学位論文要旨



No 115997
著者(漢字) 若林,憲一
著者(英字)
著者(カナ) ワカバヤシ,ケンイチ
標題(和) クラミドモナス鞭毛ダイニン外腕結合複合体の構造と機能に関する研究
標題(洋) Studies on the structure and function of the ouder-dynein-arm docking complex in Chlamydomonas flagella
報告番号 115997
報告番号 甲15997
学位授与日 2001.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第4041号
研究科 理学系研究科
専攻 生物科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 神谷,律
 東京大学 教授 森沢,正昭
 東京大学 助教授 上村,慎治
 東京大学 助教授 広野,雅文
 東京大学 助教授 奥野,誠
内容要旨 要旨を表示する

 真核生物の鞭毛は、「9+2」と呼ばれるよく保存された構造を持っている。9組の周辺微小管が2本の中心対微小管を取り囲み、周辺微小管の上にはモーター蛋白質ダイニンの外腕と内腕が結合している。ダイニンはATPの加水分解と共役して微小管と相互作用し、局所的な滑り運動を発生する。これが鞭毛の屈曲運動の原動力となる。ダイニン腕の結合には厳密な周期性があり、外腕は24nm周期、内腕は複数種が96nm周期で、それぞれ特異的な位置に結合している。異なる運動特性を持つ外腕と複数種の内腕が、一定の位置関係で周期的に並んでいることが、鞭毛が屈曲運動を行うために重要であると考えられる。しかし、各ダイニンが特異的・周期的なサイトに結合する仕組みはまだ明らかになっていない。

 最近、緑藻クラミドモナスにおいて、ダイニン外腕結合複合体Outer-Dynein-Arm Docking Complex(ODA-DC)と呼ばれる蛋白質複合体が外腕の根本に存在することが発見された。これは83kDa(DC83),62kDa(DC62),21kDa(DC21)の3つの蛋白質から成り、ダイニン外腕が微小管上の特異的サイトに結合する上で重要な役割を果たしていると考えられる。この中でDC83とDC62が外腕結合サイトとしての機能に特に重要であることが、DC21欠損変異株の解析から明らかになっている。また、ODA・DCがダイニンの運動活性を調節している可能性も指摘されている。しかし、そのような興味深い構造であるにもかかわらず、その複合体としての構造、微小管との結合能、生体内での形成過程に関してはまだほとんど明らかになっていない。本研究は、ODA-DCの主要構成蛋白質に対する抗体を作製するとともに、培養細胞においてそれらを発現し、ODA-DCの構造と機能を解明することを目的とした。

 第一部では、ODA-DCの機能上重要な役割を担うと考えられるDC83とDC62に対する抗体を作製し、これを用いてODA-DCの生体内における形成過程と鞭毛軸糸上での結合様式を調べた。

 まず、すでに単離されているDC83とDC62遺伝子クローンを用いて組み換え蛋白質を大腸菌で発現させ、それらを抗原としてポリクローナル抗体を作成した。これらの抗体を用いて、DC62欠損変異株oda1、およびDC83欠損変異株oda3の鞭毛および細胞体試料に対してウエスタンブロットを行った。その結果、これら2つの株の鞭毛ではDC83,DC62の両者ともに完全に失われていることがわかった。またoda1細胞体においてはDC62が欠失しているばかりでなくDC83が減少し、同様にoda3細胞体においてはDC83が欠失しているばかりでなくDC62がほぼ完全に失われていることが分かった。このことから、DC83とDC62は細胞質で複合体を形成しており、一方が失われると、もう一方の蛋白質も速やかに分解されることが示唆された。

 次に、ODA-DCの形成過程を調べるために、野生株の細胞質抽出試料に対して、作製した抗DC83抗体と、ダイニン外腕のサブユニットIC69に対する抗体を用いて、免疫沈降実験を行った。

この結果、ODA-DCと外腕の複数の構成蛋白質は、それぞれが細胞質中で複合体を形成しているが、ODA-DCと外腕同士は結合していないことが分かった。ODA-DCとダイニン外腕は別々に鞭毛に運ばれ、鞭毛内、もしくは軸糸上で結合すると考えられる。

 作製した抗体を用いて、クラミドモナス細胞の間接蛍光抗体法と免疫電子顕微鏡法による観察を行った。野生株とODA-DCを持つ外腕欠失株oda6おいては、ODA-DCは鞭毛に沿って一様に結合していた。さらに、興味深いことに、oda6軸糸ではODA-DCは野生株における外腕の結合周期と同じ24nmの周期で結合していることが分かった。これまで外腕の結合周期はダイニン自体の大きさによって決定されるという考えがあったが、この結果から、その周期はODA-DCの結合周期に由来することが示唆された。また意外なことに、oda6軸糸においては、根本から先端に向かって序々にODA-DCの結合数が減っていき、全長約10μmの鞭毛のうち先端約2μm部分では完全に欠落していることが分かった。一方、野生株軸糸では、ODA-DCは鞭毛先端まで一様に分布していた。ODA-DCがoda6の軸糸先端部で欠落する理由はまだ十分明らかではないが、ODA-DCは外腕が存在しない状態では微小管との結合能が低く、その濃度が低くなる鞭毛先端部において結合量が減るという可能性が考えられる。

 次に、鞭毛形成時にODA-DCはどのように軸糸微小管に結合していくのかを調べるために、鞭毛を切除して鞭毛伸長反応を誘導したoda6に対する間接蛍光抗体法を行った。すると、ODA-DCは鞭毛の伸長とほぼ同時に軸糸微小管に結合することが分かった。すなわち、ODA-DCは外腕が存在しなくても、それだけで速やかに軸糸に結合することができると結論される。また、この結合が鞭毛の伸長と共役しているかどうかを調べるために、oda1xoda6株(外腕欠失、ODA-DCなし)とoda6株(外腕欠失、ODA-DCあり)を接合させ、4本鞭毛の2倍体細胞に対する間接蛍光抗体法観察を行った。すると、ODA-DCは接合後迅速にODA-DCのない2本の鞭毛に結合することが判明した。この結果は、ODA-DCの輸送と軸糸への結合は鞭毛の伸長とは独立に行われることを示している。

 以上から、ODA-DCと外腕は互いに独立に、かつ微小管伸長とも独立に軸糸内に輸送されること、また、それにもかかわらずODA・DCが鞭毛先端部まで均一に結合するためにダイニン外腕の存在が必要であること、が結論される。

 第二部では、ODA-DCの主要構成蛋白質を培養細胞で発現し、その精製標品の構造と性質を調べた。

 第一部で抗原として使用した、大腸菌で発現したDC83とDC62は共に不溶性であったため、発現系を真核生物の蛋白質を発現するのに適したバキュロウィルスを用いた昆虫培養細胞に切り替えた。発現したDC83、DC62はやはり不溶性であったが、2つの蛋白質を共発現させたところ、生理的条件下で可溶化した。この共発現系において、DC62にのみヒスチジンタグを結合させ、ニッケルカラムを用いて細胞上清から精製したところ、DC83も共に精製された。このことからDC83とDC62は直接結合していることが示された。この発現蛋白質の複合体(rODA-DC)は、軸糸から高塩濃度抽出したODA-DCと同じ沈降係数を持っていた。rODA-DCはODA-DCと同様の構造を保持していると考えられたので、この発現蛋白質の性質を調べた。

 まずrODA-DCと野生株、oda1株(外腕およびODA・DC欠失)、oda6株(外腕のみ欠失)の軸糸、およびブタ脳細胞質性微小管との共沈実験を行った。rODA-DCはoda1軸糸>oda6軸糸>野生株軸糸の順で良く共沈し、さらに細胞質性微小管とも共沈した。外腕を持つ野生株軸糸とも、細胞質性微小管とも共沈したことから、ODA-DCは微小管結合能を持つことが分かった。また上記のように、ODA-DCはそれを欠損したoda1軸糸に最も結合しやすいことから、軸糸上にはODA-DCをつなぎとめるアンカーとなる構造が存在する可能性が示唆された。

 次に、DC83,DC62がどのような蛋白質と相互作用しているかを明らかにするために、rODA-DCと軸糸に対して、様々な架橋剤を用いて化学架橋を行った。軸糸架橋産物のウエスタンブロットにより、DC83がβチューブリンと結合することが示唆された。また、rODA-DC架橋産物のウエスタンブロットの結果、抗DC83抗体および抗DC62抗体の片方とのみ反応するラダー状バンドパターン、また両方の抗体と反応するラダー状バンドパターンが得られた。この結果から、ODA-DCが重合能を持つ可能性が示唆された。また、両方の抗体と反応するバンドの泳動度から、DC83とDC62の結合比は一定値をとらないが、量比2:1でもっとも結合しやすいことが示唆された。DC83とDC62は配列の解析から3つの大きなコイルドコイル構造を持つ可能性があり、24nm前後の長さを持つことが予測されている。これらのことから、軸糸上のODA-DCの24nm周期はODA-DCの重合によって形成さられている可能性が示唆される。また、軸糸架橋産物において、DC62が未知の蛋白質と結合している可能性を示すバンドパターンが得られた。このパターンはDC62自体の重合によって生じた可能性と、DC62と別の蛋白質の結合による可能性が考えられる。後者の場合、その蛋白質はODA-DCを特異的サイトにつなぎとめるアンカー機能を持つ蛋白質である可能性がある。

 第一部・第二部の結果を併せて、ODA-DCの構造、および鞭毛形成時におけるODA-DCと外腕の形成過程のモデルを提案した。ODA-DC内でのDC83とDC62の結合様式は、DC83の二量体に1つのDC62が結合しているか、もしくは2つのDC83を1つのDC62が橋渡ししていると予測される。また、ODA-DCは細胞質で複合体を形成し、外腕と別々に迅速に鞭毛に運ばれ、何らかのアンカー構造により特異的サイトに結合し、重合によって24nm周期を作り、外腕の足場となると考えられる。これらの結果は、真核生物鞭毛の周期的構造の形成機構を理解する上で重要な知見であると思われる。

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は、真核生物の運動器官である鞭毛の周期的構造の構築に関する実験結果を記述したものである。鞭毛は9+2と呼ばれる多くの生物に共通した軸糸構造を持っており、周辺微小管上に結合した軸糸ダイニンが隣り合う周辺微小管に対して滑り力を発生することによって、規則的な波打ち運動を行なう。軸糸ダイニンは外腕・内腕の2つに分類でき、それぞれ決まった場所に結合している。外腕はモーター活性を持つ3つの重鎖を含んでおり、24nm周期で1列に並んでいる。一方内腕は8つの重鎖を含む7種類が、1セット96nmで複雑に並んでいる。このように、異なる活性を持つダイニンが特異的サイトに周期的に結合していることが、鞭毛が波打ち運動を行なう上で重要であると考えられる。しかし、ダイニンがどのようにして微小管に対して特異的・周期的結合を行なうのか、その仕組みについてはまだ明らかにされていない。近年、緑藻クラミドモナスにおいて、外腕ダイニンの特異的結合を媒介する構造の候補として、外腕ダイニンの根本に存在する蛋白質複合体(ODA-DC)が発見された。本論文はODA-DCの構造と機能の解析を通して、外腕ダイニンの特異的・周期的結合の仕組みの解明に取り組んだものである。

 本論文は2章からなる。第1章では、ODA-DCを構成する3つのサブユニットのうち、主要な2つのサブユニットに特異的に反応するポリクローナル抗体を新たに作成して、ODA-DCのクラミドモナスの細胞から鞭毛への輸送の仕組みや、鞭毛軸糸における結合様式について解析した。その結果、ODA-DCが細胞質で外腕ダイニンと独立に複合体を形成し、細胞体から鞭毛へ別々に運ばれることが分かった。また、軸糸微小管の免疫電顕観察から、ODA-DCは外腕欠失ミュータントの鞭毛においても周期24nmで軸糸微小管に結合していることが見出された。このことから、外腕の24nm周期は、根本にあるODADCの周期に由来したものであることが示唆された。従来、24nmの周期性はダイニン同士の結合によって生み出されていたと想像されていたが、外腕ダイニンの根本にある構造が外腕の周期性に関与していることが今回初めて示唆された。

 第2章では、ODA-DCの主要サブユニット2つを昆虫培養細胞で共発現させ、その精製標品の構造・機能解析を行った。発現した標品は軸糸から精製したODA-DCと構造上大きな差はなく、軸糸微小管の特異的サイト、および細胞質性微小管に結合する能力を持っていた。電顕観察から、精製標品を結合させた細胞質性微小管は、24nmの周期性をもっていることが明らかになった。また、並行して行った精製標品およびクラミドモナス軸糸に対する化学架橋実験により、2つのサブユニットの結合比が2:1もしくは1:2であること、これらが重合能を持つ可能性があること、また2つともにチューブリン結合蛋白質であることが判明した。これらのことから、ODA-DCは微小管上において、他の蛋白質に依存せずそれ自体で、おそらくは重合によって24nm周期を作り出すモレキュラー・ルーラーとしての機能を持つことが示唆された。同時に、ODA-DCを軸糸微小管上の特異的サイトにつなぎとめる未知のアンカー構造の存在も示唆された。ODA-DCはクラミドモナス細胞からの大量精製が困難なため、これまでその機能の多くが不明であったが、今回初めて組み換え蛋白質標品の大量発現・精製に成功したため・生化学的な手法を用いて解析を行なうことができた。最後に第1章・第2章の結果をまとめて、鞭毛形成時におけるODA-DCと外腕の鞭毛への輸送モデルおよび軸糸微小管への結合モデルを提案した。

 以上、第1章、第2章で述べられた結果は、鞭毛形成において大きな謎となっていた周期性の構築を理解する上で重要な情報を提供するものさあり、細胞生物学の分野において高く評価される。また、本研究は論文提出者を含めて4人の共同研究であるが、論文提出者が主体となって抗体作成から顕微鏡観察、データ解析まで一貫して行なったものであり、論文提出者の寄与が十分であると判断する。従って、博士(理学)の学位を授与できると認める。

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