学位論文要旨



No 116019
著者(漢字) 朴,成元
著者(英字)
著者(カナ) パク,セイゲン
標題(和) 地理情報システムを活用した高齢者通所経路ネットワークに関する研究
標題(洋)
報告番号 116019
報告番号 甲16019
学位授与日 2001.03.27
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第4856号
研究科 工学系研究科
専攻 建築学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 長澤,泰
 東京大学 教授 藤井,明
 東京大学 助教授 西出,和彦
 東京大学 助教授 曲渕,英邦
 東京大学 教授 清水,英範
内容要旨 要旨を表示する

 世界最長の平均余命に誇りを持つ日本には、急速に進む高齢化と共に、在宅介護をはじめ、より社会化・専門化された「介護」についての関心が高まっている。特に、2000年4月より実施された介護保険制度によって、介護そのものが家族依存から社会的な連帯によって支えるかたちとなり、「do more with less」(より少ない費用でより多くの成果を出す)或は「value for money」(国民の税に対する支払価値、費用対効果)を追求するための効率化概念が一層求められる傾向がうかがえる。その中、通所サービスは、「高齢者の健康保持や疾病の予防、高齢者食生活の充実、他人との交流を通じて孤独感を防ぎ、高齢者の異変をいち早く察知できる」といった独自特有な効果を通して、「生活の質」の維持・向上の役割を果たす上、入所型利用者の増加を有効に緩和しつつ、在宅介護をより効果的に支えている。

 通所サービスは心身変化の激しい高齢者を対象としているため、そのサービス向上には正確でスピーディな情報と対応が必要となる。しかし、現時点、介護現場では送迎を含む様々なサービスの計画・管理などを紙地図や手作業で行っており、その対応には多くの労力と時間が必要となることから、これらサービスの支援システムの必要性が高まっている。一方、生活圏が狭くなりがちな高齢者にとって、通所施設とそのサービスは自立を支えて生活圏を拡大し、高齢者自身の地域生活を活性化させる重要な要素である。その意味で、高齢者通所に適する地域の空間のあり方を探ることが、福祉まちづくりにおいての一つ重要な課題であるといえる。

 本論文では、環境行動論に基づき、行動地理学の視点と考え方を援用して研究を展開しつつ、家から施設まで通所の様態とその拡がりの特徴に着目し、地理的環境との関連性を明らかにした上、高齢者生活圏の拡大・サービスの向上を目指して、地域施設計画の分野でのGIS(地理情報システム)活用の試みを通して、効率的な福祉まちづくり・社会基盤の整備に資することを目的とする。

 本論文は、序章、終章、及びその他の四章から構成されている。以下、各章について要旨を述べる。

 「第一章.序章」

 まず、研究の背景として社会的な変化による介護の定義や、公的介護と在宅介護を含む介護の変容とその諸要素を説明する。そして介護現場に潜在している矛盾と地域施設計画的課題を論じ、本論の目的を提示する。また、日本における高齢者研究の流れや建築計画分野での高齢者研究の動向を示した上、本論の位置付けを説明する。さらに、論文の構成を挙げる。

 「第二章.研究の方法と調査概要」

 ここで、行動地理学とGIS(地理情報システム)の概念と考え方をはじめ、介護福祉分野での適用について検討し、本研究の視点と特色を指摘する。さらに、地理的環境、住環境の分布、人口の推計などを行い、調査対象地域の特徴を示す。さらに、調査対象施設の概要、その周辺状況や調査概要について説明した上、各調査対象施設の利用者の基本属性の解析について報告する。最後に通所サービスの日課と送迎の現状と課題をまとめる。

 「第三章.家から送迎待ち拠点までに関する考察」

 「3-1.待ち拠点について」では、待ち拠点と道路環境の対応関係をはじめ、道路の幅員は「Door to Door」のサービスの実現に関わる最も大きな要因であることを示した。心身状況との対応関係には、主に集合住宅より専用住宅の方が、自宅の玄関先まで到達する可能性が高い結果を得た。さらに、住居環境と土地用途との関係から、集合住宅エリアにおける共通ステーションの設置の必要性が潜在する一方、近隣商業地域の幹線道路において、待ち拠点が生じやすい傾向がみられ、「Door to Door」サービスの実現は、道路の幅員、道路までの距離だけではなく、土地の用途や地域が有する性格・特性にも大きく関連している結果がみられた。

 「3-2.待ち拠点と利用者コスト」では、コスト定量化にめぐって様々な議論を行い、実際の送迎ルートをとりあげ心身状況別の乗車の「合計距離」、「合計時間」といった評価基準を決めた経緯を解説した。また、高齢者在宅サービスセンター・扇を中心に移動コストと乗車コストの構成比において、様々な分析を行い個人差を配慮した送迎ネットワークを構築する必要性を明確にした。また、移動コストと屋外環境に関する考察を通して、「Door to Door」サービスの実現には、住居から車道までのアクセス度合(道路の幅員、環状道路の有無、交通の規制)が、重要な要素であることが分かった。さらに、移動のコストと利用率の分析から、天候や季節が利用率を左右する要因であることが指摘され、その中で、住居と施設の距離ではなく、移動コストと深く関連する傾向が示された。

 「3-3.送迎の事例」では、送迎の事例を通じて、送迎ルートの設定は、利用者の移動負担に大きく影響を与えている因果関係をみ出した一方、送迎車の進行方向との関連性についても解説した上、通所サービスの現場のデリケートな実態を明確に反映させ、第四章の「高齢者通所経路ネットワークの有効分割に関する考察」の展開のために、整理を行った。

 「第四章.送迎ネットワークの有効分割に関する考察」

 本章では、送迎現場の問題点に注目し、施設のサービス向上を目指す一方、利用者・施設両者に焦点をしぼり、通所施設の諸特徴を明らかにしつつ、送迎ネットワークの有効分割のあり方を解明することを目的とする。

 「4-1.送迎現場における課題」では、まず、送迎における送迎車の制約条件、管理運営の制約条件などをはじめ、「紙地図、手作業」といった通所サービスの介護現場の厳しい現状を説明する。そして、送迎グループ分類の現実の問題点をまとめ、分類対象(利用者)分布特徴を踏まえながら送迎ネットワークの有効分割の最終的に達成する予期効果を検討する。

 「4-2.有効分割手法の構築」では、クラスター分析による分割手法に挑んだが、分割の結果は、完全に利用者の混在が避けられた一方、利用者分布の特徴に大きな関連性を持つことが分かった。つまり、利用者均衡分布の場合は、ほぼ均等の分割結果に達成するが、利用者集中分布の場合、偏る結果に導く可能性も判明された。「利用者と利用者の位置関係が非常に重要な要素である」といった啓発から利用者座標の重心を分割の軸心とした「重心法」を試み、通所利用者のグループの分類において、施設以外重心も重要な参照点であることを確認できた。最後に、車椅子の利用者を優先した分割方法の改善を検討した上、送迎車の進行方向を配慮した即応性を持つ分割方法を確立させた。

 「4-3.送迎ネットワーク分割結果の検証」では、紙地図、手作業といった人間が作成した送迎ネットワークの分割結果とGISを活用した分割の結果を比較し、その結果相対的に送迎車運行の総延長距離が短縮された一方、車椅子の乗車時間が平均乗車時間より低い結果になり、最適な分割方法により一歩近づいたと考えられる。

 「第五章.高齢者と地域の空間に関する考察及び提言」

 本章では、問題点をとりあげ総括的な考察を行い、高齢者通所経路ネットワークに適する地域空間についての議論を通して、総括的な考察と提言を行うことを目的とする。

 「待ち拠点」と「地理環境」

 住居の玄関先から車道までのアプローチのアクセス度合が、「Door to Door」サービスの実現に関わっている最大の要因であることが明確になり、近隣商業地域に待ち拠点が生じやすい傾向が指摘された。つまり現実的に、送迎待ち拠点が存続するのであれば、高齢者の日常行動圏の限界の範囲にマッチングした待ち拠点の設定や、近隣商業地域で、送迎の待ちを配慮したまちづくりの方針や柔軟の整備対策を重視すべきことを確認できた。

 「利用率」と「屋外環境」

 移動に関わっている屋外環境は、天候や季節の変化と共に、施設の利用率に影響を与え、住居と施設の間に待ち拠点のような「中間施設」の必要性が指摘された。そして、このような「中間施設」には、コミュニティや休憩しやすい場所として設けるだけではなく、天候や季節に対する抵抗性を重視すべきことを主張した。

 「ハードとソフトの連携」

 ここでは、高齢者を対象としている通所サービスの送迎には、従来のものの配送と相違性を持っため、改めて個人差を考慮する必要性を確認し、道路や街交通の面を含めた都市施設のハード的な整備を確保した上、心身状況や様々な通所にマイナスになる面を配慮した送迎に取り入れるソフト的な対策を重要視することを提案した。

 「高齢者通所経路ネットワークの有効分割について」

 利用者にとって施設は目的地であり、利用者の重心はグループ分類の軸心といった意味合を持つことを確認できた。さらに、通所施設の利用圏には、従来の利用者.施設との時間、距離だけではなく、送迎そのものから直接影響を与えられる可能性を主張した。

 「福祉まちづくり」と「GISの活用」

 高齢者通所経路ネットワークの整備が永続性を持ちつづけることや、真の住民参加型のまちづくりを実現できることは、情報の透明性、情報交換に関わることだと主張し、福祉まちづくりに双方向GISの活用を提案した。

 「第六章.終章」

 「6-1.総括」では、論文全体を総括的に取りまとめ、「6-2.これからの課題」では、本研究で未解明の部分や本論文から派生したいくつかの研究課題を挙げた。

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は、行動地理学とGIS(地理情報システム)を活用して、高齢者の家から施設までの通所の様態・拡がりの特徴を捉え、有効な通所経路ネットワークの構築を提案し、ひいては高齢者生活圏の拡大・サービスの向上を目指して、効率的な福祉まちづくり・社会基盤の整備に資することを目的としている。

 本論文は序章、終章の他、4つの章から構成されている。

 第一章の序章では、研究の背景・目的、既往高齢者研究の中での論文の位置づけと構成を述べている。

 第二章では、行動地理学とGISの概念、介護福祉分野への適用の検討、研究の視点・特色、地理的環境・住環境分布・人口推計による調査対象地域・施設と周辺状況、調査概要、また施設利用者の基本属性解析、通所サービスの日課・送迎の現状と課題をまとめている。

 第三章では.家から送迎待ち拠点の考察をしている。待ち拠点については、その道路環境の対応関係、特に道路幅員は、DTD(Door to Door)サービスの実現を阻害する最大要因であることを示している。心身状況との関係では、集合住宅より専用住宅の方が玄関先までの到達可能性が高いという結果を得ている。住居環境と土地用途との関係からは、集合住宅エリアにおける共通待ち拠点の設置の必要性が潜在する一方、近隣商業地域の幹線道路に待ち拠点が発生しやすい傾向があり、Dmサービスの実現には道路までの距離・幅員のみならず土地用途・地域特性にも大きく関連するという結果を得ている。コストの定量化については、実際の送迎ルートを対象に心身状況別の乗車合計「距離」・「時間」といった評価基準の決定経緯を解説し、高齢者在宅サービスセンターを中心に移動・乗車コストの構成比分析を行い個人差を配慮した送迎ネットワークを構築する必要性を明確にしている。移動コストと屋外環境の考察を通して、DTDサービスの実現には住居から車道に至る道路幅員、環状道路の有無、交通規制といったアクセス度合が重要要素であると指摘している。移動コストと利用率分析からは、天候・季節が利用率を左右する要因であり、住居と施設間距離ではなく移動コストが利用率に深く関連する傾向を示している。送迎事例分析を通して、送迎ルート設定は利用者の移動負担に大きな影響を与えていることを示し、送迎車の進行方向との関連性について言及の上、通所サービスの現場のデリケートな実態を明かにして、次章の分析展開の準備を行っている。

 第四章では、送迎現場の問題点に注目し、施設のサービス向上を目指す一方、利用者・施設両者に焦点をしぼり通所施設の諸特徴を明らかにしつつ、送迎ネットワークの有効分割のあり方を解明している。まず、送迎車と管理運営の制約条件、紙地図・手作業といった通所サービス介護現場の厳しい現状を示し、送迎グループ分類の現実の問題点をまとめて分類対象(利用者)分布特徴を踏まえながら送迎ネットワークの有効分割により最終的に達成する予想効果を検討している。次に、この手法の構築に際してクラスター分析による分割手法を試みた結果、利用者の混在が完全に避けられる一方で利用者が均衡分布の場合はほぼ均等の分割結果を達成するが、集中分布の場合には偏る結果を導く可能性が判明したため、利用者とその位置関係が重要ではないかという想定で、利用者座標の重心を分割の軸心とした「重心法」を試み、通所利用者のグループ分類においては施設以外の重心も重要な参照点であることを確認している。さらに車椅子利用者を優先した分割方法の改善を検討し、送迎車の進行方向を配慮した即応性を持つ分割方法を確立している。送迎ネットワークでの紙地図・手作業といった人間作成とGIS活用作成との比較では、送迎車運行の総延長距離が短縮される一方、車椅子の乗車時間が平均乗車時間より低いという結果を得ている。

 第五章では、高齢者の地域空間に関する考察・提言を行っている。「待ち拠点」と「地理環境」については、住居の玄関先から車道に至るアプローチのアクセス度合が、DTDサービス実現に関わる最大要因であることが明確になり、近隣商業地域に待ち拠点が生じやすい傾向を指摘している。そして現実に送迎待ち拠点を存続させるのならば、高齢者の日常行動限界圏内への設置、近隣商業地域での送迎待ちを配慮したまちづくりの方針、整備対策の柔軟性を指摘している。「利用率」と「屋外環境」については、天候・季節と共に移動に関わる屋外環境が施設利用率に影響を与えるため、休憩しやすく、コミュニケーションが容易で天候や季節に対する対応力のある待ち拠点としての「中間施設」を住居と施設の間に設置する必要性を指摘している。「ハードとソフトの連携」については、高齢者通所サービスの送迎には個人差を改めて考慮する必要性を確認した上で、道路・交通を含めた都市のハード(インフラ)整備と心身状況や通所にマイナスになる諸面を配慮したソフト(システム)対策を重要視することを提案している。「高齢者通所経路ネットワークの有効分割」については、利用者にとって施設は目的地であり、利用者の重心はグループ分類の軸心としての意味合を持つことを確認している。通所施設利用圏には、従来の利用者・施設との時間・距離だけではなく、送迎そのものから直接影響を受ける可能性を主張している。「福祉まちづくりとGISの活用」については、通所経路ネットワーク整備の永続性、真の住民参加型のまちづくりの容易性、情報の透明性、情報交換の有効性を挙げ、福祉まちづくりおける双方向GISの活用を提案している。

 第六章の終章では、全体を総括し、今後の課題を挙げている。

 以上のように、本論文は、高齢化が急速に進むわが国で2000年4月より実施された介護保険制度によって必要性が高まった在宅・施設介護を支える介護現場において現在、通所送迎サービスの計画・管理が紙地図や手作業で行われており、その対応に多くの労力・時間を要としているという問題点に着目し、スピーディな情報提供とその対応のため、最新のGIS(地理情報システム)を活用して、その経路のネットワーク構築を検討し提案し、さらに生活圏が狭くなりがちな高齢者にとって、通所施設を通して自立生活圏を拡大し、福祉のまちづくりに導くための方策を示唆したもので、今後の高齢社会における地域環境の在り方について基本的な知見を示しており、建築計画学の発展に大きな寄与をしたものである。

 よって本論文は博士(工学)の学位論文として合格と認められる。

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