学位論文要旨



No 116035
著者(漢字) 高畠,寛生
著者(英字)
著者(カナ) タカバタケ,ヒロオ
標題(和) 活性汚泥による生分解性プラスチック(PHA)生産の影響因子に関する検討及びその実用性評価
標題(洋)
報告番号 116035
報告番号 甲16035
学位授与日 2001.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第4872号
研究科 工学系研究科
専攻 都市工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 味埜,俊
 東京大学 教授 矢木,修身
 東京大学 教授 古米,弘明
 東京大学 助教授 宇垣,正志
 東京大学 助教授 佐藤,弘泰
内容要旨 要旨を表示する

 近年、廃プラスチックが及ぼす埋め立て処分場の優占や環境への悪影響が深刻化している。

この改善策として注目されているのが生分解性プラスチックである。生分解性プラスチックは、環境中の微生物によって完全に分解される。このような生分解性プラスチックの一つとして、PHA(ポリヒドロキシアルカノエイト)が知られる。

 PHAは、様々な細菌が炭素源の豊富な環境下で蓄積する炭素・エネルギー貯蔵物質である。現在、Ralatonia eutropha の純粋培養系を用いて3HB(3-ヒドロキシ酪酸)と3HV(3-ヒドロキシ吉草酸)で構成される PHAが、バイオポールという商標で生産・販売されている。

 一方、活性汚泥は、下廃水処理の担い手として世界各国で実用されている。活性汚泥は様々な微生物によって構成されており、その中にはPHAを蓄積する細菌が多数生息している。本研究では、活性汚泥によるPHA生産に注目した。それは、活性汚泥によるPHA生産には次のようなメリットがあると考えられるからである。まず、下廃水処理と下廃水からのPHAの回収である。これにより、活性汚泥とPHAを媒介とした炭素循環型社会システムが形成される可能性がある。余剰汚泥の再利用及び処理量の削減にも貢献できる。また、純粋培養系によるPHA生産と比較してPHA生産コスト削減の可能性も考えられる。本研究では、活性汚泥によるPHA生産プロセスの影響因子に関する検討、現段階での実現可能性やその潜在的可能性についての評価を中心とした活性汚泥によるPHA生産に関する基礎的研究を行った。

 まず、一般的な実下水処理活性汚泥のPHA生産能力を把握するためにその調査を行った。

 東京都内4下水処理場(三河島、芝浦、中川、小菅)における18の実下水処理活性汚泥を用いて酢酸ナトリウムを炭素源として好気条件下でPHA生産バッチ実験を行った結果、6.2〜29.5%の最大PHA含有率が得られた。このとき、嫌気好気活性汚泥だけでなく標準活性汚泥も高いPHA生産能力を持っていることが明らかとなった。標準活性汚泥におけるPHA生産能力は、効率の良い炭素源摂取のための戦略であると考えられる。また、実下水処理活性汚泥のPHA生産能力は、嫌気好気法や標準法などの運転方法よりも、処理場そのものに依存することが明らかとなった。

 大部分の活性汚泥におけるPHA転換率は35±5%の範囲であり、実下水処理活性汚泥のPHA生産活性は、炭素源摂取速度によって支配されていることが示唆された。また、得られた最大PHA含有率と下水処理場の運転条件の相関を求めた結果、流入水質(炭素、窒素、リン)のMLSSに対する負荷、SRT、汚泥返送比が比較的高い相関があることが示された。

 実下水処理場活性汚泥によるPHA生産において、酢酸と同様、プロピオン酸の炭素源としての有効性も検討したが、プロピオン酸からの高効率のPHA生産はあまり観察されなかった。

 次に、実験室で設置したリアクターを用いて、活性汚泥によるPHA生産の影響因子について検討した。

 実験室(20℃)において活性汚泥馴致用リアクター(PHA accumulating bacteria enrichment reactor、以下PABER)2基とPHA生産リアクター(PHA production reactor、以下PPR)2基を設置し、RunA〜Dの運転を行った。PABERは、PHA 生産能力の高い活性汚泥の馴致を、PPRは、PABERで馴致された活性汚泥を用いて効率の良いPHA生産をおこなうことを目的としたものである。また、同時に数種のPHA生産バッチ実験を行った。これらの実験を通して、活性汚泥によるPHA生産におけるpHの影響、基質組成の影響、PABERにおける基質負荷の影響、PABERにおけるSRTの影響、PPRにおける温度の影響を中心に検討を行った。これらの影響因子に関する検討結果について以下に示す。

 まず、RunAの運転と様々なpH条件下でのPHA生産バッチ実験を通して、pH6.0〜9.0でのpHがPABERとPPRの運転に与える影響について検討・考察した。その結果、活性汚泥馴致工程(PABER)でもPHA生産工程(PPR)でも、アルカリ側pHの方が適していることが明らかとなった。特に、pHが酸性側になったときのPHA生産能力・PHA生産効率への悪影響は顕著であることが示された。このように、pHが活性汚泥によるPHA生産に与える影響は大きく、PPRではpHが高くなるとPHAへの転換率が高くなることが確認された。

 次に、PABER及びPPRにおける炭素源組成の影響について検討した。

 RunBでは、酢酸を主成分とした基質とグルコースを主成分とした基質でそれぞれ活性汚泥を馴致した。これらの活性汚泥を用いて、酢酸、グルコースを炭素源としてPHA生産を行わせたところ、酢酸を主成分とした基質で馴致された活性汚泥は酢酸から、グルコースを主成分とした基質で馴致された活性汚泥はグルコースから、効率よくPHAを合成することが明らかとなった。しかし、酢酸とグルコースの炭素源としての有効性を比較すると明らかに酢酸の方が優位であり、効率の良いPHA生産を実現するためには、酢酸濃度の高い基質で活性汚泥を馴致し、酢酸を主成分とした炭素源を用いてPHA生産させるのが望ましいことが示唆された。

 これらの活性汚泥を用いて、酢酸とプロピオン酸を1:1(as mgC)=3:2(as mol)で混合したものを炭素源としてPHAを生産させたところ、3HV モル分率が50〜60%である3HBと3HVで構成されるPHAが安定して生産された。また、酢酸、プロピオン酸、酪酸、吉草酸で構成される擬似酸生成排水を用いてPHA合成したところ、3HB、3HV、3H2MV(3一ヒドロキシ−2−メチル吉草酸)で構成されるPHAが生産され、その組成は簡単な計算式で推測可能であることが示唆された。また、プロピオン酸を唯一の炭素源とした基質で馴致された活性汚泥を用いてPHA生産したところ、好気条件下でも高い3H2MVモル分率で構成されるPHAが合成された。

 また、RunCの運転を通して、PABERにおける基質負荷の影響について検討した。

 通常の下水中の有機物濃度として考えられる範囲(20〜100mgC/1)で活性汚泥を馴致したが、有機物除去に関しては顕著な影響はないと考えられた。この基質濃度範囲では、得られる最大PHA含有率には顕著な影響はないが、はじめの炭素源投与から8時間まで(初期)のPHA生産速度(以下、初期PHA生産速度)は低い基質濃度で馴致された活性汚泥の方が高い傾向が観察された。しかし、生産される汚泥量を考慮すれば、工学的には、高い基質濃度でPABERを馴致した方が大量の活性汚泥が生産されるため有利であると判断できる。

 さらに、RunDの運転を通して、PABERにおけるSRTの影響について検討した。

 SRT3日でPABERを運転すると、バルキングが生じやすく、有機物除去、生物学的リン除去、処理安定性の観点から、SRTは3日より10日で運転する方が望ましいことが示唆された。

 本研究で行った実験では、SRTが活性汚泥のPHA生産能力に与える影響は大きく、活性汚泥のPHA生産能力やその安定性の観点から、SRTを5〜10日でPABERで運転するのが望ましいことが示唆された。しかし、そのメカニズムや影響の方向性は、一般論では説明できないほど複雑であり、汚泥の性質や他の環境因子に影響される可能性が高いことが示唆された。

 本検討では、67.7%の最大PHA含有率が達成された。これは活性汚泥によるPHA生産では過去に報告のない高い値である。このとき初期PHA生産速度は87mgPHA/gSS/hr、初期PHA転換率は69%であり、馴致の段階(PABER)でのバイオマスへの収率が0.38mgC/mgCと低い値であった。汚泥のバイオマスへの収率は、活性汚泥のPHA生産能力への影響因子の一つである可能性が示唆された。

 同じくRunDの運転を通して、PPRにおける温度の影響について検討した。

 温度が活性汚泥のPHA生産効率に与える影響について検討するために、10, 20, 30℃でPHA生産を行った。その結果、最大PHA含有率は、10〜30℃では温度の影響を受けないことが確認された。また、初期PHA生産速度は、10℃で最も小さい値を示し、PHA転換率に関しては明白な影響が確認されず、初期炭素源摂取速度は、30℃で最も高くなることが確認された。また、10℃のときには、20℃や30℃のときのような、バイオマスの増加や多糖類の蓄積などはほとんど観察されなかった。これらの結果から、工学的には20〜30℃でPHA生産を行うのが望ましいと判断できる。

 以上までで行った実験室内での実験結果をもとに、活性汚泥の馴致に関して考察した。

 実験室で活性汚泥を馴致すると、はじめの数日はPHA生産能力が上昇し続け、ピークにまで達した後、安定すること傾向が観察された。活性汚泥という複雑微生物系でも、PHA含有率40〜50%、初期PHA生産速度60mgPHA/gSS/hr前後、PHA転換率40〜50%、炭素源摂取速度80mgC/gSS/hr前後で安定させることが可能であることが示唆された。また、酢酸とプロピオン酸を1:1(as mgC)=3:2(as mol)で混合したものを炭素源としてPHAを生産させたところ、3HVモル分率が50〜60%である3HBと3HVで構成されるPHAが安定して生産され、PHAの組成という観点からも安定生産が可能であることが示唆された。

 また、活性汚泥によるPHA生産に関する生化学的・微生物学的検討及び考察を行った。

 まず、13Cで標識された炭素源を用いて、PHAの生産と分解が同時に行われるかどうかを検討した。その結果、PHAが線形的に生産されている期間はPHAの生産と分解は同時に行われず、PHA蓄積量が限界点近くになると、活性汚泥の中でPHAの生産と同時に分解が生じてしまうために全体としてPHA生産速度が低下することが明らかとなった。

 また、これまでに行った数々のPHA生産実験において得られた最大PHA含有率と初期PHA生産速度の相関を調べたところ、非常に高い正の相関が確認された。

 最後に、本研究で得られた知見や過去の知見などをもとに、活性汚泥によるPHA生産の実用性について評価した。

 まず、活性汚泥によるPHA生産プロセスの最適運転法について提示・検討した。その結果、現段階で理想と考えられる下廃水処理とPHAの回収、余剰汚泥発生量の削減を同時に行うプロセスが提案できた。このプロセスでは、下水、高濃度有機廃水、PHA回収用の菌体分解酵素が主なインプットであり、そこから排出されるアウトプットは、PHA(生分解性プラスチック)、処理水、残さである。

 次に、このPHA生産プロセスにおける簡単な計算式を用いての試算を行い、必要なリアクター容量や可能なPHA生産性に関して考察した。その結果、一日の処理水量30万トン規模の下水処理場に、本研究で提案したPHA生産プロセスを導入すると、年間600トンから3000トンまでのPHA生産性が期待できることが示された。

 また、活性汚泥によるPHA生産と純粋培養系によるPHA生産を、PHA生産能力やPHA生産コストの観点から比較した。その結果、PHA生産能力では、純粋培養系に比べて若干劣るものの、PHA生産コスト低下に寄与できる可能性が十分にあることを示唆できた。

 しかし、活性汚泥によるPHA生産を実用化させるためには、検討すべきことがある。更なるPHA生産効率の向上や共存物質の影響などである。本論文では今後の研究戦略についても同時に記した。本研究が活性汚泥によるPHA生産に関する今後の研究の発展に寄与できれば幸いである。

審査要旨 要旨を表示する

 本研究は、廃水処理の結果、廃棄物として発生する余剰汚泥と、工場排水などに含まれる有機汚濁物質を原料として、生分解性プラスチックの一つであるポリヒドロキシアルカノエイト(PHA)を合成することをめざしたものである。その社会的意義は2つあり、一つは、石油依存の大量消費型社会から脱却し、リサイクル型の社会の構築をすすめるための様々な方策が模索されている中の一つとして、廃棄物質からの有価物質回収技術に位置づけられる。もう一つは、廃プラスチックが及ぼす埋め立て処分場の優占や環境への悪影響が深刻化しており、この改善策として注目されている生分解性プラスチックを安価に生産できる可能性を提示するものである。

 本研究では、廃水処理法として世界中に普及している活性汚泥方によるPHA生産に注目している。活性汚泥とPHAを媒介とした炭素循環型社会システムに技術的基盤を与え、余剰汚泥の再利用及び処理量の削減にも貢献し、また、純粋培養系によるPHA生産と比較して生産コストを削減することが本研究の究極的な目標である。そのような背景をもとに、本研究では、活性汚泥によるPHA生産プロセスの影響因子に関する検討、現段階での実現可能性やその潜在的可能性についての評価を中心とした活性汚泥によるPHA生産に関する基礎的研究をおこなっている。

 第1章は「序論」であり、本研究の背景、対象プロセスの概要、本論文の目的と構成が記されている。

 第2章は「既往の知見の整理」であり、生分解性プラスチック・PHAに関する一般的知見やPHA合成の微生物学、活性汚泥中右のPHA合成に関する既往の研究成果などについてまとめられている。

 第3章は「PHA生産能力・生産効率の評価方法及び各種分析方法」であり、研究全体を通じて用いたPHA生産能力・生産効率の評価方法を説明し、また本研究で用いた各種分析方法を解説している。

 第4章は「実下水処理活性汚泥のPHA生産能力調査」と題し、実下水処理活性汚泥のPHA生産能力を把握するためにおこなった調査結果が述べられている。東京都内4下水処理場における18の実下水処理活性汚泥を用いて酢酸ナトリウムを炭素源として好気条件下でPHA生産バッチ実験をおこない、すべての汚泥がPHA生産能力を持ち、最大PHA含有率が62〜29.5%となること、実下水処理活性汚泥のPHA生産能力は、嫌気好気法や標準法などの運転方法よりも、処理場そのものに依存することを明らかにした。

 第5章は「実験室リアクターを利用した活性汚泥によるPHA生産における環境影響因子に関する検討」である。ここでは、実験室で設置したリアクターを用いて活性汚泥によるPHA生産の影響因子について検討した結果が述べられている。実験室(20℃)において活性汚泥馴致用リアクター(PABER)2基とPHA生産リアクター(PPR)2基を運転し、また、同時に数種のPHA生産バッチ実験を行った。これらの実験を通して、活性汚泥によるPHA生産におけるpHの影響、基質組織の影響、PABERにおける基質負荷の影響、PABERにおけるSRTの影響、PPRにおける温度の影響を中心に検討を行った。その結果、PHA生産にはアルカリ側pHの方が適していること、特に、pHが酸性側になったときのPHA生産能力・PHA生産効率への悪影響は顕著であること、酢酸濃度の高い基質で活性汚泥を馴致し酢酸を主成分とした炭素源を用いてPHA生産させるのが望ましいこと、高い基質濃度でPABERを馴致した方が大量の活性汚泥が生産されるためPHA生産に有利であること、活性汚泥のPHA生産能力やその安定性の観点からSRTを5〜10日でPABERで運転するのが望ましいこと、最大PHA含有率は10〜30℃では温度の影響を受けないこと、などが明らかになった。また、本検討では、67.7%の最大PHA含有率が達成された。これは活性汚泥によるPHA生産では過去に報告のない高い値である。

 第6章は「活性汚泥におけるPHA生産メカニズムに関する検討及び考察」と題し、活性汚泥によるPHA生産に関する生化学的・微生物学的検討事項をまとめている。ここでは、13Cで標識された炭素源を用いて、PHAが線形的に生産されている期間はPHAの生産と分解は同時に行われず、PHA蓄積量が限界点近くになると、活性汚泥の中でPHAの生産と分解が同時に生じていることを明らかにした。また、これまでに行った数々のPHA生産実験結果をもとに、最大PHA含有率の高い汚泥でPHA生産速度が大きくなる機構について考察したが一般性のある説明をするには至らなかった。

 第7章は「活性汚泥によるPHA生産に関する実用性評価」であり、本研究で得られた知見や過去の知見などをもとに、まず、活性汚泥によるPHA生産プロセスの最適運転法について提示し、提示したプロセスに関して簡単な仮定のもとにPHA生産の実用性を評価する試算をおこなっている。その結果、一日の処理水量30万トン規模の下水処理場に、本研究で提案したPHA生産プロセスを導入すると、年間600トンから3000トンまでのPHA生産性が期待できること、活性汚泥によるプロセスはPHA生産能力では純粋培養系に比べて若干劣るもののPHA生産コスト低下に寄与できる可能性が十分にあることを示唆した。

 第8章は「総括」であり、活性汚泥によるPHA生産プロセスについて本研究全体を総括し、今後おこなうべき研究やそのための戦略について提言している。

 本論文の最大の功績は、廃水処理からでる余剰汚泥と有機廃水を原料に生分解生プラスチック(PHA)を生産するプロセスの基本的な運転条件について工学的に検討し、そのようなプロセスの実現可能性を強く示唆できたこと、また、実験室規模のリアクターを用いてPHA生産システムを運転し、実用に耐えうる最大PHA含有率とその生産速度を実際に達成できたことにある。今後、実用化をめざした研究を積み重ねることの重要性は非常に大きく、本研究はそのためのきわめて優れた基盤を作ってくれたといえる。以上のような観点から、本研究は都市工学とりわけ環境工学の発展に大きく寄与するものである。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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