学位論文要旨



No 115968
著者(漢字) 坂上,和弘
著者(英字)
著者(カナ) サカウエ,カズヒロ
標題(和) 四肢長管骨における骨形態特徴の相互関連性に関する分析
標題(洋)
報告番号 115968
報告番号 甲15968
学位授与日 2001.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第4012号
研究科 理学系研究科
専攻 生物科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 諏訪,元
 東京大学 教授 木村,賛
 東京大学 講師 近藤,修
 東京大学 教授 馬場,悠男
 東京大学 教授 鈴木,隆雄
内容要旨 要旨を表示する

 骨の形態特徴における違いは様々な要因によって生み出されるが、Wolff以来、力学的負荷によって説明する一連の研究がある(Wolff,1892;Nilsson and Westlin,1971;Woo et al.,1981)。ある骨を骨幹部、骨端部、関節面部といった部位に分けて考えると、部位によって力学的負荷の影響は異なることが示唆されている(Burr et al.,1981;Ruff,1987;Brock and Ruff,1988;Kelley et al.,1988;Frost,1990、1997、1999;Ruff et al,,1993;Frost and Jee,1994;Kimura1994)。しかし、これらの部分が相互にどう関連するかは不明である。よって本論では、四肢長管骨の骨幹部、骨端部、そして関節面部における形態特徴の相互関連性を調査することを目的とした。骨の各部位における力学的負荷の影響を調査する方法としては、Sakaue(1998)の提唱した変数の左右差を使った方法を用いた。また、各変数における左右の平均値間の相関を調べることで左右差研究で判明した関連性を検討した。

1)若年期近代日本人男性の上肢骨における左右差の出現パターンに関する研究

この研究では骨長の左右差と骨幹断面積の左右差を調べ、それらの関連性を調査し、若年期における負荷の影響を考察することと、上肢骨の骨端部や関節面部といった部位ごとの形態と骨幹の太さとの関連性を調べ、力学的負荷に対する形態適応を考察することを目的とした。資料として近代日本人および江戸時代人男性34個体を用いた。分析の結果、若年期集団の上腕および尺骨骨幹長の左右差は骨幹断面積の左右差と有意に相関し、20歳前後までの負荷の左右差と関連することが示唆された。上腕骨骨幹断面積の左右差と尺骨骨幹断面積の左右差との間に有意な相関が見出され、双方の骨にかかる力学的負荷の関連性が示唆された。また、骨端部や関節面部といった部位ごとの力学的負荷に対する適応変化に関して意味のある結果は得られなかったが、上腕骨捻転角、橈骨骨頭横径、尺骨上関節面幅などが表す形態特徴は上腕骨と尺骨にかかる力学的負荷と関連して機能適応する可能性が示された。これらの関連性は橈骨と上腕骨および尺骨との間には見られず、この結果は橈骨と上腕骨および尺骨との機能的役割の違いによるものと解釈された。

2)壮年期近代日本人男女の上肢骨および下肢骨の骨形態特徴の左右差とその相互関連性に関する研究

 この研究では骨長と骨幹の太さだけでなく、1)の研究では十分に扱うことが出来なかった骨端や関節面の大きさ、角度などで示される形態特徴といった部位ごとの左右差も調べ、力学的負荷との関連をさらに追及すると同時に骨ごと、上下肢ごとにおける左右差の出現様式や、上下肢間の関連を調べることを目的とした。上肢骨の資料は近代日本人男性42個体、女性20個体男女で、下肢骨の資料は近代日本人男性32個体、女性15個体を用いた。分析の結果、上肢骨のうち左右差が現れやすいのは尺骨であり、左右差が現れにくいのは橈骨であった。下肢骨のうち男女とも有意な左右差を示した計測項目が少なかったが、大腿骨近位部に集中する傾向があり、骨盤の左右の歪みとの関係を検討する必要性が示された。また、骨端部では上腕骨近位端幅の左右差と橈骨骨頭横径の左右差が上腕骨および尺骨の骨幹断面積の左右差と有意に相関することが示されたが、上腕骨近位端長の左右差と橈骨骨頭矢状径の左右差では有意な関連性が見られなかったため、骨端の部位と方向性によって力学的負荷に対する適応変化が異なる可能性が示唆された。関節面部では尺骨下関節面幅の左右差が上腕骨および尺骨の骨幹断面積の左右差と有意に相関するため、関節面の部位によっては力学的負荷に対して適応変化が生じる可能性が示唆された。捻転角の左右差は上腕骨、大腿骨、脛骨において骨幹断面積の左右差と有意に相関したため、捻転角は力学的負荷の強さと関連を持つことが示唆された。上腕骨顆体角の左右差と尺骨骨幹断面積の左右差との間と大腿骨顆体角の左右差と脛骨中央断面積の左右差との間に有意な相関が見られたため、顆体角はより遠位の骨の負荷状況に影響を与える可能性が示唆された。骨幹における断面示数の左右差と断面積の左右差は有意に相関しなかったため、曲げによる力学的負荷の左右差と、骨端部と関節面部の左右差および軸力による力学的負荷の左右差との関係は単純ではない可能性が考えられた。また、壮年期男性上肢骨における主成分分析では、上腕骨および尺骨の骨幹断面積の左右差、上腕骨近位端幅の左右差、橈骨骨頭横径の左右差、上腕骨捻転角の左右差、尺骨下関節面幅の左右差、尺骨近位断面示数の左右差、尺骨遠位断面示数の左右差に関連性が見られたため、肘関節における負荷が上腕骨と尺骨の骨幹にかかる負荷と関連している可能性が考えられた。

3)壮年期近代日本人男女の上肢骨および下肢骨の骨形態特徴の左右平均値とその相互関連性に関する研究

この研究では上肢および下肢骨における各変数の左と右の平均値を用いて計測項目間の関連性を調べることを目的とした。分析の結果、上下肢とも骨の長さ同士と骨幹断面積同士には関連が見られた。上肢骨の長さと各骨幹断面積との関連性は男性では見られなかったが女性では見られたため、上肢の長さと負荷状況の関係が男女で異なる可能性が示された。下肢骨では男女とも骨の長さと骨幹断面積との間に関連性が見られた。壮年男女の上肢骨における第一主成分の主成分負荷量では多くの変数に関連性が見られ、「肘関節部全体の大きさ」と解釈された。ただし、同じ肘関節部でも、近位橈尺関節における骨端部は骨幹断面積と相関するが、関節面部は肘関節部の大きさや骨幹断面積と関連性が弱いため、近位橈尺関節における骨端部と関節面部では力学的負荷に対する適応変化が異なっている可能性が考えられた。また、左右差研究で見られた、骨端部および関節面部の変数と上腕および尺骨の中央断面積との関連性は左右平均値の分析においても見られたため、これらの変数が表す形態特徴は力学的負荷に適応変化する可能性が高いと考えられた。左右差研究で見られた角度と骨幹断面積との関連性は本研究では見られなかったが、大腿骨顆体角と脛骨中央断面示数との間では関連が見られ、大腿骨顆体角と扁平脛骨との関係が示唆された。

審査要旨 要旨を表示する

 形態人類学の分野では、従来より、特に骨の機能適応の観点から、生活・生業活動が骨形態に与える影響を探ることが試みられてきた。しかし、人間を扱った研究では実験的な手法が不可能なこともあり、先行研究としては、特定の骨部位の限られた骨形態の解釈に関するもの、あるいは動物実験で実証的に論ずることが可能な形態特徴に関するものなどに限られてきた。中でも最も議論されてきたのは、力学的負荷状況と四肢長管骨の断面形状、骨分布の関係であり、これらに関しては多岐に渡る研究がある。

 本研究では、主要四肢長管骨において、力学的負荷に対する機能適応と解釈される一連の形態特徴と、より広範な他の骨形態特徴との間の相関関係を明らかにし、通常人類学で取り扱われている様々な計測学的諸特徴が力学的負荷と関連する可能」性を探ることを目的とした。骨間に渡る広範な諸形態特徴の相互関連性を統計学的に明示し、その意義を提示した研究として、本研究は学位論文として十分に評価されるものである。

 本研究は、三部に分かれている。第一部と第二部では、各骨の左右差を分析するという共通の手法を用いている。この手法は本研究の特色でもあり、四肢骨の左右には遺伝的要因およびシステミックな形態形成要因に差がないと仮定することにより、その他の環境要因が骨形態に及ぼす影響を抽出する試みである。特に注目されたのは」力学的負荷状況と関連すると思われる骨幹の断面形状特徴と、その他、骨端部の大きさ、関節面の広がり、骨端・関節部と骨幹の位置・方位関係などの諸特徴との関連である。ただし、これらの解析では、有意な左右差が存在しない場合の解釈が難しい。そのため、第三部では単純に部位ごとの計測項目間の相関分析をおこない、より広範に形態特徴間の関連性を探った。

 第一部では、若年個体群において、左右差が顕著に現れる上肢骨の骨幹断面積、骨幹長、そして限られた骨端・関節面部の形態特徴の左右差を調べた。その結果、成人個体群での状態と異なり、主要上肢骨の長さと骨幹断面形状の左右差間に有意な相関が見出された。このことにより、力学的負荷が骨の長さ成長と骨幹の頑丈さの双方に直接関連することが示唆された。成人においてはこの相関がみられなかったが、これは骨幹におけるリモデリングが成長期後も永続するためであると解釈された。

 第二部では、骨端・関節面部の成熟により、より広範に計測が可能な成人骨を用い、上下肢の主要長管骨全般に渡る左右差の出現様式とその相関関係を調べた。その結果、骨によって、男女よって、左右差の出現様式がことなることが明らかにされた。即ち、男性日本人では、左右差が上肢において強く現れたが、中でも尺骨、上腕骨の骨幹部と肘関節周辺に集中した。左右差の相関は骨幹と骨端・関節面の一部の計測項目との間に見出され、上腕骨から尺骨にわたる多くの形態特徴が共通の力学的負荷状況に影響されることが示唆された。下肢では一般に左右差が小さく、有意なものは男女共に股関節の周辺に集中する傾向がみられた。この結果は、力学的負荷の影響よりも骨盤における左右差と関連する可能性が指摘された。

 第三部では、各計測項目の左右の平均値を用いて骨間、部位間の関連を調べた。上下肢それぞれにおいて、骨の長さと頑丈さは骨間で関連したが、長さと頑丈さとの間の相関は男女下肢骨と女性の上肢骨において見られたが、男性の上肢骨では見られなかった。これは、上肢骨の負荷状況の多様性に基づいた男女差と解釈された。上肢骨の関連性の主たるものは主成分分析によって肘関節周辺部の全体的大きさと解釈されたが、左右差の解析結果と同様、骨端・関節面部では特異的にその一部のものがより関連することが示された。また、上下肢骨ともにおいて、左右差の解析で示唆された、角度計測項目とより遠位骨の骨幹断面形状との間の相関が明示された。この結果は、より近位の骨姿勢がより遠位の骨の力学的負荷状況に影響することを示唆するものとされた。特に、人類学においてその解釈が長年議論されてきた扁平脛骨の成因について、新たな視点をもたらす結果として評価される。

 以上のように、本研究は、形態人類学の分野において、学位論文として十分な成果がみられるため、博士(理学)の学位を授与できると認める。

UTokyo Repositoryリンク