学位論文要旨



No 115985
著者(漢字) 深澤,壽太郎
著者(英字)
著者(カナ) フカザワ,ジュタロウ
標題(和) bZIP型転写因子RSGの標的遺伝子の探索及びその制御機構の解析
標題(洋) Studies on a target gene and functional regulation of RSG, a bZIP transcriptional factor
報告番号 115985
報告番号 甲15985
学位授与日 2001.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第4029号
研究科 理学系研究科
専攻 生物科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 高橋,陽介
 東京大学 教授 福田,裕穂
 東京大学 教授 内宮,博文
 東京大学 助教授 西田,生郎
 東京大学 講師 杉山,宗隆
内容要旨 要旨を表示する

序論

 動植物を問わず、組織の構築や分化および恒常性の維持には遺伝情報の時間的・空間的に統制のとれた発現が不可欠である。RSG(repression of shoot growth)はオーキシンの転写制御に関するDNA結合タンパク質をスクリーニングする過程で単離されたタバコの転写因子である。残念ながらRSGはオーキシンに関する転写因子ではなかったが、その後の解析で植物の形態形成に重要な役割を果たしていることが明らかになった。RSGは転写の活性化因子でありRSGと相同性の高い数個の遺伝子がタバコのゲノム中に見出された。機能が重複している遺伝子の場合は、loss-of-functionの変異体の単離や、アンチセンスによる機能抑制が困難と予想される。そこでRSGの植物体における機能を探るため、内在性RSGの活性を選択的に阻害するドミナントネガティブ型RSGを発現する形質転換タバコが作製された。ドミナントネガティブ型RSGを発現する形質転換タバコは、茎の成長が著しく阻害され野生型に比べて背丈が1/7程度になった(図1)。茎の表皮細胞を観察した結果、節間成長の阻害は表層微小管の構造破壊を伴う細胞伸長の阻害が主な原因であることが明らかとなった。

 変異体を用いた分子遺伝学的な解析から形態形成に関与する転写因子が数多く同定されてきた。それらの転写因子がいかにして形態を制御しているのかを理解するためには標的遺伝子を明らかにすることが必須である。本研究では,RSGの機能を抑制した形質転換植物におけるジベレリン(GA)内生量の変化を調べ、その結果を基にRSGの標的遺伝子を探索した。さらにRSGの機能調節機構を転写因子の細胞内局在制御の観点から解析した。

形質転換タバコにおけるGA内生量

 RSGの機能を抑制した形質転換タバコに様々な植物ホルモンを投与した結果、GA処理により、節間成長が回復し、対照植物に近い形態に戻った(図2)。ブラシノライド、IAAは、効果が認められなかった。過剰のGAを綾化した形質転換植物に投与すると、正常な茎の長さを超え徒長が観察された。RSGの機能を抑制した形質転換タバコでは、GAの受容や、GA信号伝達は正常であると考えられる。そこでタバコの主要な活性型GAであるGA1を対照植物SRlとRSGの機能を抑制した形質転換タバコについて定量を行った。その結果、形質転換タバコでは、GA1の内生量がSRlに比べて大きく減少していることが明らかとなった(図3)。RSGの機能を抑制した形質転換植物では、GAの生合成が抑制されているか又は分解が活性化されていると考えられた。

 次にGA、生合成の中間産物とGA1の分解物GA8の定量を行った。定量の結果GA8の蓄積は認められず、RSGの機能を抑制した形質転換植物では、GA分解系が活性化されていない事が明らかになった。活性型GAはゲラニルゲラニルニリン酸(GGDP)を材料として合成される。現在までにシロイヌナズナを中心に、5種類のGAの生合成酵素ent-copalyl diphosphate synthase(CPS),ent-kaurene synthase(KS),ent-kaurene oxidase,GA 20-oxidase,GA3β-hydroxylaseの遺伝子が単離されている。GA 3β-hydroxylaseの基質であるGA20並びに、GA 20-oxidaseの基質であるGA53, GA44, GA19はGA1と同様に形質転換タバコで大きく減少していた(図3)。以上の結果から、RSGの機能を抑制した形質転換タバコでは、20-oxidaseが触媒する反応より上流でGA生合成が抑制されたために活性型GAが減少し綾化した形質を示したと考えられる。GAの定量は東大農学部・山口五十麿先生と理研・神谷勇治先生との共同研究である。

RSGの標的遺伝子の同定

 植物は発生のプログラムに沿い、あるいは環境刺激の受容により植物ホルモンの内生量を調節し形態を変化させる。植物の形づくりを分子レベルで理解するために植物ホルモンの内生量制御機構の解明は必須であるが、その解析は遅れている。RSGはGAの内生量を制御する転写因子であり、その標的遺伝子の同定は特に重要である。またドミナントネガティブ変異を用いた逆遺伝学の問題点の一つは、他の制御因子への副次的な影響の可能性である。RSGはTGA1aなど他の植物のbZIP型転写因子と相互作用しない事が確かめられているが、ドミナントネガティブ型RSGの発現によるGA内生量の低下が他の転写調節因子へのcross-inhibitionに起因する可能性を完全には否定できない。RSGの標的遺伝子の同定によりRSGがGA内生量を制御する事が証明されると考えた。

 RSGの機能を抑制した形質転換タバコを用いた解析から、RSGの標的遺伝子の候補としてGA 20-oxidaseより上流に位置するGAの生合成系酵素CPS, KS, ent-kaurene oxidaseの遺伝子が挙げられる。これらの酵素をコードするシロイヌナズナ遺伝子のプロモーターを調べた結果、ent-kaurene oxidaseをコードするGA3遺伝子プロモーターのTATA boxより上流約400bpに、RSG結合配列と類似の配列が認められた。そこで、この領域を含む約500bpを最小プロモーターGUSの上流に接続したレポーター遺伝子とし、全長RSGをエフェクターとしてトランスアクティベーションの実験を行った。その結果、RSGはG-3のプロモーターを活性化できることが明らかとなった(図4)。

 RSGの標的遺伝子の一つが、ent-kaurene oxidase遺伝子であるならば、ドミナントネガティブ型RSGによりRSGの機能が抑制された形質転換タバコでは、ent-kaurene oxidase遺伝子の発現量が低下していると考えられる。この遺伝子の発現量を解析するため、タバコのent-kaurene oxidase遺伝子NtKOのcDNAをdegenerate PCRにより単離した(図5)。このタバコのNtKO遺伝子の発現量を定量的RT-PCRによって調べた結果、対照植物SR1に対してドミナントネガティブ型RSG発現させた形質転換タバコでは、NtKO遺伝子の発現量が低下していることが明らかとなった(図5)。

 RSGがNtKO遺伝子の発現を直接制御しているのか調べるため、NtKO遺伝子のプロモーターを単離した。NtKOプロモーター領域約750 bpをGUSに接続し、RSGによるトランスアクティベーションの実験を行った。その結果、NtKOプロモーターもRSGの発現によって活性化できる事が示された(図6)。次にNtKOプロモーター領域にRSGが結合するかをゲルシフト法により調べた。NtKOプロモータ-328〜-171の158bpの領域をカバーする各30 bpの6つのプローブを用いた解析の結果、NtKOプロモーターには、b(-304〜-275)及び、f(-200〜-171)の2つのRSG特異的結合領域が存在することが明らかとなった(図7)。RSGの標的遺伝子の1つは、GA生合成酵素ent-kaurene oxidaseの遺伝子であり、その制御は直接であると考えられる。

 以上のようにRSGの機能が抑制された形質転換タバコでは、標的遺伝子の1つであるent-kaurene oxidaseの遺伝子発現が低下していた。その結果、活性型GAであるGA1が減少し楼化した形質を示したと考えられる。

RSGの局在制御機構

 RSGを中心とした転写調節系がいかにして発生のプログラムと環境情報を統合し、GAの内生量を調節しているかを明らかにするためには、RSGの機能制御機構を解明する事が重要となる。遺伝子の秩序正しい発現調節には転写因子間の相互作用が重要である。RSGと相互作用する因子の1つとして14.3.3タンパク質が単離された。14-3-3との結合にはRSGの114番目のセリン残基が必須であり、14-3-3は正の転写因子RSGの活性を負に制御していることが示された。(五十嵐大亮、修士論文)

 14-3-3によるRSGの機能制御をRSGの細胞内局在調節の観点から解析した。RSGはbZIP型転写因子なので核に局在すると予想された。しかし、GFPとの融合タンパク質を用いた解析の結果、RSGは核に局在するのではなく細胞質と核に一様に分布することが明らかとなった(図8)。一方、114番目のセリン残基をアラニン残基に置換し14-3-3と結合できないRSGsll4Aは核に局在していた(図8)。14-3-3によるRSGの機能制御の実体はRSGの細胞内局在制御であると考えられる。

 14-3-3とRSGの結合は114番目のセリン残基のリン酸化によって制御されていると推定されることから14-3-3によるRSGの機能制御に関して次のようなモデルを立てた。発生のプログラムや環境刺激に応答して、RSGの114番目のセリン残基がリン酸化されるとRSGは148-3と結合し細胞質に繋留される。このリン酸基が除去されるとRSGは14-3-3と解離し、核に局在し標的遺伝子の一つであるGA合成酵素遺伝子の転写を活性化しGAの内生量を上昇させるのではないかと考えられる。

まとめ

1. RSGの機能を抑制した形質転換タバコの綾化の主要な原因は、GAの内生量の低下である。このGA内生量の低下はGA 20-oxidaseが触媒する反応より上流におけるGA生合成の抑制に起因することを明らかにした。

2. RSGの標的遺伝子の1つは、GA生合成酵素ent-kauruene oxidaseの遺伝子である。

3. 14-3-3によるRSGの機能制御の実体は細胞内の局在調節であることを明らかにした。

図1 RSGのbZIPドメインを35Sプロモーターで過剰発現させた形質転換タバコ

A 左側はコントロールのSR1タバコ、右側はドミナントネガティブ型RSGを発現させた形質転換タバコ、第8節間の横断面(BはSR1、Cは形質転換体)、第7節間の表皮細胞(DはSR1、Eは形質転換体)

図2ドミナントネガティブ型RSGを発現させた形質転換タバコへのジベレリンの投与

左がコントロールのSR1、中央がdnRSGを発現させた形質転換タバコ、右がジベレリン処理を行った形質転換タバコ

図3 内在性ジベレリン及びその中間体の蓄積量

タバコ活性型ジベレリンGA1及びその生合成中間体であるGA53、GA44、GA19、GA20、GA1の分解物GA8のタバコにおける蓄積量。青色のバーはコントロールのSR1,赤色のバーはドミナントネガティブRSGを発現させた形質転換タバコの葉における蓄積量を示す。

図4 RSGによるアラビドプシスent-kaurene oxidase遺伝子GA3のプロモーターの転写活性化

レポーター遺伝子として、528bpからなるアラビドプシスGA3プロモーター(GA3-GUS)を使用した。エフェクターとして、翻訳のエンハンサーΩ配列を導入した改変型35SプロモーターによりRSGを発現させた。レポータープラスミドGA3-GUS(3μg)とエフェクタープラスミド35S-RSG(7μg)をタバコ葉肉プロトプラスト内で一過的に発現させた。独立した3回の実験の平均値を示した。黄色のバーはRSGを発現させた時のGUS活性、青色のバーはレポーターのみ。

図5 NtKOのアミノ酸配列と」NtkOの発現

A NtKO(タバコ)とGA3(アラビドプシス)のアミノ酸配列の比較。同一のアミノ酸は黒白反転表示した。類似アミノ酸は灰色表示した。RT-PCRによるの比較。全RNAを用いRT-PCRにより5,7,9,11サイクルで増幅後、32P標識したcDNAをプローブを用いて、サザンプロット解析を行った。arcAは、周一の反応系で増幅し内部標準とした。SR1はコントロールSR1タバコ、TGはドミナントネガティブRSGを発現させた形質転換タバコ。

図6 RSGによるタバコent-kaurene oxidase選伝子NtKOプロモーターの転写活性化

A レポーター遺伝子として、タバコNtkOプロモーター750bpにGUSを接続したものを使用した。

B RSGの発現によるNtKOプロモーターの転写活性化。レポータープラスミドNtKO-GUS(3μg)とエフェクタープラスミド35S-RSG(7μg)をタバコ葉肉プロトプラスト内で一過的に発現させた。独立した3回の実験の平均値を示した。黄色のバーは、RSGを発現させた時のGUS活性、青色のバーはレポーターのみ。

図7 NtKOプロモーター(-328-171)の各30bp断片をプローブとしたゲルシフト解析

A a(-328〜-299),b(-304〜-275),c(-274〜-244),d(-247〜-218),e(-222〜-192),f(-200〜-171)断片をプローブとしたゲルシフト解析。標識したプローブを大腸菌で発現させたRSGタンパク質と反応させポリアクリルアミドゲルで電気泳動した。黒矢頭はRSG-.DNA 複合体の位置を表す。

B b,f断片をプローブとしたゲルシフト解析。lanc 1〜4及び6〜9は、それぞれb及びf断片の標識プローブlane5及び10は、b及びf断片に変異を導入した標識プローブを、大腸菌で発現させたRSGタンパク質と反応させている。lane3,4,8,9は、それぞれ競合体としてb断片、変異を導入したb断片、f断片、変異を導入したf断片を加えている。

C b,f断片の塩墓配列及び、変異を導入したb、f断片mtの塩基配列。

図8 RSG-GFP, RSGs114Aタンパク質の細胞内局在

葉肉プロトプラストにおいて改変型35Sプロモーターにより、GFP, RSG-GFP, RSGs114A-GFPタンパク質を一過的に発現させ、共焦点レーザー顕徽鏡にて観察した。左が、GFP,中央がRSG-GFP右が,RSGs114A-GFPを発現させた葉肉プロトプラスト。

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は3章からなり、第1章は転写調節因子RSGの機能が抑制された形質転換植物における植物ホルモンの一つジベレリンの内生量低下について、第2章はRSGの標的遺伝子の同定について、第3章はRSGの機能制御機構について述べられている。

 細胞の形を自在に変化させ、その細胞を積み上げて個体を形成するシステムは、植物が4億年前に陸上に進出する際に獲得したものである。周囲の環境変化に適応し太陽光の捕捉効率を最適化するために、柔軟に形態を変化させる機構は陸上植物の成立に必須であった。植物の柔軟な形づくりの原動力は、50倍以上の体積増加を伴う自在な細胞伸長にある。植物は植物ホルモンを介して細胞伸長の方向を制御し、環境に適した個体の形を実現するのである。したがって植物ホルモンの内生量の調節機構を明らかにする事は植物の形態形成を理解する上で特に重要である。しかし現在のところ、その分子機構はほとんど解明されていないのが実状である。近年、シロイヌナズナなどの変異体を用いた分子遺伝学的な解析から形態形成に関与する転写因子が数多く同定されてきた。それらの転写因子がいかにして形態を制御しているのかを理解するためには標的遺伝子を明らかにすることが必須であるが、標的遺伝子の同定に成功した例は少ない。

 転写調節因子RSGの機能を抑制すると、主に節間の細胞伸長が抑制され対照植物に比べて背丈が1/7程度となる。本研究によりRSGの機能を抑制した形質転換植物の楼化の原因は活性型ジベレリンGA1の内生量低下であること、そしてその低下はGA53の合成より上流の反応阻害が原因であることが明らかにされた。この結果を基にRSGはジベレリン合成酵素の一つent-カウレン酸化酵素の遺伝子発現を制御していることが示された。この研究成果は転写因子の標的遺伝子の同定という意味で重要であるばかりでなく、植物ホルモンの内生量調節に直接携わっているホルモン合成酵素遺伝子の転写調節因子を初めて同定したという点で先駆的と考えられる。さらに本論文では、他のタンパク質との相互作用に基づいて、転写調節因子RSGが細胞内局在を変化させる機構に関するモデルを提示している。以上の研究成果は、発生のプログラムと環境情報によるジベレリン内生量調節機構の解明、ひいては、植物の伸長生長制御の分子機構解明に貢献すると考えられる。

 なお、本論文は酒井達也(理化学研究所)、石田さらみ(東京大学理学系研究科)、山口五十麿(東京大学農学研究科)、神谷勇治(理化学研究所)、高橋陽介(東京大学理学系研究科)との共同研究であるが、論文提出者が主体となって実験を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

 したがって、博士(理学)の学位を授与できると認める。

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