学位論文要旨



No 115969
著者(漢字) 日笠,弘基
著者(英字)
著者(カナ) ヒカサ,ヒロキ
標題(和) シュペーマンオーガナイザーにおけるLIMホメオドメイン蛋白質Xlim-1の下流遺伝子の検索と機能解析
標題(洋) Screening and functional analysis of downstream genes for the LIM homeodomain protein Xlim-1 in the Spemann organizer
報告番号 115969
報告番号 甲15969
学位授与日 2001.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第4013号
研究科 理学系研究科
専攻 生物科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 平良,眞規
 東京大学 教授 浅島,誠
 東京大学 教授 西郷,薫
 東京大学 教授 神谷,律
 東京大学 助教授 朴,民根
内容要旨 要旨を表示する

 両生類初期胚の背側中胚葉組織であるシュペーマンオーガナイザーの特徴として、顕著な形態形成運動と、外胚葉を神経化し中胚葉を背側化させてそのパターン形成を行うという誘導活性が挙げられる。そして、この二つの現象が協調的に作用することにより、初期胚のボディープランが正常に遂行されていくと考えられている。近年、シュペーマン・オーガナイザー領域に発現する種々の分泌性因子ならびに転写因子が単離され、それらがオーガナイザーの誘導活性に関わることが示唆された。しかし、それらの因子間における相互作用や遺伝子カスケードについての解析は未だ十分には行われていない.そこでアフリカツメガエルのオーガナイザーに特異的に発現するLIMホメオドメイン蛋白質Xlim-1に着目した。Xlim-1は1つのホメオドメインとその上流に一対のLIMドメインを持つ転写活性化因子であり、さらに、アクチビンによる背側中胚葉誘導シグナルに直接的に発現誘導されることから、オーガナイザー形成の初期に機能することが予想される。さらに、mRNA注入実験により、Xlim-1はLIMドメインの機能を欠失させると活性型となり腹側中胚葉を背側化するほか、多分化能をもつ外胚葉外植体(アニマルキャップ)に対してはオーガナイザー特異的遺伝子であるchordin、goosecoid、およびXotx2の遺伝子発現を促し、前方型神経を誘導するというオーガナイザー活性を模倣することが示された。以上のことから、Xlim-1はオーガナイザーにおいて中心的な役割をもつと予想され,その下流のシグナル経路の体系的な解析と、その結果同定された遺伝子の機能解析は,オーガナイザーの分子基盤を探る上で新たな知見を与えるものと考えられる。

第一部:Xlim-1の下流遺伝子の検索とその発現解析

Searching for downstream genes of Xlim-1 and their expression studies

 アフリカツメガエルのアニマルキャップは、液性因子処理およびmRNA注入法により多分化能を示すことから、アニマルキャップにおいてXlim-1に発現誘導をうけるオーガナイザー特異的遺伝子を体系的に検索し、その発現解析を行った。活性型Xlim-1のmRNAを注入したあるいは注入しないアニマルキャップを初期原腸胚期に回収して、差し引きcDNAライブラリーを作成した。そして、このライブラリーをスクリーニングし37個のクローンを得た。次いで、活性型Xlim-1によりアニマルキャップにおいて発現が引き起こされ、かつオーガナイザー領域でXlim-1とその発現が重複する遺伝子を6個単離した。既知の遺伝子として、頭部誘導活性を持つ分泌性蛋白質cerberusや前方型神経の分化に関与するXotx5等がXlim-1の標的遺伝子の候補として新たに同定された。このことはXlim-1が頭部およびそのパターン形成に関与するという先の報告と良い対応を示すとともに、この手法を用いたアプローチが有効であることも示唆している。

 さらに、ヒトレセプター・チロシンキナーゼRor2のオーソログ(Xror2)、マウス分泌型メタロプロテアーゼADAM-TSのオーソログ(XADAM-TS)およびヒトp53活性化遺伝子PA26のオーソログ(XPA26)が同定された。XPA26は初期原腸胚のオーガナイザー領域での発現は検出されなかったが、その由来組織である脊索に非常に特異的に発現していた。これらの遺伝子がXlim-1の制御を受けてオーガナイザーあるいは脊索において種々の役割を担っていることが示唆された。

第二部:レセブターチロシンキナーゼXror2の発現と機能解析

Expression pattern and functional analysis of Xror2)

 Ror遺伝子ファミリーは細胞外ドメインとして免疫グロブリン様ドメイン、frizzled様ドメイン、kringleドメインをもち、細胞内ドメインとしてはチロシンキナーゼドメインをもつ。Rorファミリーの機能としてはこれまでに線虫における遺伝的解析においてror遺伝子がニューロンの細胞移動に関連していること、マウスのRor2遺伝子の破壊により四肢の発生に異常が生じること等が報告されている。しかしRor2のリガンドおよびRor2を介するシグナル伝達系は不明であり、またRor2の機能ドメインの解析は充分には行われていない。(Wntとの結合が予想されるfrizzled様ドメインが存在するが実際にWntとの結合やWntとの機能的関連を示唆する実験的証拠は報告されていない。)

 本研究によって、Xror2はオーガナイザー領域においてXlim-1と発現が重複し、後期には脊索および予定後脳脊髄領域にも発現することが明かとなった。そこでオーガナイザーでのXror2の役割を検討するため、野生型Xror2および細胞内ドメイン欠失変異体Xror2-TMをアフリカツメガエル胚の腹側あるいは背側の中胚葉領域に過剰発現させ発生過程に対する影響を調べた。その結果、Xror2により原腸陥入が著しく阻害されること、また予想外にもXror2-TMは野生型と類似の活性を持つことが見い出された。Xror2の過剰発現細胞の挙動を検討するため、細胞系譜マーカーとしてβ-ガラクトシダーゼと共発現させて調べたところ、Xror2とXror2-TMは共に原腸陥入を引き起こす細胞運動の1つである収斂伸展運動を阻害することが明かとなった。しかし後の神経胚期においては、Xror2は神経溝形成および神経板の閉じを阻害するのに対して、Xror2-TMを発現させた胚では、色素に富んだ細胞が神経板に過形成され、神経溝が形成されることが明らかになった。それらをさらに確認するために、アニマルキャップを用いて検討した。アニマキャップはアクチビン処理により伸長運動を伴う形態変化を起こすのだが、Xror2およびXror2-TMを発現させたアニマルキャップではこの運動が阻害され、さらに、Xror2-TMを発現させたアニマルキャップおいては、神経溝様の形成が観察された。この結果は先の細胞系譜実験の結果と良い一致を示した。

 次に野生型Xror2とXror2-TMとが形態形成運動において類似の表現型を示したことが、果たして同じ生物活性によるのか否かを検討した。そこで両者をアニマルキャップに単独あるいは共発現させて表現型を観察したところ、Xror2とXror2-TMの作用は拮抗的ではなく相加的に形態形成運動を阻害することが示された。したがってXror2の収斂伸長運動阻害活性はキナーゼ活性に非依存的と考えられる。この結論は、線虫のニューロンの細胞移動におけるRorの役割がキナーゼ活性に非依存的であることと良く対応している。

 さらに、Xror2とXror2-TMの細胞分化を対する影響を解析するために、これらを発現させた胚において神経分化マーカーのnrp1および脊索分化マーカーのXPA26の発現を全胚インサイチュハイブリダイゼーションによって調べた。その結果Xror2とXror2-TMの過剰発現によるこれらの分化マーカーの発現の変化は観察されず、神経および脊索の分化には影響を与えないことが示唆された。

 以上の結果より、これらのことよりXror2は細胞の分化形質には変化を与えないが、細胞外ドメインが主として収斂・伸展の調節に関わり、さらにキナーゼ領域を含む細胞内ドメインは神経板の閉じに関わることが示唆された。

 収斂伸長運動とは中軸中胚葉と予定後脳脊髄領域の細胞が中軸に向かって収斂し、それに伴い前後軸に沿って組織全体が伸長する細胞運動であり、その結果予定前脳中脳領域と予定後脳脊髄領域とが分離されることになる。これまで収斂伸長運動にはWnt-4,Wnt-5a,Wnt-11によるWntの非標準経路(non-canonical pathway)が関わり、この経路の過度の活性化あるいは阻害により収斂伸長運動が阻害されることが報告されている。したがって、frizzled様ドメインをもつXror2とWntの非標準経路との相互作用により収斂伸長運動が制御されている可能性があり、その解析は今後の課題である。

 本研究では、アニマルキャップアッセイとmRNA注入法を利用することで、網羅的Xlim-1の下流遺伝子の検索を行い、オーガナイザーにおける分子基盤の解明を目指した。その結果、頭部形成もしくは、前方型神経誘導といったようなオーガナイザーの誘導活性に関わる遺伝子が、Xlim-1の標的遺伝子の候補として新たに同定されるとともに、Xror2の機能解析により、Xlim-1を介した分子経路が、オーガナイザーの収斂伸展という形態形成運動にも関わることが示唆された。今後、未解析であるXADAMTS-1,XPA26等の機能解析を行うことで、さらにオーガナイザーの機能に関わる分子基盤の理解に繋がることが期待される。

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は2章からなり、第1章は、Xlim-1の下流遺伝子の検索とその発現解析、第2章は、レセプターチロシンキナーゼXror2の発現と機能解析について述べられている。

 両生類初期胚の背側中胚葉組織であるシュペーマンオーガナイザーの特徴として、顕著な形態形成連動と、外胚葉に対する神経誘導活性、さらに神経外胚葉と中胚葉のパターン形成での役割が挙げられる。近年、シュペーマンオーガナイザー領域に発現する種々の分泌性因子ならびに転写因子が同定されているが、それらの因子間における相互作用や遺伝子カスケードについての解析は未だ十分には行われていない。そこでアフリカツメガエルのオーガナイザーに特異的に発現するLIMホメオドメイン蛋白質Xlim-1に着目した。活性型のXlim-1は腹側中胚葉を背側化し、多分化能をもつアニマルキャップ(外胚葉外植体)に対してはオーガナイザー特異的遺伝子chordin、goosecoid、Xotx2の発現を促し、前方型神経組織を誘導するというオーガナイザー活性を模倣することが示されている。そこでXlim-1の下流の遺伝子カスケードの体系的な解析と、その結果同定された遺伝子の機能解析を行った

 第1章では、アニマルキャッブにおいてXlim-1で発現誘導をうけるオーガナイザー特異的遺伝子を体系的に検索し、その発現解析を行った。活性型Xlim-1のmRNAを注入したアニマルキャップで発現が引き起こされ、かつオーガナイザー領域でXlim-1とその発現が重複する遺伝子を6個単離した。その結果、既知の遺伝子として、頭部誘導活性を持つ分泌性蛋白質cerberusや前方型神経の分化に関与するXotx5等がXlim-1の標的遺伝子の候補として新たに同定された。このことはXlim-1が頭部およびそのパターン形成に関与するという先の報告と良い対応を示すとともに、この手法を用いたアプローチの有効性を示唆している。さらにヒト・レセプター・チロシンキナーゼRor2のオーソログ(Xror2)、マウス分泌型メタロプロテアーゼADAMTS-1のオーソログ(XADAMTS-1)およびヒトp53応答遺伝子PA26のオーソログ(XPA26)が同定された。Xror2とXADAMTS-1はオーガナイザー領域に発現を開始し、後には脊索領域に発現することが見い出された。XPA26は初期原腸胚のオーガナイザー領域での発現は検出されなかったが、前期神経胚以降は脊索に非常に特異的に発現していた。このようにこれらの遺伝子がXlim-1の制御を受けてオーガナイザーあるいは脊索において種々の役割を担っている可能性が示された。

 第2章では、Xlim-1の下流遺伝子Xror2の機能解析を行った。Ror遺伝子ファミリーは細胞外領域にfrizzled様ドメイン等をもち、細胞内領域にはチロシンキナーゼドメインをもつ。Rorファミリーの機能はこれまでに線虫とマウスにおいて解析されているが、初期発生での役割、およびリガンドや細胞内シグナル伝達系は不明である。

 そこで野生型Xror2および細胞内ドメイン欠失変異体Xror2-TMをアフリカツメガエル胚の腹側あるいは背側の中胚葉領域に過剰発現させ発生過程に対する影響を調べた。その結果、Xror2により原腸陥入が著しく阻害されること、また予想外にもXror2-TMは野生型と類似の活性を持つことが見い出された。そこでXror2の過剰発現細胞の挙動を細胞系譜マーカーと共発現させて調べたところ、Xror2とXror2-TMは共に細胞分化には影響を与えないが、原腸陥入を引き起こす細胞運動の1つである収斂伸長運動を阻害することが明らかとなった。そこでより単純な系としてアニマルキャップで同様に検討したところ、予想通りXror2およびXror2-TMを発現させたアニマルキャップではアクチビンにより誘発される収斂伸長運動が阻害された。そこで両者をアニマルキャップに共発現させたところXror2とXror2-TMの作用は拮抗的ではなく相加的であったことより、Xror2の収斂伸長運動阻害活性はキナーゼ活性に非依存的であることがさらに裏付けられた。

 これまで収斂伸長運動にはWntの非標準経路(non-canonical pathway)が関与し、この経路の過度の活性化あるいは阻害により収斂伸長運動が阻害されることが報告されている。そこでそのシグナル伝達の下流に位置するCdc42のドミナントネガティブ型をXror2と共発現させたところXror2による収斂伸長運動の阻害が回復した。この結果は、Xror2がWntの非標準経路に直接あるいは間接的に関わることで収斂伸長運動を制御していることを示唆している。

 本研究では、Xlim-1の下流遺伝子の検索を行い、その結果、頭部形成もしくは、前方型神経誘導というオーガナイザー活性に関わる遺伝子が候補として新たに同定されるとともに、Xror2の機能解析により、Xlim-1を介した分子経路が、オーガナイザーの収斂伸長という形態形成運動にも関わることが示唆された。

 なお、本論文第1章は平良眞規との、第2章は平谷伊智朗、平良眞規との共同研究であるが、論文提出者が主体となって分析と検証を行ったもので、論文提出者の寄与は十分であると判断する。

 したがって、博士(理学)の学位を授与できると認める。

UTokyo Repositoryリンク