学位論文要旨



No 116022
著者(漢字) 林,立也
著者(英字)
著者(カナ) ハヤシ,タツヤ
標題(和) 人体周辺微気象解析による呼吸空気質評価手法の開発
標題(洋)
報告番号 116022
報告番号 甲16022
学位授与日 2001.03.27
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第4859号
研究科 工学系研究科
専攻 建築学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 村上,周三
 東京大学 教授 加藤,信介
 東京大学 教授 鎌田,元康
 東京大学 教授 橘,秀樹
 東京大学 助教授 平手,小太郎
内容要旨 要旨を表示する

 本研究は、人体が吸入する空気質(呼吸空気質)を合理的に評価する手法を開発し、効率よく良好な呼吸空気質の確保を図る換気・空調方式や室内空気環境設計手法を提案することを目的としている。

 従来、室内の空気質は、完全混合の概念を前提として、主に室内の換気回数と汚染発生量の2つのパラメーターにより評価されてきた。しかし、実際の空気質は、この2つのパテメーターの他、室の空調方式(吹出方法、吹出口位置、吸込口位置等)、汚染質発生源位置、熱負荷位置、窓位置、換気方式など多くの要素に左右され、通常、室内で大きく分布している。空気質分布に大きな影響を与える室内の換気性状に関しても、新鮮な空気が速やかに供給される場所やされない場所、また汚染質が速やかに排出される場所や、排出されずに空気が淀んでいる場所が存在する。本研究ではこれら室内の汚染質濃度分布を形成する要素を構造的に考慮する室内の空気質性状の検討を行っている。

 人体は自らの生理発熱により周辺に熱上昇流を作り出しており、実際に人体が吸入する空気はこの熱上昇流の影響を大きく受ける。人体は主にこの上昇流を吸入しており、必ずしも呼吸高さの空気を吸入している訳ではない。人体の呼吸空気質を合理的に評価するためには、室内の汚染質濃度分布の検討と合わせて、この人体周辺の上昇気流の影響を評価することが重要となる。そのため本研究では、実際の人体形状や熱発生を再現する人体モデルを用いて、その呼吸による吸入空気を直接評価すると共に、この空気質を評価する指標を提案している。

 本論文は以下の四編により構成される。

 序編は、まず序論として本論文の背景と目的、研究の構成が述べられる。

 第一編では、人体周辺の微気象を実験手法と数値シミュレーション手法により解析すると共に、シミュレーション手法の検証を行っている。実験的検討では発熱するサーマルマネキンを用い、人体モデル近傍の流れの可視化、周辺の温度、風速測定、人体モデル表面における対流熱伝達の測定・さらにはPIV風速計を用いて呼吸域の流れ性状を詳細に解析している。CFD(Computational Fluid Dynamics)手法を用いた数値シミュレーションでは実験と対応した発熱する人体モデルを室内流れ場に組み込んで解析を行い、実験結果と良い対応を得ている。

 第二編では、第一編で精度を検証した人体周辺微気象シミュレーションを用いて、呼吸空気質評価手法の開発を行っている。解析では(1)汚染源位置(人体との関係による相対位置)と(2)室内の流れ場(空調方式などによるマクロな流れと人体周辺の微気象の関係)の2点を配慮している。

 (1)に関しては、汚染源位置と人体の相対関係により、ある汚染源から発生した汚染質が人体にどの程度の割合で吸引されているかを示す数値指標を開発している。この指標を実際の室内モデルで詳細に解析し、その有用性を検証している。(2)の室内流れ場に関しては、人体が室内の各場所の空気をどの程度吸い込んでいるかを示す指標、すなわち、室内各点における人体の吸入空気の割合(組成率)を示す指標を開発し、同じく室内モデルで詳細な解析を行い、その有用性を検証している。上記の2つの指標人体の汚染質吸入量を室内の換気性状との関係を考慮して構造的に解析することを可能とするものであり、極めて独創性の高い指標である。本編には、この応用として人体周辺の代表的汚染質である環境中煙草煙(ETS)が受動喫煙者にあたえる影響に関しても定量的に評価している。

 第三編では、第二編で開発した2つの指標を用いて、室内の揮発性有機化合物質による室内空気汚染の問題に関して具体的な解析を行っている。本編は3章構成となっている。第一章では、静穏室内において、人体が室内の壁面から発生した汚染質をどの程度吸引しているかを検討している。人体の呼吸空気質は人体周辺の熱上昇流の影響を大きく受けており、特に床面からの汚染発生の影響を強く受ける性状が定量的に解明されている。この結果は、建材等の選択による室内の空気質保全対策の基礎的なデータを提供するものとなっている。第二章では、人体姿勢の違いに応じた呼吸空気質の変化に関して検討を行い、様々な状況の人体の吸入空気性状を解明している。呼吸空気質はどの姿勢においても人体の熱上昇流の影響を大きく受けることが明らかにされている。第三章では、冬季の隙間換気される室内を対象として、人体の汚染質吸入性状を検討している。

 第四編では、全体の総括を行うと共に、今後の課題について述べている。

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は、「人体周辺微気象解析による呼吸空気質評価手法の開発」と題し、人体の呼吸空気質を詳細に予測する手法と、これを的確に評価する指標の開発を行うものである。呼吸空気質は一般に、人体の存在とは無関係に居住域もしくは呼吸位置高さの空気質で代表されるものと考えられている。しかし実際には、呼吸空気質は人体発熱によりその周辺に形成される人体周辺微気象の影響を大きく受ける。すなわち、呼吸空気質は人体抜きで観測、予測されるものとは異なっており、人体の存在抜きに予測・評価はできないものである。本論文ではこのような状況を踏まえ、室内に形成される汚染質の濃度分布を人体モデルを組み込んだCFD(Computational Fluid Dynamics)で再現し、その人体モデルが実際に吸引する空気質を解析・評価している。解析・評価は人体の呼吸空気質と室内の濃度分布形成の主要素(汚染源位置、室の流れ場)との相関を指標化することにより定量的に行っている。この指標により、人体の呼吸空気質が大きく影響を受ける因子を具体的に把握し、効率的な呼吸空気質制御を可能とする手法を提案している。本論文は、汚染源の人体呼吸空気質への寄与を評価する指標として、CRP(汚染寄与率:Contribution Ratioof Pollution Source)を提案している。この指標を用いて、室内汚染源のどこを最優先に清浄化することが人体の呼吸空気質汚染の防止に有効であるかを詳細に検討している。また、呼吸空気質評価指標として、室内のある場所の空気塊の内、最終的に人体に吸引される割合を示すIAR(吸気領域:Inhaled Air Region)を提案し、呼吸空気質形成に対する人体周辺微気象の影響や室内の空調方式の違いによる影響を構造的に解明している。更に、タバコ煙を例として、室内及び呼吸空気質の形成に人体自身が果たす役割を室の空調・換気方式との関係を考慮して検討し、呼吸空気の清浄化に有効な知見を得ている。

 本論文は序編及び本論の3編により構成されている。

 序編では、現状の室内空気汚染の問題点を概観し、人体の呼吸空気質を詳細に評価する手法と呼吸空気質制御の重要性に関して述べている。

 第1編では、人体周辺の微気象を実験手法とCFDに基づく数値シミュレーション手法により解析すると共に、数値シミュレーション手法の検証を行っている。実験的検討では発熱するサーマルマネキンを用い、人体モデル近傍の流れを可視化して調べると共に、周辺の温度、風速、人体モデル表面における対流熱伝達を測定・解析している。また、PIV風速計を用いて呼吸域の流れ性状を定量的に詳細に解析している。数値シミュレーションによる検討では実験と対応した発熱する人体モデルを室内流れ場に組み込んで流れ場の解析を行い、実験結果と比較・検証して、良い対応を得ている。

 第2編では、第1編で精度を検証した人体周辺微気象シミュレーションを用いて、呼吸空気質評価手法の開発を行っている。解析では(1)汚染源位置(人体との関係による相対位置)と(2)室内の流れ場(空調方式などによるマクロな流れと人体周辺の微気象の関係)の2点を配慮している。

(1)に関しては、汚染源位置と人体の相対関係により、ある汚染源から発生した汚染質が人体にどの程度の割合で吸引されているかを示す数値指標CRPを開発している。この指標を実際の室内モデルで詳細に解析し、その有用性を確認している。(2)の室内流れ場に関しては、流れ場による室内各場所の空気の人体に吸い込まれる割合を示す指標IARを開発し、室内モデルで詳細な解析を行っている。これにより呼吸空気質形成を構造的に検討している。上述した2つの指標は、人体の汚染質吸入量を室内の換気性状との関係を考慮して構造的に解析することを可能とするものであり、極めて独創性が高い。本編では、これら指標の応用として人体周辺の代表的汚染質である環境中煙草煙(ETS)が受動喫煙者にあたえる影響に関して定量的に評価している。

 第3編では、第2編で示した2つの指標を用いて、室内の揮発性有機化合物質による室内空気汚染の問題に関して具体的な解析を2章構成で論じている。第1章では、静穏室内において、人体が室内の壁面から発生した汚染質をどの程度吸引しているかを検討している。人体の呼吸空気質は人体周辺の熱上昇流の影響を大きく受けており、特に静穏環境下では床面からの汚染発生の影響を強く受ける性状が定量的に解明されている。この結果は、建材等の選択による室内の空気質対策の基礎的なデータを提供するものである。第2章では、人体姿勢の違いに応じた呼吸空気質の変化に関して検討を行い、様々な状況下における人体の呼吸空気の性状を解明している。この解析により、静穏環境下では呼吸空気質はどのような姿勢においても人体周辺に発生する熱上昇流の影響を強く受けることを明らかにしている。

 以上を要約するに、本論文は人体周辺微気象の性状を実験手法、数値シミュレーション手法の両面から解析し、数値シミュレーションの精度を検証した上で、人体が実際に吸引する空気を数値シミュレーションにより定量的に予測・評価する手法を開発している。また、この予測手法を用いた結果に基づき、呼吸空気質汚染防止の観点から、呼吸空気質とその形成要素との相関を評価する新たな指標を開発し、その換気設計への有効性を確認している。このように本論文は呼吸空気質制御を行う上で極めて重要かつ有益な知見が数多く示されており、建築環境工学に寄与するところが大である。

 よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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