学位論文要旨



No 116012
著者(漢字) 腰原,幹雄
著者(英字)
著者(カナ) コシハラ,ミキオ
標題(和) 木質構造住宅の偏心が応力分布に及ぼす影響
標題(洋)
報告番号 116012
報告番号 甲16012
学位授与日 2001.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第4849号
研究科 工学系研究科
専攻 建築学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 坂本,功
 東京大学 教授 小谷,俊介
 東京大学 教授 桑村,仁
 東京大学 助教授 高田,毅士
 東京大学 教授 壁谷澤,寿海
内容要旨 要旨を表示する

 木質構造住宅では,南側に開口部が集中し,北側に便所,浴室など壁面が多く配置される傾向にある.また,間口の狭い住宅では,1階部分を店舗や車庫に利用し耐力壁を配置できない建物が多い.これらの建物は,耐力壁の配置が極端にアンバランスになっており,その結果,偏心によるねじれから倒壊にいたることになる.

 こうした,偏心建物では,剛性の低い構面に応力が集中することにより,予想外の大変形を生じさせることになる.本研究では,こうした偏心が,建物の各構面への応力分布に及ぼす影響を考察する.

 図1のような,並進入力を受ける一層一軸偏心系(Lx=364cm,Ly=455cm)を考える.このモデルを用いて,偏心建物に影響を及ぼす因子をパラメータとした,静解析,実大静加力実験,動解析,実大振動台実験を行い,偏心建物の応力分布を明らかにする.

 評価の指標としては,剛性の低い構面への応力集中の度合を示す応力集中率ax,両壁構面の荷重−変形曲線からそれぞれの構面の応力分布を算出する応力分布係数Rを用いた.これらの係数が,弾性・弾塑性といった壁構面の履歴,静的・動的な効果の違いによって,どう変化するかによって,偏心が応力分布に及ぼす影響を評価する.

 木質構造の壁構面の特徴として,剛性と耐力が比例関係にあり,壁構面では加算則が成立することがあげられる.このとき,それぞれの構面の荷重―変形曲線は,図2のような関係になる.

 このとき,応力集中率axは,

 ここで,

 Kx :X方向の各耐力壁の剛性

 ey :偏心距離

 KR :ねじり剛性

と表される.

 静的には直交方向壁構面が降伏しない範囲では,剛性の低い構面の応力集中率ax1は,加力方向両構面が降伏すると,弾性時の応力集中率より小さい塑性時応力集中率axy1に収束する.この応力集中率の低下率は,加力方向構面の降伏による並進剛性の低下に対する,ねじり剛性の低下の比に依存し,加力直交構面の剛性が高い場合には,応力集中率の低下率は大きくなる.

 さらに,直交方向構面も降伏する場合,剛性の低い構面の応力集中率ax1は,塑性時応力集中率axy1から再び増加し,弾性時の応力集中率に収束する.

 動的には,剛性の低い構面の,弾性時の静的弾性応力集中率axに対する動的弾性応力集中率axd,塑性時の静的塑性時応力集中率axyに対する動的塑性時応力集中率axydの比は偏心率に比例し,以下のように表せる.

 実地震波の入力に対して

 弾性モデル axd1/ax1=0.5Rex+1.0

 弾塑性モデル axd1/axy1=1.0Rex+1.0

よって,剛性の低い構面の応力集中率は,加力方向の塑性化に伴い減少し,動的効果により増加する.よって,本解析モデルの各応力集中率は,図4のようになる.

 また,剛性の高い構面の応力集中率は,静的にも,動的にもax6=axy6=axd6=axyd6=1.0を上限とする.

 一方,応力分布係数は図5の勾配Rにあたり,加力方向両構面が弾性域,塑性域,同じ状態であれば,

 〓 ただし,K/2=Ky1=Ky5

と表せ,建物縦横比と直交方向構面の剛性だけで決まる.

 静的応力分布係数Rは,図6のように加力直交方向構面が降伏しない場合,加力方向壁構面が,両構面とも同じ状態にある場合(両構面とも弾性域,両構面とも塑性域)には,一定値を示す.

 加力直交方向構面が降伏する場合には,応力分布係数は直交方向壁構面の剛性低下により急激に増加する.

 動的応力分布係数Rdは,図7のように偏心率Rexが大きくなるにつれ低下し,弾性モデルで

 Rd=Rex/1.5×R

 ただし,R:静的応力分布係数

 弾塑性モデルで

 Rd=Rex/1.25×R

となる.また,動的にも,直交方向壁構面の剛性に比例する応力分布係数は,直交構面の降伏により急激に増加する.

 このように偏心率の大きさによる応力集中率ax,応力分布係数Rの弾塑性の影響,動的効果が明らかになった.

 さらに,偏心建物の剛性の高い構面への補強,直交方向壁構面への補強が偏心建物に及ぼす影響,床剛性,減衰が,偏心建物に及ぼす影響を考察した.

 剛性の高い構面への補強は,静的には補強によって,剛性の低い構面の荷重負担率が低下し,補強の有効性が示されたが,動的には,入力波,補強前の建物の偏心率により,必ずしも有効に働かず,むしろ剛性の低い構面への応力集中を促進する可能性がある.

 直交方向壁構面への補強によるねじり剛性の増加は,剛性の低い構面への応力集中を低下させるのに有効で,動的には,加力方向の2倍程度の補強で効果が大きく現れる.逆に,直交方向壁構面の降伏などによる剛性の低下は,剛性の低い構面への応力集中を急激に増加させる.

 床面のせん断剛性が小さい場合には,回転変形に比べ,せん断変形が大きくなり,各壁構面の負担荷重は,負担床面比に近くなる.これは,静的にも,動的にも同じ傾向がみられた.

 建物の減衰の大きさが,偏心建物の応力分布に及ぼす影響は少なく.通常の範囲内ではほとんど変化しない.

 このように,加力方向364cm×加力直交方向455cmの一層一軸偏心モデルの静解析,実大静加力実験,動解析,実大振動台実験を通して,木質構造住宅の偏心が応力分布に及ぼす影響を考察した.主なパラメータによる影響は明らかになったが,偏心建物に影響を及ぼすパラメータは,まだ数多く残されている.本研究と同様に,これらのパラメータの影響をひとつひとつ解明していくことにより,建物の偏心が応力分布に及ぼす影響を正確に推定することが可能となるであろう.

図1 一層一軸偏心系

図2 加算則が成立する履歴

図3 応力集中率(静的弾塑性)

図4 応力集中率(動的弾塑性)

図5 応力分布係数

図6 応力分布係数(静的弾塑性)

図7 応力分布係数(動的弾塑性)

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は,兵庫県南部地震において,多数の木質構造住宅が倒壊した理由のひとつとして,耐力壁の配置が偏っていたためにねじれ振動が引き起こされ,その結果負担応力が過大になった耐力壁が破壊したことが挙げられることに鑑み,偏心の程度と耐力壁間の応力分布の関係について検討したもので,7章からなっている.

1章「はじめに」では,兵庫県南部地震の被害で,偏心によると思われるものを例示したあと,本論文の検討対象として,並進入力を受ける1層1軸偏心系モデルを採用するとしている.また,静的・動的偏心距離,応力集中率,応力分布係数等の本論文における主要な用語について定義している.

2章「既往の研究とその位置付け」では,耐力壁,床構面等,本研究に必要な基礎データに関する研究や,偏心によるねじれ振動に関する既往の研究および耐震規定における偏心の扱われ方等を紹介している.また,本論文で扱う偏心の仕方や建物のパラメータの限定について説明している.

3章「静解析」では,2間と2.5間の平面を持ち,外周部のみに耐力壁がある1層モデルを採用し,耐力壁の総剛性が一定の場合と1構面の剛性が一定の場合とについて,耐力壁の量や配置を変えたモデルを設定し,静的に水平力を受けたときの弾塑性挙動を解析的に検討している.その結果として特に,加力直交方向の壁面の降伏が,剛性の低い構面の応力集中率を急激に増加させることを指摘している.

4章「実大静加力実験」では,3章で解析を行ったのと同じ形状・寸法を持つ実大モデルについて,静的水平加力実験を行った結果について述べている.モデルに等分布荷重を与えて変形等を測定した結果から,応力集中率や応力分布係数は,静的実験においても解析と同様の傾向を示すことを確認している.

5章「動解析」では,上記と同じモデルについて,正弦波および神戸海洋波等の複数の地震動に対する動的弾性および弾塑性解析を行った結果について述べている.応力集中率や応力分布係数の解析結果は,地震動の特性によりばらつくが,静的解析の結果に対して,弾性・弾塑性応答ともに動的な効果が現れていることを指摘している.

6章「実大振動台実験」では,やはり同じ形状・寸法の実大モデルを振動台上に設置して行った加振実験の結果について述べている.この実験は,2カ所別々の振動台を用いて行われているが,それらの結果を総合して,実験の結果と解析の結果がおおむね一致することを確認している.

7章「まとめと今後の課題」では、本研究の結果明らかにされた応力集中率と応力分布係数それぞれの偏心率と変形角に対する定性的な傾向と、検討したモデルにおける定量的な関係についてまとめている。また、剛性の高い構面への補強(耐力壁の増強)が動的効果を考慮すると耐震上必ずしも有利ではないこと、直交方向構面への補強は効果が高いこと、床構面の剛性が低いと耐震上不利であることなどを指摘している。

 以上本論文は、木質構造住宅の耐震性に非常に関係の深い耐力壁配置如何による偏心とその結果生じるねじれ振動について、静的解析・静的加力実験・動的解析・振動台実験によって多面的な検討を行い、木質構造住宅の耐震性を向上させるための貴重な知見を得たものであり、建築学上の発展に寄与するところがきわめて大きい。

よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として、合格と認められる。

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