学位論文要旨



No 116017
著者(漢字)
著者(英字) Zaid,Safaa,Shaban,Sayed
著者(カナ) ザイド,サファ,シャバン,サイード
標題(和) 地震力を受ける鉄筋コンクリート造柱梁接合部の挙動
標題(洋) Behavior of Reinforced Concrete Beam-column Connections under Earthquake Loading
報告番号 116017
報告番号 甲16017
学位授与日 2001.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第4854号
研究科 工学系研究科
専攻 建築学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 小谷,俊介
 東京大学 教授 壁谷澤,寿海
 東京大学 助教授 塩原,等
 東京大学 助教授 川口,健一
 東京大学 助教授 中埜,良昭
内容要旨 要旨を表示する

 柱・梁接合部は,地震力に対して設計される鉄筋コンクリート造骨組にとって重要な部分である.そのため,日本建築学会の「鉄筋コンクリート造建物の靭性保証型耐震設計指針」,アメリカのコンクリートエ学協会の建築設計規準,千ユージーランドのコンクリート造構造計算規準NZS-3101などの鉄筋コンクリートの構造設計規準では,接合部破壊防止の規定を設けられいる.しかし,柱・梁接合部は,過去30年以上その研究が続けられてきたにもかかわらず,その挙動が完全に理解されていない数少ない構造要素の一つでもある.柱・梁接合部の設計と構造規定には,各国の規準の間に大きな違いが残っている.

 本論文は「地震力を受ける鉄筋コンクリート造柱梁接合部の挙動」と題し,英文で書いており、その内容は次のとおりである.

 第1章「序論」では,研究の背景と自的を述べた.本研究の目的は,鉄筋コンクリート造内柱梁接合部(以下,接合部と呼ぶ)の地震時におけるせん断抵抗機構について,実験と解析により検討を行なうことである.特に,(1)接合部せん断力,(2)梁主筋の付着,(3)接合部の横補強筋量の影響について検討する.

 第2章「既往の研究」では,接合部設計法と接合部の挙動のモデルに関する過去の研究を検討した.現行の鉄筋コンクリート構造の耐震設計基準では,地震時に接合部の必要な性能が損なわれないよう,(1)接合部入力せん断力の値を制限し,(2)柱せいと接合部を貫通する梁主筋径の比の制限している.それらの基準では,接合部のせん断抵抗機構と付着性能は独立な因子として見なされている.しかしながら,過去の実験ではこの2つの因子に重要な相互作用が存在することが指摘されているが、この相互作用を接合部の設計に反映する研究は行われていない.

 第3章「柱梁接合部のせん断抵抗モデル」では,柱・梁接合部のせん断破壊を理論的に表す塩原のモデルについて述べた.このモデルでは,接合部変形は斜めせん断ひび割れで分割された4つの三角形コンクリート部分の回転による動きから成り立つと仮定し、変形した状態で力の釣り合いを定式化し,釣り合い条件から独立変数を導くことができる.この論文において,接合部の長方形の形状を考慮できるよう塩原モデルを拡張した.

 第4章「柱梁接合部の抵抗に関するパラメトリックスタディ」では,接合部せん断抵抗機構に影響を及ぼす重要な因子を個別に検討した.ここで得られた結論は次のとおりである.

 1.接合部の理論上の最大抵抗モーメント(MJJmax)値は,梁の主筋による接合部の両側に生じる力(T1とT2)が同時にある最適値に到達した場合にのみ達成される.

 2.接合部が最適抵抗モーメントに到達するためは,梁主筋の定着強度を引張力Tlと等しくすることが望ましい.

 3.接合部の理論上の最大抵抗モーメントMJJmaxは,柱幅と梁せいの接合部アスペクト比(r)の増加により増大する.

 4.接合部の横補強筋の役割は、梁の主筋の応力T1Bがある制限値T1Jmaxよりも小さい場合にのみ、接合部のモーメント抵抗機構の強度を増加させる効果がある.

第5章「内部柱梁接合部の設計」では,梁端で塑性ヒンジを形成する強度と接合部が破壊する時の強度を比較することによる,柱・梁接合部の設計手順を提案する.なおここでは,梁の曲げモーメント抵抗に反映する付着劣化の影響も考慮する.

 付着劣化,または接合部の横補強筋が接合部挙動に与える影響を考慮し,柱梁接合部の設計手順とモデルを提案した.さらに,梁端強度が接合部強度への影響を与える(a)接合部の入力せん断応力のレベル,(b)接合部内での梁主筋の付着応力レベル,(c)接合部の横補強筋力,(d)接合部の大きさ,(e)梁の圧縮鉄筋と引張鉄筋の距離などの要因について検討した.ここで得られた結論は次の通りである.

 1.接合部の梁通し主筋を,設計限界引張力と圧縮力(T1limitとT2limit)とした場合に梁,及び接合部の抵抗モーメントは最大となる.

 2.柱梁接合部の設計手順とモデルを提案した.このモデルは付着劣化と接合部横補強筋量が接合部挙動に及ぼす影響を考慮している.

 3.接合部の強度は,梁主筋による力T1の増加と共に増大し,最大強度に達するとせん断破壊する.せん断破壊を避けるために,接合部の寸法を増すべきである.

 4.接合部の許容入力せん断応力と接合部曲げ抵抗強度は,接合部の寸法が大きくなるのにつれて上昇する.

 5.提案したモデルで予測される接合部の限界せん断応力は他の基準に定められた接合部のせん断応力の制限値と良く適合する.

第6章「既往の実験結果の解析」では,提案された設計法により47体の柱梁接合部試験体のデータベースの解析を行った.柱・梁接合部の破壊モードは,試験体の破壊モードと良く適合し,以下の結果がえられた.

 1.接合部破壊を避けるためには,接合部の抵抗降伏モーメントと梁の抵抗モーメントの比は1.1以上とすることが望ましい.

 2.接合部破壊を避けるためには,梁の引張力と接合部横補強筋力の和と梁主筋力の比を1.8以上とすることが望ましい.

 第7章「実験計画」では,実験目的,実験の変数,加力方法とデータ収集の方法に関して説明する.実験目的は,(1)接合部の破壊に及ぼす梁の曲げ強度増加の影響について検討すること,(2)柱梁接合部試験体に特殊な接合部補強を使用した場合の接合部強度の改善を図る効果を検討すること,(3)内柱梁接合部のせん断破壊機構における塩原モデルの妥当性を検討すること,(4)接合部を通過ずる梁主筋の定着強強度が,接合部モーメント抵抗強度に及ぼす影響を検討することである.試験体は,縮尺1/4の鉄筋コンクリート十字型平面試験体である.主な実験の変数は,入力せん断応力の大きさ,接合部の補強の詳細,および,接合部と梁のモーメント強度の大小関係である.

 試験体S1とS2は,接合部せん断破壊する前に梁が曲げ降伏した場合の性能を検討するために設計した.試験体S2は,接合部に対して梁の曲げ強度を増加させるために接合部を貫通しない追加の梁主筋が配筋してある.その他の条件は,従来の試験体であるS1と同じである.試験体S3とS4は,接合部を貫通する梁主筋の数の増加による接合部せん断力によって破壊する様に設計した.試験体S3は,従来の補強方法であり,試験体S4は,曲げ抵抗を増やすための新しい接合部の補強である.それにより,この試験体は,接合部破壊しないよう意図されている.

 第8章「実験結果」では,実験結果について述べる.報告する内容は,(1)試験体全体の挙動,(2)層せん断力-層間変形角関係,(3)ひび割れ進展状況,(4)接合部と梁の変形,(5)主筋と補強板の歪である.

 9章「実験結果の検討」では,実験結果の検討を行なった.柱・梁接合部試験体の性能は,接合部せん断力,梁主筋の付着力低下,繰返し載荷による剛性の低下,層せん断力の低下と履歴挙動,エネルギー消費によって評価した.実験結果から得られた結論は以下のとおりである.

 1.特別な接合部補強によって,(1)通常のものよりも層せん断力が増加し,(2)エネルギー消費が増加し,(3)接合部変形が減少し,(4)接合部破壊から梁降伏破壊へ破壊モードが変化した.

 2.接合部を貫通しない梁主筋の追加は,(1)接合部領域に塑性変形の集中を起し,(2)梁曲げ降伏の早期発生を促進し,小変形時の強度を増加させ,(3)繰り返し載荷によるエネルギー吸収能力低下と水平強度の急激な低下を引き起こし,(4)定着力の急激な低下を起こした.

 3.このように実験結果は,提案した梁柱接合部の設計法が妥当であることを証明した.

 第10章 「要約と結論」では,この研究の結論と,今後の課題を述べた.解析的な検討からの結論は以下のとおりである.

 1.接合部の最適なモーメント強度を確保するために,T1とT2は同時に上昇しなければならない.ここで,T1とT2は接合部を貫通する梁主筋によって伝達引張力と圧縮力である.

 2.梁主筋の付着抵抗(B=T1-T2)を最適な接合部のモーメント抵抗を確保するための梁の引張力Tlと同じ大きさの付着力を接合部の中で確保することが望ましい.

 3.接合部の最大耐力は,(1)接合部のせいと高さの比(2)梁又は柱の引張力または圧縮力と全断面の比に伴って,増加する.

 4.TlとT2の力が真の限界値である(T1LimitとT2Limit)以下で増加している時,接合部のモーメント抵抗(Mi)は,梁のモーメント抵抗より大きい.しかし,その力が限界値を超えた時,接合部のモーメント抵抗は,梁のも一面とて以降より小さくなる.このように,限界力T1LimitとT2Limitは接合部破壊を避ける設計限界として選択される.

 5.接合部せん断領域が増加している時,梁主筋によって伝達される引張力の設計限界(T1Limit)は,増加する.その傾向は,実験結果の考察と一致している.

 6.新しいモデルにで推定される接合部の最大せん断応力の大きさは,いろいろな経験式に基づく設計基準より良く適合する.

 解析の結果とデータベースによる実験結果を比較して,ここに提案する設計法を用いる場合,次のようにすることが望ましい.

 1.曲げ降伏時の柱・梁接合部とそれに付属する梁断面の曲げ抵抗強度の比MJy/MByは,接合部破壊防止のため,1.1以上とする.

 2.接合部が弾性範囲で挙動するためには,梁主筋の降伏引張強度と限界設計強度の比T1yexp/T1limitを0.6以下にすること.T1yexp/T1limit比が0.6と1.0のにある時には,梁主筋の定着強度に注意を配る必要がある.接合部の強度を強化するため,接合部に特殊な補強方法を用いる場合を除き,接合部破壊を避けるにはT1yexp/T1limit比は1.0以上にしない.

 実験的研究の結果は以下の通りである.

 1.特殊な接合部補強を使用することにより,接合部強度の増加,エネルギー吸収能の改善,および,接合部変形能力の改善された.

 2.接合部を貫通しない梁主筋を追加を梁に追加は,接合部パネル内の梁主筋塑性化につながり,塑性変形域が接合部領域に移動する.

 参考文献では論文中に引用された文献のリストを示した.

 付録Aには,本論文に使用した内柱・梁接合部の試験体のデータベースを示した.

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は、「Behavior of Reinforced Concrete Beam-column Connections under Earthquake Loading(地震力を受ける鉄筋コンクリート造柱梁接合部の挙動)」と題し、原文は英文で書かれた全10章からなる。

 第1章「Introduction(序論)」では、研究の背景と研究目的を述べている。地震動を受ける鉄筋コンクリート造骨組において柱梁接合部は構造物を支持する重要な部分であり、損傷を補修することが困難なことから、日本を含めた地震国では柱梁接合部に損傷が生じないように設計規定が定められている。しかし、各国により柱梁接合部の破壊に関する研究が異なっていることから、接合部の設計規定が異なっている。そこで、本研究では、解析および実験的研究により、鉄筋コンクリート造骨組の内柱梁接合部のせん断抵抗機構を解明し、合理的な設計法を提案することを目的とするとしている。

 第2章「Review of Past Research(既往の研究)」では、地震による柱梁接合部の損傷の実例を示し、柱梁接合部の設計及び挙動に関する実験的および解析的な既往の研究を検討して、柱梁接合部のせん断抵抗に関する考え方が異なることを指摘し、作用するせん断力と接合部を貫通する梁主筋の付着抵抗の相互作用が接合部のせん断抵抗機構に考慮されていない問題点を明らかにしている。

 第3章「Shear Failure Model of Beam-Column Joints (柱梁接合部のせん断抵抗モデル)」では、塩原による柱梁接合部の解析モデルを取上げ、接合部に作用するせん断力と接合部を貫通する梁主筋の付着抵抗の相互作用を考慮できることを確認している。

 第4章「Parametric Study on Moment Resistance of Joints (柱梁接合部の抵抗に関するパラメトリックスタディ)」では、設計で重要となる因子を実用的な範囲で変動させ、柱梁接合部のせん断耐力に与える影響について、解析モデルにより検討している。特に、接合部の耐力を最大にする接合部両端の梁主筋応力が存在すること、接合部の耐力は接合部の形状の影響を受けること、接合部横補強筋の接合部せん断耐力への寄与は接合部端部における梁主筋応力レベルにより異なること、などを明らかにしている。

 第5章「Design ofR/C lnterior Beam-column Joints (内部柱梁接合部の設計)」では、柱梁接合部両側の梁が曲げ降伏する耐力と接合部耐力を比較し、梁曲げ降伏を先行させて接合部を破壊させない条件を明らかにし、柱梁接合部耐力には限界が存在することを示し、その限界の範囲で接合部耐力を増大させる設計法を提案している。

 第6章「Analysis of Existing Test Results (既往の実験結果の解析)」では、柱梁接合部に関する47体の既往の試験体について、ここで提案する柱梁接合部の設計法の妥当性を検証し、接合部せん断耐力に寄与するせん断補強筋の効果を明らかにし、設計で用いる柱梁接合部耐力などの余裕度を提案している。

 第7章「Experimental Program(実験計画)」では、本論文で取上げた解析方法の妥当性を検証するために特殊な配筋方法により接合部の耐力を上昇させることを意図して設計した縮尺1/2の試験体4体について、試験体の設計、測定、加力方法について述べている。

 第8章「Experimental Results(実験結果)」では、試験体4体の実験時の挙動、ひび割れ状況、変形などを詳細に報告している。

 第9章「Discussion of Experimental Results(実験結果の検討)」では、柱梁接合部のモデル化に重要な実験結果について検討し、解析モデルで有効とされる特別な接合部補強の効果を確認し、解析モデルの信頼性を検証している。

 第10章「Summary and Conclusions (要約および結論)」では、本研究の内容を要約し、得られた結論を述べている。

 以上を要するに、本論文は、これまで世界的に合意が得られていない鉄筋コンクリート造骨組の柱梁接合部の耐震設計法を取上げ、解析的な研究により、接合部の耐力と接合部を貫通する梁主筋の付着の相互作用があることを明らかにし、梁の曲げ降伏を先行させる設計方法を提案し、実験によりその妥当性を検証している。この研究は鉄筋コンクリート構造の耐震性を向上させるものであり、建築構造学、特に鉄筋コンクリート構造および耐震構造学の発展に寄与するところが大きい。

 よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

UTokyo Repositoryリンク