学位論文要旨



No 116033
著者(漢字) 泉,岳樹
著者(英字)
著者(カナ) イズミ,タケキ
標題(和) 数値シミュレーションによる都市熱環境の解析とその制御方法に関する研究
標題(洋)
報告番号 116033
報告番号 甲16033
学位授与日 2001.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第4870号
研究科 工学系研究科
専攻 都市工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 岡部,篤行
 東京大学 教授 花木,啓祐
 東京大学 講師 荒巻,俊也
 東京大学 助教授 浅見,泰司
 東京大学 助教授 貞廣,幸雄
内容要旨 要旨を表示する

 最近の研究成果によると、ここ100年の地球の平均気温の上昇が約0.6℃であるのに対し、東京での平均気温の上昇は約2.0℃と高く、地球温暖化のペースに比べ都市の熱環境悪化のスピードは非常に速い。ヒートアイランド現象に代表される都市熱環境の悪化は、暑熱による快適性の低下や大気汚染の悪化に加え、夏季には空調に伴う電力需要の急増によりピーク電力問題を引き起こしている。これらを受けて、近年、地方自治体によりヒートアイランド現象が重要課題と位置づけられる例が見られるようになるなど、都市熱環境の悪化は都市環境問題として強く認識されるようになった。

 また、1999年には環境影響評価法が全面施行され、日本でも本格的に環境アセスメントが求められる時代となった。その一方、都市の熱環境変化が環境アセスメントの予測・評価項目に入った例はみられない。これは熱環境の予測・評価手法が十分に確立されていないためだと考えられる。

 そこで本論文では、メソスケール気象モデルを中心に、リモートセンシングやGIS(地理情報システム)などを活用することにより、都市での開発に伴う熱環境変化の予測手法を確立し、環境アセスメントに熱環境の視点を取り入れる技術的可能性を明らかとすることを目的とする。

 この論文は、6つの章から構成されている。

 まず、第1章では、既存の研究をレビューし、都市気候や都市熱環境の研究の到達点を明らかとした。その上で、本論文の目的、構成について述べた。

 既存研究のレビューでは、現象解明型研究と問題解決志向型研究という分類に基づき研究を整理した。まず、19世紀初頭にロンドンでヒートアイランド現象が発見されて以降、1980年代まで一貫して、純粋な好奇心や探求心をドライビングフォースとして現象の把握や理解を目的とする現象解明型研究が主流であったことを示した。次に、1990年代初頭から都市熱環境の緩和を目指す問題解決志向型研究が増加し、社会でもヒートアイランド現象が都市環境問題として認識され始めたことを示した。その一方で、熱環境のアセスメントやヒートアイランド対策技術に関しての社会的ニーズに研究が追いつかず、理論的背景が不明確なまま社会的対策が行われつつあることの問題点を明らかとした。そして今後、問題解決志向型研究によるヒートアイランド対策技術の開発や評価を行うことが喫緊の課題であることを示した。

 第2章では、本論文で主として用いる研究手法であるメソスケール気象モデル、GIS、並びにリモートセンシングについて述べた。メソスケール気象モデルをはじめとする近年の研究手法は、多くの研究成果が統合化された結果であり、扱いが容易ではないものが多い。そこで本章では、本論文の追試を行うために必要な技術的情報だけでなく、各研究手法の基本的な分析フローやその背景にある理論についても説明を行っている。

 第3章では、首都機能移転問題を対象とし、首都機能移転先候補地で新首都の開発が行われた場合に発生するヒートアイランド現象を予測し、移転候補地間での比較を行った。

 具体的には、コロラド州立大学メソスケールモデル(以下、CSU-MMと略する)を用いて、全国5つの移転先候補地を対象に移転前と移転後の土地利用に基づいて数値シミュレーションを行い、首都機能移転に伴う気温の変化や風系の変化を予測した。その結果、(1)どの移転先候補地においても気温の上昇が見込まれ、その大きさは日平均で0.5℃-1.0℃であること、(2)候補地の立地によって影響が異なり、特に臨海部に立地した場合、海風の流入により内陸部にまで広く影響が及ぶこと、などが明らかとなった。

 また、首都機能移転先で気温が上昇する原因(地表面被覆改変と人工排熱)の寄与度分析を行い、(3)日中は地表面被覆改変が気温上昇への寄与が非常に大きいこと、(4)夜間には人工排熱の影響が相対的に大きくなり、候補地によっては、地表面被覆改変の寄与を上回ること、(5)夜間に人工排熱の影響が大きくなるのは、0.1K以上の温位差がみられる到達高度が低くなることが影響しており、夜間の人工排熱を抑制することが、新首都での気温上昇を抑えることに効果的であることが示された。

 第4章では、メソスケール気象モデルに地表面境界条件として入力される地表面パラメータを、衛星リモートセンシングやGISを活用することにより高精度で推定することを試みた。

 まず、既存研究での地表面パラメータの設定についてレビューを行い、同じ土地利用でも大きく異なったパラメータ値が設定されていることを確認した。次に、CSU-MMを用いて各地表面パラメータの感度解析を行い、既存研究でみられたパラメータ設定値の違いにより、同じ土地利用でも最大で2℃近くシミュレーション結果が変化することを明らかとした。

 そこで、水平解像度が18mという高解像度衛星JERS-1によるリモートセンシングデータや建物の形状や階高が入力されている東京都都市計画情報システムとGISを活用し、地表面アルベドや粗度などの地表面パラメータを推定した。その結果、都市域での地表面アルベドが0.12.0.13であること、粗度はlm前後であることなどが明らかとなった。特に、地表面アルベドの推定に際しては、(1)高分解能の衛星データからのアルベドの算出、(2)実際の建物形状データから日影の計算、を行い両者の比較を行うことにより、衛星データから算出された都市域のアルベドが、(1)建物による日影の影響を受けること、(2)水平面に落ちる日影が建築物間の多重反射による日射の減衰効果のパラメータになる可能性などを示した。

 第5章では、これまで数値シミュレーションによる研究がほとんどみられなかった内陸複雑地形における新都市開発を対象として、開発方法に様々なシナリオを設定した熱環境解析を行った。

 具体的には、まず、計算グリッドや乱流拡散係数などの設定変更によるメソスケールモデルのチューニングを行い、内陸複雑地形でのモデルの再現性について確認した。次に、都市の立地、配置、都市規模、及び人間活動の強度などについて様々なシナリオを設定し、シナリオ別の新都市開発が熱環境に与える影響をメソスケールモデルにより予測・評価した。

 その結果、(1)新都市での平均気温の上昇は立地によって異なり、一極集中開発の場合、山麓、丘陵、盆地の順に大きくなること、(2)全体で同規模の開発を行った場合、一極開発と八極分散開発を比較すると、新都市区域内での気温上昇は、八極開発の方が小さいが、周辺地域をあわせた影響は八極開発の方が約2倍も大きくなること、(3)その原因は、新都市の外周長の違いにより八極開発の方が、水平方向へ熱輸送が大きくなるためと考えられること、(4)都市の開発規模の縮小は、新都市での気温上昇を抑えるのに効果的である一方、新都市周辺地域への影響を減少させる効果は小さいこと、(5)人工排熱の削減は、新都市と周辺地域の両方における気温上昇の抑制に効果があり、特に夜間における削減が効果的なこと、などが明らかとなった。

 都市規模や都市配置の違いによって熱の鉛直拡散と水平拡散の比率が変わることは、今後、熱環境の視点から見た最適都市規模論や最適都市間距離論などへの応用が期待され、非常に重要な知見と考えられる。

 第6章では、この論文の全体を通じて得られた知見をまとめるとともに、残された課題をまとめ今後展開するべき研究の方向を示した。

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は、メソスケール気象モデルを中心に、リモートセンシングやGIS(地理情報システム)などを活用することにより、都市での開発に伴う熱環境変化の予測手法を確立し、環境アセスメントに熱環境の視点を取り入れる技術的可能性を明らかとすることを目的とした論文である。

 この論文は、6つの章から構成されている。

 まず、第1章では、既存の研究がレビューされ、都市気候や都市熱環境の研究の到達点か明らかにされている。

 第2章では、本論文で主として用いる研究手法であるメソスケール気象モデル、GIS、並びにリモートセンシングについて述べられている。

 第3章は、首都機能移転問題を対象とし、首都機能移転先候補地で新首都の開発が行われた場合に発生するヒートアイランド現象を予測し、移転候補地間での比較が行われている。

 具体的には、コロラド州立大学メソスケールモデル(以下、CSU-MMと略する)を用い、全国5つの移転先候補地を対象に移転前と移転後の土地利用に基づいて数値シミュレーションを行い、首都機能移転に伴う気温の変化や風系の変化を予測している。その結果として、(1)どの移転先候補地においても気温の上昇が見込まれ、その大きさは日平均で0.5℃-1.0℃であること、(2)候補地の立地によって影響が異なり、特に臨海部に立地した場合、海風の流入により内陸部にまで広く影響が及ぶこと、などが明らかにされている。

 また、首都機能移転先で気温が上昇する原因(地表面被覆改変と人工排熱)の寄与度分析行が行われており、(3)日中は地表面被覆改変が気温上昇への寄与が非常に大きいこと、(4)夜間には人工排熱の影響が相対的に大きくなり、候補地によっては、地表面被覆改変の寄与を上回ること、(5)夜間に人工排熱の影響が大きくなるのは、0.1K以上の温位差がみられる到達高度が低くなることが影響しており、夜間の人工排熱を抑制することが、新首都での気温上昇を抑えることに効果的であることが示されている。

 第4章では、メソスケール気象モデルに地表面境界条件として入力される地表面パラメータを衛星リモートセンシングやGISを活用することにより高精度で推定する方法が示されている。

 既存研究での地表面パラメータの設定についてレビューが行われ、同じ土地利用でも大きく異なったパラメータ値が設定されていることを確認し、次に、CSU-MMを用いて各地表面パラメータの感度解析を行い、既存研究でみられたパラメータ設定値の違いにより、同じ土地利用でも最大で2℃近くシミュレーション結果が変化することが明らかにされている。

 水平解像度が18mという高解像度衛星JERS-1によるリモートセンシングデータや建物の形状や階高が入力されている東京都都市計画情報システムとGISを活用し、地表面アルベドや粗度などの地表面パラメータを推定し、その結果、都市域での地表面アルベドが0.12-0.13、粗度は1m前後であることなどが明らかにされている。特に、地表面アルベドの推定に際しては、(1)高分解能の衛星データからのアルベドの算出、(2)実際の建物形状データから日影の計算、を行い両者の比較を行うことにより、衛星データから算出された都市域のアルベドが、(1)建物による日影の影響を受けること、(2)水平面に落ちる日影が建築物間の多重反射による日射の減衰効果のパラメータになる可能性などが示されている

 第5章では、これまで数値シミュレーションによる研究がほとんどみられなかった内陸複雑地形における新都市開発を対象として、開発方法に様々なシナリオを設定した熱環境解析が行われている。

 まず、計算グリッドや乱流拡散係数などの設定変更によるメソスケールモデルのチューニングが行われ、内陸複雑地形でのモデルの再現性について確認し、次に、都市の立地、配置、都市規模、及び人間活動の強度などについて様々なシナリオを設定し、シナリオ別の新都市開発が熱環境に与える影響をメソスケールモデルにより予測・評価されている。

 その結果、(1)新都市での平均気温の上昇は立地によって異なり、一極集中開発の場合、山麓、丘陵、盆地の順に大きくなること、(2)全体で同規模の開発を行った場合、一極開発と八極分散開発を比較すると、新都市区域内での気温上昇は、八極開発の方が小さいが、周辺地域をあわせた影響は八極開発の方が約2倍も大きくなること、(3)その原因は、新都市の外周長の違いにより八極開発の方が、水平方向へ熱輸送が大きくなるためと考えられること、(4)都市の開発規模の縮小は、新都市での気温上昇を抑えるのに効果的である一方、新都市周辺地域への影響を減少させる効果は小さいこと、(5)人工排熱の削減は、新都市と周辺地域の両方における気温上昇の抑制に効果があり、特に夜間における削減が効果的なこと、などが明らかにされている。

 第6章においては、論文全体を通じて得られた知見がまとめらている。以上から明らかなように、本論文は博士論文に値する研究成果を上げており、よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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