学位論文要旨



No 115990
著者(漢字) 望月,俊昭
著者(英字)
著者(カナ) モチヅキ,トシアキ
標題(和) 中胚葉のパターン形成におけるLIMホメオドメイン蛋白質Xlim-1と他の転写因子との相互作用
標題(洋) Interactions of the LIM homeodomain protein Xlim-1 and other transcription factors in mesoderm patterning
報告番号 115990
報告番号 甲15990
学位授与日 2001.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第4034号
研究科 理学系研究科
専攻 生物科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 平良,眞規
 東京大学 教授 石川,統
 東京大学 助教授 中福,雅人
 東京大学 助教授 藤原,晴彦
 東京大学 助教授 三谷,啓志
内容要旨 要旨を表示する

 脊椎動物の初期発生においてオーガナイザーの形成、神経誘導は発生学における重要な研究対象である。これまでにオーガナイザー特異的に発現する遺伝子がアフリカツメガエルにおいて数多く単離されている。その中にホメオボックス遺伝子であるgoosecoid(gsc)、Xlim-1、otx2があり、これらの遺伝子は頭部オーガナイザー(前部内中胚葉)に共発現している。それらの機能は主としてアフリカツメガエル胚を用いたmRNA顕微注入実験により全胚あるいはアニマルキャップ(予定外胚葉外植体)により解析され、活性の違いはあるがそれぞれの因子がオーガナイザーの機能に関与することが示唆されている。Gscはオーガナイザー特異的に発現する因子として最初に単離され、腹側帯域に発現させると2次軸を形成するが、アニマルキャップにおいては誘導活性を示さない。Otx2は腹側帯域に発現させるとセメント腺や不完全な2次軸を形成し、アニマルキャップでは強いセメント腺形成と弱い神経化能を示す。一方Xlim-1はN端に一対のLIMドメインをもつホメオドメイン蛋白質で、LIMドメインは蛋白質間相互作用に関与している。LIMドメインに変異を導入した3m変異体あるいは野生型Xlim-1とLIM結合蛋白質Ldb1により胚の腹側に2次軸を形成し、アニマルキャップにおいて前方神経のマーカー遺伝子の発現を誘導する。マウスにおける逆遺伝学的手法によりLimlとOtx2のノックアウトマウスが頭部欠損の表現型を呈することが示されている。このようにオーガナイザー領域に発現する転写因子の個々の機能解析は行われているが、それらの転写因子間の相互作用に関する知見は乏しい。

そこで私はXlim-1の標的遺伝子として解析が進行中であったgsc遺伝子のプロモーター解析を継続し、更にgscプロモーターに結合領域の存在したOtx2とGsc、ならびに腹側中胚葉に発現するホメオドメイン蛋白質PV.1/Xvent-1の作用について検討することで、gsc発現制御における転写因子間の相互作用を1つのモデル系として、オーガナイザー領域を規定する転写因子間の相互作用について解析した。

 これまでにgscプロモーター解析において以下の知見が得られていた。1)活性型Xlim-1である3m変異体のmRNAと、gscプロモーターにレポーターとしてLuciferase遺伝子をつないだgscプロモーター/Luciferase(gsc/Luc)を共注入し、gscプロモーター上のXlim-1の反応領域を検討したところ、転写開始点から492bp上流の領域で十分である。2)DNA結合ドメインであるホメオドメイン(HD)とGSTとの融合蛋白質を用いたfootprintingおよびEMSA(electrophoretic mobility shift assay)によりXlim-1/HDはプロモーター上の3つの領域UE、DE、PEに結合する。DEとPEはそれぞれActivin/Vg1反応領域、Wnt反応領域として同定されているものでUEは新規の領域である。3)Xlim-1/HDはUE、DE、PEのTAATXT(XYはCC、CT以外)に結合し、Otx2/HDとGsc/HDはDEのTAATCT、PEのTAATCCに結合し、PV.1/HDはXlim-1と同様の結合選択性を示す。

 以上の結果をふまえ、まず私は転写因子間相互作用を解析するにはDNA結合ドメインのHDだけではなく全長のタンパク質を用いて解析する必要が有ると考え、N端にFLAGタグをつけた全長蛋白質をXenopus胚内で発現させ、その粗抽出液によるEMSAを行った。

その結果、全長のタンパク質のXlim-1、Otx2、Gsc、PV.1がGST-HD融合蛋白質と同様のDNA結合選択性を持つことを確認した。更に野生型Xlim-1は単独ではDNAに対して弱い結合しか示さないが、Ldb1を共発現させると、複合体としてより強くDNAに結合することを示した。これは予想されていたLdb1による野生型Xlim-1の活性化機構を強く支持している。

 次に結合領域を同定した上記の転写因子のgscプロモーターにおける相互作用を検討すべく、アニマルキャップにおいてレポーターアッセイを行った。野生型Xlim-1は単独ではレポーター遺伝子に対して弱い活性化能しか示さないが、Ldblと共注入すると強く活性化した。また興味深いことにXlim-1はOtx2と共発現させると同様の強い活性を示し、Xlim-1、Ldb1、Otx2、3者を共発現させると更に強い活性を示した。またLdblとOtx2の共発現ではほとんど活性を示さないことから、Xlim-1が協調的活性化に必須な要素であることを示している。またアニマルキャップにおいてXlim-1、Ldb1、Otx2の3者による協調的活性化を内在性gsc遺伝子に対して検討したところ、プロモーターアッセイと同様に協調的に発現が誘導された。このことはgscの発現制御に3者が関わることを示唆している。

 次にgscプロモーター領域においてXlim-1、Ldb1、Otx2、3者による協調的活性化に必要な領域を同定するため、結合領域を欠失あるいは変異を導入したgsc/Lucを作製し、レポーターアッセイを行った。まずgscプロモーター領域をUEを含む256bpの領域(UR256)とDE、PEを含む領域(-226)に分割したものを用いた結果、492bpの場合と比べて双方とも活性が大幅に減少したことから、3者による協調的活性化にはUEを含むUR256とその下流の-226領域の両方が必要であると考えられた。そこでその中で活性に関わる領域を限定すべく、Xlim-1の結合領域UE、DE、PEについて検討した。その結果、UE、DE、あるいはPEを欠失あるいは変異を導入したものは-492gsc/Lucに比べて活性が減少したが、完全には消失しなかった。このことはUE、DE、PEが3者による協調的活性化に関与する領域であり、これら複数の領域の総和として全体の活性を担っていることを示唆している。またOtx2について、DE、PEに各々1つ存在する結合領域両方に変異を導入した場合、3者による活性が大きく減少した。更にOtx2の代わりにOtx2のHDに変異を導入し、DNAへの結合ができない変異体(Otx2HDm)を用いた場合も活性が大きく減少した。このことは3者による協調的活性化においてOtx2のDE、PEへ結合が必要であることを示唆している。

 gscプロモーター上での結合領域の存在から、発現制御に関与すると予想されたGsc、PV.1の作用についてレポーターアッセイで検討したところ、Xlim-1、Ldb1、Otx2、3者による協調的活性化を強く阻害した。このことはGsc、PV.1がgscプロモーターに対して抑制的に働くことを示している。更にGsc、PV.1の抑制効果に関与する領域を同定するため、結合領域に変異を導入したgsc/Lucを用いて検討した結果、GscについてはDEの変異により抑制効果が大きく解除され、またPEの変異でも部分的に抑制が解除した。これはGscによる抑制においても複数の領域が関与するが、DEが主要な領域であることを示唆している。一方PV.1については結合したどの領域に変異を導入しても抑制の解除は見られなかった。これはPV.1の抑制が複数の領域が関与し、一部が欠けても抑制効果を発揮できる可能性が考えられる。

 以上の実験で同定された、個々の転写因子の反応領域がgscの発現する領域の内在性因子の反応領域に対応するかを検討するため、背側、あるいは腹側帯域(後にそれぞれ背側、腹側中胚葉領域になる)にgsc/Lucを注入して、活性を調べた。その結果背側帯域に注入した場合、UEあるいはDEの点変異により活性は減少するが、腹側帯域でのレベルにはならなかった。この結果はオーガナイザー領域での内在性因子によるgscプロモーターの活性制御においてもUE、DEを含む複数の領域が関与することを示唆している。

 これまでの結果の中でXlim-1、Ldb1、Otx2の3者による協調的活性化はオーガナイザー領域での転写因子間相互作用を考える上で大変興味深い結果であり、その分子機構について解析を行うことはオーガナイザーの領域化の解明において大変重要であると考えられる。そこでこの3者の協調性が蛋白質間相互作用に由来することを想定し、その解析のためin vitroにおけるGST pull down assayを行った。その結果、Xlim-1とLdb1との相互作用に加えて、Xlim-1とOtx2、Ldb1とOtx2との相互作用が見いだされた。この結果からDNA上で3者は複合体を形成し、協調性が発揮することが考えられた。そこで、DNA上での複合体形成を検討するため、3者を共発現させた胚の抽出液を用いてEMSAを行った。その結果Otx2と相互作用する何らかの因子の存在は確認されたが、3者による複合体形成を明確に示す結果は現在までのところ得られていない。

 以上の結果と、脊索、腹側中胚葉に発現する転写因子Xbraの発現がgscによって抑制されるとの報告、更にXbraにより間接的にotx2の発現が抑制されるという知見も加えて考えると、中胚葉のパターン形成において以下のようなモデルが考えられる。頭部オーガナイザー領域(前部内中胚葉)ではXlim-1、Ldb1、Otx2が発現することでgscの発現が維持され、更にこれによりXbraの発現が抑制される。胴部オーガナイザー(予定脊索領域)ではXbraが発現しており、Xbraよりotx2は間接的ではあるが発現が抑制されることにより、gscの発現が維持されない。一方、腹側中胚葉ではPV.1/Xvent-1が発現し、gscの発現を直接抑制することでgscの発現が起こらないと考えられる。このようにして上記の転写因子間相互作用が中胚葉のパターン形成に関与していると考えられる。

図 中胚葉領域化における転写因子の相互作用 (モデル)

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は、アフリカツメガエルの頭部オーガナイザーに発現する転写因子のホメオドメイン蛋白質Xlim-1,Goosecoid(Gsc),Otx2と転写補助因子Ldb1の機能的及び物理的相互作用について述べられている。

 本研究は以下の予備的データーを元に解析が始められた:(1)活性型Xlim-1の過剰発現すると内在性gsc遺伝子を活性化すること、(2)活性型Xlim-1はgscプロモーター・レポーター遺伝子をアニマル・キャップ(外胚葉外植体)で活性化すること、(3)Xlim-1、Otx2、Gsc、PV.1のDNA結合ドメインであるホメオドメインがgscプロモーター領域に結合すること、の3点である。これらの結果は、gsc遺伝子がXlim-1の直接の標的遺伝子であることを示唆しており、また頭部オーガナイザーに発現する転写因子間での相互作用がその機能を発揮するために重要であることを予想させた。

 以上の結果と予想を元に、gsc発現制御における転写因子間相互作用を解析するため・Xlim-1に加えて頭部オーガナイザー領域あるいはその隣接領域に発現するホメオドメイン蛋白質Otx2、Gsc、PV.1について、全長の蛋白質を用いてDNAへの結合特異性を調べた。全長蛋白質をXenopus胚内で発現させ、その粗抽出液によるelectrophoresis mobility shift assay(EMSA)を行った結果、Xlim-1、Otx2、Gsc、PV.1がgscプロモーター上の予想結合領域UE、DE、にホメオドメインと同様の選択性を持って結合することを確認した。さらに野生型Xlim-1は単独ではDNAに対して弱い結合しか示さないが、LIMドメイン結合蛋白質Ldb1を共発現させると複合体としてより強くDNAに結合することが示された。これは予想されていたLdb1による野生型Xlim-1の活性化機構を強く支持した。

 次に各転写因子のgscプロモーター活性における相互作用を検討するため、アニマルキャップにおいてレポーターアッセイを行った。野生型Xlim-1は単独では弱い活性化しか示さないが、Ldb1と共発現させると強い活性化を示した。また興味深いことにXlim-1はOtx2と共発現させても同様の強い活性を示し、Xlim-1、Ldb1、Otx2の3者を共発現させると更に強い活性を示した。Ldb1とOtx2だけでは活性化しないことから、Xlim-1が協調的活性化に必要の要素であると考えられる。この3者による協調的活性化はアニマルキャップにおいて内在性gscに対しても観察されたことより、Xlim-1、Ldb1、Otx2がgscの発現制御に関わることがさらに支持された。

 gscプロモーター領域においてXlim-1、Ldb1、Otx2の3者による協調的活性化に必要な領域を結合領域UE、DE、PEに欠失あるいは変異を導入したレポーター遺伝子を作製し検討した。その結果、いずれの単独の変異でも活性が減少したが、完全には消失しなかったことより、これら複数の領域が全体の活性を担っていることが示唆された。一方Gsc、PV.1は、Xlim-1、Ldb1、Otx2の3者による協調的活性化を強く抑制した。結合領域の変異レポーター遺伝子を用いた解析よりGscはDEが主要な反応領域であること、PV.1は複数の領域が関与していることが示唆された。次にこれらの反応領域が内在性因子による制御にも関与するのかを検討した結果、オーガナイザー領域でのgscプロモーターの活性化においてもUE、DEを含む複数の領域が関与することが示唆された。

 Xlim-1、Ldb1、Otx2の3者による協調的活性化について蛋白質間相互作用によるものかを検討するためin vitroにおけるGSTpull-down assayを行った。その結果、Xlim-1とLdb1との相互作用に加えて、Xlim-1とOtx2、Ldb1とOtx2の間で相互作用が見い出された。しかしEMSAによる検討ではDNA上での複合体形成を示す結果は得られなかったことより、この点に関してはさらなる検討が必要である。

 以上の結果と、脊索、腹側中胚葉に発現する転写因子Xbraの発現がgscによって抑制されること、更にXbraにより間接的にotx2の発現が抑制されるという知見も加えて考え、中胚葉のパターン形成におけるモデルを提示した。すなわち頭部オーガナイザー領域ではXlim-1、Ldb1、Otx2が発現することでgscの発現が維持され、このgscによりXbraの発現が抑制される。一方、胴部オーガナイザーXlim-1、Ldb1と共にXbraが発現し、Xbraよりotx2は間接的ではあるが発現が抑制されることにより、gscの発現が維持されない。一方腹側中胚葉ではPV.1が発現し、gscの発現を直接抑制すると共に、同じく発現するXbraによりotx2の発現が抑制され、胴部オーガナイザーと同様にgscの発現が起こらないと考えられる。

 本論文の約4分の3の部分は既に1篇の論文として公表されており、A.A.Karavanov,P.E.Curtiss,K.T.Ault,N.Sugimoto,T.Watabe,K.Shiokawa,M.Jamrich.K.W.Y.Cho.I.B.Dawid and M. Taira、との共同研究となっているが、これは研究の発端で複数の研究室の未発表データーを元に開始したためである。これらの著者の中で第2と第3の著者(KaravanovとCurtiss)が先に述べた予備的データーを得るのに特に貢献した。

 本論文は塩川光一郎、平良眞規との共同研究であるが、論文提出者が主体となって分析及び検証を行ったもので、論文提出者の寄与は十分であると判断する。したがって、博士(理学)の学位を授与できると認める。

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