学位論文要旨



No 116034
著者(漢字) 伊津,恭子
著者(英字)
著者(カナ) イヅ,キョウコ
標題(和) 廃水処理における紅色非硫黄細菌の選択的増殖に及ぼす諸因子の検討
標題(洋)
報告番号 116034
報告番号 甲16034
学位授与日 2001.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第4871号
研究科 工学系研究科
専攻 都市工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 山本,和夫
 東京大学 教授 矢木,修身
 東京大学 教授 花木,啓祐
 東京大学 教授 長棟,輝行
 東京大学 講師 中島,典之
内容要旨 要旨を表示する

 光合成細菌の一種である紅色非硫黄細菌を用いた廃水処理は、BOD数千ppmから数万ppmという高濃度の有機性廃水を無希釈で処理できるという利点を持つ。また、生じた菌体を餌料などに利用できるため汚泥の処理が不要であること、光エネルギーとして太陽光を用いればエネルギー消費の少ない処理法となることも特徴である。しかしながら、地の微生物が存在する中で、どのような条件ならば紅色非硫黄細菌が増殖し優占することができるのかに関しては不明な点が多く、知見の蓄積が望まれている。本研究では、廃水処理系における紅色非硫黄細菌の現存量と運転条件との関係を明らかにし、さまざまな微生物が存在する環境においても紅色非硫黄細菌が主役となる条件について定量的な知見を得た。また、紅色非硫黄細菌と共に廃水処理槽に存在する微生物についても定性的に記述し、それらとの相互作用について考察した。

 微生物相の解析にはPCR-DGGE(Denaturing Gradient Gel Electrophoresis)法およびFISH(Fluorescence in Situ Hybridization)法を用いた。既存のFISH用プローブに加えて、新たに紅色非硫黄細菌Rhodobacter sphaeroides(以下 Rb.sphaeroides)と、紅色非硫黄細菌Rhodopseudomonas palustris(以下 Rps.palustris)に特異的なプローブを設計し、定量に用いた。紅色非硫黄細菌の存在比をFISH 法を用いて求めた研究は本研究が初である。

 以下、条件を変えて行ったリアクター運転結果から得られた知見を示す。これらのリアクターに流入させた基質の炭素源は明記していないものについては酢酸のみである。

 連続曝気、間欠曝気、窒素曝気と通気条件の異なる光照射型リアクターを連続運転した結果、紅色非硫黄細菌の増殖及び優占が確認されたのは、窒素曝気をした系列であった。しかしながら、窒素曝気を行っていても酸素発生型微生物の増殖が見られた系列については紅色非硫黄細菌の割合が40%と、酸素発生型微生物の増殖が見られなかった系列(80%)よりも低かった。これらの系列で最終的に増殖した紅色非硫黄細菌はRb.sphaeroidesとRps.palustrisであり、その他の紅色非硫黄細菌は確認されなかった。

 照度を変化させた3系列の光バイオリアクターを運転した結果、以下のことが明らかとなった。紅色非硫黄細菌の割合はリアクター表面照度260lux、650luxのときにどちらも15%であった。表面照度5800luxとしたときは10%以下であり、照度が低い方が紅色非硫黄細菌の割合が高かった。いずれの系列でも、最終的に増殖した紅色非硫黄紬菌は Rps. palustris であった。しかしながら照度260lux の場合は有機物除去率が低く、得られたバイオマスも少なかった。この結果から、この光量では紅色非硫黄細菌が十分増殖できないことが示されるとともに、酢酸を代謝できる他の微生物が少ないことが示された。照度を5800luxとしたときはシアノバクテリアが出現したことが原因で、紅色非硫黄細菌の割合が減少したと推察された。

 照射する光の波長によっても紅色非硫黄細菌の存在比は異なった。蛍光灯を照射した場合、DGGEバンドのシーケンシング結果からは緑色硫黄細菌が最終的に出現することが確認された。この場合、FISH法を用いて紅色非硫黄細菌の存在比を定量したところ、Rb. sphaeroides が全細菌の20%を占めていた。赤外線フィルターを通した光を照射した場合、シアノバクテリアの増殖が抑制されることが確認された。紅色非硫黄細菌の存在比はフィルターのある場合が40-50%、フィルターのない場合は20%であり、フィルターのある場合に高く保たれた。従って、紅色非硫黄細菌の優占化には赤外線フィルターを通した光を照射することが有効であることが示された。その場合、紅色非硫黄細菌の優占種はRps.palustris であった。

 滞留時間の異なるリアクターを運転した結果からは、以下のことが明らかになった。滞留時間を1.2日とした系列では有機物除去率が安定していなかったが滞留時間を2日または3日とした系列では除去率はおおむね90%以上であり、滞留時間が2日でも十分有機物除去ができることが示された。しかしながら、どの系列でも微生物相に大きな変化は見られなかった。全ての系列でシアノバクテリアの増殖が見られ、それらによる酸素供給が従属栄養細菌の好気的増殖を促したことが推察された。従属栄養細菌が好気的増殖を行うような環境では、紅色非硫黄細菌は増殖速度の上でそれらの細菌を上回れず、基質の競合に負けてウォッシュアウトしてしまうことが考えられる。

 炭素源として酢酸、プロピオン酸、酪酸を炭素ベースで5:3:2の比率で混合した基質を用いた実験では、いずれの炭素源もまんべんなく除去された。除去の担い手はFISH法の結果から紅色非硫黄細菌Rps.palustris であることが明らかになり、その存在比は最大60%にも達した。また、酢酸のみを炭素源とした場合よりバイオマス生成量が大きかった。これから、紅色非硫黄細菌(主として Rps. palustris )を用いて、嫌気明条件で酢酸・プロピオン酸・酪酸を含む廃水の処理を行うことは、処理の面からもバイオマス生産の面からも有利であることが示された。

 これらの結果を総括して、紅色非硫黄細菌の優占する条件について考察した。DGGEバンドをシーケンシングした結果、よく出現していた細菌は Acinetobacter 属、Rseudomonas 属、シトファーガ・フラボバクテリウム・バクテロイデス群に属するものであった。ごく普通の機能を持った通性嫌気性細菌が光バイオリアクター内でも増殖すると言えるであろう。これらの比増殖速度は、好気条件下では紅色非硫黄細菌より大きい。これらの知見から、酢酸が炭素源である場合にはシアノバクテリアの増殖を抑制することによって通性嫌気性細菌の好気的増殖はおこらず、紅色非硫黄細菌が優占すると推察された。したがって、紅色非硫黄細菌の優占する条件は、

・嫌気条件であること(目安のORP:-200〜-30omV)

・シアノバクテリアの増殖しない光照射方法であれば、照度は800lxもあれば十分

・長波長(>800nm)の光を選択的に当てること

・低級脂肪酸を炭素源とすること

とまとめることができる。最終的に優占する紅色非硫黄細菌は、ほとんどの場合 Rps. palustris であり、それ以外の光合成細菌であることはほとんどなかった。Rps. palustris を多く含む菌体懸濁液ならば魚の餌料として適しているため、直接養殖池に流すことが有効である。また、滞留時間や照度が十分なときには有機物除去率は90%以上と良好であった。これは嫌気性廃水処理としては非常に高い数値である。

 本研究で得られた知見から、紅色非硫黄細菌による廃水処理および菌体生産のシステムが実現する可能性があることが示された。この廃水処理法では紅色非硫黄細菌槽の屋外設置を想定し、この槽を赤外線フィルターで覆うことによってシアノバクテリアの増殖を抑制するものとした。生産された紅色非硫黄細菌は直接養殖池に投入され、魚の餌料として利用するものとする。槽の設置に際しては、光照射方向の深度を小さく保つ必要性から、浅型の槽を建設するための土地が必要となる。しかしながら、特別な装置は必要としないため建設コストは安価であろう。また、太陽光を光源とすることができ、省エネルギー型かつ維持管理の容易な処理法となるため、途上国向けの技術として実用化が期待される。

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は、「排水処理における紅色非硫黄細菌の選択的増殖に及ぼす諸因子の検討」と題し、廃水処理系における紅色非硫黄細菌の現存量と運転条件との関係を明らかにし、さまざまな微生物が存在する環境においても紅色非硫黄細菌が優先する条件について定量的に明らかにした研究である。

 第1章は「研究の背景」であり、同時に本論文の目的と論文の構成を示している。

 第2章は「既往の研究」であり。紅色非硫黄細菌の分類・構造・代謝などをまとめた後、これまでの実用例や問題点を挙げ、さらに分子生物学的手法による細菌の定量手法について既往の成果をまとめている。

 第3章「実験・解析手法」では、本研究で用いた PCR-DGGE (Denaturing Gradient Gel Electrophoresis) 法およびFISH (Fluorescence in Situ Hybridization) 法の最適条件の検討を行っている。既存のFLSH用ロープに加えて、新たに紅色非硫黄細菌 Rhodobacter sphaeroides (以下 Rb. sphaeroedes) と、紅色非硫黄細菌 Rhodopseudomonas palustris (以下 Rps. palustris)に特異的なプロープを設計し、定量に用いた。虹色非硫黄細菌の存在比をFISH 法を用いて求めた研究はこれまでになく、本研究が独創的な点である。さらに、連続実験の方法や水質等の分析方法を記述している。

 第4章は、「スパイク汚泥に関する予備調査」で、本研究の核となる実験方法として、実際の下水処理場の活性汚泥や消化汚泥Rb.sphaeroides の純粋培養系に少量加え、細菌の優先種の変遷の時系列を解析しているが、その汚泥から紅色非硫黄細菌を単離し、また汚泥の微生物相の把握を行った。

 第5章は「溶液酸素 (DO) 濃度の影響」を実験的に明らかにしたものである。連続曝気、間欠曝気、窒素曝気と通気条件の異なる光照射型リアクターを連続運転した結果、紅色非硫黄細菌の増殖及び、優占が確認されたのは、窒素曝気をした系列であった。しかしながら、窒素曝気を行っていても窒素発生型微生物の増殖が見られた系列については紅色非硫黄細菌の割合が40%と窒素発生型微生物の増殖が見られなかった系列(80%)よりも低かった。これらの系列で最終的に増殖した紅色非硫黄細菌は Rb. sphaeroides Rps. palustris であり、その他の虹色非硫黄細菌は確認されなかった。

 第6章は「照度の影響」で、照度を変化させた3系列の光バイオリアクターを運転した結果、以下のことが明らかとなった。紅色非硫黄細菌の割合はリアクター表面照度260lux,650luxのときにどちらも15%であった。表面照度5800lugとしたときは10%以下であり、照度が低い方が虹色非硫黄細菌の割合が高かった。いずれの系列でも、最終的に増殖した紅色非細菌は Rps. palustris であった。しかしながら照度260luxの場合は有機物除去率が低く、得られたバイオマスも少なかった。この結果から、この光量では紅色非硫黄細菌が十分増殖できないことが示されるとともに、酸素を代謝できる他の微生物が少ないことが示された。

 第7章は「照射する光源の波長の影響jを調べたもので、照射する光の波長によっても紅色非硫黄細菌の存在比は異なった。蛍光灯を照射した場合、DGGEバンドのシーケンシング結果からは緑色硫黄細菌が最終的に出現することが確認された。この場合、FISH法を用いて紅色非硫黄細菌の存在比を定量したところ、Rb. sphaeroides が全細菌の20%を占めていた。赤外線フィルターを通した光を照射した場合、シアノパクテリアの増殖が抑制されることが確認された。紅色非硫黄細菌の存在比はフィルターのある場合が40〜50%、フィルターのない場合は20%であり、フィルターのある場合に高く保たれた。従って、紅色非硫黄細菌の優占化には赤外線フィルターを通した光を照射することが有効であることが示された。その場合、紅色非硫黄細菌の優占種はRps. palustris であった。

 第8章は「滞留時間の影響」で、滞留時間の異なるリアクターを運転した結果からは、以下のことが明らかになった。滞留時間を1.2日とした系列では有機物除去率が安定していなかったが滞留時間を2日または3日とした系列では除去率はおおむね90%以上であり、滞留時間が2日でも十分有機物除去ができることが示された。しかしながら、どの系列でも微生物相に大きな変化は見られなかった。全ての系列でシアノバクテリアの増殖が見られ、それらによる酸素供給が従属栄養細菌の好気的増殖を促したことが推察された。従属栄養細菌が好気的増殖を行うような環境では、紅色非硫黄細菌は増殖速度の点でそれらの細菌に比較して不利であり、結果的に基質の競合に負けてウォッシュアウトされてしまうと推論された。

 第9章は「基質成分の影響」を調べたもので、炭素源として酢酸、プロピオン酸、酪酸を炭素べ一スで5:3:2の比率で混合した基質を用いた実験では、いずれの炭素源もまんべんなく除去された。除去の担い手はFISH法の結果から紅色非硫黄細菌 Rps. palustris であることが明らかになり、その存在比は最大60%にも達した。また、酢酸のみを炭素源とした場合よりバイオマス生成量が大きかった。これから、紅色非硫黄細菌(主として Rps. palustris)を用いて、嫌気明条件で酢酸・プロピオン酸・酪酸を含む廃水の処理を行うことは、処理の面からもバイオマス生産の面からも有利であることが示された。

 第10章は、「紅色非硫黄細菌の優占する条件jを以上の結果から総括している。結論として、紅色非硫黄細菌の優占する条件は、(1)嫌気条件であること(目安のORP:-200〜-300mV)、(2)シアノバクテリアの増殖しない光照射方法であれば、照度は800luxもあれば十分であること、(3)長波長(>800nm)の光を選択的に当てること、(4)低級脂肪酸を炭素源とすることとまとめた。最終的に優占する紅色非硫黄細菌は、ほとんどの場合Rps. palustris であり、それ以外の光合成細菌であることはほとんどなかった。Rps. palustris を多く含む菌体懸濁液ならば魚の餌料として適しているため、直接養殖池に流すことが有効である。また、滞留時間や照度が十分なときには有機物除去率は90%以上と良好であった。これは嫌気性廃水処理としては非常に高い数値である。

 第11章は、「結論」である。

 以上要するに、廃水処理系において、さまざまな微生物が存在する環境においても紅色非硫黄細菌が優先するなる条件について定量的に明らかにしたもので、紅色非硫黄細菌による廃水処理および菌体生産のシステムの工学的設計に極めて貴重な情報を提供している。従って、本論文により得られた知見は都市環境工学の学術の発展に大きく貢献するものである。

 よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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