学位論文要旨



No 115999
著者(漢字) 小林,義和
著者(英字)
著者(カナ) コバヤシ,ヨシカズ
標題(和) 液状化に起因する地盤流動の三次元数値予測
標題(洋) Numerical method for three-dimensional prediction of lateral flow in liquefied subsoil
報告番号 115999
報告番号 甲15999
学位授与日 2001.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第4836号
研究科 工学系研究科
専攻 社会基盤工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 東畑,郁生
 東京大学 教授 龍岡,文夫
 東京大学 助教授 古関,潤一
 東京大学 助教授 佐藤,徹
 東京大学 助教授 オレンセ,ロランド
内容要旨 要旨を表示する

 地震によって発生する地盤災害の一つとして、液状化によるものがあげられる。液状化による被害は、たとえ構造物が地震力に耐えられるように設計されていたとしても、それを支持する地盤が剛性強度を失ってしまうため、時には深刻な被害を構造物に及ぼすことがある。たとえば、1964年に発生した新潟地震では、液状化による空港ビルの沈下や、地盤の側方流動にともなう橋台の滑動による昭和大橋の落橋など、深刻な被害が観測された。

 このような液状化による地盤流動量の推定法はいくつか提案されているが、その中でももっとも汎用性が高く、主に利用されている手法は、液状化砂の構成則を採用した有限要素解析である。

しかし、このような有限要素法による解析には、次のような問題がある。

1. 液状化砂の構成則が、間隙水圧の上昇と剛性の減少過程を主に対象として作られているため、完全液状化状態における性質を忠実に再現しているかどうかには疑問がある。

2. 液状化現象では、有効拘束圧が0になることで剛性が消失し、非常に大きな流動が発生することは既知である。しかし、これらの有限要素法は、固体力学が基礎になっているため、剛性が0になるような状態だと解析が不安定になる。このため、有効拘束圧が0になるような状態においても、実際の解析では、ある程度の剛性を残すような処理がなされているため、液状化地盤の流動量が、実際の流動量に比較して過小評価されることが予想される。

3. 一般に液状化砂の構成則は多数の材料定数を持っており、それらは三軸試験などの土質試験によって決定される。しかし、この調査には多大な費用と労力が必要であり、解析対象領域全体にわたって詳細な調査をおこなうことは容易ではない。

4. 液状化による地盤流動では、一般に変形量が非常に大きくなり、ときにはせん断歪みが数100%に及ぶようなこともありうるが、一般に普及している解析用プログラムで大変形を考慮している物は、そうは多くない。仮にALE法や Update Lagrange法などによって大変形による影響が考慮されていたとしても、構造物の沈下などのように境界の移動量が非常に大きい場合には適用ができない。

5. 仮に上記のような問題が解決されたとしても、その計算量は現在の計算機には荷が重く、実用的な用途には利用が難しい。

 そこで、このような問題を解決する方法として、エネルギー原理に基づいた液状化地盤の側方流動量推定法が東畑によって提案された。

 この手法では、まず液状化地盤の水平流動量u(x,z)は、深さ方向に1/4周期のsin関数によって補間されており、次のようなzに関して変数分離された形式で示されている。

ただし、Hは液状化層厚、Bは非液状化層厚である。また、鉛直方向の変位wに関しては流動中の体積変化を0とみなすことによってさらに自由度の低減を試みている。さらに、水平方向の流動分布F(x)についても、流動に伴う水平方向の質量保存に注目することによって解析的な関数として与えられている。このような変位仮定によって、二次元的な広がりをもつ地盤の流動問題に対して、数値解析によらない水平流動解析手法が提案され、従来の有限要素法がもっていた自由度数の増加に伴う計算量の増大や、大変形問題への適用性の問題を回避することに成功した。さらに、近年の研究成果によって、液状化した砂が粘性流体的な挙動をするという知見が得られていることに注目し、液状化地盤をニュートン流体としてモデル化することによって、材料定数数の低減および構成則部分の計算量の低減がおこなわれている。また、時間の効果については、変数分離が仮定され、初期状態から静的な解に向かって流動が進展していくような仮定がおこなわれている。さらに、この手法はオレンセによって三次元モデルに拡張され、汎用性を向上させるために水平方向には有限要素法によって離散化がなされた。

 しかし、この手法では、流動量の分布が深さ方向に1/4周期のsin関数で仮定されていたため、地表に剛性をもった不飽和層が存在するような例においては、流動がその剛性によって拘束され、流動が発生しにくくなる。さらに時間領域における解析では、変数分離が仮定されているため、最終的な安定点が存在しない、すなわち静的な解が存在しないような問題に対しては解析が不可能であった。

 そこで本研究では、東畑らによって提案された手法に次のような拡張をおこない、より汎用性を高めた解析手法の提案をおこなった。

1. 既存の変形モードに、1/2周期のsin関数による変形モードを追加し、変形仮定を地表面に剛性が高い不飽和層が存在した場合においても流動の発生が可能なように改良した。これによって、液状化砂の側方流動量は、1/4周期のsin関数による変形モードと1/2周期のsin関数による変形モードの和となる。

2. 既存の方法では、静的な解析であるか、もしくは時間の項を変数分離によって別途考慮していたが、Lagrangeの運動方程式を採用することによって時間領域の解析に拡張をおこなった。

 この変位仮定の改良によって、たとえば二次元モデルにおける液状化地盤の水平流動量分布は、次のようにあらわされる。

このように、本手法では、既存の定義に1/2周期のsin関数による変形モードが追加されただけではなく、xのみの関数であったFが時間の影響も含むように改良されている。以降、1/4周期のsin関数による変形モードをFモード、1/2周期のsin関数による変形モードをJモードと呼ぶ。また、このFモードとJモードは、Lagrangeの運動方程式の解として、独立に求まる。

 また、この提案法の特性について詳細な検討をおこなった結果、実際の解析をおこなう際に考慮すべき点が次のように明らかになった。

二次元モデルおよび三次元モデル共通項目

1. Jモードを追加することによって、過去におこなわれた振動台による模型実験の結果をより良好に再現することに成功した。

2. FモードおよびJモードは最終的な変形量に対して唯一解をもたず、その最終的な流動停止点はF+Jの関数として与えられる。

3. FモードおよびJモードは、ポテンシャルエネルギーに対して独立ではないが、消散エネルギーや、運動エネルギーに対しては独立であるため、Lagrangeの運動方程式によって動的解析に拡張することによって、FおよびJをえることができる。

4. FモードとJモードの成長速度を比較すると、Fモードの粘性による減衰力が、Jモードよりも小さいため、Fモードの成長速度がJモードに比べて速くなる。したがって、単純な斜面のモデルでは、主にFモードによって流動する。

5. 既存の方法では、時間に関する項が変数分離されて解析がおこなわれていたため、任意の時刻における地盤の変形形状は、最終変形形状に対して常に相似形であったが、本手法では、そのような現象は発生しない。

6. 液状化砂の粘性は、流動速度には影響するが、最終的な変形形状には影響をおよぼさない。

二次元モデルに関する項目

1. 要素境界においては、一般に地表高が不連続となる。

2. その不連続性は、ポテンシャルエネルギーを最小にするように発生する物ではなく、地表高の定義により、流動量変化と地盤の形状によって決定される。

3. 地表面勾配が大きい領域では、要素境界における地表高の差が大きくなる可能性があるため、要素分割をより細かくおこなう必要がある。

4. 地表高の評価を行う場合には、節点において地表高が不連続となるため、要素中心における値など、何かしらの代表値を採用する必要がある。

三次元モデルに関する項目

1. Lagrangeの未定乗数法によって要素境界の地盤高が連続になる境界条件が導入されたため、二次元モデルのような要素境界における地盤高の不連続性は発生しなくなったが、それに伴って内挿関数が二次となっているため、流動停止状態における地表高も二次関数となった。

2. 地表高が二次関数で与えられているため、流動にともなって地表面に凹凸が観測されるようになった。この凹凸も、二次元モデルにおける要素境界の地表高の不連続性と同様に、ポテンシャルエネルギーを最小にするために発生するわけではなく、流量の変化と地盤の幾何特性によって発生する物である。この影響を抑制するためには、凹凸が激しい領域において、要素分割をより細かくする必要がある。

3. 流動にともなって発生する地表面の凹凸により、地表高の評価を行う場合には、二次元モデルの場合と同様に、何かしらの代表値を採用する必要がある。

 また、本手法を1990年のフィリピン地震で発生したダグパン市における構造物の沈下事例に適用し、本手法の妥当性について検討をおこない、本手法では、実際の沈下量と比較して、大きく評価されることが判明した。

 さらに、水谷によっておこなわれた振動台による模型実験に本手法を適用し、この事例においては、粘性係数を臨界減衰比で20程度にすると良好な結果を与えることがわかった。

 さらに、1995年の兵庫県南部地震において発生した、神戸ポートアイランドのケーソンの被害に対して本手法を適用し、その妥当性について検討をおこなった。

審査要旨 要旨を表示する

 地震時にゆる詰め砂地盤が液状化を起こす現象は、1960年代以来、重大な地震災害の一つとして研究と対策が進められて来た。砂地盤が液状化した結果、浅い基礎に支持された建物や液体貯蔵タンクなどは沈下・傾斜し・軽い埋設構造物は逆に浮き上がる。また河川堤防や港湾の護岸は大幅に変形し、機能を果たせなくなる。これらの既往の被害事例を通覧すると、液状化災害の本質は震動の強さではなく、地震後に過大な地盤変位・変形が残ることにあることが判る。そのような大変形を避けるために、1960年代から80年代にかけては、液状化の危険性を予測する方法、そして液状化の危険を減らすための地盤改良の方法が、盛んに研究された。ところがそのような状況は、80年代の半ばを境に一変した。それはライフラインの液状化抵抗が重要な課題となってきたからである。ライフライン網は広大な領域に敷設されており、たとえ地域の液状化危険度が高くても広い地盤を改良しきれるものではない。それどころか、ライフラインの運営管理者と地盤の管理者とが別々であることが常態であって、地盤の強化が課題にすらならない。そのような状況では液状化の危険性を予測するだけでは全く不十分であり、液状化の結果として地盤がどのくらい変位変形するのか、そしてライフラインなどの施設はその地盤変形に耐えうるのか、耐久性が足らないとすればどのような対策を講ずれば良いのか、という方向に、研究の中心が移って来たのである。以上のような社会的な状況に基づき、本論文では液状化によって発生する地盤永久変形を量的に予測する手法を開発した。その特長として、次点を挙げることができる。まず第一に、広がりを持つ地域の地盤変位量分布を三次元的に計算していることがある。従来の地盤の解析は鉛直断面の二次元解析にとどまっており、本研究のような三次元解析を行なうことは稀であった。しかし本論文では地域に広がるライフライン網の液状化抵抗を念頭において、三次元解析の実現に踏み切ったのである。第二の特長として、三次元解析に付き物の過大な計算量の問題を、既往の模型実験成果を利用して大幅に削減したことがある。具体的には、東西南北の水平方向変位が鉛直軸に沿って正弦曲線分布すると見なし、この正弦曲線の振幅だけを未知量としたことである。この変位内挿のおかげで鉛直方向には有限要素解析のような節点を配置せずに済み、解くべき方程式の未知数の数が大幅に減少した。三番目の特長は、計算に必要な入力データの数が極めて少ないことである。地形、液状化層の厚さ、地表の不飽和層の厚さと堅さ、液状化砂の粘性、そして土の重さだけを準備すれば、計算が可能である。他の多くの地盤解析のように、不撹乱試料の採取と精密な実験、そして土の非線形応力ひずみパラメータの決定を要求することがなく、通常の液状化危険度調査で行なわれているボーリングと標準貫入試験だけで、必要な情報を揃えることができる。そして最後の特長は、地盤の大変形を考慮した解析である。液状化地盤の変形量には上限があり、たとえば斜面が水平になれば変位は停止するし、基礎の沈下は重量と浮力とが平衡する位置で完了する。このような性質は、地盤変形を駆動する荷重が地盤の大変形に応じて減少することが、原因であり、解析においてもこれを考慮しなければならない。従来の有限要素法の範疇では大変形を考慮するには非線形解析が必要であり、計算量の増大に繋がっていた。しかし本研究では特に複雑な計算を行なうこと無く、大変形の影響を考慮できる。

 次に論文の内容を紹介する。第一章は序論であり、既往の地震被害事例を紹介するとともに、本数値解析手法のもとになった研究成果を紹介している。

 本研究では最終的に三次元解析を実現したが、その予備段階として二次元解析法を開発した。その理論的側面を記述しているのが第二章である。地盤の側方流動を二種類の鉛直内挿関数すなわち正弦曲線の四分の一周期と二分の一周期との重ね合わせで表現し、前者をFモード、後者をJモードと名付けた。それぞれのモードの大きさが、解くべき未知数である。これらを体積一定(非排水条件)の式に代入することによって、鉛直変位も表現できる。そして重力エネルギー、地盤ひずみのエネルギー、運動エネルギーがすべてFとJモードによって記述された。FとJモードの大きさは水平方向に変化する未知量であり、離散化された。節点における両モードの大きさは解析力学において一般化変位と呼ばれるものであり、上述の3つのエネルギー成分をラグランジュの運動方程式に代入することにより、一般化変位を求めるための連立方程式が導きだされた。地盤変位の進行速度を支配しているのは液状化砂の持つ粘性係数である。その値は他の研究で実験的に調べられている。

 以上のような二次元解析の実際の性向を調べたのが第三章である。そして第四章では、1990年のフィリピン・ルソン地震において大規模な液状化が発生したダグパン市を題材にして、建物の沈下を解析した。

 第五章において、本解析手法を三次元化した。本研究では実用性を考慮して、解析的に計算できる事項は、極力数式を使って解析的に計算し、数値計算の量を削減している。その結果、三次元化においては膨大な数式展開が発生した。その具体的な内容は論文末尾の付録に掲載し、第五章では要点だけを説明した。また、斜面の上端に発生する開ロ亀裂、建物が地盤にめり込む条件、港湾の重力式護岸などを計算で考慮するための境界条件式も、本章において導きだした。

 三次元解析の基本的な性向を第六章で説明した後、事例解析を第七章で行なった。ここで取り上げたのは、液状化地盤上に設けられた盛土の沈下に関する模型実験2例、1983年日本海中部地震において大規模な変形を起こした能代市前山丘陵の例、そして1995年の兵庫県南部地震における神戸港ポートアイランドの被害である。

解析の現状では、既往の模型実験結果を参考にして、強い震動が終息した時点で地盤の変形も停止する、と考えている。具体的には、震動加速度のレベルが50ガルを下回った時点までが地盤変形の継続時間であり、そこで変位は停止する、と考えている。そして、この限られた時間内に発生する変位の大小は、計算に入力される液状化砂の粘性係数に依存するところが大きい。粘性係数の値に関しては現在、別の実験的研究で測定を試みているところであり、本研究では特定の値を利用することはできなかった。そこで実現象を再現するには粘性係数としてどのような値が最適であるか、という逆解析的な立場から、事例解析を行なった。それによれば、常時の拘束圧の高い実地盤では、小規模な模型実験よりも、2桁程度大きな粘性係数が必要とされることがわかった。これらの値は、同時に進行している実験的研究が示している粘性係数と、矛盾していない。したがって、今後の地盤変形解析においても、同程度の粘性係数を入力することにより、妥当な結果が得られるものと考えられる。

 第八章は全体の総括と結論および今後に残された課題の指摘である。

 以上をまとめると本論文は、液状化地盤の流動大変形の予測という問題に対して、数値解析手法の開発という立場から研究したものである。その成果はライフラインに代表される重要施設の耐震性向上のために有用であり、地盤工学と耐震工学上の業績は大きい。よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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