学位論文要旨



No 116000
著者(漢字) 吉見,雅行
著者(英字)
著者(カナ) ヨシミ,マサユキ
標題(和) 構造物の塑性化を考慮したレベル2設計用地震動作成方法の提案
標題(洋)
報告番号 116000
報告番号 甲16000
学位授与日 2001.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第4837号
研究科 工学系研究科
専攻 社会基盤工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 東原,紘道
 東京大学 教授 藤野,陽三
 東京大学 教授 小長,井一男
 東京大学 教授 東畑,郁生
 東京大学 助教授 宮武,隆
内容要旨 要旨を表示する

 本研究は断層近傍域におけるレベル2設計用地震動の作成方法の提案を目的としたものである.

 構造物の設計をおこなう際には,対象地点が特定されていると概ね考えられるので,断層と対象地点との位置関係は既知である.また,構造物のおおまかな特性も決まっている.そこで,設計対象の構造物の特性が所与であるときに,その構造物の応答を最大にするような地震動をもたらす断層モデルの構築をおこなうことができればよい.ただし,ここで応答が最大であるとは対象とする構造物や部材,着目すべき限界状態に応じてあらかじめ定義されるものとする.

 地震動の強さは,弾性応答と弾塑性応答のそれぞれについて評価した.著者の最終目標は現実的な多自由度系である.本論文ではその最も基本となる1自由度系を対象とした.弾性応答の評価には線形1自由度系モデルを用い,弾塑性応答の評価には,免震橋梁の上部工を想定して完全弾塑性1自由度モデルを用いた.

 震源過程に関する近年の地震学の進歩はめざましく,その知見は工学への応用に十分役立つと考えられる.これに基づいて断層モデルはアスペリティモデルとして与えるものとした.アスペリティは正方形で,内部の滑り量は一定,破壊伝播速度一定と仮定した.これらは便宜上の仮定で結果への影響は小さい.以上のモデル化の結果,アスペリティの大きさ,アスペリティの配置,破壊開始点を変数として扱った.アスペリティの個数は1個ないし2個とした.断層破壊は破壊開始点から等方的に等速で広がるものとし,マルチプルショックは考慮していない.

 地震動計算には,震源インバージョン等での実績がある平行成層の理論地震動計算プログラムを用いた.この方法は水平方向に伝播する表面波については考慮できるが,盆地生成表面波は考慮できない.したがって,本研究の設計地震動は兵庫県南部地震でキラーパルスとも呼ばれる実体波を想定するもので,直感的には直下地震に特有の直達的な波を考えることになる.

 断層の類型としては,横ずれ断層,逆断層,それらの混合型がある.ここでは,垂直な断層面をもつ横ずれ断層と低角な断層面をもつ断層を想定することとした,対象地点は断層の近傍域とする.また,水平地震動について考察をおこなうこととし,上下動は考慮していない.

 まず,垂直横ずれ断層としては,兵庫県南部地震の震源断層をとりあげた.対象地点としては,断層の直上で断層の端に位置する宝塚を選び,地震動を計算した.ある固有周期の構造物を想定し,対象地点にもたらされる地動による応答が最大となるようなアスペリティ位置と破壊開始点の組について考察した.

 アスペリティを1つ配置するとき,弾性応答を最大にするアスペリティの配置位置は対象地点の直下から離れた点となった.破壊開始位置は,対象地点に対して,アスペリティと対称な点に求まった.この組み合わせはアスペリティのサイズを変えてもほとんど変化しない.弾塑性応答を最大にするアスペリティ位置および破壊開始点は,弾性応答のそれとあまり変化しなかった.それは1つのアスペリティによる地動は1波からなる単純なものであるからである.

 アスペリティを2つ配置するとき,アスペリティの大きさは同じとし,片方のアスペリティは弾性応答を最大にする位置に固定した.2つ目の配置位置によって,地震動の卓越周期が変化した.弾性応答が最大になるのは,2つのアスペリティの間隔を空けて配置するときであった.

弾塑性応答を大きくするアスペリティ位置は,降伏強度によって異なっていた.これは,塑性応答をするときにみかけの固有周期が延びるためであると考えられる.したがって,弾塑性モデルにクリティカルな地震動は,弾性周期が同じであっても強度によってかわることになる.

 次に低角逆断層としては,関東地震の震源断層をとりあげ,対象地点には本郷と東京湾口を選んで計算した.断層が純粋な逆断層滑りをするものとして,アスペリティを1つだけ配置するときに,対象地点に最大の地動をもたらすアスペリティ位置と破壊開始点の組をそれぞれの対象地点に対して決定した.この組は,着目する地震動の方向によって異なっていた.また,構造物の固有周期によっても変化した.

 最後に,得られた断層モデルの考察をおこなった.断層面上に点震源を置いたときの対象地点の地動に対する,全無限遠地S波の放射特性係数に幾何減衰を考慮したものを影響係数と定義した.このとき,対象地点の着目する震動方向に対する影響係数を,断層面上の全点について表示したコンター図を用いれば,最も大きな地動をもたらすアスペリティ位置を特定できることを示した.

審査要旨 要旨を表示する

 兵庫県南部地震の経験以来,現在に至るまで,我国では,レベル2設計用地震動の概念に立脚した新しい方式の耐震設計法の開発が進められている。その一つは,免震・制震機構を用いるインテリジェントな方法であり,もう一つは,構造物に一定限度の損傷(弾塑性なふるまい)を許容し,損傷過程に立ち入って管理をする損傷制御の方法である。いずれの場合にも,構造物の応答が非線形となるため,設計のための入力地震作用としては,地震波形を与えることが必要になる。

 本論文は断層近傍域におけるレベル2設計用地震動の作成方法の提案を目的としたものである。著者は,これまで土木学会・地震工学委員会の免震・制震研究小委員会に委員として参加し,設計地震動の設定方法の開発作業に参画してきており,本論文はそれの理論的な部分を含んでいる。

 構造物の設計をおこなう際には,概ね対象地点が特定されていると考えられるので,断層と対象地点との位置関係は既知と見なせる。また,構造物の概略の特性も決まっている。したがって設計地震動設定手法としては,設計対象の構造物の特性が所与であるときに近年の地震学の成果に基づいて,その構造物の応答を“最大”にするような地震動をもたらす断層モデルを決定できればよいことになる(ただし,ここで応答が“最大”であるとは対象とする構造物や部材,着目すべき限界状態に応じていろいろな形があるが,いずれにせよ予め定義されるものと考えることができる)。震源過程に関する地震学の進歩はめざましく,その知見を工学へ応用する試みは時宜を得たものと認められる。

 著者の最終目標は現実的な多自由度系構造物であるが,本論文ではその最も基本となる1自由度系を対象としている。ただし1自由度系としては線形系だけでなく弾塑性非線形系についても評価している。この弾塑性系としては,免震橋梁の上部工を想定して,完全弾塑性モデルを対象としている。

断層モデルは,比較的周期の短い場合を表現することのできるアスペリティモデルとして与えている。断層破壊は破壊開始点から等方的に等速で広がるものとし,マルチプルショックは考慮していない。また,アスペリティは正方形で,個数は1個ないし2個とし,内部の滑り量は一定と仮定しているが,これらは便宜上の仮定であり,一般性は損なわれていない。そして残るパラメータであるアスペリティの規模,アスペリティの配置,破壊開始点を可変として,最大値探索を実施している。

 地震動計算には,震源インバージョン等で確立されている平行成層の理論地震動計算プログラムを用いている。この方法は水平方向に伝播する表面波については考慮できるが,盆地生成表面波は考慮できない。したがって,本研究の設計地震動は,兵庫県南部地震の強烈な破壊力の中心をなした,キラーパルスと呼ばれる実体波を想定するもので,直感的には直下地震に特有の大振幅の直達波を考えていることになる.

 断層の類型としては,横ずれ断層,逆断層,およびそれらの混合型があるが,ここでは,主要な基本形である,断層面が垂直な横ずれ断層と低角断層面をもつ逆断層を扱っている。

 まず,垂直横ずれ断層として1995年兵庫県南部地震の震源断層をとりあげ,対象地点として,断層の直上で断層の端に位置する宝塚市域を選び,地震動を計算している。その際,ある固有周期の構造物を想定し,対象地点に生じる地震動による応答が最大となるようなアスペリティ位置と破壊開始点の組について考察している。

 アスペリティが1つ存在する場合,弾性応答を最大にするの配置位置および破壊開始位置を決定した。この組み合わせはアスペリティのサイズを変えてもほとんど変化しない。さらに弾塑性応答を最大にするアスペリティ位置および破壊開始点は,弾性応答のそれとあまり変化しないことが示されている。これは,1つのアスペリティによる地動は,主要動が基本的に1波からなる単純なものであることが原因と分析されている。

 次にアスペリティが2つ存在する場合についても,弾性応答を最大にするの配置位置および破壊開始位置を決定している。この場合には2つ目の配置位置によって,地震動の卓越周期が変化し,弾塑性応答を大きくするアスペリティ位置は,降伏強度によって異なっていた。これは,塑性化するとともに見かけの固有周期が延びるためであることが示されている。したがって,弾塑性モデルにとって最も危険な地震動は,弾性周期が同じであっても,強度によってかわることになる.

 次に低角逆断層としては,1923年関東地震をとりあげ,対象地点には本郷と東京湾口を選んで計算し,アスペリティが1つ存在する場合に,対象地点に最大の地動をもたらすアスペリティ位置と破壊開始点の組み合わせを決定している。この組み合わせは,着目する地震動の方向によって異なり,かつ,構造物の固有周期によっても変化することが示されている。

 最後に,得られた断層モデルの考察を行っている。そして,断層面上に点震源を置いたときの対象地点の地動に対する,全無限遠地S波の放射特性係数に幾何減衰を考慮したものを影響係数と定義してやれば,対象地点の着目する震動方向に対する影響係数を,断層面上の全点について表示したコンター図を用いることで,最も大きな地動をもたらすアスペリティ位置を特定できることを示している。

 以上のように、本論文は、与えられた構造モデルと断層環境を制約条件として,一種の最大値探索ルーチンを定義し,最も危険な地震動の推定を可能にしたものである。現時点では,弾性1自由度系および完全弾塑性1自由度系という最も単純な力学モデルに対して実現したに過ぎないが,理論構成から判断すると,これを組み合わせることにより多自由度系への拡張は可能であると考えられることから,新しい設計地震動設定手法の開発に大きく貢献するものであると認められる。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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