学位論文要旨



No 115993
著者(漢字) 山口,雅利
著者(英字)
著者(カナ) ヤマグチ,マサトシ
標題(和) イネCDK活性化キナーゼの機能解析
標題(洋) Functional analysis of CDK-activating kinase in rice plant
報告番号 115993
報告番号 甲15993
学位授与日 2001.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第4037号
研究科 理学系研究科
専攻 生物科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 内宮,博文
 東京大学 教授 長田,敏行
 東京大学 助教授 菊池,淑子
 東京大学 助教授 梅田,正明
 農水省農業生物資源研究所 上席研究官 橋本,純冶
内容要旨 要旨を表示する

序論

 主に胚発生以降に分裂組織において器官形成を行う植物は、分裂組織において細胞分裂活性が内的・外的なシグナルを受容して柔軟かつ厳密に制御されていると考えられる。細胞分裂を制御する、細胞周期において中心的な役割を果たしているのが、サイクリン依存性キナーゼ(cyclin-dependent kinase;CDK)である。CDKはサイクリンと結合することにより活性化されるが、植物においても動物と同様に、一つの植物種から複数のCDK及びサイクリンが単離されている。しかし、細胞分裂の制御機構を理解するためには、細胞周期の特定の時期のみに機能する個々のCDKやサイクリンだけではなく、CDKを上流で制御し、細胞周期全体を制御する因子を解析する必要がある。そこで、本研究ではCDKのT-ループ領域に存在するスレオニン残基を特異的にリン酸化することによりCDKを活性化する、CDK活性化キナーゼ(CDK-activating kinase;CAK)に注目した(図1)。動物や分裂酵母においては、CAKの触媒サブユニット自身もCDKの一種であり、CDK7/p40Mo15と呼ばれている。イネのCDKの一つであるR2は、動物のCDK7と高い相同性を持つことが知られていたが、その機能については不明であった。そこで私は修士過程において、イネのCDKの一つであるR2がCAKとしての活性を有することを見い出した。また、R2は何らかの相互作用因子と複合体を形成することで、活性化されることも明らかにした。動物や分裂酵母ではサイクリンHがCDK7/p40Mo15と結合することが知られている。そこで、博士過程では、R2の活性制御機構を解明する目的で、イネよりサイクリンHをコードするcDNAを単離し、R2との相互作用について解析をした。また、イネのCAKがどのようなシグナルによって制御されているかを明らかにする目的で、R2及びサイクリンH遺伝子を導入した形質転換タバコを作成し、植物ホルモンに対する応答性について解析を行った。

結果

1. イネのサイクリンH遺伝子の単離

ポプラのESTクローン(AFO92743)がヒトのサイクリンHと高い相同性を持っていたことから、このクローンを用いてイネのcDNAライブラリーよりスクリーニングを行った。その結果、サイクリンボックスと呼ばれるサイクリンに特徴的な領域において、ヒトのサイクリンHと約60%の類似性を持つ330アミノ酸残基をコードするcDNAを単離した。Renaudinら(1996)により提唱された植物のサイクリンの命名法に基づき単離したcDNAをOs;cycH;1と名付けた。Os;cycH;1は植物で単離されているサイクリンA、B及びDとは相同性が低く、むしろ動物や酵母のサイクリンHと高い相同性を持っていた(図2)。Os;cycH;1遺伝子はイネゲノム中に1コピー存在しており、あらゆる組織から転写の蓄積が検出された。

2. Os;cycH;1によるR2の活性化機構の解析

Os;CycH;1とR2の相互作用を検討する目的で、まず出芽酵母のtwo-hybridシステムを用いて解析を行った。その結果、R2とOs;CycH;1の両遺伝子を導入した細胞は、ヒスチジン欠損培地上で生育し、B-ガラクトシダーゼ活性を持っていた(図3)。R2またはOs;CycH;1のみを発現する細胞ではこのようなレポーター遺伝子の発現は見られなかったことから、この2つの遺伝子の転写産物は、酵母内において相互作用していることが確認された。次にOs;CycH;1とR2の結合の特異性を調べるために、4種類のイネCDKのGST融合タンパク質とin vitroで[35S]メチオニンで標識した4種類のイネサイクリンを用いて、pull-downアッセイを行った。その結果、Os;CycH;1はR2とのみ結合し、他のイネCDKとは結合しないこと(図4-a)、一方R2はOs;CycA1;1及びOs;CycB2;2とは結合せず、Os;CycH;1及びOs;CycC;1と結合することが明かとなった(図4-b)。

 つづいて、Os;CycH;1がR2のキナーぜ活性を制御しているか否かを検討するために、まず出芽酵母のCAKであるcak1/civ1の温度感受性変異株を用いてR2及びOs;CycH;1遺伝子を発現させ、得られた形質転換体の表現型を観察した(図5)。R2のみを発現させた細胞では、制限温度である34℃において生育が観察されたものの、より高い温度では生育することができなかった。しかし、単独で発現した場合には抑圧活性を持たないOs;CycH;1とR2を共発現させた細胞では、36℃においても生育することができた。これらの結果は、酵母内においてOs;CycH;1がR2による抑圧活性を上昇させたことを示唆している。次に、生化学的にR2のリン酸化活性について検討を試みた。まず、それぞれ精製したR2のGST融合タンパク質とFLAGを付加したOs;CycH;1(FLAG-CycH)を混合し、Glutathione-SepharoseによりGST-R2タンパク質を沈降させた。この沈降物を用いて各基質に対するキナーゼアッセイを行ったところ、ヒトのCDK2及びイネのCdc20s1を基質に用いた場合、GST-R2とFLAG-CycHの両者を含むレジンでは、GST-R2のみを含むレジンよりも強いリン酸化活性が検出された(図6-a)。また、T-ループ領域に存在するスレオニン残基をアラニン残基に置換した各CDKを基質に用いた場合、このリン酸化は検出されなかった。このことからOs;CycH;1はcDKのこのスレオニン残基に対するR2のリン酸化活性を上昇させることが明らかになった。また、転写の開始や伸長反応に関与するRNAポリメラーゼIIの最大サブユニットのC末端領域に存在する繰り返し配列(C-terminal domain;CTD)もR2の基質となるが、この場合もFLAG-CycHを加えることによりR2のリン酸化活性が上昇した(図6-b)。

 以上の結果より、今回新たに単離したOs;CycH;1は、R2と特異的に結合することにより、R2のCDK、CRDに対するリン酸化活性を活性化することが示唆された(図7)。

3. R2及びOs;CycH;1を導入した形質転換タバコのホルモン応答性の解析

CAKの活性が植物細胞内でどのようなシグナルにより制御されているのか解析するために形質転換植物の作成を試みた。グルココルチコイド誘導性発現ベクターであるpTA7001にR2のcDNAをクローン化し、タバコSR1株に導入した(図8)。ホモ個体を選択し、R2タンパク質の発現を確認したところ、グルココルチコイド誘導体であるデキサメタゾン(DEX)によって発現が誘導される5ラインを選抜した。その中で発現誘導がより強いR1-1株を用いて、さらにOs;CycH;1 cDNAを導入した。現在までに、R2とOs;CycH;1の両遺伝子をDEX依存的に発現するラインを4ライン得られている(図9)。

 これらの形質転換タバコのホルモン応答性を検討するために、葉切片をサイトカイニン、オーキシンまたは両方を含む培地上で培養し、表現型を観察した(図10)。野生型ではオーキシン(NAA)のみを含む培地上で根が誘導されるのに対し、R2のみ及びR2とOs;CycH;1の両方を導入した形質転換体では、カルスの形成が観察された。R2のみよりも、R2とOs;CycH;1の両者が発現している葉切片の方がカルスの生育が速いこと、またDEXの濃度依存的にカルス形成が誘導されることも確認された(図11)。

考察

 本研究では、まずイネよりサイクリンH遺伝子(Os;cycH;1)を単離した。Os;CycH;1はR2と特異的に結合することリン酸化活性を活性化することを明らかにした。これらの結果からOs;CycH;1は細胞内において、R2の活牲型複合体の構成因子の一つとして機能していると推測される。

 R2及び、Os;CycH;1を導入した形質転換タバコの葉切片をオーキシンのみ含んだ培地上で培養したところ、カルスの形成が観察された。この結果は、サイトカイニンのシグナル伝達の一部がCAKを介して細胞分裂を制御している可能性を示唆している。R2の活性化には大きく分けて2つの制御が考えられる。すなわち、R2もしくはサイクリンH遺伝子の転写レベルによる制御、そしてR2のリン酸化による翻訳後の制御である。図12)。特に後者については、最近アラビドプシスにおいてCAK活性化キナーゼ(CAKAK)の存在が示唆されており、イネにおいてもこのようなリン酸化カスケードが存在すると推測される。今後は、サイトカイニンによるR2、Os;CycH;1の発現及び活性レベルの変化について詳細な解析を行い、CAKの活性化におけるサイトカイニンの役割について明らかしていきたい。

図1 サイクリン依存性キナーゼ(CDK)の活性制御機構

CDKはCDK活性化キナーゼ(CAK)によって、161番目のスレオニン残基(T161)がリン酸化されると活性化され、Wee1キナーゼによってT14とY15がリン酸化されると、不活性化される。Cdc25はWee1によってリン酸化されたアミノ酸残基を脱リン酸化することによりCDKを活性化する。アミノ酸残基の番号はヒトのCdc2を例にとって示してある。

図2 サイクリンH、サイクリンC及び植物のサイクリンの系統樹

イネのサイクリンを赤色で示す。

図3 Two-hybrid法によるOs;CycH;1とR2の結合解析

GAL4タンパク質のDNA結合ドメインをR2に(pAS2-R2)、転写活性ドメインをOs;CycH;1に(pGAD-cycH)それぞれ連結させた遺伝子を出芽酵母Y190株に導入した。形質転換体をヒスチジンを含む(+His)または含まない(-His)最小培地で30℃、3日間生育させた。また、Filter-lift法を用いてβ-ガラクトシダーゼの発現を確認した(LacZ)。

図4 pull-down法による結合解析

(a)[35S]メチオニンで標識したOs;CycH;1に対して、Glutathinone-Sepharoseに吸着させたイネのGST-CDK融合タンパク質をそれぞれ反応させたレジンに吸着したタンパク質をSDS-PAGEで泳動し、オートラジオグフフィーにより検出した。

(b)[35S]メチオニンで標識したイネの各サイクリンに対して、Glutathinone-Sepharoseに吸着させたGST及びGST-R2をそれぞれ反応させた。

図5 Os;CycH;1とR2による出芽酵母のCAK変異の抑圧活性の上昇

ガラクトース誘導性プロモーターにR2(pYES-R2)を、恒常的に発現するプロモーターにOs;CycH;1(pGAD-GL-cycH)をそれぞれ連結し、出芽酵母cak1/civ1の温度感受性変異株(GF2351株)に導入した。各形質転換体をグルコース(MVD)またはガラクトース(MVGS)を含んだ最小培地に、許容温度(27℃)及び制限温度(34℃、36℃)で5日間生育させた。

図6 Os;CycH;1によるR2キナーゼ活性の上昇

(a)GST-R2及びFLAG-CycHを図の組み合わせで混合し、Glutathione-Sepharoseで沈降させた。沈降したタンパク質を用いて、ヒトのCDK2、イネのCdc2Os1に対するキナーゼアッセイを行った。また各CDKのT-ループに存在するスレオニン残基をアラニンに置換して基質として用いた。(T160A、T161A)。矢印は基質の位置を示す。(b)(a)と同様な処理をした後、アラビドプシスのCTDを基質としたキナーゼアッセイを行った。

図7 Os;CycH;1とR2の相互作用

酵母を用いた遣伝学的解析及びin vitroにおける結合解析の結果、Os;CycH;1はR2と結合し、R2を活性化することが明らかとなった。したがってOs;CycH;1はR2の活性型複合体(105kDa)の構成因子の一つとして存在すると考えられる105kDa複合体には別の因子(X)も含まれていると推測される。

図8 形質転換タバコ作成用ベクターの構造

GVG転写因子はグルココルチコイド(DEX)と結合することにより、シス領域と結合することができるようになる。pTA7001-R2を導入したタバコSR1株より、ホモ個体(Rライン)を選抜した。各個体のseedlingを1μM DEX含む培地(D)及びコントロール培地(M)で2日間生育させた後タンパク質を抽出した。抗R2抗体を用いてイムノブロット解析を行った結果、いくつかのラインにおいてDEX依存的な発現誘導が見られた。R1-1のラインについては、GVG遺伝子を持たないpSPTV20-Os;cycH;1をさらに導入した。また、SR1株に、pTA7002-Os;cycH;1を導入した。

図9 形質転換体の発現解析

ベクターのみ(V5-1)、R2(R1-1)、Os;cycH;1(H)及び、両遺伝子(B)を導入した形質転換体のseedlingをmock(M)もしくは1μMDEX(D)を含む培地に24時間移した後、RNAを抽出した。それぞれをR2及びOs;cycH;1、18SrRNAを特異的に増幅するプイマーを用いて、RT-PCRを行った。

図10 野生型及び形質転換タバコを用いたリーフセクションアッセイ

野生型(SR1)、R2(R1-1)、Os;cycH;1(H5-4)、または両遺伝子を導入した形質転換植物(B1-4)からリーフセクションを作成し、1μM DEXを含んだMS培地に2.0μg/ml NAAもしくは0.2μg/ml BAを加えたプレート上で25℃、30日間生育させた。

図11 オーキシン培地によるカルス誘導とDEX依存性

1.0μg/ml NAAそして各濃度のDEXを加えたプレート上に、B1-4ラインから作成したリーフセクションを30日間生育させた。

図12 サイトカイニンによるCAKの活性制御機構

R2の活性化には大きく分けて2つの可能性がある。一つはR2またはOs;cycH;1の転写量が増加する可能性、もう一つはCAK活性化キナーゼ(CAKAK)の活性化によりR2の活性が上昇する可能性である。サイトカイニンのシグナル伝達が実際にどのステップに受容されているかが、今後の重要な研究課題である。アラビドプシスのサイクリンD3(At;cycD3;1)はサイトカイニンにより転写産物量が増加するので、サイトカイニンのシグナル伝達の下流に位置すると考えられている(Riou-Khamlichi et al.,1999)

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は植物における細胞分裂の活性化機構を明らかにする目的で、イネのCDK活性化キナーゼ(CDK-activating kinase;CAK)であるR2の活性制御機構について詳細に解析を行っている。サイクリン依存性キナーゼ(Cyclin-dependent kinase;CDK)は、細胞周期の制御機構において中心的な役割を果たしており、様々な因子と相互作用することで活性が制御されていることが知られている。論文提出者は修士過程において、イネのCDKの一つであるR2が、他のCDKをリン酸化することで活性化させるCAKとしての活性を有すること、またこのR2は複合体を形成することでCAK活性を有することを明らかにしている。

 本論文は2章よりなり、第1章ではイネよりサイクリンHをコードするcDNA(Os;cycH;1)を単離し、R2との相互作用について解析を行っている。このOs;CycH;1は、これまで植物で単離されていたA及びB、Dクラスのサイクリンとは配列上の相同性は低く、むしろ動物や分裂酵母のサイクリンHと高い相同性を持っていた。本論文ではまず、酵母のtwo-hybridシステムを用いて解析を行い、Os;CycH;1とR2が酵母内において相互作用することを見い出している。また、イネより単離されている他のCDKおよびサイクリンを用いて、in vitro pull downアッセイを行ったところ、Os;cycH;1はR2とのみ特異的に結合し、他のCDKとは結合しないこと、またR2についてもサイクリンとの結合に特異性を持つことが見い出された。

 次に、本論文ではOs;CyCycH;1がR2のキナーゼ活性を制御しているか検討を行っている。まず、出芽酵母の温度感受性を示すCAK変異株においてOs;CycH;1およびR2を発現させたところ、Os;CycH;1がR2の抑圧活性を上昇させることが見い出された。また、生化学的な手法を用いてR2のキナーゼ活性について解析を行っている。論文提出者はR2の基質としてこれまでに、ヒトのCDK2、イネのCDKの一つCdc2Os1、そしてアラビドプシスのRNAポリメラーゼIIの最大サブユニットのC末端領域に存在する繰り返し配列(CTD)を同定しており、本論文ではOs;CycH;1が各基質に対するR2のリン酸化活性をそれぞれ上昇させることを明らかにしている。従って、Os;CycH;1はイネ細胞中においてR2の複合体の構成因子の一つとして存在し、R2の活性化させる働きを持つものと推定された。植物では、どのCDKとサイクリンが結合するか殆ど明かにされておらず、本章の結果はCAKの制御機構について解析しただけでなく、植物における新たなCDK/サイクリン複合体を同定した点においても価値があると考えられる。

 第2章では、CAKの活性が植物細胞内においてどのようなシグナルにより制御されているのか解析するために、R2、Os;cycH;1もしくは両者を導入した形質転換植物体を作成している。本論文では、グルコルチコイド誘導性ベクターにR2およびOs;cycH;1をクローン化し、タバコSR1株に導入しており、論文提出者は、グルココルチコイド誘導体であるデキサメタゾン(DEX)を処理することにより、導入した遺伝子が発現することを確認している。本論文では、これらの形質転換体のホルモン応答性を検討するために、葉切片をサイトカイニン、オーキシンまたは両方を含む培地上で培養し、表現型を観察している。その結果、野生型およびベクターのみを導入した形質転換体では、オーキシンを(NAA)のみを含む培地上で根が誘導されるのに対し、R2を導入した形質転換体ではカルスの形成が観察された。このカルスの形成はDEXの濃度依存的に誘導されること、またR2のみ発現している葉切片よりもR2とOs;CycH;1を共発現している葉切片においカルスの生育がより速い傾向にあることが見い出された。これらの結果は、サイトカイニンのシグナル伝達の一部がCAKを介して細胞分裂を制御している可能性を示唆している。

 本研究は、R2と特異的に相互作用し活性化させる因子を同定するとともに、サイトカイニンのシグナル伝達によっても活性が制御されている可能性を見い出している。これらの成果は、CDKを上流で制御するCAKの活性化機構の存在を見い出した点で、植物が持つ柔軟かつ厳密な細胞分裂の制御機構の解明に向けて重要な知見であると判断する。したがって、博士(理学)の学位を授与できると認める。

 尚、本論文は梅田正明博士と内宮博文博士、また第2章については山村三郎博士との共同研究であるが、論文提出者が主体となって分析および解析を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

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