学位論文要旨



No 115998
著者(漢字) 細田,暁
著者(英字)
著者(カナ) ホソダ,アキラ
標題(和) 微視的機構に着目した膨張コンクリートのひび割れ抵抗性およびひび割れ後の軟化性状に関する研究とRC部材への適用
標題(洋)
報告番号 115998
報告番号 甲15998
学位授与日 2001.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第4835号
研究科 工学系研究科
専攻 社会基盤工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 岸,利治
 東京大学 教授 魚本,健人
 東京大学 教授 前川,宏一
 東京大学 助教授 堀,宗朗
 東京大学 助教授 野口,貴文
内容要旨 要旨を表示する

 膨張材を添加した膨張コンクリートは,硬化過程に膨張することを唯一最大の特徴とする材料である。自由に膨張させた場合は強度が低下するなど,メリットはほとんどないが,膨張を鋼材で拘束することによって,伸びた鋼材が持つ引張力の反力として,コンクリートには圧縮応力(ケミカルプレストレス)が導入される。ケミカルプレストレスト部材は,ひび割れ抵抗性が大きく,ひび割れ幅も小さい,など種々の利点がすでに報告されている。また,欧米と異なり,日本では.膨張材単体で生産されているため,構造物の要求性能に応じて任意の配合の膨張コンクリートを製造することが可能である。RC構造物の高耐久化が強く望まれている現在,膨張コンクリートを適切に使用することは非常に有力な手段であると思われる。

 しかし,膨張コンクリートは,養生条件など現場での施工に影響されやすいということと,そのひび割れ抵抗性やひび割れ後の挙動を定量評価する技術が十分ではないことにより,プレキャスト製品を中心として収縮補償を目的として利用されている程度であるのが現状である。また,1960年代から1980年代にかけて行われた膨大な研究を取りまとめた形の「膨張コンクリート設計施工指針」(土木学会,1993年)においても,膨張コンクリートに特有な性状を十分に引き出すには至っておらず,実験事実が散乱しており,膨張コンクリートの挙動が十分に知識化されていないと思われる。そこで,本研究では,膨張コンクリートの普及に寄与することを念頭に,過去の研究成果と自ら戦略的に行って得た実験結果を通じて,膨張コンクリートの挙動を知識化することを目標に掲げた。

 本研究は大きく分けて2本の柱からなる。2章から4章では,研究の一つ目の柱として,過去の研究で実験事実のみが報告されていた,膨張コンクリート(載荷前に拘束を解除)がひび割れ発生までに示す非線形挙動の機構を解明することにした。非線形挙動を示して変形能力が大きくなれば,比較的高鉄筋比で用いることが多いケミカルプレストレスト部材のひび割れ抵抗性に大きく影響を及ぼすからである。5章から7章は,研究のもう一つの柱であり,ケミカルプレストレスト部材のひび割れ発生以降における性状の機構解明を目指した。特に,曲げひび割れ幅が小さくなることを,膨張コンクリートに特有の性状を把握した上で機構解明に取り組むことにした。曲げひび割れ幅が著しく小さくなることは膨張コンクリートを使用する最大のメリットであり,その機構解明は不可欠であると考えたからである。

 2章では,鋼材で拘束された膨張モルタルの,ひび割れ発生までの非線形挙動の機構を明らかにすることを目的として,除荷過程を含む繰り返し載荷を薄い梁および一軸引張部材に対して行った。ケミカルプレストレスト部材は,引張応力下でひび割れ発生までに非線形挙動を示すことが明らかになった。除荷過程を含む繰り返し載荷を行うことで,除荷後に残留ひずみが発生し,最大経験応力の増加につれて除荷時剛性が低下することが明らかとなった。これらの実験事実を元に,圧縮応力下のコンクリートの構成則である弾塑性破壊モデルを参考にして一軸引張応力下の膨張コンクリートの挙動をモデル化した。膨張コンクリートは,応力方向に並列に配置した微小構成要素からなるものとし微小構成要素はセメントの水和とともに生成され,膨張材の水和反応に伴い,強制的に初期ひずみのばらつきがもたらされるものと考えた。引張外力が作用した場合は,微小構成要素が破断することによって,ほぼ弾性的な挙動をする除荷時における剛性が低下し,除荷後の残留ひずみが発生するというコンセプトを提案した。このコンセプトにより,ケミカルプレストレスト部材,自由膨張部材の各種材齢における非線形挙動を定性的に説明することができた。

 3章では,鋼材で拘束していない膨張モルタルに対して,様々な条件でひび割れ発生まで除荷過程を含む繰り返し載荷を行い,観察される非線形挙動の考察を行った。種々の材齢で検討を行ったところ,微小構成要素の破壊とそれによってもたらされる塑性変形だけでは説明できない現象が特に材齢1日の若材齢時に見られた。このような若材齢時には,セメントの水和反応が載荷時間中にも起こっている可能性が考えられ,セメントの水和によって新たな微小構成要素が形成されることが,除荷時剛性が低下しない方向へ,また塑性変形が増加する方向に寄与する,という考察を加えた。

 2章と3章での議論は,骨材,セメントペースト,膨張材の複合材料である膨張コンクリートにおいて,それぞれの果たす役割を明確に意識せず,相互に及ぼす影響についても考慮していない。そこで,4章では,膨張コンクリートの非線形挙動およびひび割れ発生までの変形能力が大きいことの機構についてさらに深く考察をするため,骨材の影響を取り除いた膨張ペーストの実験を行った。また,一軸方向に鋼材で拘束する場合の,軸直交方向の膨張性状についても既往の研究も参考にして議論を行った。これらから得た知見と,2章,3章で考察した内容とを合わせて,ケミカルプレストレストコンクリートの引張応力下における非線形挙動および変形能力に対して総合的な考察を行った。

 膨張コンクリートは,少なくとも一軸に鋼材で拘束をしておけば,それと直交する方向には自由膨張とはならず,圧縮応力が蓄積されることが分かった。スターラップなどによって直接膨張を拘束すれば,導入される圧縮応力はさらに大きくなるのは当然である。骨材が存在する膨張コンクリートでは,特に骨材界面が弱点となって引張荷重が作用すると剥離が徐々に生じるが,マトリックス部分には大きな圧縮ひずみが存在しており,また直交圧縮力の効果もあって,局所的な損傷が急激にマクロなひび割れに発展することはない。そのために,徐々に除荷時剛性が低下しながらも,ひび割れ発生までに大きな変形能力を示すと考えられる。また,ケミカルプレストレスト部材に骨材が存在していることの意味について考察した。骨材が存在することによって界面が弱点となるのはデメリットである。しかし,軸方向圧縮力でがっちりとかみ込まれた骨材は,膨張エネルギーに対して大きな拘束となり全体の変形を抑制する効果があると考えられる。また,骨材が存在することで特にケミカルプレストレスト部材ではコンクリートの破壊エネルギーを大きくする効果が生じる。

 5章から7章では,膨張コンクリートのひび割れ発生以降の挙動について考察を行った。

 5章では,ケミカルプレストレスト部材のTensionStiffeningおよびひび割れ間隔について検討するため,一軸引張試験を行った。普通コンクリートの実験結果と比較すると,ひび割れ発生以後にあたかも塑性領域があるかのように応力の軟化が非常に緩慢であることが示された。また,引張強度が大きくなっていることも考慮すると,Tension Stiffeningの効果はかなり大きくなる。一軸引張試験から得られたケミカルプレストレスト部材のひび割れ間隔は,普通コンクリートを想定した解析結果と比較して,相当に小さく,鉄筋比によっては半分程度のものもあった。Tension Stiffening効果が大きく,ひび割れの分散性が大きいことの原因として,拘束された膨張コンクリートは変形能力が大きく,局所化抵抗性が大きいため,鉄筋周辺に発生する後藤クラックの発生および進展に対する抵抗性が大きく,付着性状が優れているためであると考えた。

 6章では,ケミカルプレストレスト曲げ部材の性状,スターラップを配置することによる多軸拘束の効果,さらに曲げひび割れ幅が小さくなる機構について検討した。高さ方向にひずみ勾配がある曲げ部材においては,引張縁底面で発生し始めた曲げひび割れの高さ方向の進展が非常に緩やかであることが分かった。スターラップによって膨張を多軸に拘束した場合は,多軸に導入されるプレストレスの効果で,曲げひび割れの高さ方向の進展がスターラップのない場合よりもさらに緩やかになることが分かった。スターラップによる多軸の拘束は,部材断面が大きくて断面内の鉄筋間距離が広い場合,また型枠の拘束が十分でないときに,さらに大きく発現する。膨張エネルギーをコンクリートの性能を高めるために有効に利用ができ,スターラップのない場合よりも曲げひび割れ発生開始荷重が大きく改善された。そして,膨張コンクリートに特有な性状を踏まえた上で,ケミカルプレストレスト部材でひび割れ幅が小さくなる機構について角田の研究を参考に考察を行った。ひび割れ間隔が小さくなること,付着性状がよいので,ひび割れ間の鉄筋の平均ひずみが小さくなり,コンクリート表面の弾性ひずみが大きくなること,コンクリート表面の塑性残留ひずみが大きいこと,ケミカルプレストレスの解放によるコンクリートの戻り変形などによって,ひび割れ幅が小さくなると考えられる。

 7章では,RC部材の終局変形性能に収縮・膨張が及ぼす影響を検討した。養生条件が悪い場合でも,膨張材を添加することによって,十分な養生を施した場合と同程度の変形性能を確保することができた。また,自己充填コンクリートのように,自己収縮が卓越する場合においても,膨張材を添加することによって変形性能が改善された。

 自己充填コンクリートに膨張材を添加した場合は,ひび割れ発生後の追加膨張が構造性能をさらに改善することが分かった。

 本研究では,ケミカルプレストレスト部材がひび割れ発生までに示す非線形挙動と大きな変形能力の機構解明を通じて,膨張コンクリートに特徴的な性状を把握することができたと考えている。また,ひび割れ発生以降も,特に曲げ部材において膨張コンクリートの効果が著しく発現することを示し,その機構を説明した。膨張コンクリートにおけるスターラップ,型枠,鋼材などによる拘束の効果も明らかにできたと考えている。

審査要旨 要旨を表示する

 鉄筋コンクリート(RC)構造物にとってひび割れの発生は宿命付けられたものであるが,一層の高耐久化が強く望まれている現在,ケミカルプレストレスを導入することによりひび割れ抵抗性を大きく,またひび割れ幅も小さくすることができる膨張コンクリートを適切に使用することは,非常に有力な手段である。しかし,膨張コンクリートの使用に関しては設計施工指針が取りまとめられているものの,実験室レベルでは必ず高性能化が図れるにも関わらず,実構造物ではその効果が現れないということも少なくなかった。また,ひび割れ抵抗性やひび割れ後の挙動を定量評価する手法が十分ではないこともあり,これまではプレキャスト製品を中心として収縮補償を目的として利用されている程度であるのが現状である。そこで,本研究では,膨張コンクリートの使用を一般的にすることでコンクリート構造物の信頼性を抜本的に向上させることを念頭に,膨張コンクリートの本質を根本的に理解することに努め,ひび割れ抵抗とひび割れ幅減少の機構を解明することで,実構造物において膨張コンクリートの効用を確実かつ最大に発揮させるための知見の一般化・知識化を図ることを目的とした。

 研究の一つ目の柱として,過去の研究で実験事実のみが報告されていた,膨張コンクリート(載荷前に拘束を解除)がひび割れ発生までに示す非線形挙動の機構を解明することにした。非線形挙動によって変形能力が大きくなることは,ケミカルプレストレスト部材のひび割れ抵抗性に大きな影響を及ぼすが,このような特徴は高いひび割れ抵抗性やひび割れ幅減少機構を根本的に支配する膨張コンクリート固有の特性を如実に表していることが判明した。

 まず,鋼材で拘束された膨張モルタルの,ひび割れ発生までの非線形挙動の機構を明らかにすることを目的として,除荷過程を含む繰り返し載荷を薄い梁および一軸引張部材に対して行った。ケミカルプレストレスト部材は,引張応力下でひび割れ発生までに非線形挙動を示すことから,圧縮応力下のコンクリートの構成則である弾塑性破壊モデルを参考にして,一軸引張応力下の膨張コンクリートを応力方向に並列に配置した微小構成要素のまとまりととらえるコンセプトを構築した。微小構成要素はセメントの水和とともに生成され,膨張材の反応に伴い微小構成要素には強制的に初期ひずみのばらつきがもたらされるものと考えた。このコンセプトにより,ケミカルプレストレスト部材,自由膨張部材の非線形挙動を合理的に説明することができた。

 次に,鋼材で拘束していない膨張モルタルに対して,様々な条件でひび割れ発生まで除荷過程を含む繰り返し載荷を行い,観察される非線形挙動の考察を行った。種々の材齢で検討を行ったところ,微小構成要素の破壊とそれによってもたらされる塑性変形だけでは説明できない現象が特に材齢1日や3日程度の若材齢時に見られた。このような若材齢時には,セメントの水和反応が載荷時間中にも起こっている可能性が考えられ,セメントの水和によって新たな微小構成要素が形成されることが,除荷時剛性が低下しない方向へ,また塑性変形が増加する方向に寄与する,という考察を加えた。

 ここまでの議論は,骨材,セメントペースト,膨張材のそれぞれが果たす役割を明確に意識せず,相互に及ぼす影響についても考慮していない。そこで,膨張コンクリートの非線形挙動の機構についてさらに深く考察をするため,骨材を取り除いた膨張ペーストの実験を行った。まず,水和生成物の形態が相当に異なる2種類の異なる膨張材を用いたところ両者の非線形挙動はほとんど一致し,膨張作用によって変化がもたらされたマトリックスおよび骨材の部分の挙動に着目した本研究の基本コンセプトの妥当性が確認された。しかし,ペーストの場合には,除荷後の残留ひずみは発生したが,除荷時の剛性の低下はほとんど認められなかった。膨張ペーストの変形性能は膨張モルタルより格段に大きかったが,最大経験ひずみが増加しても除荷時剛性がほとんど低下しない機構については明らかではなく,今後の検討課題である。

 本研究におけるもう一つの柱として,膨張コンクリートのひび割れ発生以降の挙動について考察を行った。ケミカルプレストレスト部材では,ひび割れ発生以降もその幅が非常に小さく,これはRC構造物の耐久性の観点からは非常に大きなメリットとなるからである。まず,膨張コンクリートのTension Stiffeningについて検討するため,一軸引張試験を行った。拘束鉄筋比が1.3%〜3.9%の範囲において,膨張コンクリートは従来提案されているモデルよりもTension Stiffening効果がはるかに大きいこと,また,普通コンクリートと比較すると,ひび割れ発生以後の軟化が非常に緩慢であることが示された。Tension Stiffening効果が相当に大きくなるのは,膨張コンクリートでは鉄筋周辺に発生する微細ひび割れに対する抵抗性が大きくコンクリートが大きな変形能力を持っているためと考えられ,破壊力学的にとらえて一言で表現するとすれば,付着性状に優れ破壊エネルギーが大きいということになる。ただし,このことの意味は,材料単体としては極めて脆性的である高強度コンクリートが鉄筋との組合せによるシステムとして靭性的挙動を示すのとは大きく異なり,十分に拘束された膨張コンクリートは,コンクリートそのものがひずみのばらつきによってひび割れの局所化に対して高い抵抗性を有しているためと考えられる。

 次に,ケミカルプレストレスト部材のひび割れ抵抗性に対する,多軸拘束の効果について検討を行った。ケミカルプレストレスト部材では,ひび割れが発生しても剛性が急激に変化することがなく,ひび割れの進展が普通RCに比べて緩慢であることが実験結果から分かった。膨張コンクリートは,ひび割れ部以外のコンクリートの応力解放も緩慢であるため,さらにひび割れ幅が小さくなると考えられる。引張縁における変形の局所化は,骨材とマトリックスの界面が剥離を開始する点であると思われるが,この時点では,膨張コンクリートのマトリックス部分には依然として微視的に圧縮応力が蓄積されている部分がかなり存在しており,そのため,局所化が開始した後も,ひび割れの進展に大きなエネルギーを要すると考えた。また,スターラップによる多軸拘束の影響について検討したところ,多軸拘束の有無で,ひび割れが発生を開始した後の部材の剛性に相当な違いが見られ,また,斜めひび割れ発生荷重にもかなりの違いが見られた。多軸拘束を行うことの影響は大断面であるほど顕著であったことから,大断面を有する実大規模構造物では多軸拘束を行うことが設計上の要件として極めて重要であることが判明した。

 本研究は以上に述べたように,膨張コンクリートが引張において示す非線形挙動の微視的機構の解明を端緒として,膨張コンクリートを用いた構造部材の高いひび割れ抵抗性やひび割れ幅の減少機構を明らかにし,これらを統一的に解釈すること成功している。また,膨張コンクリートの効用を実構造物において確実に具現化するための方策についても重要な知見を提示しており,今後コンクリート構造物の信頼性向上に膨張コンクリートを有効活用して行く可能性を大きく切り開くものである。よって,本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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