学位論文要旨



No 115991
著者(漢字) 本瀬,宏康
著者(英字)
著者(カナ) モトセ,ヒロヤス
標題(和) ヒャクニチソウ管状要素分化に関与する局所的な細胞間相互作用の解析
標題(洋) Local intercellular communication involved in tracheary element differentiation of zinnia mesophyll cells
報告番号 115991
報告番号 甲15991
学位授与日 2001.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第4035号
研究科 理学系研究科
専攻 生物科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 福田,裕穂
 東京大学 教授 黒岩,常祥
 東京大学 教授 近藤,矩朗
 東京大学 助教授 高橋,陽介
 東京大学 講師 杉山,宗隆
内容要旨 要旨を表示する

維管束は篩部と木部からなる組織系であり、養分や水分の通道、シグナルの伝達、植物体の機械的な支持といった重要な機能を果たしている。このような維管束の機能が円滑に行われるためには、維管束を構成する細胞が連続した形で適切な場所に分化する必要があり、細胞間の相互作用を介した精巧な位置決定機構が維管束分化を制御していると思われる。しかし、維管束の位置決定機構については、普遍的な理解が得られていないのが現状である。この理由として、維管束分化を直接制御しているであろう細胞間相互作用を検出することの困難さが第一に挙げられる。そこで私は、ヒャクニチソウ単離葉肉細胞からのin vitro管状要素分化を用いることでこの問題の解決を図り、管状要素分化の位置決定機構を細胞間相互作用の面から明らかにすることを最終目標として研究を行った。

 修士課程においてはまず、細胞間相互作用を定量的に解析するため、細胞をアガロースゲルに包埋して培養する方法を2種類(シート培養法とビーズ培養法)開発した。シート培養法とは、単離葉肉細胞を厚さ200μmの薄いアガロースゲルシートに包埋して二次元的に培養する方法であり、ビーズ培養法とは、単離葉肉細胞を10μ1の半球状アガロースゲルビーズに包埋し、これを液体培地中で培養する方法である。そして、これらの培養法を用いて、管状要素分化を促進または誘導する局所的な細胞間相互作用が存在すること、この細胞間相互作用が25kD以上の高分子の分泌性因子(修士論文では分化因子と呼んだ)によって担われていることを突き止めた。博士課程においては、上記の2種類の培養法を駆使して分化因子の特性を詳しく解析し、その実体の解明を目指した。

結果と考察

1.分化因子の特性解析

まず、シート培養法の変形であるサンドイッチ培養法を用いて、分化因子の特性解析を行った。この方法では、単独で培養しても管状要素分化が殆ど起こらない低密度シートと、管状要素分化が比較的高頻度で起こる高密度シートの2種類のシートを用いる。低密度シートを高密度シートと貼り合わせると、高密度シートからの分化因子の供給により低密度シートでも管状要素分化が誘導される。このとき両シート間に透析膜や酵素を固定したアガロースゲルシートを挟み、低密度シートにおける管状要素分化への影響を調べるのがサンドイッチ培養法である(図1)。ここではプロナーゼEおよびトリプシンの分化因子に対する作用を知る目的で実験を行った。プロナーゼEを固定化したシートを挟んだ場合には、低密度シートでの管状要素分化および細胞分裂が阻害された(図2)。一方、トリプシン固定化シートを挟むと、低密度シートでの分化が特異的に抑制され、細胞分裂は抑制されなかった(図3)。これらの結果から、分化因子はトリプシンで分解されるタンパク質性物質であり、このほかに細胞分裂に必要なプロナーゼE感受性・トリプシン耐性の因子が存在することが示された。これを受けて、細胞分裂には関与せず管状要素分化のみを誘導または促進する高分子のタンパク質性分泌因子として、分化因子を再定義すると共に、そのxylogenicな活性に因んで、xylogenと改称することにした。なお細胞分裂に関わる因子の候補としては、Matsubayashiら(1998,1999)により管状要素分化と細胞分裂の両方に必要なことが示されている硫酸化ペンタペプチドphytosulfokine-αが挙げられる。phytosulfokine-αはプロナーゼEにより分解され失活するが、トリプシンでは分解されず、上記の結果とよく合致する。

 次に、サンドイッチ培養法を用いてxylogenが管状要素分化に必要な時期を推定した。この際に、高密度シートからのxylogenの供給が、分画分子量25kDの透析膜を2種類のシート間に挟むことで遮断され、300kDの透析膜を挟んだ場合には遮断されないこと(図1)を利用した。第一の実験では、培養の様々な時期に高密度シートに重ねた25kDの透析膜上から別の高密度シートに重ねた300kDの透析膜上に低密度シートを移動し、移動後にのみ低密度側の細胞が十分なxylogen供給を受けられるようにした(図4)。培養36時間目に移動すると低密度シートにおける分化がわずかに抑制され、培養48時間目以降の移動では強く抑制された。このことは、xylogenが遅くとも36時間目から必要であることを示している。第二の実験では逆に、培養の様々な時期に300kDの透析膜上から25kDの透析膜上に低密度シートを移動した(図5)。培養60時間目以前に移動した場合には低密度シートでは分化が殆ど起こらなかったが、培養72時間目以降に移動すると分化が観察された。この結果から、xylogenは60時間目までは必要であることがわかった。2つの実験を総合すると、xylogenは少なくとも培養36時間目から60時間目にかけて機能していると推定された。ヒャクニチソウ葉肉細胞の管状要素への分化転換は葉肉細胞が脱分化する段階(ステージ1)、分化能が限定されて管状要素前駆細胞となる段階(ステージ2)、管状要素としての分化形質が発現する段階(ステージ3)の3つに区分される(Fukuda l997)。今回xylogenが働くと推定された時期は、このうちステージ2に相当し、xylogenが分化能限定化に関与することを示唆する。

2.Xylogenバイオアッセイ系の確立とxylogenの単離

シート培養やサンドイッチ培養は、細胞間相互作用の生理学的な解析には適しているが、xylogenを単離・精製するためのバイオアッセイ系には向いていない。そこで、xylogen活性をモニターできるバイオアッセイ系をビーズ培養を用いて開発した(図6)。ビーズ培養では管状要素分化率がビーズ内の細胞密度(局所的な細胞密度)に強く依存し、高密度ビーズと共存させて培養容器内の平均細胞密度(全体の細胞密度)を高く保っても、5xlO4cells/ml以下の低密度ビーズでは管状要素分化が抑制される。このような低密度ビーズでの分化抑制は、xylogenの不足によるものとみなしてよい。管状要素分化を誘導した細胞懸濁培養から培地上清すなわちconditioned medium(CM)を回収し、高密度ビーズと低密度ビーズの共培養系に添加したところ低密度ビーズでの分化率が増大した(図7)。これは、CM中のXylogen活性が低密度ビーズにおける分化率の増大を指標に検出されたことを意味しており、高密度ビーズ・低密度ビーズの共培養系がxylogenのバイオアッセイに有効であることが示された。CMを分画分子量5kDの限外濾過膜で高分子画分と低分子画分に分けて添加した場合には、xylogen活性は高分子画分にのみ検出された(図7、8)。

 Xylogen活性の変動と管状要素分化との関連性を明らかにするため、分化誘導条件の細胞懸濁培養(D培養)と分化非誘導条件のコントロール培養(Cp培養)から、様々な時期にCMの高分子画分を回収し、xylogen活性について検討した(図9)。Xylogen活性はD培養において管状要素分化と関連して増加した。一方、Cp培養ではxylogen活性は検出されず、かえって分化を阻害する活性が検出され、高分子の分化阻害因子が培地に蓄積することが示唆された。細胞分裂に対しては、D培養の高分子画分はほとんど影響を与えなかったが、Cp培養の高分子画分は促進効果を示した。しかし、この促進効果は、Cp培養の高分子画分が分化を阻害し、分裂可能な非管状要素細胞を増加させたことによる二次的なものと思われる。

 Xylogenの熱に対する安定性を調べるために、xylogen活性を持つCMの高分子画分を10分間煮沸して残存活性を調べた。その結果、xylogenは10分間煮沸してもほとんど失活せず、高温でも安定な物質であることがわかった(図10)。CMの高分子画分をプロナーゼEやトリプシンで処理した場合には、ほとんどのxylogen活性が消失した(図11)。変性したプロテアーゼはこの様な効果をもたらさず、xylogenがタンパク質性であることが確認できた。

 Xylogenの分離・精製のため、培地中の高分子を種々のレクチンーアガロースカラムで分画した(図12)。Xylogen活性は、RCA(ヒマ種子レクチン)、PNA(ピーナツレクチン)、ConA(タチナタマメレクチン)に結合した画分に検出され、その他のレクチンに結合した画分には検出されなかった。これらのレクチンの糖に対する結合特異性から、xylogenはガラクトースやマンノースを含む糖鎖を持つと推測された。さらに、レクチンカラムで分画された画分をSDS-PAGEにより分離した(図13)。Xylogen活性が認められた画分には75kD以上の分子量を持つスメアーなバンドが共通して存在していたが、このバンドは活性のない結合画分には検出されなかった。この高分子のスメアーなバンドは、arabinogalactan protein(AGP)の泳動パターンによく似ており、xylogenがAGPである可能性が浮上した。

 XylogenがAGPである可能性について検討するため、AGPと特異的に相互作用して複合体を形成するβ_glucosylYariv試薬を用いて培地中のAGPを単離した(図14)。AGP画分の添加は低密度ビーズにおける分化率を増大させた。

この結果はある種のAGPがxylogen活性を持つことを示している。AGP画分に含まれる糖タンパク質は100kD以上の分子量を持つスメアーなバンドとして観察された(図15)。

 細胞懸濁培養において培地に含まれるAGPの経時変化を調べた(図16)。分化を誘導した細胞懸濁培養(D)とコントロール培養(Cp)から、培養の様々な時期に培地中のタンパク質を回収し、SDS-PAGEで分離後ニトロセルロース膜に転写し、AGPをβ_glucosylYariv試薬で染色した。分化誘導条件では、AGPは36時間目から蓄積が認められ、管状要素分化に伴って72時間目まで増加した。コントロール培養では72時間目にわずかなAGPの蓄積が見られた。この結果は、xylogenが分化誘導条件で蓄積することと合致し、xylogenがAGP様の分子であることを支持した。

まとめ

本研究の結果を総合すると、ヒャクニチソウin vitro管状要素分化系において局所的な細胞間相互作用を担うxylogenの性質について、以下のようにまとめることができる。

1. Xylogenはステージ2で機能し、脱分化細胞が管状要素前駆細胞に分化する過程を正に制御している。

2. Xylogenは、細胞外に分泌される約100kD以上のAGP様糖タンパク質で、ガラクトースとマンノースを側鎖に持つ。

3. Xylogenは、管状要素分化に伴って細胞外に蓄積する。

 このうち1と3からは、xylogenの濃度増加が細胞を管状要素分化経路に引き込み、分化経路に引き込まれた細胞がさらにxylogenを産生するという正のフィードバックループが想定される。このようなループが実際に機能しているならば、維管束の位置決定機構においてきわめて重要な役割を担っていると考えられ、その検証は今後の研究の最重要課題である。

図1. サンドイッチ培養の模式図。

図2. 固定化pronase Eを挟んだ際の低密度シートと高密度シートにおける分化率,分裂率,生存率(培養96時間目)。低密度シート(1.0x105 cells ml-1)を高密度シート(1.0x106 cells ml-1)に重ねる際に、pronase E固定化シート、変性pronase E固定化シートを挟んで培養した。NCは低密度シートを単独で培養したネガティブコントロール、PCは細胞も酵素も含まないシートを挟んだポジティブコントロールを示す。各値は3サンプルの平均,バーは標準偏差を示している。

図3. 固定化trypsinを挟んだ際の低密度シートと高密度シートにおける分化率、分裂率、生存率(培養96時間目)。低密度シート(7.0x104 cells ml-1)を高密度シート(1.4x106 cells ml-1)に重ねる際に、trypsin固定化シート、変性trypsin固定化シートを挟んで培養した。NCは低密度シートを単独で培養したネガティブコントロール、PCは細胞も酵素も含まないシートを挟んだポジティブコントロールを示す。各値は3サンプルの平均、バーは標準偏差を示している。

図4. 25kDの透析膜上から300kDの透析膜上への低密度シートの移動による分化率、分裂率、生存率の変化。25kDの透析膜と300kDの透析膜を2つの高密度シート(5.5x104 cells ml-1)に重ねた。横軸に示したような培養の様々な時期に、低密度シート(5.5x104 cells ml-1)を分画分子量25kDの透析膜上から、別の高密度シートに重ねた300kDの透析膜上に移した。簡略化のため、低密度シートにおける培養96時間目の分化率、分裂率、生存率のみを示した。高密度シートの分化率、分裂率、生存率は、シートの移動による影響を殆ど受けなかった。各値は3サンプルの平均、バーは標準偏差を示している。グラフの上の図は、培養操作を模式的に示したもの。

図5. 300kDの透析膜上から25kDの透析膜上への低密度シートの移動による分化率、分裂率、生存率の変化。25kDの透析膜と300kDの透析膜を2つの高密度シート(4.8x105 cells ml-1)に重ねた。横軸に示したような培養の様々な時期に、低密度シート(4.8x104 cells ml-1)を分画分子量300kDの透析膜上から,別の高密度シートに重ねた25kDの透析膜上に移した。簡略化のため、低密度シートにおける培養96時間目の分化率、分裂率、生存率のみを示した。高密度シートの分化率、分裂率、生存率は、シートの移動による影響を殆ど受けなかった。各値は3サンプルの平均、バーは標準偏差を示している。グラフの上の図は、培養操作を模式的に示したもの。

図6. ビーズ培養を用いたバイオアッセイ系の模式図。

図7.高密度ビーズと低密度ビーズの分化率、分裂率に対するconditioned medium(CM)の効果。細胞懸濁培養から72時間目にCMを回収し、その一部を分画分子量5kDの限外濾過膜により低分子画分(LMWF)と高分子画分(HMWF)に分画した。高密度ビーズ(8.Ox105 cells ml-1)と低密度ビーズ(2.Ox104 cells ml-1)を共培養する際に、元の培地の15%の濃度でCM、LMWF HMWFを添加した全体の細胞密度は2.1x104 cells ml-1である。Noneは無添加のコントロール。高密度ビーズと低密度ビーズにおける分化率と分裂率を72時間目に計測した。各値は3サンプルの平均、バーは標準偏差を示している。同じ文字でマークされた値は、危険率5%のt検定において有意な差を示さなかったもの。

図8. 高分子画分のXylogen活性の濃度応答曲線。72時間目の細胞懸濁培養からCMの高分子画分を調整し、高密度ビーズと低密度ビーズを共培養する際に、様々な濃度で添加した。高密度ビーズ(●)と低密度ビーズ(○)における分化率と分裂率を培養72時間目に測定した。全体の細胞密度は2.2x104 cells ml-1である。横軸に示した濃度は元の培地の濃度を1としたときの相対値で示したもの。各値は3サンプルの平均、バーは標準偏差を示している。濃度0における値に対して有意義な差を示す値は*でマークした(危険率5%のt検定)

図9. 細胞懸濁培養におけるXylogen活性の変化。分化を誘導した細胞懸濁培養(D:○、●)とコントロール培養(Cp:△、▲)から、横軸に示したような培養の様々な時期にCMの高分子画分を調整し、元の培地の濃度の3倍に濃縮して、高密度ビーズと低密度ビーズを共培養する際に添加した。全体の細胞密度は2.4x104 cells ml-1である。高密度ビーズ(●、▲)と低密度ビーズ(○、△)における分化率と分裂率を培養72時間目に計測した。各値は3サンプルの平均、バーは標準偏差を示している。無添加の対照条件における値(左端)に対して有意な差を示す値は*でマークした(危険率5%のt検定)。

図10. Xylogen活性に対する熱処理の効果。

培養72時間目の細胞懸濁培養からCMの高分子画分を調整し、10分間100℃で熱処理後,高密度ビーズ(8.3x105 cells ml-1)と低密度ビーズ(2.3x104 cells ml-1)の共培養する際に添加した。全体の細胞密度は2.3x104 cells ml-1である。添加した高分子画分の濃度は元の培地の3倍である。NCは無添加のネガティブコントロール、PCは無処理の高分子画分を添加したポジティブコントロールを示す。簡略化のため低密度ビーズ における72時間目の分化率と分裂率のみを示した。高密度ビーズの分化率分裂率はいずれの処理によってもほとんど影響を受けなかった。各値は3サンプルの平均、バーは標準偏差を示している。異なる文字でマークされた値は、危険率5%のt検定において有意な差を示したもの。

図11. Xylogen活性に対するプロテアーゼの効果。培養72時間目の細胞懸濁培養からCMの高分子画分を調製し、50μg ml-1のpronase E、熱変性したpronase E、 trypsin、熱変性したtreypsinをそれぞれ加え、30℃で3時間インキュベートした後、高密度ビーズ(8.0x105 cells ml-1)と低密度ビーズ(2.5x104 cells ml-1)の共培養する際に添加した。全体の細胞密度は2.2x104 cells ml-1である。また、添加した高分子画分の濃度は元の培地の3倍である。NCは無添加のネガティブコントロール、PCは無処理の高分子画分を添加したポジティブコントロールを示す。簡略化のため低密度ビーズにおける72時間目の分化率と分裂率のみを示した。高密度ビーズの分化率、分裂率はいずれの処理によってもほとんど影響を受けなかった。各値は3サンプルの平均、バーは標準偏差を示している。異なる文字でマークされた値は、危険率5%のt検定において有意な差を示したもの。

図12. レクチン結合画分のxylogen活性。72時間目の細胞懸濁培養からCMの高分子画分を調製し、種々のレクチンレクチンアガロースカラムを用いて結合画分と非結合画分に分けた。全体の細胞密度は8.0x105 cells ml-1になるように高密度ビーズ(9.0x105 cells ml-1)と低密度ビーズ(3.0x104 cells ml-1)の共培養する際、レクチン結合画分を元の培地の3倍の濃度で添加した。簡略化のため低密度ビーズ における72時間目の分化率と分裂率のみを示した。高密度ビーズの分化率、分裂率はいずれの処理によってもほとんど影響を受けなかった。各値は3サンプルの平均、バーは標準偏差を示している。異なる文字でマークされた値はr危険率5%のt検定において有意な差を示したもの。

図13. レクチン結合画分・非結合画分のSDS-PAGE解析。72時間目の細胞懸濁培養からCMの高分子画分を調製し、種々のレクチン-アガロースカラムを用いて結合画分(+)と非結合画分(-)に分けた。これらの画分をSDS-PAGEで分離し,泳動後のゲルを銀染色した。Tはレクチンカラムで分画する前の高分子画分を示している。

図14. AGP画分のxylogen活性。72時間目の懸濁細胞培養から調整したCMの高分子画分からb-glucosyl Yariv試薬を用いて非AGPを単離した。全体の細胞密度が2.5x104 cells ml-1になるように高密度ビーズ(9.0x105 cells ml-1)と低密度ビーズ(3.0x104 cells ml-1)の共培養する際、AGP結合画分を様々な濃度で添加した。横軸は、元の培地における濃度を1としたときの濃縮度を示している。簡略化のため低密度ビーズにおける72時間目の分化率と分裂率のみを示した。高密度ビーズの分化率、分裂率はいずれの処理によってもほとんど影響を受けなかった。各値は3サンプルの平均、バーは標準偏差を示している。*でマークされた値は、危険率5%のt検定において有意な差を示したもの。

図15. AGP画分のSDS-PAGE解析。72時間目の懸濁細胞培養から調整したCMの高分子画分からβ-glucosyl Yariv試薬を用いて非AGP画分(nAGP)とAGP画分(AGP)に分けた。これらの画分と無処理の高分子画分(T)をSDS-PAGEで分離し、泳動後のゲルに含まれるタンパク質を銀染色・糖を過ヨウ素酸-銀染色で検出した。

図16. 細胞懸濁培養のCMに含まれるAGPの泳動プロフィールの経時変化。分化を誘導した細胞懸濁培養(D)とコントロール培養(Cp)から、CMの高分子画分を各レーンの上に示したような培養の様々な時間に調製し、SDS-PAGEで分離後ニトセルロース膜に転写し、AGPをβ-glucosyl Yariv試薬で、タンパク質をSYPRO Rubyで染色した。

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は2章からなり、第1章は、ヒャクニチソウ葉肉細胞からの管状要素形成における局所的細胞間相互作用の重要性ついて、第2章は、第1章で存在の示唆された局所的細胞間相互作用因子の同定について述べられている。

 維管束は篩部と木部からなる組織系であり、養分や水分の通道、シグナルの伝達、植物体の機械的な支持といった重要な機能を果たしている。このような維管束の機能が円滑に行われるためには、維管束を構成する細胞が連続した形で適切な場所に分化する必要があり、細胞間の相互作用を介した精巧な位置決定機構が維管束分化を制御している。しかし、維管束の位置決定機構については、普遍的な理解が得られていないのが現状である。この理由として、維管束分化を直接制御している細胞間相互作用を検出することの困難さが第一に挙げられる。そこで論文提出者は、ヒャクニチソウ単離葉肉細胞からのin vitro管状要素分化を用いることでこの問題の解決を図り、管状要素分化の位置決定機構を細胞間相互作用の面から明らかにすることを最終目標として研究を行った。

 まず、第1章では、論文提出者は、論文提出者自身が修士課程で開発したシート培養法とサンドイッチ培養法を用いて、管状要素分化の細胞間相互作用を担う分化因子の特性を詳しく解析した。そして、分化因子は細胞外に分泌され、トリプシンで分解される分子量50kDa以上のタンパク質性物質であることを明らかにした。これを受けて、細胞分裂には関与せず管状要素分化のみを誘導または促進する高分子のタンパク質性分泌因子として、この分化因子をxylogenと名付けた。続いて、xylogenの分化に必要な時期をサンドイッチ培養法により検討した。その結果、xylogenは少なくとも培養36時間目から60時間目にかけて機能していると推定された。ヒャクニチソウ葉肉細胞の管状要素への分化転換は葉肉細胞が脱分化する段階(ステージ1)、分化能が限定されて管状要素前駆細胞となる段階(ステージ2)、管状要素としての分化形質が発現する段階(ステージ3)の3つに区分される(Fukuda1997)。今回xylogenが働くと推定された時期は、このうちステージ2に相当し、xylogenが分化能限定化に関与することを示唆した。

 第2章では、xylogen同定のためにバイオアッセイ系の開発を行い、高密度で細胞を含むビーズと低密度で細胞を含むビーズを共培養すること(ビーズ培養法)で、これに成功した。このビーズ培養法を用いて、xylogenの検討を行い、xylogenは分化を誘導していない培地中には存在せず、分化を誘導した培地中にのみ存在し、管状要素分化に伴い増加することを明らかにした。さらにxylogenの特性を調べた結果、xylogenは10分間煮沸してもほとんど失活せず、高温でも安定であるが、プロテアーゼ処理により分解する物質であることを明らかにした。また、様々なレクチンを用いて結合実験を行い、レクチンの糖に対する結合特異性から、xylogenはガラクトースやマンノースを含む糖鎖を持つと推測された。さらに、レクチン結合実験、β-glucosyl Yariv試薬との結合実験、さらにそれらと結合した分子のSDS-PAGE解析から、xylogenは分子量100kDa以上のarabinogalactan protein(AGP)の1種であることを証明した。

 以上、Xylogenはガラクトースとマンノースを側鎖に持つAGP様糖タンパク質で、ステージ2で機能し、脱分化細胞が管状要素前駆細胞に分化する過程を正に制御している因子であることを明らかにした。この結果から、xylogenの濃度増加が細胞を管状要素分化経路に引き込み、分化経路に引き込まれた細胞がさらにxylogenを産生するという正のフィードバックループが新たに想定された。このようなループは維管束の位置決定機構においてきわめて重要な役割を担っている可能性が高く、本研究は正のループの存在を初めて示した研究として高く評価される。

 ここに得られた結果の多くは新知見であり、いずれもこの分野の研究の進展に重要な示唆を与えるものであり、かつ本人が自立して研究活動を行うのに十分な高度の研究能力と学識を有することを示すものである。よって、本瀬宏康提出の論文は博士(理学)の学位論文として合格と認める。

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