゼの性質を検討するため、カスパーゼ活性や活性化を阻害することが知られていたカスパーゼ阻害剤処理やbcl-2遺伝子導入による照射MOL-4細胞のp42切断阻害効果を調べた。その結果、bcl-2遺伝子導入、あるいはカスパーゼ-3等に阻害効果が高いAc-DEVD-CHOを照射後に添加することにより、p42切断および照射後のMOLT-4細胞死が抑制された(図6)。また、炎症性サイトカインの産生に関与するカスパーゼ-1等に阻害効果が高いAc-YVAD-CHOでは、p42切断および照射後のMOLT-4細胞死の抑制効果はみられなかった。これらの結果から、p42切断プロテアーゼおよびMOLT-4放射線細胞死には、Ac-DEVD-CHOによって阻害されるカスパーゼが関与していることが示された。

 さらに、作成したp42発現プラスミドを用い、In vitro translation法により[35S]メチオニン標識したリコンビナントp42を作製、アポトーシスのエフェクターとされるカスパーゼ-3,-6,-7のp42に対する切断活性をIn vitroで検討し、p42が、カスパーゼ-7に特に切断の感受性が高いことが判明(図7)、p42は主としてカスパーゼ-7によって切断されていると結論された。

【考察】

 カスパーゼはその配列特異的な限定分解活性により、種々の特異的基質タンパク質を切断し、細胞を不可逆的な死の経路へ導くと考えられている。また、いくつかの基質タンパク質ではカスパーゼによって切断されることによりアポトーシスの特徴であるDNA断片化や細胞核の凝縮、断片化といった変化を引き起こす因子が同定されてきている。

 本研究ではp42/SETβがカスパーゼファミリーメンバーの新規基質となることを明らかにした。SETβは白血病細胞の転座点の解析から見出され、がん遺伝子の可能性があり、また複製の開始に必要な因子として提示され、クロマチンリモデリング活性、転写との関連が示されているが、本研究では新たに細胞死における関与の可能性を示した。

 更に、研究の過程で作成した3種の抗p42/p41抗体AM-2,-3,-4の内の1つであるp41特異的抗体AM-4は、p41の解析に有用であるだけでなく、カスパーゼ活性化やアポトーシス検出の指標として有効な抗体と考えられる。また、その切断部位は哺乳類から魚類までアミノ酸配列が完全に保存されていることから、AM-4抗体はヒト細胞だけでなく、様々な動物種の細胞死指標タンパク質検出抗体となりえる可能性が期待される。

図1 X線10Gy照射10時間後のMOLT-4細胞におけるp41の出現

2次元電気泳動後の銀染色。照射後に出現したp41を矢印で示した。

図2 AM-1抗体によるイムノブロッティングp42を矢頭で、p41を矢印で示した。

図3 p42、p41のN末端シーケンス結果及びp42切断部位p42切断部位を矢印で示した。

図4 抗体ペプチド抗体AM-1,-2,-3,-4のp42,p41に対する特異性。

図5 AM-4抗体によるイムノブロッティング10Gy照射MOLT-4細胞におけるp41誘導の経時変化を1次元の電気泳動で検出した。

図6 カスパーゼ阻害剤Ac-DEVD-CHOによるX線10Gy照射MOLT-4細胞のp42切断及び細胞死の抑制

A Ac-YVAD-CHO、Ac-DEVD-CHOのp42切断阻害効果。

B Viability(色素排除試験)。

○:コントロール、●:10Gy、▲:10Gy+40μMAc-YVAD-CHO、△:1OGy+40μMAc-DEVD-CHO。

図7 カスパーゼ-3,-7,-6によるp42切断実験混合後、37℃,2時間反応させた。

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は、細胞死指標タンパク質となり得る可能性が示唆されていた放射線誘導タンパク質p41の生成機構の研究について述べられている。

 p41は、放射線高感受性のヒトT細胞性白血病細胞株MOLT-4に、X線10Gy照射6時間後から、銀染色した2次元電気泳動ゲルに検出されるようになる分子量41kDa、等電点4.0のタンパク質である。p41のマイクロシーケンスに基づいて作成されたウサギ抗合成ペプチド抗体AM-1によるイムノブロッティングの結果、p41と共に反応し、非照射、照射に関わらず検出される分子量42kDa、等電点4.1のタンパク質p42が新たに見出されていた。

 所属研究室で見出されていたp41に関する以上の結果をふまえ、本研究では、p41とp42の関係について研究を進め、p41生成の分子機構を明らかにすることを目標とし、まずX線10Gy照射18時間後のMOLT-4細胞抽出液から精製、分離したp41、p42に対しN末端シーケンスを行った。

 p41、p42のN末端シーケンスの結果、p42は白血病細胞の転座点の解析から見出され、がん遺伝子の可能性が示唆されていたSETβであること、p41は、SETβのN末端から18番目のアスパラギン酸残基のC末端側切断産物であることが明らかになった。このAsp-C切断性は、アポトーシス実行の担い手とされるシステインプロテアーゼ、カスパーゼに特徴的な基質特異性であることから、照射後、p42が活性化したカスパーゼによる切断を受け、p41に変換されるという分子機構が想定された。また、得られたシーケンス結果に基づき、前述のAM-1抗体に加え、p41、p42の検出に有効な3種の抗ペプチド抗体が新たに作成された。

 具体的には、p41とp42両方に反応するよう設計したSETβ13-28ペプチド、p42、p41それぞれに特異的に反応するよう設計したN末端部ペプチド(それぞれSETβ3-14、p411-10)をウサギに免疫することにより、抗血清を作成、それぞれの抗原ペプチドカラムによりアフィニティー精製抗体AM-2,-3,-4を得た。なかでもp41特異的抗体AM-4は、アフィニティー精製画分を、更に非切断p42に相当するSETβ13-28ペプチドカラムに通し、p42反応抗体を吸着除去することによりp41反応抗体のみを分離、精製した特殊抗体であり、2次元電気泳動を経ず、1次元の電気泳動(SDS-PAGE)で、p41を検出することが可能な抗体である。イムノブロッティングの結果、計画当初の構想通り、AM-2抗体はAM-1抗体と同様、p41とp42の両方に反応し、AM-3、AM-4抗体はそれぞれp42、p41のみに反応することが、MOLT-4細胞のp41、p42、およびリコンビナントp41、p42を用いて明らかとなり、これら部位特異的抗体によりN末端シーケンス結果を裏付けるイムノブロッティング反応性が示された。

 更に、p42切断プロテアーゼの性質を検討するため、カスパーゼ活性や活性化を阻害することが知られていたカスパーゼ阻害剤処理やbcl-2遺伝子導入による照射MOLT-4細胞のp42切断阻害効果を調べた。その結果、bcl-2遺伝子導入、あるいはカスパーゼ阻害剤を照射後に添加することにより、p42切断および照射後のMOLT-4細胞死が抑制された。これらの結果から、p42切断プロテアーゼおよびMOLT-4放射線細胞死にはカスパーゼが関与していることが示された。

 また、リコンビナントp42を作製し、アポトーシスのエフェクターとされるカスパーゼ-3,-6,-7のp42に対する切断活性をIn vitroで検討し、p42が、カスパーゼ-7に特に切断の感受性が高いことが判明、p42は主としてカスパーゼ-7によって切断されていると結論された。

 本研究ではp42/SETβがカスパーゼファミリーメンバーの新規基質となることを明らかにした。SETβは白血病細胞の転座点の解析から見出され、がん遺伝子の可能性があり、また複製の開始に必要な因子として提示され、クロマチンリモデリング活性、転写との関連が示されているが、本研究では新たに細胞死における関与の可能性を示した。

 なお、本研究は、鈴木紀夫、松本義久、平野和也、榎本敦、朱瑾、酒井一夫との共同研究であるが、照射MOLT-4細胞から精製、分離したp41、p42のN末端シーケンスにはじまり、抗体の作成、p42切断プロテアーゼの同定に至るまで本論文提出者が主体となって行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断し、博士(理学)の学位の授与を認める。

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