学位論文要旨



No 116036
著者(漢字) 肱岡,靖明
著者(英字)
著者(カナ) ヒジオカ,ヤスアキ
標題(和) 都市ノンポイント汚染源負荷量調査に基づく地表面特性を考慮した堆積負荷流出モデル解析
標題(洋)
報告番号 116036
報告番号 甲16036
学位授与日 2001.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第4873号
研究科 工学系研究科
専攻 都市工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 古米,弘明
 東京大学 教授 虫明,功臣
 東京大学 教授 大垣,眞一郎
 東京大学 教授 花木,啓祐
 東京大学 講師 中島,典之
内容要旨 要旨を表示する

 都市化の進行に伴う不浸透域の増加により,雨天時に下水道へ流入する雨水量が急激に増加している,また,都市における様々な社会活動及び日常生活から発生する汚濁物質がノンポイント汚染源負荷として地表面に堆積し,雨天時に下水道を経由して公共用水域へ流入している.雨天時に下水道へ流入する雨水量の増大とともに汚濁負荷量の量及び質も増加している.

 都市域における主なノンポイント汚染源負荷の発生源として,自動車排ガスを含む道路粉塵,工場やゴミ焼却場からの煤煙等が挙げられる.これら排ガス及び煤煙には,発ガン性物質である多環芳香族炭化水素等の微量有害有機物質や重金属等が含まれており,これら微量有害物質の雨天時流出に伴う公共用水域の水環境や水域生態系への影響が懸念されている.

 公共用水域の水環境を保全するためには,ノンポイント汚染源負荷の挙動を正確に把握し,効果的な対策を実施する必要がある.しかしながら,ノンポイント汚染源負荷は面的に分布するため,発生源や発生量の特定が非常に難しく,雨天時の流出は降雨や地表面の形状によりその挙動が大きく異なるため定量化が非常に困難である。

 下水道システムにおける雨水流出及び汚濁負荷の堆積、流出機構を解析するために、近年、欧米にて数種の分布型モデルが開発されてきており、日本の下水道への適用も推進されている。分布型モデルは地理情報システムと組み合わせることにより、より精度の高い定量的な解析を行うことが可能となっている。一方、商用の分布型モデルに組み込まれている各プロセスのモデルには経験モデルも多く含まれている。特に、地表面堆積負荷流出モデルに関しては、その重要性から既存の研究においていくつかのモデルが提案されているが、いずれも観測データから導かれた経験モデルであり、他流域へ適用する際には、対象流域特性やそこで観測されたデータに基づいて、モデルの適用方法及びモデルに必要なパラメータ設定について検討する必要がある。

 既存のノンポイント汚染源に関する調査では、各地の分流式下水道排水区を対象とした雨天時流出量調査、路面堆積負荷量調査、路面堆積負荷流出量調査があるが、必ずしも分布型モデルを前提にした検討はなされていない。また、下水道排水区を対象とした調査や路面堆積負荷流出量調査では単独降雨を対象としたものが多く、路面堆積負荷量調査においては、堆積量の経時変化が長期にわたり調査されているものの、雨天時における負荷流出量の経時変化を同時に捉えられてはいない。雨天時におけるノンポイント汚染源負荷流出量調査には多大な労力と費用が必要とされ、自然現象により調査計画を合わせざるを得ず観測データの蓄積が非常に難しい。

 そこで本研究では、都市域の分流式下水道排水区において連続降雨を対象としたノンポイント汚染源負荷の雨天時流出量調査を行った。さらに観測データをもとに、分布型モデルの中でも、汚濁負荷解析おいて重要なプロセスである地表面堆積負荷流出に関して詳細なモデル検討を行った。

 ノンポイント汚染源負荷の雨天時流出量を測定するために、自動採水・連続測定装置を住宅市街地に設置し連続降雨を対象とした採水を行った。対象汚濁物質はSSを測定した。既存の研究より有害化学物質は粒子径の小さなSS分に付着して雨天時に流出することが報告されていることから、サンプルを2分画(微粒子:1.2μm〜45μm, 粗粒子:45μm〜2mm)して測定した。測定結果より、降雨強度が10mm/hr程度以下の場合、微粒子と粗粒子の流出の挙動に大きな違いがあることが示された。降雨強度によらず降雨全般において流出が見られる微粒子と比べ、粗粒子はある一定の降雨強度が観測された場合に明らかな流出が見られた。

 調査結果を用いてノンポイント汚染源負荷の流出解析を行うにあたり、まず工種別の雨水流出特性を考慮して分布型モデルを用いた雨水流出解析を行った。解析結果より、都市域を対象とした雨水流出解析を行う場合、その代表不浸透面である屋根と道路を表面特性に基づいて区別し、異なる流出特性を考慮する必要性を示した。解析では、屋根は道路と比べ凹凸の少ない滑らかな表面を持ち勾配が急であることから不浸透面直接流出域とし、道路はその表面の凹凸が大きく勾配が緩やかであることから不浸透面凹地貯留域と定めた。このとき、道路の初期損失は0。5mm程度となった。さらに、地表面流出モデルにおける貯留係数の設定では、屋根のほうが道路より雨水の流出が早いと仮定することにより再現性が飛躍的に向上した。次に、浸透域を高浸透能域と低浸透能域の2つに区分し、低浸透能域の有効降雨モデル及び地表面流出モデルに関するパラメータについて考察した。このように、有効降雨モデル及び地表面流出モデルのパラメータに工種別の異なる値を設定することによって雨水流出解析の精度が向上することが示された。そこで、対象排水区における工種情報を既存の土地利用情報を用いて推定するために、細密数値情報に含まれる土地利用毎の屋根、道路、低浸透能域、高浸透能域の割合を提案した。統一された規格を持つ土地利用情報を解析に利用することにより、任意の排水区において同等の解析を行い、解析結果を相互に比較検討することが可能となる。

 以上の雨水流出解析の結果より、地表面における適切な雨水流出量を推定することが可能となった。次に、汚濁負荷解析おいて重要なプロセスである地表面堆積負荷流出に関してSSを対象とした詳細なモデル検討を行った。地表面堆積負荷流出モデルとしてSartor and Boydモデルを適用して、初期堆積量と負荷流出係数のパラメータ値を降雨毎に検討した。しかしながら、屋根と道路を一括して不浸透域と捉えた汚濁負荷解析では、回帰して得られたモデルパラメータ値を用いても、ファーストフラッシュやSS負荷流出の時間的な変化を表すことができなかった。そこで、道路からの堆積負荷流出を発生させる限界の掃流量という概念を導入することにより、ファーストフラッシュを含むSS負荷流出の時間変化を再現することが可能となった。この結果より、雨水流出解析と連帯して、ノンポイント汚染源負荷が堆積する場として不浸透域を屋根・道路と区別しそれぞれの負荷流出特性を考慮した汚濁負荷解析の有効性が示された。さらに、汚濁負荷解析前後の物質収支より、道路の負荷堆積量を見積もる際には先行降雨終了時の残存堆積負荷量を考慮することが重要であることが示唆された。

 SSを対象としたノンポイント汚染源負荷の流出解析結果をもとに、ノンポイント汚染源負荷流出調査で得られた微粒子負荷流出量データを用いて、屋根・道路の負荷流出特性に着目した分布型モデルにおける地表面堆積負荷流出モデルの詳細な検討を行った。解析結果より、微粒子は屋根・道路ともに堆積しており、その負荷流出は表面の凹凸、勾配等を考慮し、屋根のほうが道路より早く流出するという現象を考慮した負荷流出係数の値を与えることにより微粒子負荷流出の時間変化を適切に捉えることができることを示した。さらに、表面に凹凸が存在する屋根・道路に対して限界掃流量の概念を適用することはデータ数の増加によりデータ決定の煩雑性が増すものの汚濁負荷流出解析に非常に効果的であることが示された。結果、屋根の限界掃流量は0.5mm/hrと非常に小さく、道路の限界掃流量はその2倍の1.0mm/hrとなった。雨水流出速度が道路に比べて早いと推定される屋根においては、限界掃流量による影響が小さいと推測されるが、降雨流出初期時の負荷流出を表すには非常に効果的であることが示された。また、道路の限界掃流量はSSを対象とした解析結果1、5mm/hrより小さな値となったが、これは粒径による負荷流出の違いを表していると考えられた。次に、各降雨を対象として推定された初期堆積量の値を用いて晴天時負荷堆積特性を検討した。屋根は道路に比べ負荷堆積速度が小さく減衰係数が大きいと推定された。また、道路の初期堆積量を推定する場合、先行降雨終了時の残存負荷堆積量の把握が非常に重要であることが示された。SS及び微粒子を対象とした汚濁負荷解析の結果に加え、粗粒子を対象とした負荷流出解析を行い、その流出特性について検討した。結果、粗粒子において決定された屋根及び道路の負荷流出係数及び限界掃流量は、微粒子と比べ負荷流出が小さく限界掃流量が大きな値と推定された。これは、粒子径別の観測負荷流出特性に裏付けられた結果である。雨天時汚濁負荷流出解析より、降雨によっては粒子径別にその残存量も大きく異なることが示され、降雨開始時の初期堆積量を推定する場合に先行降雨終了時の残存負荷量を定量的に把握する必要性が示された。さらに、微粒子、粗粒子において決定された屋根及び道路の負荷流出係数及び限界掃流量を用いてSSを対象とした汚濁負荷解析を行い、SS負荷流出における屋根・道路からの微粒子、粗粒子の寄与分を検討した。結果、SSを対象とした汚濁負荷流出解析において推定された負荷流出係数及び限界掃流量は微粒子と粗粒子の流出を包括した値であることが示され、今後、粒子径別に付着する有害化学物質の特性を検討するためには、粒子径別にその流出パターンを考慮する必要があることが示唆された。

 以上のように、本研究では、都市ノンポイント汚染源負荷の雨天時流出に重要なプロセスである地表面堆積負荷流出について詳細な検討を行い、屋根・道路別に異なる雨水流出特性及び負荷流出特性を考慮することにより再現性が飛躍的上昇することを明らかにした。この結果、平面的に非一様に分布していると推測されるノンポイント汚染源負荷の雨天時流出を、工学的手法において再現する場合の考え方を示すことができた。さらに、粒子径別にその負荷流出の挙動を解析することにより、今後重点的に対策が行われると予想される微量有害化学物質を対象とした雨天時流出解析の基礎を提案できたと考えられる。

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は、都市ノンポイント汚染問題を取り上げ、分流式下水道排水区を対象に雨天時汚濁負荷流出調査を実施し、連続観測データをもとに分布型モデルによる汚濁負荷流出解析を取り扱った研究論文である。特に、地表面堆積負荷流出について詳細な検討を行ない、屋根と道路の流出特性の違いを考慮したモデルを提案し、単独降雨だけでなく長期間の連続観測データに基づく解析を通じてモデルの妥当性を検討したものである。論文は、8章より構成されている。

 第1章では、研究の背景と目的を述べている。

 第2章では、都市ノンポイント汚染に関連した従来の基礎的な知見や、その汚染源負荷調査、汚濁負荷流出解析モデルなどに関する文献調査結果を整理している。そして、主に雨水流出解析と汚濁負荷流出解析モデルに関しては、集中型モデルと分布型モデルの比較を論じながら、都市ノンポイント汚染のモデル解析に関する最新の手法を詳説している。

 第3章では、本研究において実施した都市ノンポイント汚染源負荷流出量調査についてまとめている。調査対象とした分流式下水道排水区の概要、独自に開発した自動採水・連続測定装置や分析手法、連続降雨におけるSSの流出特性の調査結果を整理している。そして、排水区内2地点での連続観測結果を取りまとめ、汚濁物質してのSSを微粒子(45μm以下)と粗粒子(45μm〜2mm)に分画することにより、微粒子と粗粒子の流出特性に違いがあることを明らかにしている。

 第4章から第7章までに、分布型モデルによる解析の成果について記述している。第4章では、数mmの小降雨を含む多くの降雨に関する観測データに基づき、屋根と道路からの雨水流出特性の違いに着目して、雨水流出解析における地表面工種の設定のあり方を考察している。そして、分布型モデルを用いた雨水流出解析を行なう際に、屋根と道路及び浸透域の3種類の工種ごとに、有効降雨や地表面流出モデルのパラメータを設定することで精度の向上に成果を挙げ、住宅市街地における代表的なパラメータ値を推定している。また、検証は不十分なものの、細密数値情報を用いた工種面積割合の算出法も提案している。この方法の検証が進めば、地理情報として規格化されている土地利用情報を汚濁負荷流出解析に活用する有力な手法として位置付けられ、実用面においても価値ある成果を提示している。

 第5章では、代表的な地表面堆積負荷流出モデルである Sartor and Boyd モデルを適用して、汚濁負荷調査データの解析を行ない、汚濁負荷流出の時間的な変化を解析する場合において、屋根と道路を一括した不浸透面として扱うモデルの限界を指摘するとともに、雨水流出特性が異なる屋根と道路を区別すること、堆積負荷流出を発生させる限界の掃流量という概念を導入した改良型モデルを提案している。そして、その改良モデルを連続降雨データに適用した結果、ファーストフラッシュやSS負荷流出の時間的な変化をより精度よく再現できることを示している。限界掃流量という新たなパラメータの追加によりモデルの煩雑性が増すものの、飛躍的に再現性が高まることから、汚濁負荷流出解析には非常に効果的であることを指摘している。また、モデル解析における汚濁物質の収支計算に基づいて、連続観測期間内の個別降雨における初期汚濁負荷堆積量の推定をそれぞれ行ない、それらの連続性を考慮して解析することにより、屋根や道路における晴天時負荷堆積特性を評価している。その結果、屋根は道路に比、負荷堆積速度が小さく減衰係数が大きいと推定している。そして、雨天時開始時における堆積汚濁量を評価する場合には晴天期間での堆積量だけでなく、先行降雨終了時の残存堆積量を評価する必要性があることを定量的に明かにしている。

 第6章では、SS成分のうち微量汚染物質が多く付着していると考えられる微粒子について、その流出挙動や堆積特性について詳細にモデル解析している。特に、地表面堆積負荷流出モデルの再現性やパラメータ値の設定のあり方について検討を行なっている。この検討においては、利用可能な観測SSデータは限られていたため、検定用のデータ数を補う方法として、SSの微粒子画分濃度と濁度との間の高い相関があることに着目して、連続的に測定された濁度から換算したSS濃度を活用することを試みている。

 第7章では、微粒子での解析と同様に、粗粒子に関する地表面堆積負荷流出モデルの再現性やパラメータ値について検討を行なっている。その結果、微粒子と比べ、粗粒子に対して推定された屋根及び道路の負荷流出係数は小さく、限界掃流量については大きな値となったことを報告している。そして、粒径の違いによる流出特性や堆積特性の相違点やそのメカニズムについて論じている。微粒子、粗粒子に対して推定された各々のモデルパラメータを用いて全SSを対象とした汚濁負荷解析を行い、SS負荷流出における屋根、道路からの微粒子、粗粒子の寄与分を検討している。汚濁物質毎にSS濃度に対する補正パラメータを与えることによってその流出の挙動を表してきた従来の解析方法と比較し、ここで検討した粒子径別の負荷流出特性を考慮した解析方法の有用性を示し、粒子径別に異なる付着率を示す汚濁負荷流出の挙動をより定量的に表現する可能性があることを示唆している。また、様々な降雨条件における解析結果を総合して、モデル解析の有効性と適用範囲についての考察を行なっている。

 第8章では、上記の研究成果から導かれる結論と今後の分布型モデルによる汚濁負荷流出解析における課題や展望が述べられている。

 以上の成果は、長期にわたる貴重な都市ノンポイント汚染源負荷量調査データを提供するとともに、汚濁負荷の挙動を把握し、効果的な対策を実施するために必要となる定量的な汚濁解析を今後さらに発展させる上で非常に有用なデータや知見を提供しており、都市環境工学の学術の進展に大きく寄与するものである。

 よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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