学位論文要旨



No 115980
著者(漢字) 高原,学
著者(英字)
著者(カナ) タカハラ,マナブ
標題(和) 分裂から見たオルガネラの起源 : オルガネラ分裂に関わるftsZ遺伝子の解析
標題(洋) Origin of Organelles in the View of Their Division : Studies on ftsZ Genes Involved in Organelles Division
報告番号 115980
報告番号 甲15980
学位授与日 2001.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第4024号
研究科 理学系研究科
専攻 生物科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 河野,重行
 東京大学 教授 黒岩,常祥
 東京大学 助教授 箸本,春樹
 東京大学 助教授 池内,昌彦
 東京大学 助教授 野崎,久義
内容要旨 要旨を表示する

 ミトコンドリアと色素体は,それぞれ細胞内呼吸や光合成という,生命に欠かせない機能を担う重要な細胞内小器官である.しかし,それらが細胞内で分裂・増殖するメカニズムには,まだ未解明の部分が多い.これまでに,これらのオルガネラの分裂にはそれぞれの分裂リングが重要な役割を果たしていることが形態学的に明らかにされてきた.色素体の分裂は,色素体包膜の内外に多重のリング状構造を形成する色素体分裂リングによって制御され(Mita et al.1986, Hashimoto1986),原始的な藻類から高等植物まで見られる普遍的な分裂装置と考えられている.またミトコンドリアの分裂においても同様の構造をとるミトコンドリア分裂リングが存在する(Kuroiwa et al. 1993).しかし,それらの構成成分やオルガネラ分裂の分子機構についてはまだほとんど明らかではない.

 ミトコンドリアと色素体は,それぞれαプロテオ細菌と藍色細菌が原始真核細胞へ細胞内共生することにより誕生した.これらのオルガネラの祖先となった原核生物ではftsZを始めとする多数の細胞分裂遺伝子が細胞の分裂に関わっている.なかでもftsZは分裂面にリング状構造を形成し(Bi & Lutkenhaus 1991),原核生物に普遍的に存在する最も基本的な分裂遺伝子と考えられている.近年,ftsZが真核生物の葉緑体の分裂にも関与することが知られてきた(Osteryoung & Vierling 1995, Strepp et al. 1998).細菌の分裂に中心的な役割を果たすftsZのオルガネラでの機能を知ることは,オルガネラ分裂機構の解明とともに,細胞内共生した細菌がオルガネラ化する過程の解明にもつながると考えられる.

 本研究では,分裂装置が明瞭で,体制が単純であり,また原始的と考えられている単細胞原始紅藻Cyanidios chyzon merolaeを研究材料に用い,ftsZ遺伝子を単離し解析を行った.博士課程ではまず色素体型ftsZ遺伝子(CmftsZ2)を新たに単離した.CmFtsZ2は葉緑体の分裂期特異的に発現しており,葉緑体内部に局在が見られたが,免疫電顕法では色素体分裂リングへの局在は見られなかった.さらに,従来存在しないと考えられていたミトコンドリア型ftsZ遺伝子(CmftsZ1)をC. merolaeから発見した.CmFtsZ1も分裂期特異的に発現しており,ミトコンドリアへの局在が示唆された.

結果と考察

1.単細胞原始紅藻C.merolaeからの色素体型ftsZ遺伝子(CmftsZ2)の単離

修士課程においてC.merolaeから単離したftsZ遺伝子(CmftsZ1)は,分子系統解析などから藍色細菌や他の植物のftsZと近縁な色素体型のftsZ遺伝子とは別タイプのものと推定された.C.merolaeを用いて色素体分裂とftsZの関係を解析するため,博士課程においてはまずC.merolaeから色素体型ftsZの単離を試み,PCR法を用いてC.merolaeからCmftsZ1とは異なる新規のftsZ遺伝子(CmftsZ2)の単離に成功した.

 CmftsZ2は503残基からなる遺伝子産物(CmFtsZ2)をコードしていた.分子系統解析から,CmFtsZ2は藍色細菌や植物・藻類のFtsZと同じグループに属し,CmFtsZ2が確かに色素体型であることが示された(図1).またそのN末領域は葉緑体移行シグナルに特徴的な性質を備え,CmFtsZ2が色素体に局在する可能性が示唆された.

 CmftsZ2をプローブにゲノミックサザンブロットを行ったところ,CmftsZ2はCmftsZ1と同様,C.merolaeのゲノム中に1コピー存在することが示された.

2.CmftsZ2の発現の分裂周期中での時期特異性解析

 大腸菌では,FtsZ蛋白質は細胞分裂周期を通じて存在し,分裂期特異的に分裂面に局在・重合することにより分裂をコントロールしていると考えられている.真核生物でのftsZの発現調節を明らかにし,発現パターンと色素体分裂の関係を解明するため,まずCmftsZ2の発現変化を解析した.

 C.merolaeは12時間明暗周期により,細胞とオルガネラの分裂を同調化できる.この同調培養系を用いて経時的なノーザンブロットを行ったところ,CmFtsZ2の転写産物の蓄積が分裂期直前で特異的に見られることが明らかになった(図2).

 この発現の時期特異性を蛋白質レベルで検証するため,CmFtsZ2に対する抗体を作製した.CmFtsZ2のC末側195アミノ酸に6×Hisタグを融合させた融合蛋白質を大腸菌を用いて発現させ,精製の後マウスに免疫した.得られた抗血清を用いてウェスタンプロットを行ったところ,確かに抗原に用いた融合蛋白質に反応し,またC.merolaeの全蛋白質に対しては約60 kDaのシングルバンドが検出された(図3).

 C.merolaeの同調培養系を用いてCmFtsZ2蛋白質量の経時的変化をウェスタンブロットで調べたところ,分裂が同調して起こる暗期の初期においてCmFtsZ2蛋白質量が時期特異的に増加することが明らかになった(図2).これらの結果から,CmFtsZ2は色素体の分裂期に時期特異的に発現し,また転写レベルでの発現調節を受けていることが示唆された.また,CmFtsZ2は分裂終了後,速やかな分解を受けることも示唆された.

3.CmFtsZ2蛋白 のC.merolae細胞内での局在

 C.merolaeの分裂期と間期の単離葉緑体に対してウェスタンプロットを行ったところ,抗CmFtsZ2抗体のシグナルは分裂期の葉緑体にのみ強く反応した(図4).さらに,抗CmFtsZ2抗体を用いて免疫電顕法を行った結果,金コロイドの粒子はC.merolaeの葉緑体中に特異的に見られた(図5).これらの結果からCmFtsZ2は確かに葉緑体内部に局在することが示された.しかし,色素体分裂リング上への局在は見られず,むしろチラコイド膜領域に金コロイドの粒子の多くが局在していた.この結果からCmFtsZ2は色素体分裂リングの主成分ではない可能性が高いと推察された.

4.新規のミトコンドリア型ftsZ遺伝子の発見とその解析

 C.merolaeから最初に単離したftsZ遺伝子(CmftsZ1)は,分子系統解析の結果,Agrobacteriumなど,ミトコンドリアの祖先と考えられているαプロテオ細菌と同じグループに属することがわかった.このことから,CmftsZ1は従来存在しないと考えられていたミトコンドリア由来のftsZ遺伝子であることが示唆された.

 このCmftsZ1について,発現の経時的変化を解析したところ,CmftsZ2と同様,転写産物の蓄積が分裂期直前で特異的に見られることが明らかになった(図7).

 さらにCmFtsZ1に特異的に反応する抗体をCmFtsZ2と同様に作製した(図6).この抗体を用い,CmFtsZ1蛋白質量の経時的変化をウェスタンブロットで調べたところ,分裂が同調して起こる暗期の初期においてCmFtsZ1蛋白質量が時期特異的に増加することが明らかになった(図7).これらの結果から,CmFtsZ1もCmFtsZ2同様,分裂期に時期特異的に発現し,また転写レベルでの発現調節を受けていると考えられる.

 単離葉緑体を用いたウェスタンブロットでは,抗CmFtsZ2抗体のシグナルが分裂期の葉緑体にのみ強く反応したのに対し,抗CmFtsZ1抗体の反応は葉緑体には見られず,葉緑体単離の際の別のミトコンドリアを含む粗画分に反応が見られ,CmFtsZ2とは局在の面で異なる挙動を示すことがわかった(図8).また,C.merolae全蛋白質に対する抗CmFtsZ1抗体を用いたウェスタンブロットでは,推定分子量43kDaより小さい約36kDaのバンドが検出された.このサイズはCmFtsZ1蛋白質のN末領域を除いて強制発現させた際の産物のサイズ(約35kDa)とほぼ一致し(図6),細胞内でCmFtsZ1のN末領域が切断されている,つまりN末領域がシグナルペプチドであることが示唆された.さらにCmFtsZ1のN末領域はミトコンドリア移行シグナルに特徴的な性質を備えていた.以上の結果を総合して,CmFtsZ1はミトコンドリアに局在する可能性が高いと考えられる.

 まとめ

 本研究から以下のようなことが明らかになった.

1.単細胞原始紅藻C.merolaeから色素体型ftsZ遺伝子(CmftsZ2)を新たに単離し,C.merolaeが色素体型・ミトコンドリア型両タイプのftsZ遺伝子を併せ持つことを見いだした.

2.CmftZ2が色素体の分裂期特異的に発現することを明らかにした.

3.CmFtsZ2が色素体内部に局在することを明らかにしたが,色素体分裂リングへの局在は見られなかった.

4.新規のミトコンドリア型ftsZ遺伝子(CmftsZ1)をC.merolaeで見いだした.CmftsZ1もオルガネラの分裂期特異的に発現することを明らかにした.またCmFtsZ1はミトコンドリアに局在することが示唆された.

 発現の時期特異性から,ftsZがオルガネラ分裂に関与していることが強く示唆されたが,分裂リングへの局在は見られなかった.このことから,ftsZの機能はオルガネラ化の過程で宿主細胞によって大きく変えられていったことが推測される.このような分裂機構の大きな変化はオルガネラ遺伝子の細胞核への大量移行などとともに,宿主細胞によるオルガネラのコントロールに大きな役割を果たしたのではないかと考えられる.

図1 シアニジウム類と既知のFtsZによる分子系統樹

各生物のFtsZの配列の中から保存性の高い中央部約300アミノ酸を用い、近隣結合法で作製した。数字は1000回試行の際のブートストラップ値(%、50%以上のみ)を、バーの長さは遺伝的距離を示す。C.merolaeの2つのFtsZを赤文字で示した。またαプロテオ細菌を青文字で、藍色細菌と植物・藻類のFtsZを緑文字で示した。

図2 CmftsZ2の転写産物量と蛋白質量の経時的変化

グラフはC.merolaeの同調培養系の第2周期の各細胞の頻度を示す。◆は横伸長した葉緑体を持つ細胞、■はくびれている葉緑体を持つ細胞、▲は分裂が完了した葉緑体を持つ細胞を示す。この同調培養系から4時間おきに細胞を回収、RNAを抽出して5μgずつ泳動し、CmftsZ2のORF全長をプローブにノーザンブロットを行った(上段)。また、同じ同調培養系から4時間おきに細胞を回収、蛋白質を抽出して50μgずつを泳動し、抗CmFtsZ2抗体を用いてウェスタンプロットを行った(下段)。

図3 CmFtsZ2の強制発現と抗CmFtsZ2抗体の作製

CmFtsZ2(503アミノ酸)のC末側195アミノ酸に6×Hisタグを融合させたところ、約32kDaの蛋白質の発現が見られた。これを精製の後マウスに免疫し、得られた血清を用いてウェスタンブロットを行ったところ、抗原に用いた融合蛋白質に反応した。また、C.merolaeの全蛋白質に対しては約60kDaのシングルバンドが検出された。

図4 単離したC.merolaeの色素体に対する抗CmFtsZ2のウェスタンプロット

分離期と間期の単離したC.merolae葉緑体から蛋白質を抽出、50μgずつを泳動し、抗CmFtsZ2抗体を用いてウェスタンプロットを行った。

図5 C.merolaeの細胞への抗CmFtsZ2抗体を用いた免疫電顕

C.merolae細胞を1%GAで固定、LR White樹脂に包理後、切片を作製し、抗CmFtsZ2抗体を用いて免疫電顕法を行った。ここでは分裂中の細胞の像を示す。矢頭は色素体分裂リング、矢印はミトコンドリア分裂リングを示す。また、mtはミトコンドリア、cpは葉緑体を示す。バーは500nm。金コロイドの粒子は葉緑体内部のチラコイド膜上に多く観察された。

図6 CmFtsz1の強制発現と抗CmFtsz1抗体の作製

CmFtsZ1(409アミノ酸)のN末を除いた307アミノ酸に6×Hisタグを融合させた融合蛋白質を大腸菌を用いて発現させたところ、予想通り約35kDaの蛋白質の発現が見られた。これを精製の後マウスに免疫し、得られた血清を用いてウェスタンプロットを行ったところ、確かに抗原に用いた融合蛋白質に反応した。またC.merolaeの全蛋白質に対しては約36kDaのシングルバンドが検出された。

図7 CmftsZ1の転写産物量と蛋白質量の経時的発現変化

図2と同じ同調培養系を用いCmftsZ1のORF全長をプローブにノーザンブロットを行った。((上段)また、同じ同調培養系を用い抗CmFtsZ1抗体を用いてウェスタンブロットを行った。(下段)

図8 単離したC.merolaeの色素体に対する抗CmFtsZ1抗体のウェスタンプロット

分裂期のC.merolae細胞と単離葉緑体から蛋白質を抽出し、50μgずつを泳動して抗CmFtsZ1抗体と抗CmFtsZ2抗体でウェスタンブロットを行った。CmFtsZ2は分裂期の単離葉緑体に強く反応し、葉緑体に局在することが示された。一方CmFtsZ1は単離葉緑体には反応せず、単離葉緑体より上方のミトコンドリアを含む粗画分に反応した。

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は4章からなり,第1章は単細胞原始紅藻Cyanidioschyzon merolaeからの2つのftsZ遺伝子の単離,第2章は色素体型ftsZ遺伝子(CmftsZ2)の発現の分裂周期中での時期特異性の解析,第3章はCmFtsZ2タンパク質のC.merolae細胞内での局在,第4章はミトコンドリア型ftsZ遺伝子の発見とその解析について述べられている.

 ミトコンドリアと色素体は,それぞれαプロテオ細菌と藍色細菌が原始真核細胞へ細胞内共生することにより誕生した.これらのオルガネラの祖先となった原核生物ではftsZが最も基本的な分裂遺伝子と考えられている.近年,ftsZが真核生物の葉緑体の分裂にも関与することが知られてきたが,その解明はまだ十分に進んでいるとは言えない.本論文では,分裂装置が明瞭で,体制が単純であり,またオルガネラの分裂同調培養系も確立されている単細胞原始紅藻C.merolaeを研究材料に用い,ftsZ遺伝子を単離し解析を行っている.

 第1章では,C.merolaeからの2つのftsZ遺伝子(CmftsZ1,CmftsZ2)の単離について述べられている.分子系統解析の結果,CmftsZ2は色素体型のftsZ遺伝子であったが,CmftsZ1はミトコンドリア由来のftsZ遺伝子であることが示唆された.従来,ミトコンドリア型のftsZ遺伝子は存在しないと考えられていたが,本論文ではその通説を覆し,ミトコンドリア型ftsZ遺伝子の発見が述べられている.

 第2章では,まず色素体型ftsZ遺伝子(CmftsZ2)に注目し,その発現パターンと色素体分裂の関係を解析した.その結果,CmftsZ2の転写産物の蓄積が分裂期直前で特異的に見られること,分裂が同調して起こる暗期の初期においてCmFtsZ2蛋白質量が時期特異的に増加することが明らかになった.これらの結果から,CmFtsZ2は色素体の分裂期に時期特異的に発現し,また転写レベルでの発現調節を受けていることが示唆された.また,CmFtsZ2は分裂終了後,速やかな分解を受けることも示唆された.また,この時期特異的発現体光や内在性リズムではなくオルガネラの分裂に関連して起こることも示された. 第3章では,さらにCmFtsZ2蛋白質のC.merolaeの細胞内局在を分子生物学的・形態学的の両面から解析した.これらの結果からCmFtsZ2は確かに葉緑体内部に局在することが示された.しかし,色素体分裂リング上への局在は見られず,むしろチラコイド膜領域に金コロイドの粒子の多くが局在していた.この結果からCmFtsZ2は色素体分裂リングの主成分ではない可能性が高いと推察された.

 第4章では,第1章で単離したミトコンドリア型ftsZ遺伝子(CmftsZ1)のについて,詳細な解析が進められている.このCmftsZ1について,発現の経時的変化を解析したところ,CmftsZ2と同様,転写産物の蓄積が分裂期直前で特異的に見られること,分裂が同調して起こる暗期の初期においてCmFtsZ1蛋白質量が時期特異的に増加することが明らかになった.これらの結果から,CmFtsZ1もCmFtsZ2同様,分裂期に時期特異的に発現し,また転写レベルでの発現調節を受けていると考えられる.またウェスタン解析と免疫電顕観察により,CmFtsZ1はミトコンドリアに局在することが示唆された.

 FtsZの発現の時期特異性や細胞内局在の解析はこれまでにほとんどなされておらず,独創性が高いと思われる.本論文では,1つの細胞周期内でFtsZがオルガネラの分裂期に特異的に発現し,分裂期終了後は速やかに分解されるという動態が明らかにされた.このような動態は,オルガネラの高度な分裂同調の可能なC.merolaeを用いた本研究で初めて明らかにされたものであり,オルガネラの分裂に関わる遺伝子の発現変化という点でも初めての報告である,FtsZの細胞内局在については今後さらに解析を行う必要もあるとも思われるが,原核生物とは異なる局在の可能性を示した点は今後の発展性を考えると意味深いものと思われる.またミトコンドリア型FtsZについてはこれまで本研究を含めて2種の生物でしか発見されておらず,ミトコンドリア型FtsZの発見について述べられた本論文の新規性は高いと判断できる.

 なお本論文の第1章・第4章は,高橋秀典,松永幸大,宮城島進也,高野博嘉,酒井敦,河野重行,黒岩常祥との共同研究であるが,論文提出者が主体となって分析及び検証を行ったもので,論文提出者の寄与が十分であると判断できる.

 従って,博士(理学)の学位を授与できると認める.

UTokyo Repositoryリンク