学位論文要旨



No 116006
著者(漢字) 市村,強
著者(英字)
著者(カナ) イチムラ,ツヨシ
標題(和) 階層型解析理論に基づく高分解能強震動シミュレータの開発
標題(洋) Development of Strong Motion Simulator with High Spatial Resolution Based on Multi-Scale Analysis Theory
報告番号 116006
報告番号 甲16006
学位授与日 2001.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第4843号
研究科 工学系研究科
専攻 社会基盤工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 堀,宗朗
 東京大学 教授 矢川,元基
 東京大学 教授 小長井,一男
 東京大学 教授 東畑,郁生
 東京大学 教授 堀井,秀之
 国立情報学研究所 教授 速水,謙
内容要旨 要旨を表示する

 合理的な震災対策を立案するには「どこがどれぐらいゆれるのか」という強震動分布情報が不可欠である.強震動は,断層の破壊,波動の伝播,地表近傍での増幅の3つの過程を経る.信頼しうる強震動情報を得るためには,これら3つの過程を高い空間分解能でシミュレートする必要がある.

 断層や都市の大きさは10kmオーダーの大きさであるが,実際に構造物の応答計算などに必要とされる波長は10mのオーダーである.したがって波動伝播に必要な自由度は膨大なものとなり,現状の最善の計算機をもってしてもこの自由度の問題を解くことは不可能である.しかも,強震動に大きく影響する都市の地下構造は正確に計測されていないため信頼できるシミュレーションモデルの構築も難しい.

 本研究では,上記二点の問題点を解決し強震動シミュレータの開発を試みる.第一の膨大な計算量の問題点は,階層型解析理論を適用して解決を図る.階層型解析理論とは,異なる長さの尺度の変数を用いる特異摂動展開を利用するものである.この理論に基づき,都市全体を粗い空間分解能で計算するマクロ解析と,都市を分割し各地区を高い空間分解能で計算するミクロ解析が設定される.両者を合理的に連成させることで,必要とされる計算資源を抑えることが可能である.第二のシミュレーションモデル構築の問題点は,地下構造の不確実性を考慮して,構造や物性にばらつきを持たせた確率的なモデルを作ることによって解決を図る.この確率モデルでは応答として得られる強震動も確率的にばらつくことになるが,そのばらつきを悲観的・楽観的に評価した予測を行う.これらの解決法は修士論文で提案した基礎理論を完成させたものである.

 階層型解析理論により自由度は大幅に減少したものの,依然としてその数は大きく,既存の数値解析方法では実際に計算することは困難である.そのため,高効率な並列化を達成し,超大自由度の問題を計算する有限要素法プログラムを開発した.これはボクセル有限要素法を拡張したものである.開発された有限要素法の精度等は解析解の比較によって検証された.

 開発された強震動シミュレータの有効性を検証するため,実際に起こった二つの地震をシミュレートし,強震動の再現を試みた.解析結果は,横浜市で実際に観測されたデータと多数の地点で比較された.計算精度が保証された周波数領域での各地の速度スペクトルを適当な幅の範囲で再現することに成功し,地殻・地質構造や地盤構造が強震動に及ぼす影響が明確にとらえることが示された.さらに,地点毎の最大速度やSI値等,地震被害を表す指標も良好に計算された.これらの結果は,本研究で開発されたシミュレータが1〜10mオーダーの空間分解能で強震動分布を予測することを示すものである.シミュレータの利用の具体例として,複雑な地下構造の影響を定量的に評価することを行った.計算が極めて困難であることもあって,通常,地下構造は平行成層のような簡略なモデルが用いられる.本シミュレータの計算結果との比較により,このようなモデルでは強震動の評価に大きな誤差を生じうることが示され,高い空間分解能で強震動を精度良く予測するためには,大規模数値シミュレーションが必要であることが確認された.

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は,巨大地震に対する都市防災の合理化を念頭に,大規模数値解析を利用する強震動シミュレータの開発を行ったものである.このシミュレータは,想定される断層から発生し,地殻を通り,そして地表に達する地震波動に対し,階層型解析を用いて高い時間・空間分解能でその全伝播過程を計算する.波動伝播の場となる都市地下構造は,地質構造や地盤構造のデータを基に適切なモデルを推定する.開発された数値解析コードは,固体波動伝播に関する種々の数値解析上の工夫が凝らしてあり,並列計算に特に適したものとなっている.

 論文の主要な内容は次の3点である.1)階層型解析理論の構築:バウンディングメディア理論と特異摂動展開に基づき,10kmオーダーのサイズの都市地下を伝播する波動を1mのオーダーの空間分解能で数値計算する理論を構築した.この空間分解能は,地震工学上必要とされる数Hzの周波数を計算する時間分解能に対応する.2)解析理論のコード化:固体中の波動伝播を計算するための,大規模並列計算用の階層型数値解析コードを開発した.階層型解析は,空間分解能の低い解に,空間分解能の高い解を重ね合わせるものであり,二つの解を合理的に重ね合わせることで,スムーズに高い分解能の解を得ることができる.3)強震動シミュレータの妥当性の検証と有用性の検討:横浜市を対象に,複数の地震に対し種々のサイトで実測された強震動データを再現することでシミュレータの妥当性が検証された.ついで3次元的な地下構造と非線形的材料特性によって増幅される強震動の空間的偏りを示すことで,高時空間分解能で地震動を計算することの有用性を検討した.

 本論文の質に関して審査会では高い評価を得た.特に,現在開発中の超大規模並列計算機をもってしても高い空間分解能で計算することが難しい3次元体中の波動計算に対し,適切な階層型解析を施すことで地震工学的に有意義なレベルの空間分解能で計算を実現した点は高く評価された.この他,論文の審議は,次の2項目に関して集中して行われた.

1)都市地下構造のモデル化

横浜市の地下構造に関しては地質構造及び地盤構造のデータが利用できるものの,地質構造の空間分解能は100m程度,また,地盤構造も地表50m程度までのボーリングデータであり,高精度の数値計算を行うには不確定なものである.この点に対して,最初に,地下構造を決定論的なモデルではなく,構造の境界の位置や構造内の各地層の材料特性にばらつきを与えた確率モデルを構築することで対応していることが答えられた.バウンディングメディア理論に基づき,この確率モデルに対してその平均的挙動の上下限を与えるようなモデルを構築し,強震動シミュレータは,このモデルで起こる強震動の分布を計算するものである.理論の妥当性は,理論解析及び例題を利用した数値解析によって検討されている.また,階層型を用いているため,解析モデルも空間分解能の低い解のものと,空間分解能の高い解のものが必要であるが,その点に関しても十分な注意が払われていることが強調された.理論解析及び数値解析によって二つの解のために構築される解析モデルの妥当性が検証されており,さらに,横浜市の実測データの再現に関しても,二つの解を合理的に結び付けるモデルが構築されていることが説明された.

2)強震動シミュレータの利用法

地震工学・防災工学において,開発された強震動シミュレータの利用法が議論となった.この点に関して,地震学では,3次元地質構造が強震動の分布に強く影響することを明らかし,さらに,整備された強震動ネットワークを用いて,地震の源である断層に応じて強震動の分布が異なること,特に100mの距離でも地震動が大きく異なることを観測していることが説明され,ついで,この知見と観測事実より,高い空間分解能で地震の波動全伝播過程を計算することが地震動の正しい予測に必須であり,このため,強震動シミュレータの実用化が期待されていることが紹介された.なお,開発されたシミュレータは表層地盤の非線形性を考慮しているものの,この点に関してはさらなる改良が必要であることは指摘された.

 以上の2点に関して,本論文では,現時点での十分な対応と検討がなされていること,また,将来の研究の方向性を明確に示していることが審査会で示された.

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる.

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