学位論文要旨



No 115996
著者(漢字) 吉村,英尚
著者(英字)
著者(カナ) ヨシムラ,ヒデヒサ
標題(和) ラン藻Synechocystis sp. PCC6803におけるcAMP受容タンパク質SYCRP1の機能解析
標題(洋) Analysis of a Novel cAMP Receptor Protein SYCRP1 in the Cyanobacterium Synechocystis sp. PCC6803
報告番号 115996
報告番号 甲15996
学位授与日 2001.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第4040号
研究科 理学系研究科
専攻 生物科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 大森,正之
 東京大学 教授 川口,昭彦
 東京大学 助教授 池内,昌彦
 東京大学 助教授 渡辺,雄一郎
 東京大学 助教授 園池,公毅
内容要旨 要旨を表示する

序論

 cAMPは原核生物から真核生物に至るまで幅広く存在する情報伝達物質であり、様々な遺伝子の発現や酵素活性の調節に関与している。動物ではよく研究がなされており、骨格筋細胞におけるグリコーゲン分解の調節などcAMPの生理的役割が広く知られている。しかし、光合成生物ではcAMPの研究がほとんどなされていない。緑藻のクラミドモナスにおいてcAMPが接合に関与していることが知られているが、アデニル酸シクラーゼやcAMP受容タンパク質は見つかっておらず、cAMPの情報伝達系はほとんど明らかにされていない。

 ラン藻は酸素発生型の光合成を行う独立栄養型のバクテリアである。ラン藻は光やpH、窒素源の有無などによる環境変化に応答して細胞内のcAMPレベルが増減することが知られており、これまでに5種類のアデニル酸シクラーゼが単離、同定されている。しかし、cAMPが情報を伝達していく機構については全く不明である。本研究では、cAMPreceptorprotein(CRP)をコードする遺伝子を同定し、大腸菌を用いた組み換え型タンパク質によるラン藻のCRPの生化学的な特徴を明らかにするとともに、その機能を解析した。

結果と考察

1.cAMP受容タンパク質の同定と生化学的解析

 材料はSynechocystis sp.PCC6803を用いた。このラン藻は全ゲノムシーケンスデータがかずさDNA研究所によって公開されている。大腸菌などの原核生物においては、cAMPはCRPと結合することによって情報を伝達し、その複合体は特定の遺伝子の転写を制御することが知られている。ラン藻は原核生物なので大腸菌のCRPの配列をもとに、それに相当する遺伝子が存在するかどうか全ゲノムシーケンスデータを用いて検索した。Synechocystis sp.PCC6803の全遺伝子3,168個の中から18個の遺伝子を候補として検討し、最終的に3つの遺伝子に絞り、それぞれをsycrp1、sycrp2、sypkと名付けた(図1)。星印で示してあるものが大腸菌のCRPにおいて実際にcAMP結合に関わるアミノ酸で、7つのうちの5つをSYCRP1とSYPKは持っている。SYCRP2にはこれらのアミノ酸が2つしかないが、ゲノムの中でSYCRP1に最も高い相同性を示した。

 これら3つの候補の組み換え型タンパク質を作製した。SYCRP1とSYCRP2はヒスチジンタグとの融合タンパク質として発現させ、SYPKは予測されるORFの全長で発現しないか、或いは不溶化したので、cAMP結合部位を含むと思われる部分のみをGST融合で発現させ、精製した(図2)。

 3つの組み換え型タンパク質とcAMPとの結合親和性は平衡透析法で調べた(図3)。実験は5μMのcAMPを用いて行った。図の縦軸は結合したcAMP量を表している。cAMPは20μMのSYCRP1に対して約3μM、20μMのSYPKに対して約9μM結合しており、これら2つの組み換え型タンパク質がcAMPと結合することが示唆された。SYPKについては加えたcAMP量以上のcAMP量が検出されたが、これはSYPKがcAMPを結合したまま精製されたためであろう。次にSYCRP1のcAMPに対する結合解離定数を平衡透析によって求めた(図4)。5μMのSYCRP1に対して0.5〜20μMの16点のcAMP濃度で平衡透析を行い、その結果をScatchard Plotにした。ほとんどの測定値が直線に乗ったので、この直線の傾きの逆数からKdを算出したところ、20℃と30℃でほとんど差がなく、約3μMという値を得た。この値を大腸菌をはじめとする他のバクテリアと比較すると、他のバクテリアのKdは20μMから50μMなので、Synechocystis sp. PCC6803のCRPは10倍前後、高い結合親和性を示すことが明らかとなった。またこの図からSYCRP1に対するcAMPの最大結合量を考えると、タンパク質2分子あたりに1分子のcAMPが結合していることになり、このことから他のバクテリアのCRPと同じように、SYCRP1もcAMPと複合体を形成する際、ダイマー構造をとるのではないかと考えられた。そこで、タンパク質架橋剤であるEDC(1-ethyl-3-(3-dimethylaminopropyl)carbodiimide)を用いて架橋実験を行った。cAMPを加えた場合とcAMPを加えない場合では特にダイマー形成に変化は観察されなかった。このことからSYCRP1はダイマーとして存在するがcAMPはダイマー構造の安定性に寄与するのではなく、機能の面で寄与する可能1性が考えられた。大腸菌のCRPはC末端側にDNA結合ドメインとしてhelix-turn-helixモチーフを持っており、SYCRP1のC末端側と比較すると後者のヘリックスが高い相同性を示した(図1)。従ってSYCRP1もcAMPに依存したDNA結合能をもっているのではないかと考えた。そこで大腸菌のCRPが認識し、最もよく結合するコンセンサスDNA配列を合成し、その配列に対するSYCRP1の結合能を調べるためにゲルシフトアッセイを行った(図5)。レーン1はタンパク質の入っていないコントロールである。レーン2と3の結果から明らかなように、SYCRP1の量が増えるに従ってシフトするバンドのシグナルが増大した。レーン4と5は特異性を調べるための競合実験である。レーン5でラベルしていないDNAを加えたことによりシフトしたバンドが明らかに減少していることから、SYCRP1は特異的にコンセンサスDNA配列に結合することが明らかとなった。一方、cAMPを加えない場合にはSYCRP1の濃度を上げてもバンドのシフトは全く検出されなかった(レーン6-9)。以上のことから、SYCRP1はcAMP存在下でのみ特異的な塩基配列を認識し結合すると結論した。

2.cAMP受容タンパク質SYCRP1の標的遺伝子の同定

SYCRP1は転写因子であることが示唆されたので、SYCRP1の標的となる遺伝子を、網羅的に遺伝子発現解析できるDNAmicroarrayを用いてスクリーニングした。SYCRP1が大腸菌のCRPのようにグローバルな転写因子であるなら、5κη,!破壊株において発現量の異常が起きている遺伝子が存在するはずである。通常培養した対数増殖期後期の細胞を集菌し、totalRNAを抽出して実験を行った。その結果、野」性株と3ycη,!破壊株において遺伝子発現の違いに再現性の得られた遺伝子は18個あった(表1)。これらのなかでシグナル強度が比較的大きく、オペロンになっていると思われる遺伝子群(slr1667〜slr1668、slr2015〜slr2018)に注目した。この表から、これらの遺伝子発現がsycrp1破壊株において、野性株に比べ1/5〜1/10程度に抑制されていることが推定された。

 野性株とsycrp1破壊株からそれぞれtotalRNAを抽出し、slr1667、slr2015のORF内部に設定したprimerでprimer extensionを行った(図6)。その結果、sycrp1破壊株ではほとんど発現が認められず、DNAmicroarrayの結果と一致していた。次にスクリーニングした遺伝子群の先頭の遺伝子について転写開始点の決定、およびプロモーター部位を予測するためにprimer extensionを行った。slr1667の場合、3つのバンドが検出され、転写開始点は開始コドンに近い方からT、A、Aと3つあることが示唆された。slr2015の場合、転写開始点はTの1つであった。それぞれの遺伝子の転写開始点が決まったので、それぞれの遺伝子のプロモーターと考えられる領域を用いてゲルシフトアッセイを行った。SYCRP1の濃度が増大するとシフトするバンドのシグナルも増大し、標識していないプローブを加えると減少した。また、poly(dI-dC)の量を増やしてもシフトするバンドのシグナルは全く影響を受けなかった。このことからslr1667の予測した上流領域とSYCRP1は特異的に結合することが明らかとなった。slr2015においては予測した上流領域で特異的といえる結合は認められなかった。

 slr1667の上流領域のどの部分にSYCRP1が結合するのかを特定するために、DNaseIフットプリントを行った(図7)。その結果、転写開始点からみて-178から-127の領域がSYCRP1によって保護されることが明らかとなった。保護された領域のなかには大腸菌のCRPが最もよく結合する、コンセンサスDNA配列のコアとなる塩基配列が確認された。

 そこで、SYCRP1が結合するためのコアと考えられる塩基配列を含むプローブ(野生型)と、その塩基配列を塩基置換したプローブ(変異型)の2種類の合成オリゴヌクレオチドを用いてSYCRP1の結合部位を決定した(図8)。その結果、変異型プローブにおいてはSYCRP1の濃度を増大しても全くバンドのシフトは認められなかった。野生型プローブにおいてはSYCRP1の濃度が増大するとシフトするバンドのシグナルも増大し、標識していない野生型プローブを加えると減少した。また、標識していない変異型プローブを加えてもシフトに全く影響を与えなかった。これらの結果からSYCRP1は予測した塩基配列に結合すると結論した。

まとめ

1) ラン藻Synechocystis.PCC6803のcAMP結合タンパク質をコードする2つの遺伝子を同定した。

2) SYCRP1はcAMPと結合親和性を持ち、DNA結合能を持つことを明らかにした。

3) DNAmicroarrayによってSYCRP1の標的遺伝子をスクリーニングした。

4) SYCRP1は標的遺伝子slr1667の上流に結合し、その発現を制御していると結論した。

図1.Synechocystis sp.PCC6803のcAMP受容タンパク質候補SYCRP1、SYCRP2、SYPKとE.coil CRPにおけるアミノ酸配列のアラインメント

アスタリスクは大腸菌CRPがcAMPと複合体形成時にcAMPの近傍に位置するアミノ酸、白い星印は直接cAMP結合に関わるアミノ酸をそれぞれ示している。三角印は4つのアミノ酸配列全てに共通するアミノ酸を示している。3つ以上の配列で一致するアミノ酸を灰色の囲みで示した。

図2.大腸菌による組み換え型タンパク質の大量発現と精製

12%のSDSポリアクリルアミドゲルで電気泳動を行い、CBB染色した。1mMlPTGで誘導したヒスタグSYCRP1を含む可溶画分15μg(レーン1)、ヒスタグSYCRP1精製標品3μg(レーン2)、1mMIPTGで誘導したヒスタグSYCRP2を含む可溶画分15μg(レーン3)、ヒスタグSYCRP2精製標品3μg(レーン4)、1mMIPTGで誘導したGST融合の部分的SYPKを含む可溶画分15μg(レーン5)、GST融合の部分的SYPK精製標品3μg(レーン6)。Mは分子量マーカー。

図3,平衡透析法によるcAMP結合親和性

20μMヒスタグSYCRP1、10μMヒスタグSYCRP2、20μMGST融合の部分的SYPKを、それぞれ25℃で5μMのcAMPと6時間インキュベートした。cAMPの定量は逆相カラムによるHPLCで行った。

図4,SYCRP1の結合解離定数の決定

20℃と30℃でヒスタグSYCRP1のcAMPに対する結合解離定数を平衡透析法で決定した。5μMのヒスタグSYCRP1をO,5μMから20μMのcAMPで6時間インキュベートした。cAMPの定量は逆相カラムによるHPLCで行った。

表1. DNAmicroarrayによる標的遺伝子のスクリーニング

DNAmicroarrayを用いて野性株とsycrp1破壊株で定性的な遺伝子発現の比較を行った。25〜30μmol/m2/sの光量及び1%CO2を含む30℃のBG11培地で育成したそれぞれの株の細胞がOD730=1±0.1になった時点で集菌しtotalRNAを抽出した。発現比は野性株の蛍光シグナルに対して破壊株の蛍光シグナルを割った数値で、独立した実験を3回行った平均値を示した。0.5以上2.0未満の比率は有為差がないと判断した。

図5. 大腸菌のCRPのコンセンサスDNA配列(40bp)を用いたゲルシフトアッセイ20uMのcAMP存在下(レーン1-5)、でヒスタグCYCRP1と大腸菌CRPが最もよく結合するコンセンサスDNA配列でアッセイした。全て32Pで標識した1ngのプローブを用いた。複合体とフリーのプローブは矢印で示した。電気泳動は5%ポリアクリルアミドゲルで行った。

図6. 0RF:slr1667、ORF:slr2015の定量的な遺伝子発現量の解析それぞれの遺伝子のORF内部に設定したプライマーでprimerextensionを行った。野性株とsycrp1破壊株はDNAmicroarrayの場合と同じ条件で培養し、それぞれの細胞から抽出したtotalRNA30μgを実験に用いた。

野性株におけるslr1667の逆転写反応試料(レーン1)、sycrp1破壊株におけるslr1667の逆転写反応試料(レーン2)、野性株におけるsir2015の逆転写反応試料(レーン3)、sycrp1破壊株におけるslr2015の逆転写反応試料(レーン4)。

電気泳動は8Mウレア-8%ポリアクリルアミドゲルで行った。

図7.DNaselフットプリントアッセイ

A)コーディング鎖を末端標識したプローブと図の上に示した各タンパク質濃度でヒスタグSYCRP1を反応させDNaseI処理した。

B)ノンコーディング鎖を末端標識したプローブと図の上に示した各タンパク質濃度でヒスタグSYCRP1を反応させDNaseI処理した。

C)cAMP存在下、非存在下でコーディング鎖を末端標識したプローブと280nMのヒスタグSYCRP1を反応させDNasel処理した。SYCRP1によって保護された領域は直線で示した。-及び+はヒスタグSYCRP1或いはcAMPの有無を表している。DNAシーケンスラダーはレーンAGCTで示した。プローブとしてslr1667の上流-233〜+44の領域を用いた。電気泳動は8Mウレア-6%ポリアクリルアミドゲルで行った。

図8,SYCRP1の結合部位の決定

プローブとしてSYCRP1が保護した領域を含む-181から-122の領域を用いた。

A)野生型プローブにおいてSYCRP1が結合するためのコアと考えられる塩基配列(上段、下線部)とその配列を部分的に変異させた変異型プローブ(下段、下線部、赤文字)を示している。

B)Aの2つのブローブを用いてゲルシフトアッセイを行った。20μMcAMP存在下で1ngの32P標識したプローブ、ヒスタグsYcRP1、標識していないプローブ及びpoly(dl-dc)を用いてアッセイした。複合体とフリーのDNAは矢印で示した。電気泳動は5%ポリアクリルアミドゲルで行った。

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は2章からなり、第1章はSynechocystis sp.PCC6803のcAMP受容タンパク質であるSYCRP1を同定し、その生化学的な解析を行った。第2章はcAMP受容タンパク質SYCRPlの標的遺伝子の同定について述べられている。

 cAMPは原核生物から真核生物に至るまで幅広く存在する情報伝達物質であり、様々な遺伝子の発現や酵素活性の調節に関与している。動物や大腸菌などではよく研究がなされているが、光合成生物ではcAMPの研究がほとんどなされていない。ラン藻は酸素発生型の光合成を行う独立栄養型のバクテリアである。ラン藻は光やpH、窒素源の有無などによる環境変化に応答して細胞内のcAMPレベルが増減することが知られており、これまでに5種類のアデニル酸シクラーゼが単離、同定されている。しかし、cAMPが情報を伝達していく機構については全く不明である。本研究では、cAMP receptor protein(CRP)をコードする遺伝子を同定し、大腸菌を用いた組み換え型タンパク質によるラン藻のCRPの生化学的な特徴を明らかにするとともに、その機能を解析した。

 第1章の要約は以下のようである。材料はSynechocystis sp. PCC6803を用いた。このラン藻は全ゲノムシーケンスデータがかずさDNA研究所によって公開されている。ラン藻は原核生物なので大腸菌のCRPの配列をもとに、それに相当する遺伝子が存在するかどうか全ゲノムシーケンスデータを用いて検索した。Synechocystis sp. PCC6803の全遺伝子3,168個の中から最終的に3つの遺伝子に絞り、それぞれをsycrp1、sycrp2、sypkと名付けた。次にこれら3つの候補の組み換え型タンパク質を作製した。3つの組み換え型タンパク質とcAMPとの結合親和性は平衡透析法で調べた。その結果、SYCRP1とSYPKの2つの組み換え型タンパク質がcAMPと結合することが示唆された。次にSYCRPlのcAMPに対する結合解離定数を平衡透析によって求めた。その結果からKdを算出したところ、約3μMという値を得た。また平衡透析の結果からSYCRP1に対するcAMPの最大結合量を考えると、タンパク質2分子あたりに1分子のcAMPが結合していることになり、SYCRPlはcAMPと複合体を形成する際、ダイマー構造をとるのではないかと考えられた。そこで、タンパク質架橋剤であるEDC(1-ethyl-3-(3-dimethylaminopropyl)carbodiimide)を用いて架橋実験を行った。cAMPを加えた場合とcAMPを加えない場合の両方の条件でダイマーが観察された。このことからSYCRP1はダイマーとして存在するがcAMPはダイマー形成に寄与するのではなく、機能の面で寄与する可能性が考えられた。大腸菌のCRPはC末端側にDNA結合ドメインとしてhelix-turn-helixモチーフを持っており、SYCRP1のC末端側と比較すると後者のヘリックスが高い相同性を示した。そこで大腸菌のCRPが認識し、最もよく結合するコンセンサスDNA配列を合成し、その配列に対するSYCRP1の結合能を調べるためにゲルシフトアッセイを行った。その結果、SYCRP1は特異的にコンセンサスDNA配列に結合することが明らかとなった。一方、cAMPを加えない場合にはSYCRPlの濃度を上げてもバンドのシフトは全く検出されなかった。以上のことから、SYCRP1はcAMP存在下でのみ特異的な塩基配列を認識し結合すると結論した。

第2章の要約は以下のようである。SYCRP1は転写因子であることが示唆されたので、SYCRP1の標的となる遺伝子を、網羅的に遺伝子発現解析できるDNA microarrayを用いてスクリーニングした。その結果、野性株とsycrp1破壊株において遺伝子発現の違いに再現性の得られた遺伝子は18個あった。これらのなかでシグナル強度が比較的大きく、オペロンになっていると思われる遺伝子群(slr1667〜slr1668、slr2015〜slr2018)に注目した。また、slr1667、slr2015のORF内部に設定したprimerでprimer extensionを行った結果、sycrp1破壊株ではほとんど発現が認められず、DNA microarrayの結果と一致していた。次にスクリーニングした遺伝子群の先頭の遺伝子について転写開始点の決定、およびプロモーター部位を予測するためにprimer extensiomを行った。slr1667の場合、3つのバンドが検出され、転写開始点は3つあることが示唆された。slr2015の場合、転写開始点は1つであった。それぞれの遺伝子の転写開始点が決まったので、それらの遺伝子のプロモーターと考えられる領域を用いてゲルシフトアッセイを行った。その結果、slr1667の予測した上流領域とSYCRP1は特異的に結合することが明らかとなった。slr2015においては予測した上流領域で特異的といえる結合は認められなかった。次にslrl667の上流領域のどの部分にSYCRP1が結合するのか特定するために、DNase Iフットプリントを行った。その結果、転写開始点からみて-178から-127の領域がSYCRP1によって保護されることが明らかとなった。保護された領域のなかには大腸菌のCRPが最もよく結合する、コンセンサスDNA配列のコアとなる塩基配列が確認された。そこで、SYCRP1が結合するためのコアと考えられる塩基配列を含むプローブ(野生型)と、その塩基配列を塩基置換したプローブ(変異型)の2種類の合成オリゴヌクレオチドを用いてSYCRP1の結合部位を決定した。その結果、変異型プローブにおいてはSYCRPlの濃度を増大しても全くバンドのシフトは認められなかった。野生型プローブにおいてはSYCRP1は特異的に結合した。これらの結果からSYCRPlは予測した塩基配列に結合すると結論した。

 以上、本研究においてラン藻におけるcAMP受容タンパク質が同定され、その生化学的な性質や機能が明らかとなった。さらにSynechocystis sp. PCC6803では、2つのcAMP結合タンパク質をコードする遺伝子が存在することが明らかとなった。また転写因子と示唆されるSYCRP1の標的遺伝子を同定した。このように本論文はこれまで知られていなかったラン藻のcAMP情報伝達系に新しい知見を与えるものであり、科学的に高い価値がある。

 よって、博士(理学)の学位を授与できると認める。

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