学位論文要旨



No 115979
著者(漢字) 柴田,幹士
著者(英字)
著者(カナ) シバタ,ミキヒト
標題(和) アフリカツメガエル胚における頭部オーガナイザー遺伝子群の網羅的解析
標題(洋) Comprehensive analysis of head organizer genes in Xenopus embryos
報告番号 115979
報告番号 甲15979
学位授与日 2001.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第4023号
研究科 理学系研究科
専攻 生物科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 平良,眞規
 東京大学 教授 嶋,昭紘
 東京大学 教授 塩川,光一郎
 東京大学 教授 森沢,正昭
 東京大学 助教授 能瀬,聡直
内容要旨 要旨を表示する

 両生類の原口背唇部(背側中胚葉)は周囲の組織から神経や筋肉を誘導しかつそのパターン形成を行うことよりオーガナイザーと呼ばれる。オーガナイザーはさらに頭部オーガナイザー(脊索前板および前部内胚葉領域)と胴部オーガナイザー(脊索領域)に分けられ、それぞれ前部神経板と後部神経板を誘導すると考えられている。近年の分子レベルでの研究から提唱されたモデルによれば、オーガナイザーによる神経誘導の過程とは、外胚葉が分泌する神経化阻害因子BMP4を、オーガナイザーが分泌するChordin, Nogginが結合阻害することで外胚葉が神経化し、また後方化因子あるいは腹側化因子WntをCerberus, Dickkopf-1, Frzb-1などの頭部オーガナイザーからの分泌性因子が遮断することで前方神経組織が誘導されると考えられている。しかしこのモデルは、オーガナイザーによる頭部の誘導を大まかに説明するにとどまり、例えば実際にどのような遺伝子が頭部の誘導とパターン形成に能動的に働き、どのような遺伝子が頭部オーガナイザーを規定するか、といった疑問を説明できない。これらの点を解明するためには、オーガナイザー特異的な新規遺伝子を多数単離、同定しその機能解析を行うことが有効であると考えた。そこで私は、アフリカツメガエル(Xenopus Laevis)後期原腸胚と初期神経胚の頭部オーガナイザー領域(前方内中胚葉領域、anteriorendomesoderm;以下AEMと略記)を用いて作成したcDNAライブラリーからAEM特異的ESTs (Expressed Sequence Tags)を構築し、このデータを基に選択したクローンの発現パターンを網羅的に解析することで、AEM領域に特異的に発現する新規遺伝子の単離を試みた。その結果、頭部オーガナイザー領域に発現する遺伝子P4F1 (crescent)P7E4、P8F7、P17F11を見い出し、それらに関して詳細な発現解析を行った。さらにP4F1 (crescent)にに関してはmRNA顕微注入実験による機能解析を行い頭部オーガナイザーにおける役割を検討した。

第一部:頭部オーガナイザー遺伝子の網羅的検索と発現解析

 頭部オーガナイザー特異的遺伝子の単離方法として、本研究ではAEM特異的cDNAライブラリー由来の遺伝子の発現パターン解析によるスクリーニングを採用した。後期原腸胚から初期神経胚のAEMを切り出し、そのpoly(A) +RNAからAEM特異的cDNA libraryを作成した。この切り出しの段階で約20倍の頭部オーガナイザーに発現する遺伝子の濃縮が期待された。housekeeping遺伝子など頭部オーガナイザーに非特異的な遺伝子を除くため、尾芽胚胴部由来のcDNAをプローブとしてプラーク・ハイブリダイゼーションを行い、陽性だった約28%のクローンを除き、陰性の1632クローンを選択した。そのうち1039クローンに関して5'側からの部分的塩基配列を決定してESTsを作成し、これを基に重複遺伝子のクラスタリングとBlastサーチによるホモロジー検索を行った。その結果、1039クローンは756個の独立クラスターに分けられ、その中の151クラスターは既知のアフリカツメガエル遺伝子で(151/756=20%)、そこにはオーガナイザー特異的な既知の遺伝子が8個(8/177=4.5%)含まれていた。

 これら遺伝子の内訳について検討したところ、分泌性因子をコードする遺伝子としてchordin, noggin, follistatin, xFRPといった阻害因子のみが単離され、eFGF,Xwnt-11あるいはshhといったリガンド分子の遺伝子は単離されなかった。このことはオーガナイザーにおいて阻害因子をコードする遺伝子の発現量が、リガンド分子の遺伝子の発現量よりも多いことを示唆している。また756個の独立クラスターのうち既知のカエル発生制御遺伝子が36クラスター、発生制御遺伝子と予想されるものは48クラスター(48/756=12%)、未知の遺伝子と予想されるものは315クラスター(315/756=42%)であった。そこで発生制御遺伝子と予想されるものと未知の遺伝子と予想されるもの計363クラスターを選別し、そのうち現在まで198クローンに関して発現パターンを全胚in situ ハイブリダイゼーション法で解析した。最終的にオーガナイザー領域に発現するツメガエル新規遺伝子として9個同定し、これらに関してはcDNA全長の構造解析を行った。

 その中で頭部オーガナイザー領域に発現する遺伝子は、P4F1、P7E4、P8F7、Pl7F11の4遺伝子であった。P4F1はニワトリcrescentと、P7E4はヒトESTクローンKIAA0952と、Pl7F11はシロイヌナズナの未知の遺伝子と相同性があった。P8F7はどの遺伝子とも相同性はなかった。これら遺伝子の発現パターンを更に詳細に知るため、初期原腸胚期と初期神経胚期において、これらの遺伝子と、既知のオーガナイザー遺伝子chordin、とXHexの発現パターンと比較検討した。その結果、オーガナイザー領域の中においてP4F1(crescent)、P7E4、P8F7、P17F11はそれぞれ異なる領域で発現していることが判明した。すなわちP7E4は脊索前板にリング状に、P8F7は前方内胚葉に、P17F11はAEM領域に広く発現していた。なおP4F1(crescent)の詳細な解析結果は第二部で述べる。

 このように私が試みた網羅的検索はオーガナイザー特異的遺伝子を単離する有効な手段であること、および頭部オーガナイザー領域が種々の遺伝子の発現パターンによりさらに幾つかの領域に分けられることが示され、単離されたこれらの遺伝子が各発現領域において、頭部オーガナイザーの規定や神経誘導、パターン形成などに関して独自の役割を果たしているのではないかと考えられた。

第二部:crescent遺伝子の構造、発現、機能解析

 P4F1の全長cDNAを単離し構造解析を行った結果、ニワトリcrescentと全翻訳領域のアミノ酸レベルで64%が、Frizzled様ドメインでは90%が一致した。他のFrizzled様ドメインを持つ分泌性因子(Frzb-1、Sizzledなど)との比較よりP4F1はcrescentのアフリカツメガエルオーソローグであることが考えられた。シグナルペプチド様の配列とFrizzled様ドメインの存在はCrescentがWntに対する分泌性結合阻害因子であることを予想させた。

 crescentは初期原腸胚のオーガナイザー領域に特異的に発現を開始し、発生の進行に従い頭部オーガナイザーすなわちAEMに限局した。尾芽胚期ではこの発現が減少し、代わりに前腎での特異的発現が認められた。crescentが初期オーガナイザー領域で発現することよりAEMに発現する転写活性化因子の制御を受けている可能性が考えられた。そこでアニマルキャップを用いて検討したところ、転写活性化因子Siamois, Xlim-1とXlim-1の活性化補助因子Ldb1により協調的に発現が活性化されることを見い出した。しかしながら中胚葉化因子アクチビンで処理したアニマルキャップでは発現上昇は認められなかった。Siamoisは背側化因子Wntの下流遺伝子、Xlim-1はアクチビン/Nodalの下流遺伝子であることより、crescent遺伝子はWntとアクチビン/Nodalの両方のシグナルによって活性化されることが示唆され(Mech. Dev. 96,243-246,2000)、このことはcrescentのAEMに限局した発現とよく対応すると考えられた。

 Crescentはその構造と発現場所からWntの阻害因子として頭部誘導に関わることが 予想された。この検証のため、mRNAの微量注入実験をおこなった。Crescentを前方神経外胚葉領域に異所発現させたところ、眼とセメント腺の肥大が認められた。また腹側中胚葉領域にBMP阻害因子であるnogginと共発現させると眼とセメント腺をもつ2次軸形成が認められた。さらに腹側中胚葉領域にXwnt-8と共発現させると、Xwnt-8による2次軸形成能が阻害された。これらの実験結果はCrescentがXwnt-8あるいはそれに類似のWntに結合して阻害することを強く示唆しており、Crescentが頭部誘導に関わっていることが考えられた。さらにこのような活性に加えて、前方神経外胚葉領域に異所発現させた実験と腹側中胚葉領域にXwnt-8と共発現させた実験においてCrescentが体軸の伸長を阻害する作用を持つことを見い出した。このような活性はWnt阻害因子の1つであるDkk-1では見られなかったものであることより、CrescentはDkk-1とは異なる特異性でWntを阻害することが考えらえた。最近、後方中胚葉と外胚葉の収斂伸長運動にXwnt-4、Xwnt-5a、Xwnt-11が関与することが示唆されていることより、CrescentがこれらのWntの活性を阻害する可能性が考えられた。頭部オーガナイザー領域は収斂伸長運動をしない領域であることを考え合わせると、もしCrescentが収斂伸長運動に関与するWntの活性を阻害することが今後実証されれば、Crescentは頭部オーガナイザー領域において後方化の阻害と共に収斂伸長運動を阻害する役割を担っていると言える。

 本研究では、AEM特異的ESTsと発現パターン解析により、頭部オーガナイザーに発現する遺伝子を単離することを試み、実際に、頭部オーガナイザー特異的遺伝子の単離が可能であることが示された。さらに単離された遺伝子Xenopus crescentの機能解析を行った結果、Crescentが後方化と収斂伸長運動に関与する種々のWntを阻害する可能性が示された。このような活性をもつ分泌性因子は現在のところ知られていない。今後crescent更にP7E4、P8F7、P17F11を詳細に解析することによって、頭部オーガナイザーの持つ多様な機能の一端がさらに明らかになると期待される。

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は2章からなり、第1章は、頭部オーガナイザー遺伝子の網羅的検索と発現解析、第2章は、crescent遺伝子の構造、発現、機能解析について述べられている。

 両生類のオーガナイザー(背側内中胚葉)は周囲の組織から神経や筋肉を誘導しかつそのパターン形成を行う。オーガナイザーはさらに頭部オーガナイザー(脊索前板および前部内胚葉領域)と胴部オーガナイザー(脊索領域)に分けられ、それぞれ前部神経板と後部神経板を誘導する。近年の分子レベルでの研究から、オーガナイザーからの分泌性因子が神経化阻害因子を結合阻害することで神経誘導が引き起こされ、さらに頭部オーガナイザーからの分泌性因子が後方化因子を遮断することで前方神経組織を誘導すると考えられている。しかしどのような遺伝子が頭部オーガナイザーを規定し、また前方神経組織の誘導とパターン形成に関与しているかは依然明らかとなっていない。本論文は、これらの点の解明を目標としている。

 第1章では、頭部オーガナイザー遺伝子の網羅的検索と発現解析を行った。後期原腸胚の前方内申胚葉(anterior endomesoderm,以下AEM)を切り出しAEM cDNAライブラリーを作成した。その中から高発現の遺伝子をプラーク・ハイブリダイゼーションで選別して除き、残りの約70%のクローンについて部分的塩基配列を決定し、その結果1039クローンについて5'側からのESTs(expressed sequence tags)を作成した。クラスタリングの結果、756個の独立クラスターに分けられ、その中で発生制御遺伝子と予想されるものは48クラスター、未知の遺伝子と予想されるものは315クラスターであった。そのうち現在まで198クローンに関して発現パターンを全胚in situハイブリダイゼーション法で解析し、オーガナイザー領域に発現するアフリカツメガエルの新規遺伝子9個を同定した。その中で頭部オーガナイザー領域に発現する遺伝子は、P4F1、P7E4、P8F7、P17F11の4遺伝子であった。

 P4F1はニワトリcrescentと、P7E4はヒトESTクローンKIAA0952と、P17F11はシロイヌナズナの未知の遺伝子と相同性があった。P8F7はどの遺伝子とも相同性はなかった。これら遺伝子の発現パターンを更に詳細に検討した結果、オーガナイザー領域の中においてP4F1/crescentは前部内中胚葉に、P7E4は脊索前板にリング状に、P8F7は前方内胚葉に、P17F11はAEM領域に広く発現していた。このように頭部オーガナイザー領域がこれらの遺伝子の発現によりさらに幾つかの領域に分けられることが示された。

 第2章ではcrescent遺伝子の構造、発現、機能解析につて述べている。P4F1/crescent(以下crescent)は初期原腸胚のオーガナイザー領域に特異的に発現を開始し、発生の進行に従い頭部オーガナイザー領域に限局した。尾芽胚期ではこの発現が減少し、一方で前腎での特異的発現が認められた。crescentの初期オーガナイザー領域での発現制御をアニマルキャップを用いて検討したところ、転写活性化因子Siamois、Xlim-1とXlim-1の活性化補助因子Ldb1により協調的に発現が活性化されることを見い出した。しかし中胚葉化因子アクチビンでは発現上昇は認められなかったことより、crescentは、背側化因子Siamoisとアクチビン/Noda1の下流遺伝子Xlim-1の両方のシグナルによって活性化されることが示唆された。

 Crescentはfrizzled様ドメインをもつ分泌性因子であることからWntの阻害因子として頭部誘導に関わることが予想された。mRNA微量注入法によりCrescentを前方神経外胚葉領域に異所発現させたところ、眼とセメント腺の肥大が認められた。また腹側中胚葉領域にBMP阻害因子であるNogginと共発現させると眼とセメント腺をもつ2次軸形成が認められた。さらに腹側中胚葉領域にXwnt-8と共発現させると、Xwnt-8の2次軸形成能が阻害された。これらの実験結果はCrescentが後方化因子Xwnt-8に結合して阻害することを示唆している。この作用に加えて、Crescentが体軸の伸長を阻害することを見い出した。このような活性は他のWnt阻害因子であるDkk-1では見られなかったものであることより、CrescentはDkk-1とは異なる特異性でWntを阻害することが考えられた。最近、後方中胚葉と外胚葉の収斂伸長運動にある種のWntが関与することが示唆されており、CrescentがこれらのWntの活性を阻害する可能性が考えられた。

 本研究は、AEM特異的ESTsと発現パターン解析により、効率良く頭部オーガナイザー特異的遺伝子が単離できることを示した。機能解析では、Crescentが後方化と収斂伸長運動に関与する種々のWntを阻害する可能性が示された。単離されたこれらの遺伝子が各発現領域において、頭部オーガナイザーの規定や神経誘導、パターン形成などに関して独自の役割を果たしているのではないかと考えられる。

 なお、本論文第1章は平良眞規との、第2章は日笠弘基、小野裕史、平良眞規との共同研究であるが、論文提出者が主体となって分析と検証を行ったもので、論文提出者の寄与は十分であると判断する。

 したがって、博士(理学)の学位を授与できると認める。

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