学位論文要旨



No 116029
著者(漢字) 朴,起蓬
著者(英字)
著者(カナ) パク,キボン
標題(和) 水和反応に基づいた高強度コンクリートの初期ひび割れ予測システムの開発
標題(洋)
報告番号 116029
報告番号 甲16029
学位授与日 2001.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第4866号
研究科 工学系研究科
専攻 建築学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 野口,貴文
 東京大学 教授 菅原,進一
 東京大学 教授 壁谷澤,寿海
 東京大学 助教授 塩原,等
 東京大学 助教授 岸利,治
内容要旨 要旨を表示する

 コンクリートの硬化過程に生じる諸現象、すなわち、水和発熱、自己収縮、クリープ、強度発現などは、ごく初期材齢でのコンクリートのひび割れ発生現象などに深く関わっているだけでなく、硬化後のコンクリートの耐久性にも多大な影響を及ぼすことが明らかになっている。さらに、この初期材齢に生じる諸現象は、相互に影響を及ぼし合い、複雑に絡み合ってコンクリートに影響を与えるため、単独の現象を記述するモデルのみでは、実際のコンクリート構造物に生じる応力・ひび割れ性状を解明するには無理がある。この問題を解決するためには、初期材齢におけるコンクリートの諸現象を、微視的観点からアプローチし、セメント硬化体の変形に根元的に関わる物理量を用いて統一的に記述できる原理的なモデルが必要である。そこで、本研究では、高強度コンクリートを対象として、硬化体内部の組織構造の経時変化といった微視的現象、すなわち、セメントの水和反応に伴う空隙構造及び含水状態の変化をセメントの水和率の関数として表わすことのできる連成モデルの開発を行う。また、そのモデルを有限要素解析に組み込んで、若材齢における高強度コンクリートの諸物性を予測できるシステムの開発を行う。また、その解析システムを利用し、高強度コンクリートを用いた鉄筋コンクリート構造物における初期ひび割れ発生の予測を行い、今後の高強度コンクリートの実用化に当たり、非常に有意義であると考えられる初期ひび割れの制御技術を確立することを目指す。

 本論文は7章から構成されており、以下に各章の内容を示す。

 第1章は序論であり、本研究の背景と目的、および特色を述べた。

 第2章では、セメント硬化体内の水和反応、空隙構造変化及び水分挙動といった様々な現象の相互連関性を考慮し、それら様々な現象をセメント硬化体の形成に根元的に関わる物理量を用いて統一的に記述できる連成モデルの構築を試みた。

 そのため、本システムの根幹部分である友澤によって原形の開発された水和反応モデルの概要を述べ、高強度コンクリートに対応できるようにモデルの修正および補完策を述べた。また、セメント水和反応モデルの各係数算定にニューラルネットワークの適用を試み、実験によることなく、材料や調合の特性のみによって、水和反応モデルの各係数の算定がなされるシステムを提案した。

 また、セメントの水和反応モデルを用いて、単位空間内におけるセメント粒子の水和膨張を幾何学的に表現し、空隙構造形成モデルを提案した。

 さらに、水和反応速度の低下を粒子近傍に存在する自由水の減少および残された自由水とセメント粒子との接触面積の減少という二つのメカニズムによって考慮し、新たな反応水量減少モデルを提案した。

 単位空間内のセメント粒子の膨張を仮定した時に定量化される空隙率から圧縮強度発現を推定できるモデルの構築を行った、

 連成モデルを用いた数値計算プログラムにより、ある材齢での単位空間内の未水和セメント、水和生成物および空隙の体積および粒子間の接触面積を求め、内部構造の基本モジュール化を行い、セメント粒子の接触面積に基づく弾性係数発現モデルを提案した。

 第3章では、構築した連成モデルを数値計算プログラムに組み込み、種々の条件下でのセメント硬化体内における初期物性の変化、すなわち、水和発熱速度の変化、水和率の増大、相対湿度の低下、空隙率の減少および弾性係数の発現に関する数値シミュレーションを行い、連成モデルの采当性を検証した。

 また、連成モデルを有限要素法に組み込んで、種々の条件下でにおける高強度コンクリート構造体内の初期温度履歴分布の数値解析を行った。ケーススタディは、壁と柱の模擬部材について行った。それぞれ2次元、3次元FEM解析を行い、本システムの適用性を検証した。その結果、シミュレーション結果は実験結果を良好に追従していることがわかった。

 第4章では、高強度コンクリートの自己収縮現象を連成モデルと関連付けて説明・表現できる解析技術の開発を行った。

 自己収縮現象を引き起こす駆動力として、空隙内の湿度低下が招く毛細管張力を考え、下村らが提案した乾燥収縮モデルを採用した。そのモデルに用いられる物性パラメータは第2章で提案した連成モデルから求め、自己収縮現象を連成モデルから得られる情報だけで説明・表現する手法を提案した。

 提案手法の検証として。セメントペーストの収縮挙動に関する解析を行った。また、自己収縮モデルの各物性パラメータが実際に硬化体内部でどのような働きを担い、収縮挙動に影響を与えるかを明確にするため、空隙構造分布および相対湿度の実測を行った。その結果、水セメント水比が小さいほど、すなわち、水和反応速度が早いほど、相対湿度は初期材齢で低下し、その低下速度も速くなることがわかった。しかし、養生温度が40℃を超えるとセメント水比との関連はなくなり、むしろ水セメント比の大きい方が相対湿度は急激に低下することがわかった。この結果は、自己収縮ひずみが相対湿度により一義的に定まるとしてきた一連の既往の研究結果に対して疑問を投げかけるものである。一方、本研究で提案した解析手法は、経時変化する収縮現象を追跡できることが確認された。

 第5章では、第2章から第4章までに構築された各種モデルを総合化することによって、初期材齢におけるひび割れ発生を予測できるシステムを構築し、実際に建てられた鉄筋コンクリート造建築物の柱と梁部材について、温度分布および内部応力の3次元FEM数値解析を行った。シミュレーションの結果、温度変化・自己収縮に起因する収縮・膨張ひずみ、ヤング係数発現、クリープ変形などの各種物性値に関して高精度の推測結果が得られた。以上の成果により、セメント水和反応に基づいた高強度コンクリートを用いた鉄筋コンクリート部材の初期ひび割れ予測システムが開発されたと言える。

 第6章では、高強度コンクリートを用いた鉄筋コンクリート部材に生じる初期ひび割れの現状を把握するとともに、高強度コンクリートの実用に当たり非常に有意義であると考えられる初期ひび割れ制御技術を提案した。

 第7章では、本論文の結論を述べた。

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は、高強度コンクリートを用いた鉄筋コンクリート構造物における初期ひび割れ発生の予測を行い、今後の高強度コンクリートの実用化に当たり、非常に有意義であると考えられる初期ひび割れの制御技術を確立することを目的として、硬化体内部の組織構造の経時変化といった微視的現象、すなわち、セメントの水和反応に伴う空隙構造および含水状態の変化をセメントの水和率の関数として表わすことのできる連成モデルの開発を行い、そのモデルを有限要素解析に組み込んで、高強度コンクリートの若材齢における諸物性を予測できるシステムの開発を行ったものである。

 第1章「序論」では、本研究の背景と目的および特色を述べている。

 第2章「水和反応および空隙構造形成の連成モデルの構築」では、セメント硬化体内の水和反応、空隙構造変化および水分挙動といった様々な現象の相互連関性を考慮し、これらの様々な現象をセメント硬化体の形成に根元的に関わる物理量を用いて統一的に記述できる連成モデルの構築を試みている。

 第3章「連成モデルの検証」では、構築した連成モデルを数値計算プログラムに組み込み、種々の条件下でのセメント硬化体内における初期物性の変化、すなわち、水和発熱速度の変化、水和率の増大、相対湿度の低下、空隙率の減少および弾性係数の発現に関する数値シミュレーションを行い、連成モデルの妥当性を検証している。また、連成モデルを有限要素法に組み込んで、壁および柱を想定した模擬部材について、種々の条件下における高強度コンクリート構造体内の初期温度の履歴分布に関する解析を2次元FEMおよび3次元FEMによって行い、本システムの適用性を検証している。その結果、シミュレーション結果が実験結果を良好に追従していることを確認している。

 第4章「自己収縮モデルおよび検証」では、高強度コンクリートの自己収縮現象を連成モデルと関連付けて説明・表現できる解析技術の開発を行っており、自己収縮現象を引き起こす駆動力として、空隙内の湿度低下が招く毛細管張力を考え、既存の乾燥収縮モデルに用いられる物性パラメータを第2章で提案した連成モデルから求め、自己収縮現象を連成モデルから得られる情報だけで説明・表現する手法を提案している。また、提案手法の検証として、セメントペーストの収縮挙動に関する解析を行うとともに、自己収縮モデルの各物性パラメータが実際に硬化体内部でどのような働きを担い、どのように収縮挙動に影響を与えるかを明確にするため、空隙構造分布および相対湿度の実測を行っている。その結果、水セメント水比が小さいほど、すなわち、水和反応速度が早いほど、相対湿度は初期材齢で低下し、その低下速度も速くなること、ならびに養生温度が40℃を超えるとセメント水比との関連はなくなり、むしろ水セメント比の大きい方が相対湿度は急激に低下することを見出している。この結果は、自己収縮ひずみが相対湿度により一義的に定まるとしてきた一連の既往の研究結果に対して疑間を投げかけるものであり、本研究で提案した解析手法は、経時変化する収縮現象を追跡できることを確認している。

 第5章「3次元FEMによる高強度RC部材のひび割れ予測」では、第2章から第4章までに構築された各種モデルを総合化することによって、初期材齢におけるひび割れ発生を予測できるシステムを構築し、実際に建てられた鉄筋コンクリート造建築物の柱と梁部材について、温度分布および内部応力の3次元FEM数値解析を行っている。シミュレーションの結果、温度変化・自己収縮に起因する収縮・膨張ひずみ、ヤング係数発現、クリープ変形などの各種物性値に関して高精度の推測結果を得ている。以上の成果により・セメント水和反応に基づいた高強度コンクリートを用いた鉄筋コンクリート部材の初期ひび割れ予測システムが開発されたと判断される。

 第6章「高強度コンクリートの初期ひび割れ制御の現状」では、高強度コンクリートを用いた鉄筋コンクリート部材に生じる初期ひび割れの現状を把握するとともに、第5章までの研究成果を踏まえて、高強度コンクリートの実用化に当たり非常に有意義であると考えられる初期ひび割れ制御技術を提案している。

 第7章「結論」では、各章で得られた成果を整理するとともに、本論文の結論を述べている。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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