学位論文要旨



No 116030
著者(漢字) 符,立偉
著者(英字)
著者(カナ) フ,リツイ
標題(和) 超高層集合住宅排水システムの排水能力予測法に関する研究
標題(洋)
報告番号 116030
報告番号 甲16030
学位授与日 2001.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第4867号
研究科 工学系研究科
専攻 建築学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 鎌田,元康
 東京大学 教授 坂本,雄三
 東京大学 教授 加藤,信介
 東京大学 助教授 平手,小太郎
 東京大学 助教授 佐久間,哲也
内容要旨 要旨を表示する

 建物内の排水システムは動力を必要とする機械式排水システムと自然流下による重力式排水システムの2タイプに大別できるが、確実な作動が要求されるため、動力を使用しない重力式排水システムが世界的に主流となり、機械式排水システムは重力式排水システムの補完的な存在となっている。また、排水管内からの悪臭の流出および衛生害虫の室内侵入防止には、単純な構造を有する水封トラップの使用が一般的である。この場合、トラップ内の封水を破封させないことが求められる。破封の原因としては、誘導サイホン作用、自己サイホン作用、毛細管現象、蒸発が挙げられるが、その中でも誘導サイホン作用による破封は、排水が管内を流れる際に生じた圧力変動と密接に関連しており、許容流量を決定する最大の要因となっている。したがって許容流量決定のためには、排水管内圧力の予測法の確立が極めて重要である。

 しかしながら、排水管内の流動現象は、排水と空気が混在する2相流、または、固形物を含む3相流となり、極めて複雑な流れであること、また、重力が支配的な要因であり、排水自身が管内の空気流動の駆動力であるとともに、空気に対して抵抗として働くという2面性を持っていることから、模型実験が極めて困難であり、過去数多くの研究が行われているものの、予測法の確立に至っていない。

 最近の研究例としては、次のようなものがある。Pinkは32層約100m規模の建物に設置された排水システムを用いて、定流量負荷による排水実験を行い、排水負荷階が高くなるに従い、通気流量が増加することを示している。大塚らは10層規模30m級の実験タワーを用いた排水実験により、管内圧力分布の予測手法を提案しているが、超高層実験装置を用いた検証実験は行っていない。90年代初期、筆者がJIS継手を対象に超高層実大実験を行い、ゾーンを4つに分けた上で、管内平均圧力の予測手法を提案した。その後、このゾーン分けに従い、鄭が新たなパラメータを導入し、1箇所排水時の管内平均圧力予測法を確立した。本論文はこれらの知見を基に、超高層集合住宅排水システムに関する一連の実大実験を行い、瞬時圧力を含む、超高層集合住宅における排水管内圧力分布の予測手法を確立することにより、1999年に制定された空気調和・衛生工学会の規格「HASS218集合住宅の排水立て管システム能力試験法」に規定された、3Hzカットの瞬時圧力による排水能力を予測する手法の確立を目指して行った以下の研究内容をまとめたものである。

(1)超高層集合住宅では、JIS型の継手以外に特殊排水継手が多用される。特殊排水継手を用いた特殊排水システムに関し、HASS218に準じた数多くの実大実験を行うことにより、特殊排水システムの管内圧力の特性を明らかにすること。

(2)鄭の研究は、主にJIS-DT継手を用いた実験結果から一箇所排水時の管内平均圧力分布を予測する手法を提案したものである。その式で用いている各種パラメータが、特殊排水システムの場合どのように変化するかの解析を行い、特殊継手排水システムにも適用できるよう改良を加えるとともに、その適用限界を明確にすること。

(3)鄭は、JIS-DT継手を用いた排水システムの場合、瞬時最大通気流量からシステム最大・最小値(排水立て管システムの全測定点における瞬時圧力の最大値・最小値をいう)が予測可能であることを示したが、その妥当性を検討し、特殊継手排水システムに適用できるよう予測モデルに改良を加えるとともに、新たな予測法を提案すること。

(4)従来の研究は、排水横主管にオフセットがない場合を対象としたものが多い。排水横主管のオフセットに関する系統的な研究により、排水横主管の管内圧力分布の特性を明らかにするともに、今までの予測法に改良を加え、オフセットのある場合に適用できる予測法とすること。

(5)上記予測手法の検討では、都市基盤整備公団総合研究所技術センターの108m超高層住宅実験タワーでの結果を用いているが、特殊排水継手メーカー各社が所有する実験タワーは、この1/3程度の高さである。そこで、この程度の高さの実験タワーで、超高層集合住宅の管内圧力分布予測手法を開発するためのデータを得られるよう実験手法に検討を加えること。

 本論文は、以下7章よりなる。

第1章 緒論

 本研究の背景と目的、既往研究及び本研究の位置付け、本論文の構成、また本論文に関連する用語の定義及び記号と単位について記してある。

第2章 実験装置・実験概要

 第2章では、本研究で用いた超高層住宅実験タワー・排水システム・測定装置を示すともに、実験条件・測定項目・測定手順・および測定データに影響を及ぼすシステムの気密性に関する実験結果などについて記述している。また、供試排水継手としては、既往研究で多く用いられているJIS.DT継手、JIS-LT継手、JIS-TY継手以外にMD継手、特殊排水継手を使用しているため、それら排水継手の構造・機能・排水のメカニズムについて述べている。

第3章 平均圧力における各種継手の特性把握

 第3章では超高層住宅実験タワーを用いて各種実大実験を行い、得られた管内平均圧力実験データを中心に行った解析結果について述べている。まず特殊排水システムの管内圧力分布の特徴を明らかにするとともに、既往研究の管内平均圧力予測手法が特殊継手排水システムヘ適用が可能かどうかについて検討を行い、その適用範囲を明確にしている。さらに、予測法に対して新たな検討を行い、新予測法を提案している。また、予測手法で用いる各種パラメータを比較することにより、各継手の排水特性を明らかにしている。以下に得られた結果を示す。

1.特殊継手排水システムの管内平均圧力分布について

 (1)特殊継手排水システムの管内平均圧力分布の形は、ほぼJIS継手と同様である。

 (2) 負荷流量・負荷高さが同じ場合、JIS継手と比べ特殊排水継手の管内平均圧力は極めて小さい。

 (3)JIS継手の場合、上層階から流すほど最大負圧が大きくなるが、特殊排水継手の場合、必ずしもそのような結果とはならない。

2.管内圧力予測法について

 (1)鄭による管内圧力予測法は、特殊継手排水システムにもほぼ適用可能であることが確認できた。

 (2)その上で、適用限界を明確にした。

3.新予測法について

 (1)鄭が用いたパラメータの一部について、新たな理論を提案し、予測精度が一層向上することを確認するともに、低い高さの実験結果から超高層、超超高層の管内圧力が予測可能であることを示した。

 (2)新たな排水特性パラメータの導入により、上記適用限界をほぼ無くすことができた。

4.各種特殊排水継手を比較し、特殊排水継手と在来継手、また特殊排水継手の旋回型とオフセット型の違いなどを明確にした。

第4章 管内圧力のシステム最大・最小値の予測

 第4章は管内圧力の変動について論述であり、。特殊継手排水システムの管内圧力変動特性を明らかにするともに、管内圧力変動の分布およびシステム最大値・最小値の予測手法を開発し、検証を行い、以下ような結論を得ている。

 (1)特殊継手排水システムの管内圧力分布の変動特性を明確にした。

 (2) 管内圧力のシステム最大値・最小値の予測について、鄭の提案を検証することともに、その適用限界を明確した。

 (3)管内圧力変動の分布および圧力のシステム最大値・最小値の予測手法を確立した。

 (4)確立したシステム最大値・最小値の予測法を用い、HASS218に基づく排水能力を明らかにした。

第5章 排水横主管にオフセットがある場合の管内圧力の予測

 排水横主管にオフセットがある場合について系統的な実験を行い、オフセットが管内圧力分布に及ぼす影響を明らかにするともに、第3章、第4章で開発した管内圧力予測手法を、排水横主管にオフセットがある場合に適用し、その検証を行っており、以下の結論が得られている。

 (1)排水立て管基部付近に特殊排水継手があった場合、排水立て管と排水横主管接続の脚部エルボの向きにより、管内圧力が影響を受けることを明らかにした。

 (2) 排水横主管オフセット長さが長くなるにつれ、システム最大値が増加するものの、一定の長さを超えると、逆にシステム最大値が小さくなることを示した。

 (3)第3、4章で開発した管内圧力予測法は、排水横主管オフセットに適用可能であることを明らかにした。

第6章 低層の実験データに基づく超高層排水管内圧力予測の検討

 本章では、各排水継手メーカーが持っている30m程度の実験装置から得られた実験データに基づく、超高層の排水管内圧力予測手法を開発するともに検証を行い、その適用限界および問題点を整理している。現状のように、排水横枝管部で管内圧力を測定する限りにおいては、正確な予測手法を確立するには、13層以上の装置が必要であることを示している。

第7章 結論

 以上の総まとめを行うとともに、今後の課題について述べている。

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は「超高層集合住宅排水システムの排水能力予測法に関する研究」と題し、排水システムの設計において最も基本的な要求条件である、“排水トラップ中の封水を破封させないこと”を満足して流しうる最大流量、排水能力を予測する手法に関し、詳細な実大実験結果および解析結果から論述したものである。

 排水能力を予測するには、排水を流した際の排水管内の圧力を予測する必要があるが、現在主に用いられている排水システムが、重力の力を利用していることから模型実験が行いにくいこと、排水管内、特に排水立て管内の流れが極めて複雑な気液2相の流れであり、かつ、排水管内に生じる空気の流動に対し、排水が空気を流す原動力であるとともに抵抗力として働くことから、数値計算などの手法の適用にも限界があり、最も解明が遅れている分野の一つである。

 論文提出者は、修士論文において、当時建設された超高層排水実験タワーでの実験結果から、排水立て管内の空気・水の流動および圧力分布を検討し、4つのゾーンに分けた上で管内平均圧力分布の予測法を提案した。修士課程終了後論文提出者は民間企業に就職したが、その後鄭らがこの4つのゾーン分けを踏襲した上でゾーン分けをより明確にし、予測精度を向上させるとともに、平均圧力ばかりでなく圧力変動を含む予測法へと発展させた。また、1999年には空気調和・衛生工学会の規格「HASS218集合住宅の排水立て管システム能力試験法」が制定され、排水負荷の与え方(1層から流す流量は最大2.5L/sとし、それを超える場合は順次直下階から流す)および排水能力の判定基準(システムに生じる3Hzカットの瞬時圧力、管内圧力システム最大値・最小値が±400Paを超えないこと)が明示された。本論文は、論文提出者が博士課程に再入学した後、集合住宅で多く用いられている各種特殊排水継手を用いたシステム、特殊継手排水システムを含む超高層排水実験タワーでのHASS218に基づく数多くの実験を行い、その実験結果から同規格に示された排水能力を予測する手法を提案したものであり、以下の7章よりなる。

 第1章では、研究の背景・目的、既往研究と本研究の関係、論文構成、論文に関連する用語の定義、記号および単位を示している。

 第2章では、まず、本研究で用いた超高層排水実験タワー・排水システム・測定装置および実験条件・測定項目・測定手順などを示している。さらに、測定データに影響を及ぼす排水システムの気密性確認のための実験の結果および測定で用いた各種排水継手の構造・特徴などをまとめている。

 第3章では、排水立て管内の平均圧力を扱っており、まず実験結果から、特殊継手排水システムでも従来の4つのゾーン分けが可能であるが、旋回型とオフセット型では異なった傾向を示すこと、特殊継手排水システムでは、JISなどに規定される従来継手を用いたシステムと異なり、必ずしも上層階から流した場合に平均圧力の最小値の絶対値、最大負圧が大きくなるとは限らないことなどを示している。その後、平均圧力分布予測法を検討し、鄭らが提案した既往予測法は特殊継手排水システムにもほぼ適用可能であるものの限界があることを示すとともに、新たな排水パラメータを導入した新予測法を提案し、この適用限界をほぼ解消できること、予測結果は実用上十分な精度をもつことを示している。

 第4章では、圧力変動を含む管内圧力分布を扱っており、まず実験結果から、特殊継手排水システムでの管内圧力変動の特性を述べている。その後、システム最大・最小値の予測法を検討し、既往予測法の精度が悪く、そのままでは問題があることを示し、次いで、(1)既往予測法では最大通気流量に基づき予測しているが、通気流量の予測に改良を加えた予測法、(2)圧力変動の標準偏差を用いる予測法、(3)最大負圧などの平均圧力を用いる予測法の3種類の予測法を新たに提案した上で、予測精度の検証を行い、いずれを用いても実用上十分な精度でシステム最大値・最小値が予測可能であることを示している。ただし、(1)(2)は、圧力分布まで予測可能であるが、多少煩雑な計算が必要であるのに対し、(3)は、分布の予測は不可能であるが、極めて簡便な計算で予測が可能という特徴をもつ。

 第5章は、集合住宅の下層階が店舗・車庫などに利用される場合に生じる排水横主管のオフセットについて述べたものであり、実験結果からオフセット長さが長くなるにつれシステム最大値が増大するが、ある一定の長さを超えると減少に転ずることなどを示すとともに、第3章、第4章で提案した予測法が、排水横主管にオフセットがある場合にも適用可能であることを示している。

 第6章は、各排水継手メーカが所有する10層程度の実験タワーで得られるデータから、超高層の場合を予測する手法を述べたものであり、適用限界はあるものの、かなりの精度で予測できる予測法を提案するとともに、正確な予測法を確立する上では、13層程度の実験タワーが必要であることを示している。

 第7章では、上記をまとめるとともに、今後の課題を示している。

 以上のように、本論文は、特殊継手排水システムを含む各種排水システムの排水能力予測法を、詳細な実験で得られたデータに基づく解析から提案したものである。現象が極めて複雑な排水管内流動を扱っているため、ごく一部に理論的根拠が明確でない点を含むが、建築設備設計に寄与するところが極めて大である。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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