学位論文要旨



No 116002
著者(漢字)
著者(英字) PHONGKUMSING,Songpol
著者(カナ) ポンクムシン,ソンポル
標題(和) 橋梁主塔まわりの気流が自動車の走行に及ぼす影響に関する実験的研究
標題(洋) Experimental study on wind effects on vehicles passing in the wake of bridge towers
報告番号 116002
報告番号 甲16002
学位授与日 2001.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第4839号
研究科 工学系研究科
専攻 社会基盤工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 藤野,陽三
 東京大学 教授 東原,紘道
 東京大学 助教授 石原,孟
 東京大学 助教授 山崎,文雄
 東京大学 教授 神田,順
 九州工業大学 助教授 木村,吉郎
内容要旨 要旨を表示する

 強い横風時に橋梁上を走行する自動車は,橋梁主塔の後流通過時に,大きな横風荷重の変動を受けるため,運転ミスや横転事故が生じる可能性がある.対策として,強風時の通行規制や,主塔周辺の風速変化の割合を低減するための防風柵の設置などが行われてきたが,後流通過時に自動車に作用する空気力の特性が明らかではないため,そうした対策の効果を定量的に明らかにすることはできなかった.そこで本研究では,風洞実験により,主塔後流通過時に自動車に作用する空気力の特性を明らかにすることを目的とした.また,そうした空気力の予測方法を提案し,その適用性について検討した.得られた空気力の特性を用いて自動車の応答シミュレーションを行い,応答に及ぼす影響についても調べた.

 風洞実験においては,風速,風向,主塔の形状,自動車の形状をパラメータとして,自動車模型に作用する空気力を測定した.走行する自動車模型に作用する空気力を測定するために,慣性力の影響などによるノイズが極力小さくなるような測定装置を開発し,後流通過時の変動横力と変動ヨーイングモーメントについて,十分な精度のデータを取得することができた.

 測定された空気力の特性を,自動車模型の定常空気力係数と主塔後流中の風速・風向分布に基づいて準定常的に計算される予測値と比較した.その結果,横力については自動車の重心位置における相対風速に基づいて算定される通常の準定常空気力でも測定値と大きな誤差はなかったが,ヨーイングモーメントについては,測定値と全く異なる傾向を示した.これはヨーイングモーメントにおいては,自動車の各部分の場所によって作用する風速・風向が異なっているという風速・風向分布の影響が大きいためである.こうした風速・風向分布の影響を予測においても考慮するために,相対風速を自動車の各部分で評価し,それにもとづいてその部分に作用する空気力を算定し,それらの総和によって自動車全体に作用する空気力を予測する手法を提案した.提案された手法に基づく予測結果は,ヨーイングモーメントの測定値を定性的に再現することができた.測定値と予測値は,ケースによっては定量的には十分に一致するものではなく,特に風速分布の非一様性が強い場合に不一致の程度が大きかった.自動車に作用する空気力は,自動車を各場所に静止させた状態においても測定したが,この「静的実験」の結果も予測結果は定量的には十分に再現できていない.一様な気流中で測定される定常空気力係数を用いた解析による予測の限界を示していると考えられる.走行状態の自動車模型に作用する空気力を測定した「動的実験」の結果は,ケースによっては,解析による予測値よりも,静的実験における測定値との適合性がより良い場合もあった.

 得られた空気力特性を用いて,自動車の応答シミュレーションを行った.運転者のハンドル操作を考慮しない,「操舵固定」シミュレーションでは,応答横変位・ヨー角は,シミュレーションの開始時点をどこに取るかによって結果が大きく影響されるため,応答横加速度,ヨー角速度,ヨー角加速度を用いて結果を比較することとした.風速や車速が大きくなると,自動車の応答が大きくなること,風向が橋軸直角方向から30度程度傾いて自動車進行方向から吹く場合に応答が最大となることなどが示された.また,運転者の操舵特性を含めた,「運転者操舵」応答シミュレーションも種々試みたが,風速,車速,風向など種々のパラメータを変化させたすべての場合に対して妥当な応答特性をもつような操舵特性をシミュレーションにおいて再現することは困難であることがわかった.そのため,運転者操舵シミュレーションを用いた各ケースの比較は十分には行えなかった.

 防風柵の設置により,風速の場所による変化の割合が緩やかとなることが実験によって確認された.また,自動車に作用する空気力の場所による変化の割合も低減することがわかった.防風柵の設置が自動車の応答に及ぼす影響について,操舵固定シミュレーションを用いて検討すると,防風柵を設置した場合の方が応答加速度が小さくなることが示された.防風柵の効果については,事故が操舵ミスによっても生じることを考えると,操舵シミュレーションにより検討することがより望ましいが,上述のシミュレーションの精度の問題により困難であった.

審査要旨 要旨を表示する

 橋梁の使用性に関連した問題として,強風時の車両の走行安全性がある.強い横風時に橋梁上を走行する自動車にとっては,橋梁主塔の後流域が最も危険な箇所のひとつであり,風速低下に伴う大きな横風荷重の変動が,運転ミスや横転事故を生じさせる可能性がある.こうした事故防止対策として,強風時の通行規制や,主塔周辺の風速変化の割合を低減するための防風柵の設置などが行われてきたが,後流通過時に自動車に作用する空気力の特性が明らかではないため,そうした対策の効果は定量的には明らかになっていない.

 本研究は,強風時に橋梁主塔の後流域を通過する車両に作用する空気力の変動特性を詳細な風洞実験により明らかにし,その予測手法の提案および精度の検証を行い,さらにその変動空気力により生じる車両の応答特性の予測を試みたものである.

 第1章では,横風により車両に作用する空気力,外力に対する車両の応答特性,防風柵の効果などに関する既往の研究をとりまとめ,本研究の方向性ならびに目的を明らかにしている.

 第2章においては,主塔後流通過時に車両に作用する変動空気力を測定するための,風洞実験手法が述べられている.模型の軽量化やノイズの排除といった測定装置め工夫により,動いている物体に作用する微小な変動空気力という,困難な対象について精度良い測定を可能としている.

 第3章では,風速,風向,主塔の形状,自動車の形状をパラメータとして,自動車模型に作用する変動横力と変動ヨーイングモーメントを測定した結果が示されている.実験は,自動車模型が静止した状態において模型設置場所を少しずつ変化させて測定を繰り返す「静的実験」と,自動車模型が走行した状態において測定する「動的実験」の2種類について行われた.

 第4章では,測定された空気力の特性を,自動車模型の定常空気力係数と主塔後流中の風速・風向分布に基づいて準定常的に計算される予測値と比較している.その結果,横力については自動車の重心位置における相対風速に基づいて算定される通常の準定常空気力でも測定値との誤差は小さかったが,ヨーイングモーメントについては,測定値と全く異なる傾向を示した.これはヨーイングモーメントにおいては,自動車の各部分の場所によって作用する風速・風向が異なっているという風速・風向分布の影響が大きいためである.こうした風速・風向分布め影響を予測においても考慮するために,相対風速を自動車の各部分で評価し,それに基づいてその部分に作用する空気力を算定し,それらの総和によって自動車全体に作用する空気力を予測する手法を提案している.提案された手法に基づく予測結果は,ヨーイングモーメントの測定値を定性的に再現することができた.しかし測定値と予測値は,ケースによっては定量的には十分に一致するものではなかったため,比較的実験が容易な静的実験結果を用いて予測値を補正し,動的実験結果を予測する手法を提案し,有用性を示している.

 以上の予測手法は,10回の動的実験の測定を平均した結果に対するものである.一方主塔後流に発生する渦の影響で,動的実験の測定値は測定毎にばらついており,実際に自動車に作用する風荷重の最大値の予測には,こうした渦の影響で生じる測定値のばらつきを考慮する必要もある.そのため,各位置における風速の変動を予測に取り込んだ手法を提案し,それらがばらつく測定値の包絡線をほぼ近似することを示している.

 第5章では,防風柵を設置した場合に自動車模型に作用する変動空気力の特性について検討し,場所による空気力の変化の割合が,防風柵の設置により大きく減少することを示している.

 第6章においては,以上の実験により得られた空気力特性を用いて,自動車の応答シミュレーションを行っている.運転者のハンドル操作を考慮しない,「操舵固定」シミュレーションでは,応答横変位・ヨー角は,シミュレーションの開始時点をどこに取るかによって結果が大きく影響されるため,応答横加速度,ヨー角速度,ヨー角加速度を用いて結果を比較している.風速や車速が大きくなると,自動車の応答が大きくなること,風向が橋軸直角方向から30度程度傾いて自動車進行方向から吹く場合に応答が最大となることなどを示している.また,防風柵の設置が自動車の応答に及ぼす影響については,防風柵を設置した場合の方が応答加速度が小さくなることが示された.さらに,運転者の操舵特性を含めた,「運転者操舵」応答シミュレーションも種々試みられたが,操舵特性を表すパラメータの設定が敏感であり,風速,車速,風向などの異なる種々のケースに対して妥当な応答特性をもつような操舵特性をシミュレーションにおいて再現することは困難であることが示されている.

 第7章では,以上の論文で得られた成果を総括している.

 本研究の成果により,橋梁主塔の後流域を通過する自動車に作用する変動空気力の特性が明らかとなり,その予測手法ならびに精度も示されている.変動空気力によって生じる車両の応答特性については,運転者の操舵特性をシミュレーションに含めることが困難であったため,走行安全性の基準を示すまでには至らなかったが,固定操舵の応答シミュレーションを用いて,相対的な走行安全性を定量的に示すことは可能と考えられ,工学的にも貢献が大きいものと判断される.

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる.

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