学位論文要旨



No 115974
著者(漢字) 岩本,和也
著者(英字)
著者(カナ) イワモト,カズヤ
標題(和) 哺乳類Brn-2蛋白質の機能進化に関する研究
標題(洋) In vitro study of functional evolution of the mammalian Brn 2 Protein
報告番号 115974
報告番号 甲15974
学位授与日 2001.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第4018号
研究科 理学系研究科
専攻 生物科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 植田,信太郎
 東京大学 教授 平井,百樹
 東京大学 教授 野中,勝
 東京大学 助教授 石田,貴文
 東工大 教授 岡田,典弘
内容要旨 要旨を表示する

 哺乳類class III POU転写因子群は発生過程を通じて大脳新皮質を含む中枢神経系で発現しており、標的遺伝子群の発現調節を介して中枢神経系の発生、分化及び機能維持に関与している。脊椎動物において同定されているclass III POU転写因子群(Brn-1、Brn-2、Brn-4、SCIP)のアミノ酸配列を比較すると、POUドメインと呼ばれるDNA結合ドメインはほぼ完全に配列が一致し、進化上その機能が保存されてきたことが伺える。ところが、転写活性化ドメインは、哺乳類と下等脊椎動物(魚類、両生類)では顕著な違いがある。哺乳類では様々な種類の単一アミノ酸リピート構造が存在するのに対し、下等脊椎動物ではこれらの構造は、欠失している傾向があるのである。この点を除くと、転写活性化ドメインのアミノ酸配列は高度に保存されている。また、哺乳類間では、アミノ酸リピート構造は、その存在位置、アミノ酸残基の種類、連続する残基数が保存されている。以上のことから、哺乳類の系統で獲得されたアミノ酸リピート構造になんらかの機能的な意義があることが推察される。一般的に転写活性化ドメインは様々な蛋白質と相互作用し、標的遺伝子群の発現を調節することが知られており、アミノ酸リピート構造の有無によって相互作用する蛋白質の種類や相互作用の様式が変化した可能性が考えられる。そこで本研究では哺乳類Brn-2に注目し、Brn-2の転写活性化領域と相互作用する蛋白質を探索した。Brn-2はclass III POU転写因子群中、アミノ酸リピート構造の進化上の差異が最も顕著であり、哺乳類Brn-2のグリシン、グルタミン、プロリンの3種類のアミノ酸リピート構造は、下等脊椎動物では全て完全に欠失している。

 酵母2-ハイブリッド法を用いたスクリーニングの結果、ヒトBrn-2の転写活性化ドメインと相互作用する蛋白質を3種類得た。これらをB2BP(Brain-2-binding protein)2-4とした。このうちB2BP2、3は新規蛋白質であり、既知のモチーフも存在しないことから機能未知であった。B2BP4は多機能蛋白質であるFUS/TLSと一致した。両者の相互作用する部位を調べ、Brn-2のプロリンリピート構造を含む領域とB2BPが相互作用することを明らかにした。またヒトBrn-2とFUS/TLSを大腸菌で組み換え蛋白質として発現させ、far-western blotting法により、両者の直接的な相互作用を確認した。

 FUS/TLSは原癌遺伝子として発見されたRNA結合蛋白質であり、構造の類似したEWS、hTAFII68と共にTET familyと呼ばれるグループに分類されている。このTET familyのメンバーは互いに排他的な関係でTFIID複合体に存在すると考えられている。そこで、Brn-2とTET familyとの相互作用の有無と、相互作用がBrn-2の転写活性化能に与える影響を調べた。その結果、Brn-2はFUS/TLSとのみ強く相互作用し、EWSやhTAFII68とはほとんど相互作用しないこと、また、FUS/TLSはBrn-2の転写活性化能を上昇させるcoactivatorとして働くが、EWSやhTAFII68はBrn-2の転写活性化能に影響を与えないことを明らかにした。従って、哺乳類Brn-2は、FUS/TLSを含むTFIID複合体を選択的に使用し転写制御を行っていることが示唆された。

 哺乳類Brn-2の祖先型となるBrn-2は下等脊椎動物と同様にアミノ酸リピート構造を持たなかったと推定される。哺乳類において獲得されたアミノ酸リピート構造の進化的意義を考察するため、哺乳類Brn-2に存在するグリシン、グルタミン、プロリンの3種類のアミノ酸リピート構造をそれぞれ正確に欠失した人工Brn-2を構築した。構築の際、欠失によっておこるであろう蛋白質の立体構造変化が、Brn-2の分子進化上の足跡を反映するように変異体を設計した。これらに加え、両生類Xenopus laevis由来のBrn-2ホモログ、XLPOU3Bを用意した。XLPOU3Bはアミノ酸リピート構造の有無を除き、哺乳類Brn-2と構造が非常に類似しており、全てのアミノ酸リピート構造をもたない哺乳類Brn-2とみなした。

 構築した人工Brn-2の転写活性化能をHeLa細胞を用いたluciferase assayにより比較したところ、アミノ酸リピート構造の有無に関わらず、全ての人工Brn-2及びXLPOU3Bは、野生型哺乳類Brn-2とほぼ同じレベルの転写活性化能を示した。このことは、Brn-2自身の転写活性化能は進化上一定のレベルで維持されてきたことを示している。次に人工Brn-2とTET familyとの相互作用を測定したところ、予測されたように、プロリンリピート構造を欠失させたBrn-2とXLPOU3BはFUS/TLSとの相互作用が消失していた。しかし、グリシン、グルタミンリピート構造を欠失させたBrn-2では、逆に相互作用の強さが増加しており、これらのリピート構造がプロリンリピート構造部位での相互作用に阻害的な影響を与えていることが考えられた。また、EWS、hTAFII68とでは全ての組み合わせで相互作用が認められなかった。次にcoactivatorとしての働きを調べてみると、グリシン、グルタミンリピート構造を欠失させたBrn-2では、FUS/TLSのみがcoactivatorとして働いた。しかし意外にも、プロリンリピート構造を欠失させたBrn-2とXLPOU3Bに対しては、FUS/TLSを含むTET-familyの3者がcoactivatorとしての活性を示した。このことから、Brn-2と相互作用する未知の蛋白質(蛋白質X)の存在が予想でき、TET familyの3者はこの蛋白質Xと相互作用することによって、プロリンリピート構造を欠失させたBrn-2とXLPOU3Bに対して、coactivatorとして働くという機構が示唆された。

 本研究の一連の実験により、哺乳類Brn-2はFUS/TLSを選択的にcoactivatorとして使用するが、これは、(1)プロリンリピート構造が関わるFUS/TLSとの相互作用と、(2)プロリンリピート構造によるEWS、hTAFII68と蛋白質Xの相互作用の阻害、というプロリンリピート構造の二つの機能の結果生じることを示した。また、プロリンリピート構造を持たない祖先型Brn-2は、TET-familyの3者全てを蛋白質Xを介してcoactivatorとして使用できたことを示した。このようなアミノ酸リピート構造の有無によっておきる哺乳類特異的な転写制御機構の変化は、中枢神経系で発現する標的遺伝子群の機能発現に影響を与え、大脳新皮質構造の獲特など、哺乳類特異的な進化を促した要因の一つになり得たと思われる。

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は4章からなり、第1章は中枢神経系の発生、分化に関与する転写因子class III POUの概要について、第2章はclass III POU転写因子の一つであるBrain-2蛋白との相互作用によって下流の遺伝子発現に影響を及ぼすcofactor群の探索について、第3章は第2章のBrain-2 cofactorの探索によって得られたFUS/TLSとBrain-2との相互作用について、第4章は脊椎動物群におけるBrain-2遺伝子の進化(アミノ酸リピートの獲得によって代表されるアミノ酸配列上の変化)がそのcofactor群との相互作用にどのような機能的影響を及ぼしたのがについて、述べられている。

 転写因子群のアミノ酸配列を比較すると、DNA結合ドメインはほぼ完全に配列が一致し機能が保存されてきている、転写活性化ドメインは生物分類群間で顕著な違いがある。哺乳類class III POUでは様々な種類の単一アミノ酸リピート構造が転写活性化ドメイン内に存在するが、下等脊椎動物ではこれらの構造が欠失している。転写活性化ドメインは様々な蛋白質と相互作用し、標的遺伝子群の発現を調節することが知られており、アミノ酸リピート構造の有無によって相互作用する蛋白質の種類や相互作用の様式が変化した可能性が考えられる。class III POU転写因子の一つBrn-2はアミノ酸リピート構造の進化上の差異が最も顕著であり、哺乳類Brn-2のグリシン、グルタミン、プロリンの3種類のアミノ酸リピート構造は下等脊椎動物では全て完全に欠失している。そこで本研究では哺乳類Brn-2に着目し、以下の研究をおこなっている。

 ヒトBrn-2の転写活性化ドメインと相互作用するcofactorを探索し、その一つはFUS/TLSであることを明らかにした。また、Brn-2のプロリンリピート構造を含む領域とFUS/TLSが相互作用することを明らがにした。FUS/TLSはEWS、HTAFII68と共にTET familyを構成しているが、互いに排他的な関係でTFIID複合体に存在する。しかし、Brn-2はFUS/TLSとのみ強く相互作用し、EWSやhTAFII68とはほとんど相互作用しないこと、また、FUS/TLSはBrn-2の転写活性化能を上昇させるcoactivatorとして働くが、EWSやhTAFII68はBrn-2の転写活性化能に影響を与えないこと、従って、哺乳類Brn-2は、FUS/TLSを含むTFIID複合体を選択的に使用し転写制御を行っていることを明らかにした。

 哺乳類において獲得されたアミノ酸リピート構造の進化的意義を考察するため、哺乳類Brn-2に存在するグリシン、グルタミン、プロリンの3種類のアミノ酸リピート構造を完全に欠失した人工Brn-2、アミノ酸リピート構造の有無を除き哺乳類Brn-2と構造が非常に類似している両生類のBrn-2ホモログXLPOU3Bを用いて、それらの転写活性化能を比較している。その結果、アミノ酸リピート構造の有無に関わらず、全ての入工Brn-2及びXLPOU3Bは野生型哺乳類Brn-2とほぼ同じレベルの転写活性化能を示し、Brn-2自身の転写活性化能は進化上一定のレベルで維持されてきたことが示唆された。また、プロリンリピート構造を欠失させたBrn-2とXLPOU3BはFUS/TLSとの相互作用が消失していた。しかし、グリシン、グルタミンリピート構造を欠失させたBrn-2では、逆に相互作用の強さが増加しており、これらのリピート構造がプロリンリピート構造部位での相互作用に阻害的な影響を与えていることが考えられた。また、EWS、HTAFII68とでは全ての組み合わせで相互作用が認められなかった。また、グリシン、グルタミンリピート構造を欠失させたBrn-2ではFUS/TLSのみがcoactivatorとして働き、プロリンリピート構造を欠失させたBrn-2とXLPOU3Bに対してはFUS/TLSを含むTET-familyの3者ともがcoactivatorとしての活性を示すことが明らかになった。

 以上の結果がら、哺乳類Brn-2に特異的に存在するプロリンリピートの機能的意義が本論文によって初めて明らかにされた。

 よって、博士(理学)の学位を授与できると認める。

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