学位論文要旨



No 116028
著者(漢字) 朴,仁圭
著者(英字)
著者(カナ) パク,インキュウ
標題(和) 公共図書館の利用と滞在行動に関する研究
標題(洋)
報告番号 116028
報告番号 甲16028
学位授与日 2001.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第4865号
研究科 工学系研究科
専攻 建築学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 長澤,泰
 東京大学 教授 大野,秀敏
 東京大学 助教授 西出,和彦
 東京大学 助教授 岸田,省吾
 東京大学 助教授 及川,清昭
内容要旨 要旨を表示する

 近年の社会状況の変化、特に情報化時代への突入、余暇時間の増大、モータリゼーションの発達、行動様式の多様化などの影響により、図書館利用者の利用構造は大きく変化しており、図書館の計画やサービスは利用者の二ーズを十分に把握した上で、より地域社会に密着した方向が求められる。

 最近の公共図書館のサービスや利用の特徴は、地域計画的な視点からは、図書館の相互ネットワーク化及びグロバール化による複数館利用の増大、建築計画的な視点からは、館内長期滞在化に伴う家族利用及び読書外行動の増加が挙げられる。

 本研究は、こうした公共図書館の利用構造を明らかにする中、特に図書館を利用する主体である利用者の施設選択及び利用行動、そして施設利用の状態に大きな影響を及ぼす図書館の空間構成状態と利用行為についての考察を行い、今後の公共図書館の建築計画における計画指針を得ることを目的としている。

 公共図書館の「いつでも、どこでも、誰でも、どんな資料でも利用できる」という基本理念の実現のためには、図書館の相互ネットワークによるサービスが不可欠であると思われる。本研究の対象地である東京都大田区立図書館においても、1995年10月から貸出館以外の館での返却業務を実施しており、なお、近年には隣接する区間での相互借貸利用が始められている。これは、利用者の目的に合った使い分け行動をもたらすことになり、従来とは異なる利用圏域が形成され、新たな計画課題が提起される。

 一方、本の蔵書数が増え雑誌やAV資料も充実する中で、滞在を目的とする図書館も現れ、利用主体や利用形態はかなり変化している。滞在空間の提供及びオープン化は多重資料の利用を可能にすると共に、長時間館内で家族と過ごす利用を増やせ、資料利用と滞在をも考える新たなコーナー配置構成計画が要求されることになる。

 本研究はこの2つの観点に先立ち、第1、巨視的な観点から都心部に位置している16館のネットワークされた区立図書館におけるアンケート調査を通じて、複数館利用の状態を把握することによって、利用者の図書館選択行動を明らかにしつつ、第2、微視的な観点から地方都市において定着しつつある滞在図書館を対象に、家族のグループ利用状況に対してコーナー配置構成と過ごし方を中心に考察した。

 研究の課題は大きく2つに分けられる。

 1つは、区立図書館のネットワーク・システムにおいて、単独館利用と複数館利用の現況を把握しつつ、その使い分け行動構造に着目した利用行動論的考察のアンケート調査からなる。2つ目は、滞在型図書館における家族のグループ利用者を対象に滞在行為や場所、滞在時間などを考慮しつつ、館内での過ごし方と空間構成との関係を分析する滞在行動論的考察の追跡観察調査からなる。

 まず、第1の課題である利用形態論的考察では、従来の地域施設計画いおける「近さ」という施設利用の固定化された条件から脱皮した、より普遍的な計画理念の創出を目標とし、利用者の選択・利用行動を中心とする複数館利用の様態から利用型を設定し、利用型の構成と特徴を明らかにする。

 第2の滞在行動論的考察は、各図書館のコーナー配置構成の特徴を明らかにしつつ、過ごし方に影響を与えると思われるコーナー配置構成と館内での過ごし方による利用型との関連性を分析することによって、多様な過ごし方を誘発し、整序化しつつ受容する滞在図書館における空間構成のあり方について利用者の過ごし方の実態から明らかにする(1章)。

第2章、来館者の全体像では、

 来館累積距離別、来館者属性及び利用交通手段や所要時間別に全体の来館者像を考察した結果、平均来館累積頻度は50%の範囲で半径約0.6km、80%の範囲で約1.2km弱で、平日と休日の広がりの差はないことと、利用率の高い館に面している館では利用への吸引力が少ないことがみられた。最も大きい利用圏を表している館は、地域中心館である大田図書館(施設のサービスを優先:内容重視型)と区の中心に位置している駅前図書館(近さを優先:距離重視型)、そして、他の館と少し離れているが館の雰囲気のよい洗足池図書館(館の雰囲気を優先:滞在重視型)であり、利用者の利用目的によって館の複数利用現象が現れている。

 全館とも若者は登録率は高いにもかかわらず、現在利用を続けている者はあまり多くないことと、60歳以上の高齢者の利用が登録者率を大きく上回っており50歳代でも登録者率よりも来館者率のほうが高いことからは自由になる時間の多い高齢者が活発に図書館を利用していることが分かった。

 全図書館での利用者の主体は勤務者男性と主婦で、利用者層の変化がみられた。利用者にとって身近な位置にある施設とはいえないが、館によって施設の何らかの原因が作用し遠いところからも訪れる利用者が多いことも確認された。

第3章、図書館の利用形態論的考察からは、

 ポロノイ図によって、各図書館を中心に最も近い領域を利用者の居住地とし、大田区の15ヵ所の図書館について、利用者の館の選択利用状況を中心に考察した結果、アンケート応答者の約42%の人が複数館利用者であり、その様子を把握することができた。

 利用者は、居住地に図書館があれば、まずそこを選択している一方で、近くに図書館があるにもかかわらず、他の館を利用している複数図書館利用(MLU)者が多く見られ、図書館の利用圏が復層化していることが分かった。業務・商業地域に位置している図書館では、<SLU:単独図書館利用>型より、<MLU>型が高い割合を占めている。平日には、業務・商業地域での複数利用が盛んに行われる一方、休日では隣接する居域間での相互利用が現れるなど、曜日別の選択利用の差が見られた。その中で、S館とH館は距離や蔵書数のみではなく、別の要因により選択されていることが分かった、これらの複数利用は、利用者の属性により利用目的や選択理由などに大きく異なることが考えられ、来館距離や来館目的などから複数館の利用行動を考察した。

 図書館の来館者は勤務者男性と高齢者、主婦が主流で、複数館を選択利用しているのは[有職男性単独]と、[主婦グループ]が多いことが分かった。グループ利用の場合、徒歩と自転車での来館者が圧倒的に多いのは、過去の研究結果と変わらないが、高齢者層のバス利用がやや多くなっていることや有職男性の車利用が増加したことなどは、モータリゼーションの発達ともいえる。また、家族連れなどのグループ利用の主婦よりも、有職男性単独来館者のほうが広い範囲で複数館を選択利用していることが分かった。施設間の距離が短く、多数の図書館が密集している都心地域での図書館計画を進めるためには、この遠くまで伸びる利用を重要視することが必要である。

 <MLU>型の中で高い割合を占めている、有職男性単独と主婦ループは、来館目的も選択理由も相違があるということを明らかにした。主婦グループは近い図書館を求め、有職男1人と高齢者1人は図書館側が提供するサービスや図書館で過ごすための場や館内の雰囲気の良さに引き寄せられて複数館を選択利用していることが分かった。

 このように、有職男性単独のような遠くから訪れている来館者が、蔵書だけではなく館内の雰囲気に影響を受けていることが証明された。

 今後の図書館の施設計画では、蔵書数など施設のサービスを考慮することはもちろんのこと、館の[雰囲気づくり]といった遠方からの利用を保す要素も積極的に取り入れ、魅力ある図書館づくりをしていくことが必要であると考えられる。

第4章では、

 利用者が図書館滞在において「どこに」、「どのくらい」の時間をかけて過ごしているかを場の<占有形成>の観点から捉え、空間構成の毎の利用傾向を把握した結果、調査館で平均70%を上回る利用者が複数の場所に拠点を置いて過ごしていることが確認された。家族構成において場所占有形成率は子供を2人含む家族構成か、または、親が2人含まれる家族構成で高く現れた。また、複数占有型におけるコーナー利用のバリエーションは空間構成の多様性を反映した結果として、IMLの方でもっと高く現れれた。次に、コーナーの利用状況を見ると、隣接型での新聞・雑誌コーナーの利用はあまり見られなく、主に、子供のコーナーを中心として場所占有が形成されているのが見られた一方・両分型では親は成人コーナーを中心に、子供は子供コーナーを中心に場所占有が形成されているのが見られた。

 家族利用において子供と親の利用目的を図書利用だけに限定するのではなく、利用行為と場所との相関関係をも含む空間と時間との配列の中で、利用者のパースの形状から利用型を設定し・利用型の構成と特徴および空間構成の型毎の違いを分析した。

 読書行為のみを考えるとき、望ましい利用型は<相互付き添い>利用型と<相互独立>利用型があるが、<相互付き添い>利用型は親が主目的利用をする時間が制約されやすく、また、成人コーナーでは子供の連れ添いと他の成人との軋轢が生じやすい。子供と親の両方の読書利用目的を満たすためには<相互独立>利用型が優れているといえる。

 しかし、滞在型図書館では、読書行為だけではなく、非読書行為も多く見られるのが特徴で、<子供主体+親付き添い>利用型と<親主体子供付きまとい>利用型においては、利用者の非読書利用が顕著であることから、非読書行為が読書行為に不和しないような範囲で積極的に取り入られ、長時間過ごせる環境づくりへの配慮が必要であることを整理した。

第5章のまとめでは、

 図書館設置区における利用者は、必ずしもそこの図書館のみを利用するのではなく、目的に応じて複数の図書館を「選択・利用」していることを整理した。選択利用の主な要因として、【近さ:距離重視型】、【施設のサービス:内容重視型】、【館の雰囲気:滞在重視型】の3つがあるうち、単独館利用者は圧倒的に距離を最優先して図書館を選択しているが、複数館利用者は、距離を選択要因として挙げる割合も高いが、施設のサービスや館の雰囲気が距離を押し下げる要因となる傾向にあることから、今後の図書館施設計画においては、距離だけではなく、蔵書数の増加や滞在しやすい館づくりへの考慮が必要であるとした。

 情報の発達と共に、図書館に行かなくてもほしい情報が得られる現状況の中で、これからの図書館は、情報提供の場だけではなく、過ごす場としての位置付けも必要であることを整理した。また、内部観察調査の結果からは、家族、特に親子利用の図書館滞在において、周囲を気遣うことなく、かつ親の意識の中の内的制限を緩和するには、子供コーナーは成人コーナーや読書コーナーから「両分型」の構成が望ましいことを整理した。

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は、公共図書館の利用構造、特に図書館の主体的利用者の施設選択と利用行動、そして施設利用の形態に大きな影響を及ぼす図書館の空間構成と利用行為についての考察を通して、今後の公共図書館の建築計画における計画指針を得ることを目的としている。

 本論文は5章から構成されている。

 第1章では、序論として研究の背景・目的、本研究の構成と既往関連研究での位置づけを述べている。

 第2章では、調査対象地域(東京都大田区)・対象図書館の概要と来館者の全体像を述べている。来館累積距離別・所要時間別の来館者属性・利用交通手段を考察し、平均来館累積頻度の50%の範囲で半径約0,6km、80%の範囲で約1.2km弱、平・休日の差はないこと、高利用率の館では利用吸引力は少なく、広い利用圏をもつのは、地域センターである大田図書館(内容重視型)と区の中心に位置する駅前図書館(距離重視型)、他館とやや距離があるが雰囲気のよい洗足池図書館(滞在重視型)であり、利用目的により複数館利用現象があることを示している。全館とも登録率が高い若者に実際の利用継続者は少なく、60歳以上高齢者の利用登録者率は大きく、50歳代は登録者率よりも来館者率の方が高いこと、総じて利用者の主体は高齢者・有職男性・主婦という来館者像を示している。

 第3章では、図書館の利用形態論的考察を行っている。ボロノイ図により各図書館を中心に最も近い領域を利用者の居住地として、区内15図書館について利用者の選択利用状況を考察した結果、アンケート回答者の約42%が複数館を利用しており、居住地に図書館があれば、まずそこを選択する一方で他の館も利用するという複数図書館利用(MLU)型が多く、図書館利用圏の複層化を指摘している。業務・商業地域の図書館では単独図書館利用(SLU)型よりMLU型が高い割合を占め、また平日には業務・商業地域での複数利用が盛んな一方、休日では隣接する居住区域間での相互利用の出現など、曜日別の選択利用に差があることを示している。なかでもS館とH館は距離・蔵書数のみではなく別の要因により選択されていることを発見している。複数選択利用者は単独高齢者・有職単独男性ならびに主婦グループが多く、グループ利用では徒歩・自転車による来館が圧倒的であるのは既往研究結果と変わらないが、高齢者のバス利用がやや多く、有職男性の車利用が増加していることを示している。またグループ利用の主婦に比べて、有職単独男性の方が広範囲の複数館選択を行っていることを指摘している。MLU型の中で高率を占める単独高齢者・有職単独男性・主婦グループでは、来館目的・選択理由に相違があり、主婦グループは近い図書館へ単独高齢者・有職単独男性は図書サービスや滞在の場の雰囲気に魅せられて複数館選択を行っているとしている。

 第4章では、利用者が図書館のどこに、どのくらいの時間過ごしているかを分析考察している。平均70%を上回る利用者が館内の複数の場所に拠点を置いており、家族の場合には、場所占有形成率は子供2人含む形と両親を含む形で高い率となり、コーナー利用状況では隣接型での新聞・雑誌コーナーの利用は少なく、子供コーナーを中心とした場所占有が見られる一方、両分型では親・子が各々成人・子供コーナーを占有しているとしている。また図書の利用に限定せずに行為と場所との相関関係を空間・時間の中で利用型を設定し、その構成と特徴を空間構成の型ごとに違いを分析している。読書行為のみを見れば、望ましい利用型は<相互付き添い>と相互独立>型があるが、<相互付き添い>型は親にとって主目的の利用時間が制約されやすく、成人コーナーでは子供連れと他の成人との軋轢も生じやすいため、親子両方の利用目的のためには<相互独立>型がよい、しかし滞在型図書館では非読書行為も多く見られ<子供主体+親付き添い>と<親主体子供付きまとい>利用型では、特に非読書利用が顕著であることから、読書・非読書行為が不調和にならずに長時間過ごせる環境づくりへの配慮が必要であると主張している。

 第5章では、全体のまとめとして公共図書館の建築計画に関する考察を行っている。まず利用者は必ずしも至近の図書館のみを利用するわけではなく、目的に応じて複数館を選択・利用していることを改めて整理している。利用の主な要因としては(サービス優先:内容重視型)(近さ優先:距離重視型) (雰囲気優先:滞在重視型)の3つが存在し、単独館利用者は圧倒的に距離を最優先しているが、複数館利用者は距離を挙げる割合も高い一方、施設のサービスや館の雰囲気が距離の要因を押し下げている傾向を指摘している。また館内観察調査の結果から、家族、特に親子利用の図書館滞在においては周囲を気遣うことを避け、かつ親の利用主目的に対する制約を減少するために、子供コーナーを成人・読書コーナーから「両分型」にする構成が望ましいことを強調している。最後に今後の図書館施設計画においては、距離だけではなく蔵書数の増加や滞在しやすい館づくりへの考慮が必要であるとしている。

 以上のように、本論文は近年の社会状況の変化、特に情報化時代への突入、余暇時間の増大、モータリゼーションの発達、行動様式の多様化などを基盤として図書館の利用構造が大きく変化し、地域的視点からは図書館の相互ネットワーク化・グロバ−ル化、建築的視点からは館内長期滞在化に伴う家族利用・非読書行動への対応といったように、図書館の建築計画やサービス構築を利用者のニーズを改めて十分に把握した上で、より地域社会に密着した方向が求められる状況にあって、現状の詳細な調査によって利用者像・利用行動・利用形態を明かにし、情報システムの発達にともなって図書館に行かなくてもほしい情報が得られる現状の中で、これからは単に蔵書数など施設のサービスを考慮した情報提供の場としての図書館の役割を超えて、積極的に市民の余暇時間過ごす場としての新しい位置付けを今後の魅力ある図書館の施設計画の目標として示唆したものであり、建築計画学の発展に大きな寄与をしたものである。

 よって本論文は博士(工学)の学位論文として合格と認められる。

UTokyo Repositoryリンク