学位論文要旨



No 116018
著者(漢字) 方,沛宇
著者(英字)
著者(カナ) ファン,ペイユ
標題(和) FORM設計点探索の骨組構造物の耐震実験・解析への応用
標題(洋) An Application of FORM Design Point Search to Seismic Test and Analysis of Framed Structures
報告番号 116018
報告番号 甲16018
学位授与日 2001.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第4855号
研究科 工学系研究科
専攻 建築学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 大井,謙一
 東京大学 教授 神田,順
 東京大学 助教授 高田,毅士
 東京大学 助教授 中埜,良昭
 東京大学 助教授 川口,健一
内容要旨 要旨を表示する

 1995年の阪神・淡路大震災、1998年の関東地方の異常積雪などにおいて、鉄骨造を含む構造物の様々な形式の崩壊現象が観察された。これらの原因は、いずれも各種の荷重の持つ大きな不確定性であると考えられ、その不確定性を合理的に評価して構造物の設計・検証に取り込む必要がある。一方では、建物に対する要求性能はますます多様化し、従来の構造安全性・使用性といった設計目標の他、復旧可能性、継続使用性等を含む性能指向型構造設計工学の研究が活発になっている。日本では、建築基準法の性能規定化の方針が示され、各種設計規定の改訂が行われている。ただし、これまでに、荷重の不確定性、設計目標の多様化に十分対応できるような実証的性能評価技術は開発されていないのが実情である。本研究は、近似信頼性理論に基づいて、実証的構造性能評価システムの開発を試み、あわせて動的非線形解析に基づく耐震設計計算(NDP:Nonlinear Dynamic design Procedure)の簡略化手法を提案するものである。

 すなわち、本論文の目的は、(1)一次近似信頼性手法(FORM:First Order Reliability Method)による設計点探索と載荷実験を結合した新しい構造信頼性検証システムを開発し、骨組の載荷実験例を通じて検証システムの適用性を検討し、(2)FORM近似信頼性理論に基づいて・設計計算において考慮する崩壊モード数と振動モード数の低減手法を提案し、Globa1な視点で簡略化されたNDPの手法を提案する。本論文は、下記の本文4章ならびに図表から構成されている。

 「第1章 序章」では、FORMを中心とした近似信頼性解析手法、計算機制御載荷実験(電算機-試験機オンライン実験)に関する既往研究の成果ならびに本論文の研究背景をまとめ、本論文の研究内容を概観している。

 「第2章 ハイブリッド設計点探索」では、FORMに基づく設計点探索と構造模型試験体に対する載荷実験とをオンラインで結合した実験システムを開発し、その適用例を示している。限界状態設計における設計点探索とは、構造物がおかれている不確定な状況を一つの確定的破壊状況に集約することを意味するが、本論文では、構造物を確定(試験体)とし、荷重条件のみを不確定とする場合を取扱う。FORM設計点探索アルゴリズムと載荷実験とを結合した適応載荷システムを構築し、製作された構造模型に対する構造信頼性検証実験を実施している。本検証システムは、載荷実験中の実験情報(復元力、変位、歪みなど)から、骨組の限界状態到達を認知し、事前予測を試みることによって、発生しようとする破壊状況に対して、不利でありかつ生起しやすい荷重条件へと載荷条件を変化させ、最も発生しやすい破壊状況に到達させる実験システムである。なお、(1)限界状態関数が既知の場合と、(2)実験状況に応じて限界状態関数形が変化する場合との、二種類の適応載荷実験例を示している。不確定荷重条件としては、1次モード様の荷重分布と2次モード様の荷重分布が、互いに独立な確率変数を乗数として結合されるような、ランダム複合モード荷重を仮定している。

(1)限界状態関数が既知の場合の例としては、矩形断面部材から成る2層ラーメン鉄骨骨組の試験体に対して、いずれかの層の層間変位が予め指定した限界値に達する状態を限界状態として設定し、ハイブリッド設計点探索を行っている。このシステムは、載荷プロセスにおいて測定される各時点の試験体応答の実測値に基づいて、与えられた限界状態関数gの値を評価する。多様な限界状態関数に対応できるように非微分型の設計点探索アルゴリズムを導入している。

(2)実験状況に応じて限界状態関数形が変化する場合の例としては、H形鋼部材から成る2層骨組の崩壊メカニズム形成を限界状態として設定点探索を行った例を示している。この場合、出現する崩壊メカニズムに限界状態関数の関数形が依存する。実験で測定される塑性変形増分をモニターし、出現の推測される崩壊モード形状に応じて、FORM設計点の意味で最も不利なモード乗数分布を評価し、その荷重条件へと移行するような「適応載荷システム」を開発している。

 「第3章FORMによるNDPの簡略化」では、考慮する(i)崩壊モード数の低減と(ii)振動モード数の低減による簡略化弾塑性地震応答解析手法を提案している。これらのモード低減数決定のための予備解析として、第2章で用いたランダム複合モード荷重条件による予備設計点探索を行い、高次弾性振動モードの影響を合理的に取り入れたRandom Pusbover解析の概念を提案している。ランダム複合モード外力モデルは、骨組の古典的規準モードに基づく荷重基底ベクトルの線形結合で表現し、各モード乗数については、互いに無相関であり、平均値が0、標準偏差が設計用加速度応答スペクトルと有効質量との積に比例するような確率変数と仮定している。

 FORMに基づいて崩壊メカニズム形成を仮の限界状態として設計点を探索し、ある崩壊モードの設計点におけるモード乗数の設計値は、その崩壊モードが発生するとしたら、局所的な確率密度が最も大きくなるような、複合モード外力の構成を表すことになる。

 (i)崩壊モード数の低減に関しては、発生しやすい崩壊モードを標準空間における原点から設計点までの距離(=信頼性指標β)の昇順でならべ、βの小さい方から有限個の崩壊モードを選択して、崩壊モード数を低減した降伏多面体モデルを構成している。またシステム信頼性理論における確率回路網法(PNET:Probability NETwork)を応用して、相関の高い崩壊モードが複数ある場合には統合化を行って、NDPにおける崩壊モード数の低減を行っている。

 次に(ii)振動モード数の低減に関しては、下記の(a)および(b)の条件を考慮する。(a)固有周波数10Hz以上の振動モードを全部省略する、(b)(i)において選択した崩壊モードの設計点における信頼性感度(分離係数)を参照して、信頼性感度が大きい振動モードを優先して応答解析に考慮する。

 NDPにおける復元力特性モデルは、降伏多面体モデルを用いる。完全弾塑性骨組のn次元復元力空間での安全領域は、崩壊メカニズムを表す対になった超平面群で囲まれる凸多面体になる。崩壊メカニズムに到達する前の局所的な塑性化の影響を無視し、凸多面体の内部では骨組は弾性挙動するものと仮定する。

 応答計算では、復元力を更新する自由度数と、モード座標で表現された運動方程式の数値積分の際に考慮する自由度数とを区別して設定する。前者の復元力を更新する自由度数は、崩壊モードの同時発生を記述する必要から選択した崩壊モード数以上とするが、後者の運動方程式の数値積分に用いる次数に関しては、先に述べた(a)、(b)の条件を考慮して復元力更新自由度以下の数に低減する方針を提案した。

 2層ラーメン骨組のオンライン地震応答実験、ならびに9層骨組の応答計算例を通じて、崩壊モード数ならびに振動モード数低減手法の適用性について検討している。

 「第4章 結論」では、本研究で得られた結果を要約し、今後の研究課題について展望している。

 本論文における新しい性能評価技術の提案を列挙すると以下のようになる。

 (1)構造模型に対する載荷実験と、FORM近似信頼性解析における設計点探索解析との結合を試み(ハイブリッド設計点探索)、不確定荷重条件を対象とした適応載荷実験システムを開発した。

 (2)崩壊モードを重要なもののみに限定した降伏多面体モデルに対して、振動モード数を低減した応答計算を行う手法を提案し、従来の部材レベルの弾塑性挙動モデルに基づく弾塑性骨組地震応答解析を、Globalな視点で大幅に簡素化する方策を示した。

 (3)適切な崩壊モード数・振動モード数の低減を行うための予備解析手法として、ランダム複合モード荷重モデルによるrandom push-over解析手法を提案した。この手法は、NDPにおける崩壊モード数・振動モード数低減の問題以外にも、静的な検証プロセスにおいて、高次振動を合理的に考慮した外力パターンを設定する際にも利用できる。

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は、An Application of FORM Design Point Search to Seismic Test and Analysis of Framed Structures (FORM設計点探索の骨組構造物の耐震実験・解析への応用)と題する英文の論文であり、近似信頼性理論に基づいて、実証的構造性能評価システムの開発を試み、あわせて動的非線形解析に基づく耐震設計計算の簡略化手法を提案することを目的としたものである。本論文は、本文4章ならびに図表から構成されている。

 「第1章 序章」では、FORMを中心とした1次近似信頼性解析手法、計算機制御載荷実験(電算機-試験機オンライン実験)に関する既往研究の成果ならびに本論文の研究背景をまとめ、本論文の研究内容を概観している。

 「第2章 ハイブリッド設計点探索」では、1次近似信頼性解析手法に基づく設計点探索と構造模型試験体に対する載荷実験とをオンラインで結合した実験システムを開発し、その適用例を示している。設計点探索アルゴリズムと載荷実験とを結合した適応載荷システムを構築し、製作された構造模型に対する構造信頼性検証実験を実施している。本検証システムは、載荷実験中の実験情報(復元力、変位、歪みなど)から、骨組の限界状態到達を認知し、事前予測を試みることによって、発生しようとする破壊状況に対して、不利でありかつ生起しやすい荷重条件へと載荷条件を変化させ、最も発生しやすい破壊状況に到達させる実験システムとなっている。限界状態関数が既知の場合の例としては、矩形断面部材から成る2層ラーメン鉄骨骨組の試験体に対して、いずれかの層の層間変位が予め指定した限界値に達する状態を限界状態として設定し、ハイブリッド設計点探索を行っている。このシステムでは、載荷プロセスにおいて測定される各時点の試験体応答の実測値に基づいて、与えられた限界状態関数の値を評価しており、多様な限界状態関数に対応できるように非微分型の設計点探索アルゴリズムを導入している。また、実験状況に応じて限界状態関数形が変化する場合の例として、H形鋼部材から成る2層骨組の崩壊メカニズム形成を限界状態として設計点探索を行った例を示している。この場合、実験で測定される塑性変形増分をモニターし、出現の推測される崩壊モード形状に応じて、1次近似信頼性解析の意味で最も不利なモード乗数分布を評価し、その荷重条件へと移行するような適応載荷実験システムを開発することに成功している。

 「第3章 FORMによるNDPの簡略化」では、崩壊モード数の低減と)振動モード数の低減による簡略化弾塑性地震応答解析手法を提案している。これらのモード低減数決定のための予備解析として、第2章で用いたランダム複合モード荷重条件による予備設計点探索を行い、高次弾性振動モードの影響を合理的に取り入れた予備解析手法を提案している。

 崩壊モード数の低減に関しては、発生しやすい崩壊モードを標準空間における原点から設計点までの距離の昇順でならべ、距離の小さい方から有限個の崩壊モードを選択して、崩壊モード数を低減した降伏多面体モデルを構成している。またシステム信頼性理論における確率回路網法を応用した崩壊モードの統合化を行っている。

 また振動モード数の低減に関しては、固有周波数の上限を設定するとともに、崩壊モードの設計点における信頼性感度を参照して、応答解析に考慮する振動モードを選択している。提案された簡略化手法は、2層ラーメン骨組のオンライン地震応答実験、ならびに9層骨組の応答計算例との比較を通じて、その妥当性および適用性を検討している。

 「第4章 結論」では、本研究で得られた結果を要約し、今後の研究課題について展望している。

 以上のように、本論文においては、構造模型に対する載荷実験と、近似信頼性解析における設計点探索解析との結合を試み、不確定荷重条件を対象とした適応載荷実験システムを開発することに成功しているとともに、従来の部材レベルの弾塑性挙動モデルに基づく弾塑性骨組地震応答解析を、グローバルな視点で大幅に簡素化する方策が提案されている。これらの実験手法および解析手法は、建築構造物の今後の性能設計法の展開において、新しい有用な設計検証ツールを提供している。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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