学位論文要旨



No 116003
著者(漢字) 篠田,昌弘
著者(英字)
著者(カナ) シノダ,マサヒロ
標題(和) 補強土構造物の耐震安定と変形性の実験的研究
標題(洋)
報告番号 116003
報告番号 甲16003
学位授与日 2001.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第4840号
研究科 工学系研究科
専攻 社会基盤工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 龍岡,文夫
 東京大学 教授 東畑,郁生
 東京大学 教授 小長井,一男
 東京大学 教授 前川,宏一
 東京大学 助教授 古関,潤一
内容要旨 要旨を表示する

 鉄道、道路の高架構造物の橋台や橋脚など、変形に対して厳しい基準の設けられている構造物には、これまでほとんどの場合、土構造物ではなく鉄筋コンクリート(RC)構造物が採用されている。これは土構造物がRC構造物に対して、強度が低い、剛性が低い、地震時にかなり大きな揺り込み沈下やせん断変形などの許容できない変形を起こすなどの弱点をもつからである。ジオテキスタイル補強盛土の特徴の一つは、補強材が面状であることから土との接触面積が大きく、その結果、適切にジオテキスタイル補強材を配置した上で土を良く締固めておけば安定した構造となることである。また、排水機能を付加した補強材(不織布や不織布と織布との複合材等)を用いることにより、粘性土に対しても適用可能になるので、使用できる盛土材料の範囲が広くなり、現場発生土を有効に利用できる利点がある。また、基礎地盤が軟弱な場合は、重力式・L型擁壁では杭基礎が必要となり工費が高くなるが、補強土擁壁では多少の地盤沈下に伴う変形に対応できる柔軟性があるので、杭基礎を省略できる。その他、盛土などの補強土構造物は延性的であるため、大地震などでも致命的な破壊に至らず柔軟に対応できる可能性がある。また、崩壊に至らない場合は修復しやすいという特徴を持つ。さらに基本的な特徴として、補強土構造物はRC構造物と比較して、総合工費が経済的であり、工事期間も比較的短い。

 本研究は、従来の補強土工法の「補強土擁壁の変形性がRC構造物より大きい、すなわち剛性が低いという潜在的欠点」、すなわち土がある程度変形しないと強度を発揮しないこと、剛性が比較的低いこと、クリープ変形が生じやすいこと、地震時の変形が小さくないことなどを改善することを目的としたプレローディド・プレストレスト補強土工法(PL・PS補強土工法)に関する研究である。この工法はジオテキスタイルを用いて、補強した盛土にタイロッドにより鉛直方向にプレロードとプレストレスを加えることによって、盛土を弾性化し盛土内の拘束圧を高めせん断抵抗力と剛性を飛躍的に増加させる工法である。

 本研究では、まず交通荷重を模擬した繰返し荷重を受けた時のプレロードとプレストレスの影響を明確にするために、現場で使用される盛土材料として粒度調整砕石を用いて軸方向繰返し載荷模型実験を行った。1997年に行なった裏込め材として豊浦標準砂を用いた軸方向繰返し載荷模型実験の結果との比較を行なった。実験結果全体を終結すると以下のことが分かった。

(1)粒度調整砕石を用いた場合でも、プレストレス荷重が小さいほど繰返し載荷時の残留ひずみが小さくなるとは限らず、プレストレスがゼロに近くなると逆に残留ひずみが大きくなる。

(2)粒度調整砕石を用いた場合でも、プレストレスをプレロードの半分に設定すると、繰返し中の残留ひずみが最も小さくなる。

(3)プレストレスレベルが最も小さくなるほど、残留ひずみの値に対する裏込め材の影響が大きくなる。すなわち、粒度調整砕石の場合の残留ひずみは、豊浦標準砂の場合の残留ひずみよりもかなり小さかった。

(4)粒度調整砕石の場合でも、土の等価変形係数は基本的にプレストレスの値に支配されて、プレロードにはほとんど影響されない。

(5)裏込め材に粒度調整砕石と豊浦標準砂を使用した場合、等価変形係数はほとんど同じである場合でも、残留ひずみは粒度調整砕石の場合の方がかなり小さくなる。

 次に高い地震荷重が作用した時のPL・PS補強土構造物の耐震性を検討するために、入力加速度700gal、入力振動数5Hzと10Hzで模型振動台実験を行った。既往の研究によると、揺り込み沈下によりプレストレスが抜け、そのために模型構造物の固有振動数が低下する。このために共振が起こる可能性があった。本研究では、プレストレスを維持しかつ曲げ振動を抑制する「ラチェット機能付きプレストレス維持装置(略してラチェット装置)」を開発した。模型振動台実験により、その装置を設置したときのPL・PS補強土構造物の耐震性を検証した。その結果、入力振動数がPL・PS補強土構造物模型の初期固有振動数よりも低い5Hzでラチェット装置をつけない場合、プレストレスが抜けて共振が起きた。一方、ラチェット装置を設置することで、プレストレスを維持できて共振の発生を防ぐことができ、また曲げ振動を大幅に抑制させることに成功した。さらに耐震性を高めるためには、破壊しない程度にプレストレスを増加させれば、曲げ変形や揺り込み沈下をさらに抑制できることがわかった。入力振動数がPL・PS補強土構造物模型の初期固有振動数に近い10Hzの場合、ラチェット装置を設置すると共振したが、共振してもラチェット装置は機能して、このため構造物として破損しなかった。また、破損しないまま10%もの大きな減衰率を出す能力があり、その結果応答倍率も比較的低い値に収まった。

 PL・PS補強土構造物は、地震時に共振が生じないように設計する必要がある。そのためには、この構造物の固有振動数を推定する必要がある。この目的のため、模型を剛体と仮定して、弾性梁理論を適用しモデル化を行なった。曲げ変形とせん断変形の変形モードのそれぞれの固有振動数を求める式を誘導した。振動台実験に関しては、プレストレスレベルが高い場合、上記の式により求めた値と実験値はほぼ同値であり、上記の式は高い精度を示した。一方、プレストレスレベルが低い場合は、推定固有振動数は高めの値となった。これは、予測式に用いた盛土のヤング率はひずみが0.05%の時の推定値であるが、プレストレスが小さくなると、盛土のひずみがこれ以上大きくなるためヤング率が低下したのが原因である。

 実物PL・PS補強土工法により建設した鉄道橋脚構造物の衝撃試験を行い、固有振動数を求めた。その結果以下のことがわかった。

(1)橋軸(橋桁)直角方向に加振した場合、打撃位置によって若干異なるが、固有振動数は7〜8Hz程度であった。水平方向では打撃位置にほとんど一致しているが,鉛直方向の固有振動数は若干ではあるがばらついていて、打撃位置との関係は不明瞭であった。

(2)橋軸(橋桁)方向に加振した場合も打撃位置によって若干異なるが、水平方向の固有振動数は9〜10Hz程度であった。一方、鉛直方向の固有振動数は水平方向とほぼ一致する場合と0.2Hz程度と極端に小さくなる場合があった。打撃位置との関係は不明瞭であった。

(3)実際のPL・PS補強土橋脚は、地盤も構造物と共に大きく変位するロッキング振動であることがわかった。固有振動数を求めるなどのモデル化を行なう際には、地盤の影響も併せて考察する必要があることがわかった。上記の推定式を実構造物に適用した結果、地盤の影響、壁面の影響により、推定固有振動数は計測値よりもかなり大きくなった。精度を上げるためには、地盤の影響も含めたモデル化を行なう必要があることがわかった。以上の研究結果から、プレローディド・プレストレスト補強土構造物は、重要永久土木構造物として利用可能であることが確認された。また、ラチェット機能付きプレストレス維持装置をタイロッド上部に設置すれば、さらに高い地震時の安定性を得られることがわかった。

審査要旨 要旨を表示する

 盛土内にジオテキスタイル(建設用繊維材)などの補強材を水平に敷設して盛土を引張り補強して鉛直壁面を持つ擁壁を建設する工法は、その経済性と高い安定性から最近は標準的な擁壁工法として広く採用されている。しかし、許容変位量が小さく高い耐震性が要求される橋台・橋脚や重量建築物の基礎構造物等の永久重要構造物への適用は非常に限定されている。その理由は、土構造物に対する一般的な低い信頼感に加えて、鉄筋コンクリート構造物と比較して、交通荷重等による即時及び残留変形が許容値以下である保証と、1995年兵庫県南部地震での激震地での地震動レベル(いわゆるレベルII地震動)に対する耐震性の保証が確認できていないからである。

 上記の問題の解決法として、補強されていることにより盛土の鉛直荷重に対する終局耐力が極めて大きくなったことを利用して、供用開始後の作用荷重よりもかなり大きな鉛直荷重をプレロードとして加えて盛土に塑性的な圧縮変形を生じさせた後に、プレロードの半分程度のプレストレスを保持したまま供用を開始する工法が提案されている。この工法により建設された補強土構造物の長期荷重に対する変形性と耐震安定性の研究が殆どなかったことが、本工法の普及にとって障害となっていた。本研究は上記の背景で行われたものであり、本研究によりプレローディド・プレストレスト補強土構造物は非常に高い耐震安定性を有するように設計できることが示された。

 第1章は序論であり、引張り補強土工法のメカニズムとプレローディド・プレストレスト工法の原理、及び上記に示すような研究の背景と目的が纏められている。

 第3章以降で説明している模型試験では、貧配合の細砂(豊浦砂)と、現場で用いられる配合の礫質土を模型盛土材料として用いているが、第2章は、この二種類の盛土材料の繰返し載荷に対する剛性と残留変形特性を、繰返し三軸試験を行うことにより検討した結果を纏めたものである。即ち、同一の締固め度でも良配合礫質土の方が剛性が高く残留ひずみ量が小さいこと、補強土構造物に対するプレロードとプレストレスの効果は、砂礫の基本的な変形強度特性により説明できることを示している。

 第3章は、橋脚あるいは橋台の一部を模した断面積35cm×35cm,高さ55cmのジオテキスタイル補強土構造物模型を多数作成し、異なる組み合わせでプレロードとプレストレスを与えてから交通荷重を模した繰返し鉛直荷重を与えることにより、プレロードとプレストレスの効果を定量的に調べた結果を纏めている。即ち、十分に大きなプレロードを加えても、それを全て除荷すると盛土は鉛直方向に膨潤してしまい、繰返し載荷に対する残留変形は許容できるほど小さくはならないこと、プレロードを加えたまま繰返し載荷を受けると盛土の降伏が進み、小さくない残留ひずみが進行することを示している。しかし、プレロードを約1/2まで除荷してプレストレスとして加えておき、プレロードとプレストレスの差が繰返し載荷の荷重振幅よりも十分に大きいようにプレロードを設定すれば、残留ひずみは非常に小さくなることを示している。上記の方法でプレロードとプレストレスが与えられた補強土構造物の鉄道橋の実橋脚は、長期に亘る交通荷重に対して極めて小さな即時変形と残留変形を示したことが述べられている。

 第4章は、模型振動台実験の纏めである。即ち、上記の模型を多数用意して相似則を考慮した上で様々なプレロードとプレストレスを与え、異なる振動数を持つ正弦波を用いて行った振動台実験の結果をとり纏めたものである。当該構造物がレベルIIの設計地震動にも崩壊から遠い状態にあることを目標にして、振動台入力の加速度振幅は700ガルと非常に高い値にしている。それぞれの実験で測定された応答倍率と位相差の時刻歴を用いて、近似法として構造物を一自由度系に置き換えて、構造物の固有振動数と減衰率の時刻歴を求めている。その結果、地震時の応答値が小さくなるように、構造物の初期固有周期が設計地震動の卓越振動数よりも高くなるように盛土にプレストレスを与えても、高レベル地震動によって盛土が非線形挙動を示しかつ盛土が揺り込み沈下してタイロッド張力が減少してプレストレスが減少すると盛土の剛性が著しく低下し、その結果固有振動数が低下して構造物が共振して、盛土が大変形するようになることを示している。しかし、プレストレスが維持されていてかつ曲げ変形モードが拘束されていれば、十分高い固有周期を維持できて、構造物は共振に至らないことが示されている。その具体的方法として、「盛土が圧縮する場合はタイロッド張力が低下せず、盛土が膨張する場合は変位しないようにできるラチェット装置」を用いてタイロッドを盛土天端に固定する方法を示し、そのメカニズムを解明するとともに有効性を実証している。

 第7章では、プレローディド・プレストレスト補強土構造物単体の固有周期を、盛土を一様線形弾性体と仮定して理論的に求めている。また、盛土の剛性を高い値に維持することに加えて、ラチェット機構を用いることによりタイロッドが盛土の曲げ変形を拘束出来れば構造物の固有振動数を高い値に維持できることを理論的に示している。構造物模型の推定された非定常固有振動数を上記理論に適用することにより盛土のせん断剛性率を逆算し、それと測定された盛土の平均せん断ひずみ振幅と盛土の鉛直応力の相関を求めることにより、ラチェット機構の機能を明らかにしている。

 第6章は、上記の実物大のプレローディド・プレストレストされたジオテキスタイル補強土の鉄道橋脚の固有振動数を、現場衝撃試験を行うことにより実測した結果をとり纏めている。即ち、盛土はプレストレスを加えられているために非常に剛性が高いため剛体的に挙動しており地盤の変形の影響が非常に大きいこと、構造物地盤系の動特性の解析を今後行う必要があることを指摘している。

 第7章は、結論である。

 以上要するに、系統的な室内材料実験・模型振動台実験・理論的検討を行い、補強土構造物の交通荷重による残留変形が極小になるようなプレロードとプレストレスの与え方と、当該構造物の動的挙動とその耐震性を非常に高いレベルに引き上げる具体的方法を提示して、本構造物が永久重要構造物として使用できる可能性を示し、今後の本研究分野の発展及び実務設計の改善に寄与する新しい知見を与えている。これらは、土質工学に分野において貢献することが大である。よって本論文は、博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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