学位論文要旨



No 115967
著者(漢字) 相原,瑞樹
著者(英字)
著者(カナ) アイハラ,ミズキ
標題(和) ウニ幼生における成体原基形成の左右性を決定する組織間相互作用
標題(洋) Tissue and cell interactions during determination of left-right Placement of the adult rudiment in sea urchin larvae
報告番号 115967
報告番号 甲15967
学位授与日 2001.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第4011号
研究科 理学系研究科
専攻 生物科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 雨宮,昭南
 東京大学 教授 田島,文生
 東京大学 教授 野中,勝
 東京大学 教授 浅島,誠
 東京大学 講師 上島,励
内容要旨 要旨を表示する

 間接発生型ウニは、プランクトン幼生として発生し、変態・着底を経て、底棲生活をする成体となる。ウニでは、幼生期に成体原基を体の左側に形成するという左右非対称性(以下、左右性)を示すことが知られる(図1)。先行研究により、間接発生型ウニ幼生は、胞胚期に至るまでの発生初期における割球分灘などの実験操作によって発生を撹乱されてもなお、正常な左右性を維持することが示されている。したがって、間接発生ウニの左右性は、より後期の発生過程のなかで、細胞間相互作用によって決定すると示唆される。しかし、発生過程のいつ、どのような相互作用で左右性が決定するのかは、これまで未解決であった。

 本研究では、間接発生ウニの左右性決定に関わる組織間相互作用を、時間的側面・空間的側面から明らかにした。すなわち本研究では、16細胞期(図lA)から4腕プルテウス幼生期(図ID)までの様々な発生段階において、胚、幼生の部分切除、再移植等の実験操作を行い、後期幼生における成体原基を構成する各器官の発生運命、ならびに、6腕プルテウス期(図1E)に形態的に確立する成体原基の左右性に及ぼす影響を調べた。

 本論文の構成は、実験結果から明らかにした成体原基左右性決定の機構に関する独立した三章に加えて、全体に対する序論、ならびに総合結論からなっている。以下に、各章の要約を記す。

 第一章では、成体原基左右性は、中・後期原腸胚期では未だ確立していないことを示した。さらに、成体原基左右性を正しく確立するためには、原腸胚期から2腕プルテウス期にわたる幼生の左側組織と右側組織との相互作用が不可欠であることを明らかにした。具体的には、胞胚期から2腕プルテウス期に、胚の左側あるいは右側の組織を切除して、左右性への影響を調べた。その結果、以下1)から3)の三点が明らかとなった。

 1)いずれの時期にも、左側の切除は左右性を乱さず、右側切除は左右性異常を引き起こす。

 2)中・後期原腸胚期の右側切除では、ほぼ全ての胚が左右性を逆転させた。これらの胚の左側では、左右性確立の初期分化マーカーとなる成体原基を構成する各器官さえも分化しない。

 3)プリズム期・プルテウス期に切断された左半胚は、ほぼ全ての胚で左右両原基を形成する。

 以上の結果から、中・後期原腸胚期に、左半胚の左側では成体原基形成を開始するという発生運命が決定していないことが明らかである。ならびに、左半胚の左側が成体原基形成をするためには、中・後期原腸胚期からプリズム期の間における正常な右側からの作用が不可欠であることが示されている。したがって、間接発生ウニ胚では、この時期の胚の右側からの作用によって、胚の左側が成体原基形成を始めるよう方向づけられ、引き続く発生過程で成体原基を形成するようになると考えられる。

 第二章では、小小割球子孫細胞(以下SMD)が、成体原基左右性の決定に関与しているか否かを調べた。正常発生においては、2腕プルテウス期に原腸先端から左右一対の体腔嚢が生じ、そのうち左体腔嚢のみが後期発生過程で成体原基の主要な構成器官となる(図1C-F)。SMDは、体腔嚢が形成されるにあたって、左右体腔嚢に移動する。これらの既知の事実に基づいて、以下の三項目の実験を行い、SMD移動と成体原基形成左右性との因果関係を調べた。第一に正常発生において、SMDの左右体腔嚢への左右分配比を定量した。その結果、SMDの左右分配比は、調べた4種全てに共通して左側に右側より多く移動するという左偏向性を示し、さらにバフンウニ型、ハスノハカシパン型の二つの異なる様式に分類されることが明らかとなった。バフンウニ型の様式では、SMDは右側へも移動するが、左側により多く移動する傾向を示し、SMDの左右分配比は、分配比を全ての個体に共通して左に偏向させる原因因子と、分配比を個体ごとに左右ランダムに撹乱する原因因子という、二種の因子の作用により決定されることが示唆された。他方でハスノハカシパン型の様式では、分配比は、すべてのSMDが左側にのみ移動するという強い左偏向性を示した。ウニ4種における結果は、正常発生において、SMDの左右体腔嚢への移動における左偏向が、成体原基形成における左偏向の形態的完成に先立って確立されることを示す。第二に、ハスノハカシパンにおいて、SMDの左体腔嚢への移動と成体原基形成方向の左右極性決定との時間的関係を調べた。その結果、SMDの左側への移動にともなって同時に、成体原基形成の左右極性が決定されることが明らかにされた。ハスノハカシパンの結果から、SMD移動の左右極性と成体原基形成方向の左右極性とが、同一原因によって生じている可能性があると考えられた。そこで第三に、SMD移動の左偏向が、成体原基形成方向の左右極性を決定する原因であるか否かを実験的に調べた。その結果、ハスノハカシパンにおいて、以下1)から4)の四点が明らかとなった。

 1)32細胞期ならびに、2腕プルテウス期におけるSMDの除去は、正常な成体原基左右性に影響しない。

 2)16細胞期の経割切断双子胚では、SMD移動の左右極性のみが撹乱され、成体原基形成方向の左右極性は乱されない。

 3)原腸胚期ならびにプルテウス期の左半身に由来する幼生は、成体原基を右側に形成する左右極生の逆転を示すが、これらの幼生のSMD移動の左右極性は正常に左偏向を示す。

 4)原腸胚期の左半身に由来する幼生が右側に成体原基を形成する際の、成体原基形成方向の左右性決定の過程に、SMDは関与していない。

 以上に示した、ハスノハカシパンにおいて、SMD移動の左右極性と成体原基形成方向の左右極性とが実験条件下で互いに乖離できるという事実は、同種の発生過程において、SMD移動の左右極性決定機構と成体原基形成方向の左右極性決定機構が、極性を決定するためのそれぞれ固有のプロセスをもつことを証明している。本章の実験結果から、SMD移動の左右極性を決定する機構と、成体原基形成方向の左右極性を決定する機構とは、両機構の上流で多くの過程を共通して用いているものの、SMD移動の左偏向は、成体原基形成方向の左右極性を決定する直接原因ではないと強く示唆された。

 第三章では、成体原基の形態形成を左側で開始するために、2腕プルテウス期から4腕プルテウス期にわたる体腔嚢とその周囲の組織との相互作用が不可欠であることを明らかにした。すなわち本章では、2腕プルテウス期から4腕プルテウス期にわたり、幼生の左あるいは右側体腔嚢を取り除き、別個体の体腔嚢を移植する実験を行い、成体原基の構成器官である、左羊膜陥と左体腔嚢の発生を調べた。その結果、以下1)から5)の五点が明らかとなった。

 1)2腕プルテウス由来の左右体腔嚢移植片は、移植された先の周囲の環境にしたがって自身の発生運命を変更するという発生運命の柔軟性をもつ。すなわち、左側への移植では水腔を形成し、成体原基の構成器官となる。また、右側への移植では、水腔を形成せず、成体原基の構成器官とならない。

 2)左右体腔嚢は、4腕プルテウス期までに水腔形成に関する発生運命の柔軟性を失う。

 3)4腕プルテウス由来の左体腔嚢移植片は、2腕プルテウス・4腕プルテウス期幼生の右側に移植されると、右側で、成体原基形成を引き起こす。

 4)左羊膜陥は、初期陥入構造を形成するためには、左体腔嚢からの作用を必要としない。しかし、4腕期以降の正常な左体腔嚢からの作用なしでは、成体原基を形成するための発生、分化を行うことができない。

 5)4腕プルテウス期に、右体腔嚢を幼生の左側に移植しても、左羊膜陥の初期陥入構造の形成は妨げられない。しかし、移植された幼生は成体原基を形成できない。この結果は、4腕期の右体腔嚢移植片が成体原基形成を誘導する能力を持たないことを示す。

 本章の結果から、2腕プルテウス期から4腕プルテウス期の間に、体腔嚢と周囲の組織とが互いに作用を及ぼしあって自身の発生運命を決定し、後の6腕プルテウス期に成体原基を形成するに至ることが示された。1)と2)の結果から、正常発生では、左右体腔嚢は、2腕プルテウス期から4腕プルテウス期の問に、それぞれ左、右の周囲の組織からの影響にしたがって自身の発生運命を決定すると考えられる。3)と4)の結果から、正常発生において、左体腔嚢からの幼生の左側の組織に対する誘導が、4腕期以後の、幼生の左側での成体原基の発生に不可欠であると考えられる。5)の結果から、正常発生において、右体腔嚢は、右側での羊膜陥形成を積極的に阻害することはないが、成体原基形成を誘導する作用を持たないため、幼生の右側での成体原基形成が妨げられていると示唆される。

 総合結論として、間接発生ウニの成体原基左右性決定機構に関して、新たに得られた知見に基づき、発生の時間的順序に従って、正常発生過程における左右性確立機構を述べる(図2)。

 第一に、原腸胚期から2腕プルテウス期にわたって続く、胚の右側と左側の相互作用により、成体原基を左側に形成するための左右極性が確立する(図2A)。幼生の左側が将来成体原基形成するように発生運命を方向づけるためには、この期間のあいだの胚の右側からの作用が必須である。幼生の右側と左側との相互作用は2腕プルテウス期までに終了する。すなわち、幼生の右側、左側におけるそれぞれの作用が正中線を越えた反対側に位置する組織の発生運命に影響を及ぼすのは、2腕プルテウス期までである。

 第二に、2腕プルテウス期から4腕プルテウス期の期間に、左、右体腔嚢がそれぞれ、周囲の組織の誘導を受けて、水腔形成に関する発生運命を決定する(図2B)。この期問は、体腔嚢の周囲に位置する左、右それぞれの組織が、成体原基左右性決定に重要な役割を果たしている。

 第三に、4腕プルテウス期以後の発生過程では、左体腔嚢が、周囲の組織に働きかけ、体腔嚢とともに成体原基を形成するよう誘導する(図2C)。この左体腔嚢の作用によって、成体原基左右性が最終的に決定する。かくして6腕プルテウス期に成体原基の左右性が形態的に確立する(図2D)。

図1 間接型ウニ発生

図2 間接発生型ウニの左右性決定機構

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は三章に加えて、全体に対する序論、総合結論からなる。第一章では中・後期原腸胚期からプリズム幼生期までの幼生の右側と左側との間の相互作用が成体原基形成方向の左右極性を決定すること、第二章では、左右の体腔嚢に移動する小小割球子孫細胞が、成体原基を構成する主要部分である左体腔嚢に右体腔嚢よりも多く入るという不等配分を生じること、ならびに同細胞の左右不等配分は、成体原基左右性決定の直接原因ではないこと、第三章では2腕プルテウス期から4腕プルテウス期における左右体腔嚢と左・右の周辺組織との相互作用が、羊膜陥・水腔形成に関する左右差を確立するという、成体原基左右性を形態的に確立する作用に関することが述べられている。

 第一章では、初期原腸胚期から2腕プルテウス期に、胚の左側あるいは右側の組織を切除して、成体原基左右性への影響を調べた。その結果、以下1)から3)の三点が明らかとなった。

 1)いずれの時期にも、左側の切除は左右性を乱さず、右側切除は左右性異常を引き起こす。

 2)中・後期原腸胚期の右側切除では、ほぼ全ての胚が左右性を逆転させる。これらの胚の左側では、左右性確立の初期分化マーカーとなる成体原基を構成する各器官さえも分化しない。

 3)プリズム期・プルテウス期に切断された左半胚は、ほぼ全ての胚で左右両原基を形成する。

 以上の結果から、左半胚の左側が成体原基形成をするためには、中・後期原腸胚期からプリズム期の間における正常な右側からの作用が不可欠であると結論した。

 第二章では、まず、小小割球子孫細胞(以下SMD)の左右体腔嚢への左右分配比を定量し、その結果、SMDの左右分配比は、バフンウニ型、ハスノハカシパン型の二つの異なる様式に分類されることが明らかとなった。バフンウニ型の様式では、SMDは右側へも移動するが、左側により多く移動する傾向を示した。ハスノハカシパン型の様式では、分配比は、すべてのSMDが左側にのみ移動するという強い左偏向性を示した。ウニ4種における結果は、正常発生において、SMDの左右体腔嚢への移動における左偏向が、成体原基形成における左偏向の形態的完成に先立って確立されることを示す。第二に、ハスノハカシパンにおいて、SMD移動の左偏向が、成体原基形成方向の左右極性を決定する原因であるか否かを実験的に調べた。その結果、以下1)、2)の二点が明らかとなった。

 1)32細胞期ならびに、2腕プルテウス期におけるSMDの除去は、正常な成体原基左右性に影響しない。

 2)組織の一部を切除することでつくった様々なタイプの部分切除幼生において、SMDが移動しない側に成体原基が形成され得る。

 本章の実験結果から、SMD移動の左右極性を決定する機構と、成体原基形成方向の左右極性を決定する機構とは、両機構の上流で多くの過程を共通して用いているものの、SMD移動の左偏向は、成体原基形成方向の左右極性を決定する直接原因ではないと強く示唆された。

 第三章では、2腕プルテウス期から4腕プルテウス期にわたり、幼生の左あるいは右側体腔嚢を取り除き、別個体の体腔嚢を移植する実験を行い、成体原基の構成器官である、左羊膜陥と左体腔嚢の発生を調べた。その結果、以下1)から3)の三点が明らかとなった。

 1)2腕プルテウス由来の左右体腔嚢移植片は、移植された先の周囲の環境にしたがって自身の発生運命を変更するという発生運命の柔軟性をもつ。すなわち、左側への移植では水腔を形成し、成体原基の構成器官となる。また、右側への移植では、水腔を形成せず、成体原基の構成器官とならない。

 2)左右体腔嚢は、4腕プルテウス期までに水腔形成に関する発生運命の柔軟性を失う。

 3)4腕プルテウス由来の左体腔嚢移植片は、2腕プルテウス・4腕プルテウス期幼生の右側に移植されると、右側で、成体原基形成を引き起こす。

 本章の結果から、2腕プルテウス期から4腕プルテウス期の間に、体腔嚢と周囲の組織とが互いに作用を及ぼしあって、羊膜陥ならびに水腔形成の左右差を確立することが示された。

 以上各章で得られた知見により、ウニ幼生の発生進行に伴って順に生じる以下の一から三の作用によって成体原基左右性が決定されることが示された。第一に、原腸胚期からプリズム期における胚の右側から左側へ向けた、成体原基を左側に形成するための作用、第二に、2腕プルテウス期から4腕プルテウス期の期間における、周囲の組織から左、右体腔嚢へ向けた、水腔形成を指導する作用、第三に、4腕プルテウス期以後における、左体腔嚢から周囲の組織にむけた、成体原基形成を誘導する作用、以上の三作用である。

 なお、本論文は、雨宮昭南との共同研究であるが、論文提出者が主体となって分析、検証したもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。したがって、博士(理学)の学位を授与できると認める。

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