学位論文要旨



No 116024
著者(漢字) 吉田,伸治
著者(英字)
著者(カナ) ヨシダ,シンジ
標題(和) 連成数値解析による屋外温熱環境の評価と最適設計法に関する研究
標題(洋)
報告番号 116024
報告番号 甲16024
学位授与日 2001.03.27
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第4861号
研究科 工学系研究科
専攻 建築学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 加藤,信介
 東京大学 教授 村上,周三
 東京大学 教授 鎌田,元康
 東京大学 教授 橘,秀樹
 東京大学 講師 坂本,慎一
内容要旨 要旨を表示する

 本研究は、CFD (Computational Fluid Dynamics)を基本とした連成数値解析により、建築・都市の外部空間の流れ場、温度場、放射場、湿度場を詳細に解析し、屋外温熱環境を総合的に評価する手法を開発するものである。本研究で開発した手法は近年悪化の著しい屋外温熱環境を改善するための建築計画・都市計画を行う際の有用なツールとなる。

 都市化による土地被覆状況の改変やエネルギー消費の増大は、気温上昇、風速低下による屋外温熱環境の悪化を招いており、この改善を目的に設計された屋外空間(環境共生空間)の重要性が市民レベルにも認知されつつある。しかし、屋外温熱環境は植栽、舗装面、水面など様々な構成要素の相互影響で形成されるため、十分な配慮を払った設計を行うためにはこれら要素の影響を定量的に評価する必要がある。しかし、システムが複雑となることから、この検討は十分になされていないのが現状である。加えて、屋外温熱環境の評価手法もまだ確立されているとは言えない状況であり、これに関しても検討がなされる必要がある。

 数値シミュレーションは数多くのパラメータを変化させた様々なケーススタディを容易に行うことができるため、前述の屋外温熱環境の多種多様な構成要素の影響を定量化した検討を行う場合の有望なツールとなりうる。実際、これに対応したいくつかの研究も行われている。しかし、これらの多くは(1)予測精度に関する検討が不十分であること、(2)屋外環境を構成する緑地(特に樹木)、水面等の的確なモデル化が行われていないこと等問題も多い。

 本研究では、特に以下の4点に着目して改良を施した連成数値解析に基づく屋外環境評価手法を提案している。

 (1)街区内の流れ場の予測精度を向上させるため、(1)乱流熱フラックスの評価への浮力効果の組み込み、(2)建物風上側の乱流エネルギーの過大生産の抑制、の2点を修正した改良型k-εモデルを使用している。

 (2)絶対湿度の輸送方程式を解析に組み、街区内の水蒸気の空間分布を考慮している。草地の増加や樹木の植栽をはじめとする緑化の影響等を定量的に評価する際には植生の水蒸気発生の考慮は必要不可欠であり、本研究ではこれを組み込んでいる。

 (3)樹木の温熱環境に与える影響を総合的に考慮する樹木モデルを開発しこれを組み込んでいる。これは樹木の(1)流体力学的影響(風速低減と乱れの増加)、(2)放射減衰効果、(3)水蒸気の発生、を考慮したものである。

 (4)対流熱伝達率の分布性状に関し、熱伝達量を正確に予測し、かつ計算負荷の軽減可能なTwo-layerモデルを用いて2次元均等街区モデルを対象とした解析を行っている。

 本研究では上記、改良を施した評価手法を開発しその予測精度を実測との比較により検証している。実測は団地内キャニオン空間を対象として夏期の屋外温熱環境を測定するものであり、東京都北区赤羽台団地を対象に、(1)気象条件の測定、(2)団地内の温熱環境の実態把握、(3)数値解析における草地、樹木等の各種構成要素のモデル化に利用する物理パラメータ値の同定、の3点に着目して測定を行っている。数値解析は、実測による測定データを初期条件、境界条件に用いて行っている。実測結果と数値解析結果は良く対応しており、本評価手法の予測精度が高いことを確認した。

 本研究ではこの評価手法を用いて、(1)緑化の効果、(2)建物表面被覆の変化の影響、(3)街区形状の変化の影響、の3つの要素に着目して事例解析を行い、以下の知見を得ている。

 (1)[緑化の効果]草地面積の増加に伴う温熱環境の緩和効果が確認された。樹木の配置密度が高すぎると過度の風速低下を招き、温熱快適性は悪化する。環境緩和効果の期待できる適切な樹木の配置密度を検討する必要がある。

 (2)健物表面被覆の変化の影響]建物外表面を保水性建材や屋上緑化、壁面緑化に変更することで建物内部へ流入する貫流熱の削減の効果がある。しかし、建物外表面のアルベドを上昇させた場合、街区内の温熱快適性が悪化する領域が生じる。

 (3)[街区形状の変化の影響]街区を構成する建物形状および配置によって、周辺の風の流れ場は全く異なる性状を示す。風通しの良い街区を設計するには粗度の小さくなる建物形状および配置を行う必要がある。

 本論文は以下に示す7編により構成されている。

 第1編は、まず序論として本論文の構成が述べられる。

 第2編では、都市気候の定義をはじめとする都市気候形成の要因や都市気候の現状とその問題点を紹介すると共に、数値解析を基本とした代表的な都市及び屋外温熱環境評価手法について概説している。

 第3編では、屋外環境の現状を把握するために行った団地内キャニオン空間を対象とした夏期の屋外温熱環境実測の概要について説明している。

 第4編では、本研究で提案するCFDを基本とした連成数値解析による屋外温熱環境評価手法の概要を説明している。

 第5編では、4編で示した屋外温熱環境評価手法の精度を検証するため、3編で示した温熱環境実測を対象に行った数値解析の概要を示す。

 第6編では、本研究で提案する屋外温熱環境評価手法を用いて行った事例解析について説明している。

 第7編では、研究成果全体の取りまとめ、並びに今後の課題を示している。

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は、CFD(Computational Fluid Dynamics)を基本とする連成数値解析により、建築・都市の外部空間の流れ場、温度場、放射場、湿度場を詳細に解析し、屋外温熱環境を総合的に評価する手法を開発するものである。

 都市化による士地被覆状況の改変やエネルギー消費の増大は、気温上昇、風速低下による屋外温熱環境の悪化を招いており、この改善を目的に設計された屋外空間(環境共生空間)の重要性が確認されている。この様な環境設計を行うためには、屋外空間を構成する多様な要素の影響を十分配慮する必要がある。しかし、これら多様な要素の影響の定量的評価は不充分であり、十分な配慮がなされた環境設計を行うことが困難な状況にある。加えて、屋外温熱環境の評価手法もまだ確立されておらず、これに関しても検討が必要とされている。本論文ではこの様な現状を踏まえ、CFDを基本とした連成数値解析による屋外環境評価手法の開発並びに予測精度を向上させるための改良及び検討を行っている。開発した手法の精度、信頼性を検証するため、団地内のキャニオン空間を対象に温熱環境実測と数値解析を行い、両者の対応からその精度の検証を行っている。更に本評価手法を用いて、屋外環境の形成において重要な要素である緑化、表面被覆、街区形状の3つに着目したケーススタディを行い、これらの影響を詳しく検討している。

 本論文は以下に示す7編により構成されている。

 第1編は、まず序論として本論文の構成が述べられる。

 第2編では、都市気候の定義をはじめとする都市気候形成の要因や都市気候の現状とその問題点を紹介すると共に、数値解析を基本とした代表的な都市及び屋外温熱環境評価手法について概説している。

 第3編では、団地内キャニオン空間を対象に行った夏期の屋外温熱環境実測の概要を説明している。この実測は東京都北区赤羽台団地を対象に、(1)気象条件の測定、(2)団地内の温熱環境の実態把握、(3)数値解析における草地、樹木等の各種構成要素のモデル化に利用する物理パラメータ値の同定、の3点に着目して測定を行っている。

 第4編では、本論文で提案するCFD)を基本とした連成数値解析による屋外温熱環境評価手法の概要を説明している。本論文では屋外環境評価手法の精度を向上させるため、(1)乱流熱フラックスの高精度化、既存モデルにおける乱流エネルギー過剰生産の修正のための改良k-εモデルの導入による流れ場の予測精度の高精度化、(2)絶対湿度の輸送方程式の組み込みによる水蒸気の空間分布の考慮、(3)樹木による風速低減、放射減衰、水蒸気発生、等の温熱環境に与える影響を総合的に考慮した樹木モデルの開発、(4)Two-layerモデルによる建物外表面における対流熱伝達率の分布性状に関する予備検討、の4点に着目した改良並びに検討を行っている。

 第5編では、4編で示した屋外温熱環境評価手法の精度を検証するため、3編で示した温熱環境実測と同じ領域を対象として行った数値解析の概要を示している。ここでは、3編で示された実測による測定データが初期条件、境界条件に用いられている。実測結果と数値解析結果は良く対応しており、本評価手法の予測精度が高いことを確認している。

 第6編では、本論文で提案する屋外温熱環境評価手法を用いて、(1)緑化の効果、(2)建物表面被覆の変化の影響、(3)街区形状の変化の影響、の3つの要素に着目して事例解析を行っている。緑化の効果については、(1)草地面積の増加は温熱環境を緩和させる効果があること、(2)樹木の配置密度が高すぎると過度の風速低下を招き、温熱快適性が悪化すること、(3)環境緩和効果の期待できる適切な樹木の配置密度を検討する必要があること、を確認している。建物表面被覆の変化の影響については、(1)建物外表面を保水性建材や屋上緑化、壁面緑化に変更することで建物内部への貫流熱の削減効果があること(2)建物外表面のアルベドを上昇させた場合、街区内の温熱快適性が悪化する領域が生じること、を確認している。街区形状の変化の影響については、(1)街区を構成する建物形状および配置に,よって、周辺の風の流れ場が全く異なる性状を示すこと、(2)風通しの良い街区を設計するには粗度の小さくなる建物形状および配置を行う必要があること、といった知見を得ている。

 第7編では、研究成果全体の取りまとめ、並びに今後の課題を示している。

 以上を要約するに、本論文は屋外温熱環境を総合評価するためにCFDを基本とする連成数値解析による屋外環境評価手法を開発している。また評価手法の予測精度を検証するために、団地内キャニオン空間を対象とした温熱環境実測、並びに数値解析を行い、本評価手法の予測精度が高いことを証明している。更に、この手法を用いた事例解析により屋外温熱環境を構成する主要な要素の影響の定量的評価を行っている。本評価手法は近年悪化の著しい屋外温熱環境を改善するための建築計画、都市計画を行う際の有用なツールとなるものと考えられ、建築環境工学に寄与するところが大である。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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