No | 116027 | |
著者(漢字) | ||
著者(英字) | HANSON, ENDRA KUSUMA | |
著者(カナ) | ハンソン,エンドラ クスマ | |
標題(和) | 住居と居住地域への愛着に関する要因の構造化 | |
標題(洋) | ||
報告番号 | 116027 | |
報告番号 | 甲16027 | |
学位授与日 | 2001.03.29 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(工学) | |
学位記番号 | 博工第4864号 | |
研究科 | 工学系研究科 | |
専攻 | 建築学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | ある人に愛情を持つと心が穏やかになり、生活気力が弱っている時は支えになり、感情が不安定な時は心の拠所になる場合が多い。ある人への愛情を持つことが精神的健康をもたらすので個人のアイデンティティ・個性の保護や維持にも効果があることが知られている。人への愛情と同じように、環境への愛着も精神的安定性やアイデンティティの保護・維持に効果をもたらすことがいくつかの既往研究で指摘されている。 環境への愛着は人間に重要な役割をもたらすが現在まで客観的に愛着のメカニズムや愛着に関わる要因を検討する研究がまだ少ない。いくつか愛着に関する研究があるがそのほとんどが主観的アプローチや現象学的アプローチにより行われたため研究の成果が一般化できない・客観的ではないという短所がある。また、愛着につながりのある多数の要因を系統的に整理する研究がまだないという現状もある。 そこで、本研究では愛着に関わる要因を検討しながら有力な要因を抽出し、多数の要因を出来る限り体系化し、愛着とその要因との因果関係を構造化することを目的とする。調査対象の選定としては予備調査において最も愛着のある環境が住居と居住地域という傾向があり、また既往研究においても居住環境と愛着との関係についてよく指摘されるということが背景としてあり、住居と居住地域を調査対象とした。 研究の流れ 多数の愛着に関わる要因のうち、既往研究で把握されている要因の他に、未知の要因も多くある。未知の要因を把握するために自由記述による調査を行った。その手法によって把握した多数の要因を検討し、既往研究から抽出した要因に加えて、時間的先行性や因果的処理過程により要因を分類した。その結果、実態⇒評価・イメージ⇒愛着の判断⇒結果という因果的な仮定のもとで愛着構造仮説モデルを作成した。 モデルでは実態に属する特性を人間側特性、人間・環境系特性と環境側特性という三つのグループに分類した。評価対象と関係なく年齢や性別や環境パーソナリティのような人間に属している特性のことを人間側特性とした。人間間の交流や関わりを含めて空間の個人化や空間での行動、プライバシーの確保のような人間と環境との関わりのことを人間・環境系特性とした。また自然の存在や水の有無や景観や形状のような物理的特性、空間の存在や広さのような空間的特性、スペースの用途や施設の存在のような機能的特性といった環境に属している特性のことを環境側特性とした。一方、実態からの影響を受ける情動的なプロセスに関わる評価を感情的評価・イメージ、認識と関わる評価を認識的評価・イメージと分類した。感情的評価と認識的評価は愛着に直接影響を与えると仮定している。そして愛着を持つことにより感情的効果、認識的効果と行動的効果をもたらすと仮定している。 以上のようなモデルをベースとして段階的尺度を用いるアンケート調査を計画し、実施した。アンケートにおいて使用した多数の要因・項目の選択やグルーピング、因果的関係の想定は全て愛着構造仮説モデルにより設定した。段階的尺度を用いる調査においては項目を事前に用意することになるため、分析の結果が説明できる範囲は項目の内容により限られ、事前に設定しておいた項目の内容以上に説明できない。これを補うために、項目化しない要因やまだ未知の要因をさらに検討するための自由記述調査を加えた。 愛着と要因との関係の傾向 自由記述と段階的尺度を用いた調査のデータ分析から得られた傾向を以下に説明する。 娯楽・余暇・交流対日常的行動 居住環境において居住者は様々な行動を行う。調査結果から評定のパターン(因子分析)に基づいて、居住環境で一般的に行われる行動のうち、交流及び対人コミュニケーション、娯楽・余暇と日常的行動を抽出した。居住地域での地域の人との交流、仲間と一緒にする行動又は住居での家族との団らんといった人との交流又は家族とのコミュニケーション行動は愛着との因果的な関係が強いことが分かった。段階的尺度による調査結果を見ると交流や対人とのコミュニケーション行動は愛着との相関が高い。自由記述による調査結果を見ると交流や家族・友達の存在や人間関係は愛着とクラスターの中で近くに布置する。段階的尺度と自由記述調査結果が一致することを確認した。このことより家族や人の存在又は交流や人とのコミュニケーションは愛着への影響力が高いと判断できる。 また、居住地域での娯楽施設や余暇施設の利用、スポーツや音楽、文化施設や図書館の利用、自然とのふれあい、散歩すること、住居でのくつろいだり、自由に行動したり、行動が制約されないといった娯楽・余暇行動は、日常的行動に比べて愛着とつながりがある。居住環境において好きなこと、楽しいこと、思い通りのことができるほど居住環境への愛着が増すという傾向がある。 居住地域内での喫茶店やファストフードの利用飲食店での食事や食品や衣服などの日常生活に必要なものを購入すること、住居での整理整頓、住まいの模様替えといった日常的な行動は娯楽・余暇行動に比べて愛着とあまりつながりがないようである。日常的行動は特に感情や認識に印象が残らず、変化も与えないが、交流・娯楽・余暇は心理的・認識的変化や満足感を与える。心理的・認識的要求を満たす行動は愛着とつながりがあると考えても良い。 魅力的特性対当り前特性 居住地域において、段階的尺度調査の環境側特性と認識的評価尺度のうち、魅力的特性や安全性、衛生性、利便性といった特性を抽出した。魅力的特性に関する要因の例としては遊びや散歩できる場所の有無、地域の景色・景観・街並、公園・河川・森林といった自然、町の大きさ、お祭りなどの行事や文化財、町の活気、周辺の建て込み具合といったことがあげられる。これらの要因の存在は必要不可欠ではなく、また人間の感情的及び認識的レベルの要に関係するものであるので魅力的特性とグループとした。安全性・衛生性、利便性に属している要因の例としては地震・火災・水害などの災害に対する安全性、交通事故に関する安全性、路上駐車や駐輪、排気ガスや空気の汚れ、買い物をする場所・銀行・役所・病院など日常生活の利便施設といったことがあげられる。これらの要因はどちらかと言えば人間の生理的要求を満たす要因であり、必要不可欠に近い要因であるので当り前特性とした。 魅力的特性の存在は当り前特性の存在より愛着に強いつながりがあるという傾向が見られた。魅力的特性に関して満足すればするほど愛着が増すが、当り前特性に対する満足度は愛着と関係がないようである。 住居の場合、個人スペースや住居の間取り、明るさ・日当たり・風通しのような環境的快適性、窓からの見晴らしや室内の内装・雰囲気や家の外観といった魅力的特性は、犯罪からみた安全性、地震・火災・水害などの災害に対する家の安全性といった当たり前特性に比べて愛着とつがなりが強いことが分かった。 思い出、自慢、所有感 居住環境で行動をする際に人間の感情と認識が環境の特性に刺激され、変動することによって様々な印象を受ける。そのうち、思い出になる印象もある。調査の結果、特に自由記述調査の結果において、居住環境に思い出があるほど愛着が湧くという傾向がある。 また、居住地域及び住居が自慢できるほど愛着が増すという傾向もある。自慢の程度は景観やデザインに相関が強いという可能性が大きい。つまり、地域の景観や住居の外観のデザインが気に入る場合、自慢・プライドの程度が増し、愛着が湧くということである。 そして愛着がある場合、自由記述の中では「自分の物という感覚」を記入する人が多い。段階的尺度調査の分析から「自分の住まいだという実感」と愛着との相関が強いことが分かる。住居と居住地域に所有感を持つことは愛着が湧くことにつながりがある。自分の居場所が存在する場合や思い通りにできる場合、所有感を持つようになる。また、環境が好ましい、自分の個性に合っている状況下で所有感が湧いてくるようである。 愛着がもたらす効果 調査の評定の傾向をみると、住居に愛着を持つことによって得られる最も大きな効果はリフレッシュできることや穏やかな気分になることができるといった効果である。ありのままの自分でいられたりことやストレスの発散ができるといった効果もある。つまり、住居に愛着を感じる又は愛着を感じる住居があることが精神的安定性をもたらすという傾向がある。また愛着を持つことにより住み続けたいという意志も湧くようである。 居住地域においては愛着を持つことにより居住環境を維持する意志という認識的効果と住み続けるという行動的効果がもっとも大きな効果である。居住地域に愛着を持つ場合、維持する意志や住み続ける意志があれば地域活動に参加する意志や周囲への配慮といった地域への責任感も湧く可能性が大きい。 愛着構造モデル 愛着構造仮説モデルに従って要因の整理や調査の内容を設定し、愛着と多数の要因・変数との関係を因子分析と相関分析により検討した。そして、詳細な関係を見るために観測変数と潜在変数の関係を視覚的に表示可能な共分散構造分析に,よりデータの分析を進めた。原因となる変数、結果となる変数を想定し、因果係数や重相関係数やパス図により、要因間の影響力と因果の方向性を検討した。モデル上では人間・環境系特性、認識的評価は愛着の原因系変数とし、効果は愛着の結果系変数とした。愛着構造仮説モデルに従って、居住地域及び住居における、人間・環境系特性、認識的評価と愛着と効果のサブ構造を検証し、現時点で最も妥当だと思われる因果モデルを示した。人間・環境系特性と愛着と効果の因果モデルにおいて、交流・娯楽・余暇といった行動は、愛着と直接的な因果関係を持ち、精神的安定性、住み続ける意思、周囲への責任感といった効果と間接的な因果関係を持つことが見られる。認識的評価と愛着と効果の因果モデルにおいて、対人関係と魅力的特性に関する満足感は直接的に愛着に影響を与え、間接的に効果に影響を与えることが確認できた。 最後に、因子分析・相関分析などにより見えてきた愛着のメカニズムおよび評価のパターンと、共分散構造分析により見えてきた愛着と要因との因果関係を総合的にまとめ、愛着構造モデルを作成した。これは、愛着構造仮説モデルを検証した成果でもあり、図式的には、愛着と有力な関係のある要因を用いて、要因と愛着間の関係を位置付けしたと考えている。 本研究の成果 (1).日常的行動に比べて居住環境に交流・娯楽・余暇をするほど愛着が湧く傾向がある。 (2).利便性・安全性といった当り前特性に比べて自然・遊び場・景色といった魅力的特性の方が居住環境への愛着につながりがある。 (3).居住環境に愛着を持つことにより、精神的的安定性や周囲への責任感をもたらす効果が確認された。 (4).本研究において、愛着構造モデルを通じて環境評価に関連する既往研究を位置付けした。 | |
審査要旨 | 居住環境への愛着は人間に重要な影響・効果をもたらすものの、客観的に愛着のメカニズムや愛着に関わる要因を検討した研究例は少なく、愛着を扱った研究でもその成果が一般化できていない、多数の要因が系統的に整理されていないなどの問題を抱えている。そのような状況の解決のため、愛着に関わる要因を検討し、愛着とその要因との因果関係を体系化・構造化することを目的としたものが本研究である。 研究の流れとして、まず予備調査において、最も愛着のある環境が住居と居住地域という事実を見出し、また既往研究を参照した上で、住居と居住地域を調査対象として定めている(第1章、第2章)。 次に、多数の愛着に関わる要因のうち未知の要因を把握するために自由記述による調査を行っている(第3章)。既往研究から抽出した要因を加え、時間的先行性や因果的処理過程により要因を分類し、実態⇒評価・イメージ⇒愛着の判断⇒結果という因果的構造を仮定した上で愛着構造仮説モデルを作成している。この中で、実態に属する特性を人間側特性、人間・環境系特性、環境側特性の3つのグループに、実態からの影響を受ける情動的なプロセスに関わる評価を感情的評価・イメージ、認識と関わる評価を認識的評価・イメージと分類している。そして、感情的評価と認識的評価が愛着に直接影響を与え、愛着を持つことにより感情的効果、認識的効果と行動的効果をもたらすと仮定している。 このモデルをベースとして、主として評定尺度を用いたアンケート調査を実施し、データの分析を行い、愛着と要因関係の検討を行っている(第4章)。まず、居住環境で一般的に行われる行動のうち、交流及び対人コミュニケーション、娯楽・余暇と日常的行動を抽出している。そして、居住地域での地域の人との交流、仲間と一緒にする行動、住居での家族との団らんといった人との交流、家族とのコミュニケーション行動などは愛着との因果的な関係が強いことを導いている。また、居住地域での娯楽・余暇行動が、日常的行動に比べて愛着とつながりがあることを見出し、日常的行動が特に感情や認識に印象が残らず変化も与えないのに対し、交流、娯楽、余暇は心理的、認識的変化や満足感を与えると考察している。 次に、居住地域において、遊びや散歩できる場所の有無、地域の景観、緑地や自然、町の大きさ、行事や文化財、町の活気などを、人間の感情的及び認識的レベルの要求に関係するものであるので魅力的特性とグルーピングし、一方、安全性・衛生、利便性に属している必要不可欠な要因を当り前特性とし分析を行っている。その結果、魅力的特性の存在は当り前特性の存在よりも愛着につながりが強く、魅力的特性に関しては満足すればするほど愛着が増すが、当り前特性に関して満足しても愛着に結びつかない傾向を導いている。また、住居の場合でも、個人スペースや住居の間取り、明るさ、日当たり、風通しのような環境的快適性、窓からの見晴らしや室内の内装、雰囲気や家の外観といった魅力的特性は、犯罪からみた安全性、地震、火災、水害などの災害に対する家の安全性といった当たり前特性より愛着とのつがなりが強いことを導いている。 一方、居住環境に思い出があるほど愛着が増すという傾向、また、居住地域及び住居が自慢できるほど愛着が増すという傾向を見出し、愛着がある場合、自分の物という感覚につながり、また自分の住まいだという実感と愛着との相関が強いことを示すなど、思い出という環境と人間との関わり、自慢と所有感という認識的イメージと愛着との関係を説明している。 また、住居に愛着を持つことによる得られる最も大きな効果として、気分をリフレッシすることや穏やかな気分になること、すなわち、住居に愛着を感じる、愛着を感じる住居があることが精神的安定性をもたらすという傾向を導いている。一方、居住地域においては、愛着を持つことにより居住環境を維持する意志という認識的効果と住み続けるという行動的効果がもっとも大きな効果であることを示している。 さらに、具体的な詳細な関係を見るために観測変数と潜在変数の関係を視覚的に表示可能な共分散構造分析によりデータの分析を進めている(第5章)。そして、居住地域および住居における人間・環境系特性と愛着と効果、居住地域および住居に対する認識的評価と愛着と効果などの観点から、現時点で最も妥当だと思われる因果モデルを導出している。最後に、第4章、第5章における愛着のメカニズムの結果などを総合的にまとめ、愛着構造モデルを作成している。これは、愛着構造仮説モデルを検証した成果でもあり、図式的には、愛着と有力な関係のある要因を用いて、要因と愛着間の関係を位置付けしたものである。 以上のように、居住環境に係わる複雑な要因を、愛着という根源的な概念を軸にして系統的に整理したという点で画期的な研究であり、学術のみならず実務領域においても、今後の建築学に対してその知見の寄与するところは大きい。また、環境評価に関連する既往研究の位置付けも同時に行ったという点も特筆できるものである。 よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。 | |
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