学位論文要旨



No 116037
著者(漢字) 古谷,知之
著者(英字)
著者(カナ) フルタニ,トモユキ
標題(和) 自動車利用抑制から見た施設配置の分析手法に関する研究 : 居住地選択行動と私事行動に着目して
標題(洋)
報告番号 116037
報告番号 甲16037
学位授与日 2001.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第4874号
研究科 工学系研究科
専攻 都市工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 太田,勝敏
 東京大学 教授 原田,昇
 東京大学 助教授 室町,泰徳
 東京大学 助教授 浅見,泰司
 東京大学 助教授 城所,哲夫
内容要旨 要旨を表示する

 都市部での自動車利用の増加に伴い、交通部門のエネルギー消費量や大気汚染など「環境影響負荷」抑制の観点から、様々な交通需要管理政策が検討されている。中でも、自動車利用抑制を目的とした中長期的な土地利用・交通需要管理政策有効性が期待されている。

 通勤交通は、エネルギーや環境面でも都市交通の主要な部分を占めており、分布量と人kmを削減するような土地利用交通政策体系の確立により、環境負荷量の軽減を促進することが必要である。従来、長距離通勤の削減という観点から、就業人口分布と従業人口分布を所与として、総通勤費用(通勤距離や所要時間)を最小化するように職場と住宅地のパターンを配置するアプローチが提案されてきた。この手法は、職住近接による通勤交通の自動車利用やエネルギー消費量の削減効果を検討する上で、有効なアプローチだと考えられる。職住近接を目的として職場や住宅を移転させた場合の効果を論ずる上で、就業者の居住地選択行動や住み替え移動・職場異動の流動性などに配慮することが必要である。環境負荷量の削減にむけた職住パターンの配置を検討する上では、通勤者一人あたりの交通エネルギー消費性向や二酸化炭素排出性向などを考慮した配置方法を適用するのが望ましい。しかし、従来の職住配置分析手法では、これらの点に殆ど関心が払われてこなかった。そこで、就業者の居住地選択行動やエネルギー消費性向などを考慮した、新しい職住配置の分析手法を開発する必要がある。

 一方、複合的な都市施設配置による自動車利用(人km・台km)やエネルギー消費量等の環境影響負荷抑制効果を検討する上で、一日の活動や交通行動に着目し、各種施設の立地が交通行動に与える影響を詳細に検討可能な分析手法の開発が必要である。公共交通利便性の低い地方都市では、大規模店舗が郊外に立地する一方で、中心市街地に立地する店舗が競争力を低下させ、既存中心市街地の商業活動の衰退と自動車による買い物交通の増加が問題となっているという現状を踏まえれば、買い物トリップを含むトリップチェーンに着目した分析手法の開発と適用が必要であると考えられる。

 交通需要予測分析手法は、従来の四段階推定法から非集計交通需要分析手法へ、トリップベースの分析フレームから一日の活動・交通行動に着目したアクティビティ・ベースの分析フレームへと改良されつつある。しかし空間表現に関しては、集計モデル・非集計モデル、トリップベース・アクティビティベースに関わらず、従来の交通分析ゾーンが採用されてきた。交通分析ゾーンを用いた場合、ゾーン内々移動や短距離移動における交通サービス水準や施設立地の影響分析が困難であるだけでなく、説明変数が空間集計単位に依存し、複合的な施設配置による交通行動への影響を詳細に検討することが難しい。

 昨今、空間情報技術の進展と地理情報システム(GIS)の普及に伴い、詳細な空間情報が急速に整備され、利用可能となっている。GIS上で、都市施設の位置情報や地点属性情報を用いれば、交通行動パターンに応じた活動地点間の交通サービス水準や施設間の近接性などの空間指標をもとに、複合的な施設配置による交通行動への影響を詳細に検討できるようになると考えられる。

 以上の背景を踏まえて、本研究では、就業世帯の居住地立地傾向や通勤交通エネルギー消費性向を考慮した職場と住宅の配置手法の開発を行うことと、詳細な空間情報とパーソントリップ調査データを用いて、買い物トリップを含むトリップチェーンに着目した施設配置分析手法の開発を行うことを目的とする。具体的には、

(1)移動費用最小化のアプローチから通勤交通エネルギー消費性向を考慮した職住配置手法を提案する。その上で簡便な居住地選択モデルと統合した、通勤交通エネルギー消費量の最小化を目的とする職住パターンの配置手法を提案し、東京都市圏を対象とした通勤交通エネルギー削減効果の比較検討を行う。

(2)詳細な空間情報とパーソントリップ調査データを用いてトリップチェーン活動地点間のpoint-to-pointでの交通サービス水準を考慮した手段・目的地選択モデルを提案する。地方都市を対象とした買い物トリップを含むトリップチェーンモデルに適用し、自動車台km削減効果の比較検討を行う。また、ゾーンシステムを用いた場合の推計値との比較結果を考察する。

ことの2点を目的とする。以下では、本研究を通じて得られた結論をまとめる。

 第2章では、まず、自動車利用抑制から見た都市施設計画課題に関して、居住地選択行動、通勤行動及び私事行動に着目して整理を行うことで、(1)どのような居住者をどのように配置するかを検討する上で、居住地選択行動を考慮した職住近接による交通エネルギー消費量削減効果分析手法を開発する必要があることと、(2)詳細な垂間情報を活用した複合的都市施設配置による自動車利用削減効果を詳細に検討する分析手法を開発する必要があること、を示した。職住近接による交通エネルギー消費量の削減効果を比較検討する上で、居住地選択行動を考慮して移動費用最小化による施設配置のアプローチが有効であるとの認識から、移動費用最小化モデルを用いた施設配置分析手法と土地利用交通統合モデルのレビューを行った。次に、複合的な施設配置による環境負荷量の抑制が重要であるとの認識から、特に私事行動に着目して自動車利用や環境負荷量の抑制効果分析を行った既存研究をレビューした。また詳細な空間情報を活用した交通行動分析芋法が有効であるとの視点から、詳細な空間情報を活用した自動車利用抑制効果分析を行った事例をレビューした。

 第3章では、移動費用最小化に基づく職住配置の分析アプローチについて説明したのち、通勤者一人あたりの通勤交通エネルギー消費性向に着目した職住配置手法を提案し、通勤交通エネルギー消費量最小化モデルとして定式化した。職場分散などの従業人口分布変化に伴う通勤交通エネルギー消費量の削減効果を比較検討する上で、就業者の居住地選択行動を考慮する必要があるとの認識から、確率的利用者均衡理論に墓づく居住地選択モデルを適用した。東京都市圏を対象地域とした分析では、現状の通勤活動分布のもとでは、住み替え流動性が高く都心居住傾向が強いと考えられる単身・男女対世帯通勤者は、通勤交通エネルギー消費性向が家族世帯通勤者に比べて相対的に低いため、家族世帯を対象に職住近接を推進するための居住環境整備が必要であることが指摘された。一方、都心部に立地する職場の一定量を郊外部ゾーンへの職場分散による影響を算出した結果、通勤交通エネルギー消費量自体は増加すると予想される。従って職場分散型の通勤構造のもとでは、相当量の通勤者を対象に通勤交通エネルギー消費量を最小化するように職住パターンを再配置しない場合には、現状の通勤構造の下で通勤交通エネルギー消費量を最小化するように職住パターンを再配置した場合に比べて、通勤交通エネルギー消費量の削減効果は見込めないことが示された。従ってここでの分析は、都心部での高密な従業人口配置による職住近接型通勤構造による通勤交通エネルギー消費量削減の有効性を示したものといえる。

 第4章では、近年の空間情報の整備現状を踏まえ、詳細な空間情報を活用してパーソントリップ調査の活動地点と交通供給側の情報をGIS上でデータペース化し、既存の交通分析ゾーン単位に依存しない手段・目的地選択行動の分析手法を提案した。具体的には、商業施設周辺の歩道整備率、他の店舗の立地状況、自宅及びトリップチェーン中の立寄り施設との近接性を考慮した空間変量を提案した。また、トリップチェーン中の活動地点間のpoint-to-pointでの交通サービス水準や、トリップチェーンのパターンと目的施設の規模に応じた手段・目的地選択肢集合の設定方法を提案した。その上で、地方都市を対象とした平日と休日の大規模小売店舗への買い物トリップを含むトリップチェーンに着目した手段・目的地選択モデルを構築し、詳細な施設配置に伴う台km削減効果分析に適用した。また、ゾーンシステムでは、空間変量を用いた手段・目的地選択モデルの推計には限界があることが示された。それにより、提案した空間変量を用いたモデルの仮説検証と、トリップチェーンを考慮したより精度の高いアクセシビリティ指標を用いた分析手法の有効性を示した。

 第5章では、本研究全体を通して得られた結論と、今後の課題及び将来の発展可能性についてまとめた。本研究で提案した職住配置分析手法は就業者の居住地選択行動のみを考慮しており、適用範囲が限定されたものであるが、今後、長期的な人口安定成長や雇用環境変化を踏まえれば、提案した職住配置手法ベースとして通勤構造の方向性を検討することが有効であると考えられる。一方、大規模な交通基盤・都市施設整備から詳細な交通現象を取り扱う交通需要管理政策の重要性が高まるにつれ、微視的な視点から交通現象を捉えた交通需要予測手法が必要となりつつある。提案した詳細な空間情報を用いた交通行動分析手法には分析ツールとしての残された課題は多いが、複合的な施設配置による台km削減効果を詳細に検討可能な分析フレームを提供し、政策意思決定支援ツールなどへの幅広い発展可能性を秘めており、都市交通計画分野に大きな影響を与えるものと考えられる。

審査要旨 要旨を表示する

 大都市での道路交通渋滞と大気汚染、そして近年ではエネルギー多消費、地球温暖化ガスの排出といった問題から、自動車交通の抑制が重要な政策課題となっている。本研究は交通需要の源となる土地利用計画・都市計画そして施設配置といった中長期的視点からのアプローチに着目して、交通量削減に向けた施策の分析方法の開発と提案を行ったものである。

 具体的な研究目的は次の2点である。

(1)大都市圏を対象として通勤交通エネルギーからみた移動費用最少化モデルを開発して、職住配置政策の分析方法を提案すること

(2)都市活動と交通サービス水準について詳細な空間情報とパーソントリップ調査データを活用した目的地および交通手段選択モデルを作成し、施設立地政策による自動車交通削減効果の分析方法を開発すること

 研究方法について論文の構成に即してみると、まず既存研究のレビューを行い、関連する内外の研究動向を整理分析して、研究の必要性と研究方法および方向性を確認した(第2章)。次に、職場と住宅の配置からみた都市空間構造に関する分析については、居住地選択モデルを組み入れた通勤交通エネルギー消費量の最小化問題として線形計画モデルを用いた分析手法を提案し、東京大都市圏を対象とした職住配置についての仮想的シナリオについてそのモデルシステムを適用して政策分析方法の適用性を検討している(第3章)。

 さらに、詳細なデータを活用した施設立地政策の分析については、近年の空間情報の整備現状を踏まえ、詳細な空間情報を活用してパーソントリップ調査の活動地点と交通供給側の情報をGIS上でデータベース化し、既存の交通分析ゾーン単位に依存しない空間変量を用いた手段・目的地選択行動の分析手法を提案し、地方都市(栃木県小山市)を対象とした買物トリップを含むトリップチェーンモデルに適用し、詳細な施設配置に伴う自動車走行台キロ削減効果の分析への適用性を検討している(第4章)。

 以上の分析に基づき、最後に全体の結論をとりまとめると共に、今後の課題と将来の発展可能性を整理している(第5章)。

主要な研究成果についてみると、都市空間構造からの分析に関しては、居住地選択行動を明示的に組み入れた通勤交通エネルギー消費量の最少化モデルを提案して、世帯特性による通勤交通エネルギー消費性向(通勤者1人当りのエネルギー消費量)および住み替え流動性を考慮した職住配置政策の重要性を明らかにしている。東京大都市圏のパーソントリップ調査データを基にこのモデルシステムを適用した結果、職住配置政策について次のような興味深い知見が得られた。第一に職住近接の効果について、居住地を職場の近くに移転する方が、職場を居住地の近くに移転するよりも通勤交通エネルギー消費量削減効果が相対的に大きい。

第二に、現状の通勤活動分布の下では、住み替え流動性が高く都心居住傾向が強いと考えられる単身・男女対世帯通勤者は、通勤交通エネルギー消費性向が家族世帯通勤者に比べて相対的に低いため、職住近接を推進するための居住環境整備は家族世帯を対象に行う方が効果的である。第三に、都心部から郊外部ゾーンへの職場分散を行うと、通勤交通エネルギー消費量自体は増加する。従って職場分散型の通勤構造のもとでは、相当量の通勤者を対象に通勤交通エネルギー消費量を最少化するように職住パターンの再配置を進めることが求められる。このように、本分析は、都心部での高密な従業人口配置による職住近接型通勤構造の有効性を示唆している。

 次に、詳細な空間情報を活用した施設立地政策分析に関しては、自動車利用が多い私事交通の中で特に買物交通に着目した分析を行い、分析対象とした店舗周辺の大規模店舗面積や歩道整備率、自宅やトリップチェーン中の活動地点から一定範囲内の店舗立地の有無などを示す新たな変数を組み入れたモデルを提案したこと、そしてGIS上でデータベース化した活動地点や手段別移動速度を用いて、トリップチェーン全体の所用時間を手段選択モデルや目的地(店舗、店舗種)選択モデルに反映させたこと、が方法論上での成果である。また、従来のゾーン集計型分析方法と比べてこの詳細な空間情報データ活用の有効性について検討を深めると共に、提案したモデルを用いて分析対象とした商業施設の店舗面積や駐車台数だけでなく、他の商業施設の立地状況や歩道整備率の状況による自動車走行台kmへの影響を評価することができることを示した。この分析を通じて、詳細な空間情報を活用することにより、店舗集積等の施設の空間分布に関する分析においては、ゾーン集計化を行わない方が有効であるという点を確認している。

 以上、本研究は全体として職住配置、施設立地といった都市計画にかかわる政策が自動車利用抑制策を通して交通エネルギー消費削減に与える影響の分析に関して新たな手法を開発し、適用することによりその有効性を明らかにすると共に、政策の方向を示唆したもので、都市計画上有用な知見を与えるものとして高く評価される。

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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