学位論文要旨



No 116038
著者(漢字) 李,根喜
著者(英字)
著者(カナ) リー,グンヒー
標題(和) 超臨界水中でのフェノール類の分解に及ぼすアルカリ添加の効果
標題(洋)
報告番号 116038
報告番号 甲16038
学位授与日 2001.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第4875号
研究科 工学系研究科
専攻 都市工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 山本,和夫
 東京大学 教授 大垣,眞一郎
 東京大学 助教授 滝沢,智
 東京大学 助教授 大島,義人
 東京大学 助教授 松村,幸彦
内容要旨 要旨を表示する

 有害廃棄物の処理は、廃棄物の特性によって処理方法が異なるが、中和、熱分解、焼却、固化、無害化及び埋立など様々な処理方法がある。有害廃棄物の処理において最も重要なことは、有機物質は完全に分解して2次汚染が発生しないこと、無機物質は固化などにより生態系への暴露を完全に遮断することである。しかしながら、有機物質を完全分解するために焼却法がよく使われているが、焼却法ではダイオキシン類など2次環境汚染物物を生み出すという問題点がある。このような有害な副生成物を生み出さない新しい処理法について様々な形で研究が行われているが、この中で注目を集めている一つの処理方法が超臨界水酸化法である。

 超臨界水酸化法(SCWO)とは、有機物質と酸素を超臨界水(温度374℃以上、圧力22.1MPa以上の水)中に溶解してその有機物質を酸化分解する方法である。この方法は、基本的には湿式酸化法と似ているが、湿式酸化法より反応速度が非常に速く有機物を分解率が高い。また、SCWOプロセスは焼却法と異なり、極めてクローズド性の高い処理法であるから、反応中非意図的な副産物が生成してもモニタリング後系外に排出することができるので、有害有機物の処理法として非常に有望なプロセスである。しかしながら、超臨界水酸化が行われる高温高圧の領域で、酸化反応により生成する酸などによる腐食が深刻な問題となる。特にハロゲンを含む物質が分解されると、反応器の腐食はより激しくなる。こうした腐食の問題を解決するため、反応器の材質としては高価なニッケルの含有量が高い合金などが用いられているが、これらの合金も反応条件によっては腐食が発生する。また、超臨界水中及び亜臨界水中での酸化反応からフラン、ダイオキシン類が生成することが知られている。フラン、ダイオキシン類は反応メカニズム上酸化反応の過程で中間的に生成する可能性がある物質であり、焼却と同じように超臨界水酸化法でも反応により生成することは不思議なことではない。

 本研究では超臨界水酸化法で有機物の酸化反応後生成する酸の中和のために用いられているアルカリ剤、特にNaOHに注目した。SCWOでは、添加したNaOHが有機物の反応に及ぼす影響などについてはあまり知られていない状況である。しかし、亜臨界水条件における幾つかの研究を通じて、添加したNaOHが有機塩素化合物の分解を促進することが知られている。このような効果が超臨界水中でも起こると、不完全酸化反応により起こるクロロジベンゾフラン、クロロジベンゾダイオキシン類の生成を抑制することもできる。本研究ではこのようにSCWOであまり知られていないNaOHの効果に注目し、超臨界水中と超臨界水酸化法でのNaOHの効果を調べ、SCWOプロセスでこの効果をより生かす方法について検討した。

 本研究で検討した内容は次のようにまとめられる。

 第4章では、超臨界水中で2-クロロフェノール(2CP)とフェノールに対するNaOHの添加効果について調べ、2CPに対してはNaOH添加による総括反応速度式を求めた。実験の結果、NaOHの添加はフェノールに対してはあまり効果がないが、2CPに対しては分解率を増加させる効果が見られた。また、NaOHの添加による2CPの分解について温度の影響を調べた結果、亜臨界水中ではNaOHを添加してもあまり効果がないことが明らかになった。

2CPの分解後の中間生成物を調べた結果、滞留時間6.7秒の条件で液体中ではフェノール、クレゾール類、2-シクロペンテノン、アセトン、アセトアルデヒドなどが検出された。また、気体中ではメタン(CH4)と水素(H2)が主な生成物であり、酸化反応の主な気体生成物であるCO2とCOは微量検出された。一方、より短い滞留時間(0、25秒)ではフェノール、クレゾール類以外に二量体生成物である1-クロロジベンゾダイオキシン、ジクロロフェノキシフェノール、2,2'-オキシビスフェノール及び4,4'-オキシビスフェノールなども検出された。こうした中間生成物から、熱分解によるラジカル反応以外にOHイオンが直接2CPと反応する置換反応も起こると考えられた。

 また、NaOHの添加による2CP分解に対して総括反応速度式を求めた結果、反応速度式のパラメータは、2CPの反応次数8は1.41±0.12、NaOHの反応次数みは0.30±0.07及び水の反応次数cは-2.71±0.21、Arrhenius 因子は109.7±1.1[mol/L]l-a-b-c/s、活性化エネルギーは15.6±3.0 kcal/molであった。

 第5章では、超臨界水中と超臨界水酸化法でのNaOHの効果を調べるため、2CPとフェノール以外にカテコール、ヒドロキノン、2-クレゾール、2-メトキシフェノール、2-ヒドロキシベンズアルデヒド、2-ヒドロキシアセトフェノン、2-ニトロフェノール及び2-アミノフェノールの八つフェノール類について実験を行った。実験の結果、NaOHを添加してもあまり効果がないものはフェノールとクレゾールであるが、この二つ以外のフェノール類はNaOHの添加によって分解が促進された。一方、超臨界水酸化法ではすべてのフェノール類に対してNaOHの添加により分解が促進されたが、2CPに対してはNaOHの添加による超臨界水酸化反応より超臨界水中でのNaOH添加による分解のほうがより速い分解速度が得られた。こうした結果からNaOHと2CPの間には他のフェノール類物質と異なる特異な反応メカニズム働いているものと考えられた。

 第6章では、第4章と第5章を通じて超臨界水中と超臨界水酸化法でNaOHの添加による2CPの分解において他のフェノールと異なる特徴があることが確かめられたので、この特徴をより調べるため、NaOHの代わりにKOH, NaOH, HCl及びH2SO4を添加した。また、脂肪族塩素化合物である1,2-ジクロロエタンと1,1,1-トリクロロエタン、芳香族有機塩素化合物であるクロロベンゼンと2-クロロアニリンに対してNaOHの添加効果を調べた。その結果KOHの添加はNaOHと同じように2CPの分解を促進させたが、NaCl、HC1及びH2SO4は若干分解率を高める傾向が見られた。こうした結果から超臨界水中でアルカリ剤の添加が2CPの分解を促進することが明らかになった。また、1,1,1-トリクロロエチレンと1,2-ジクロロエチレンはNaOHの添加により分解が促進されるが、ジクロロメタンについてはほとんど分解が起こらないという結果が得られた。こうした結果から、塩基性条件下で起こることが報告されているハロゲン化アルキルの脱ハロゲン化水素反応が超臨界水中でも起こり、この反応により2CPの分解が促進されると考えられた。また、クロロベンゼンと2-クロロアニリンについての実験の結果、クロロベンゼンはNaOHの添加に関わらずあまり分解しなかったが、2-クロロアニリンではNaOHの添加が分解を促進することが確認できた。こうしたことから、ベンゼン環に付加している塩素だけではなく、他の付加基も反応に大きく関与することが推測できた。

 第7章では、超臨界水酸化法で塩化物イオンと酸素との共存により促進される反応器の腐食と有害物質の生成を抑制するため、超臨界水酸化反応の前処理として脱塩素のための熱分解槽を導入する組合せプロセスを検討した。実験の結果、従来のSCWOプロセスに比べ、本研究で提案した組合せプロセスのほうでより高い2CPの分解率が得られた。また、中間生成物としては従来のプロセスではクロロジベンゾダイオキシン、ジクロロフェノキシフェノールなどの二量体が検出されたが、組合せプロセスでは二量体の生成が抑制されほぼ検出されず、従来のSCWOプロセスとは異なるフェノール、クレゾールなどの中間生成物が検出された。こうした2CPの分解率と中間生成物の結果から組合せプロセスが超臨界水酸化法の問題点を解決する可能性を示唆した。

 本研究で超臨界水酸化反応槽の前処理としてNaOHの添加による熱分解槽を導入することについて検討したが、最後に現在実用化されているSCWOプロセスへ適用することを検討した。超臨界水酸化法での反応器の主なタイプは管型反応器と容器型反応器である。管型反応器はアメリカのEco Waste Technology杜により、容器型反応器はGeneral Atomics 杜(以前のModar Technology社)によって実用化されている。まず、熱分解槽を管型反応器に適用する場合、考えられる組合せプロセスを図1に示した。既存 SCWOプロセスで酸素の注入口だけを変更すると簡単に組合せプロセスになる。しかし、このとき熱分解槽で反応を起こすため熱を供給する必要があるので、酸化反応から発生する熱を利用する工夫が必要であり、また、熱分解槽で有機物質から塩素を脱離させても酸化反応の前段階で塩化物イオンを除去することが難しいという問題点がある。すなわち、脱塩素による有害な副生成物の生成は抑制できるが、塩化物イオンと酸素の共存による腐食は防ぐことができない。

 一方、熱分解槽を容器型反応器に適用すると図2の右のような組合せプロセスが考えられる。従来の酸化反応槽内に熱分解槽を導入して酸化反応から発生する熱を用い有機物を熱分解する。また、分解により生成する塩化物イオンは既存プロセスのように反応器内の温度差による塩の溶解度差を用い、下部から析出.除去する。また、酸化剤は、分解され生成した塩化物イオンが下部で塩として分離された後の上昇流に注入することにより、塩化物イオンとの共存により起こる腐食が大きく抑えられると考えられる。一方、この組合せプロセスで考えられる重要なポイントが熱分解槽の大きさ、つまり熱分解槽での有機物の反応速度である。本研究で対象とした2CPについてはNaOHの添加による反応速度が)酸化反応に比べ数千倍速いので、酸化反応槽内に熱分解槽を導入することは十分可能である。しかし、他の有機塩素化合物についてはNaOH添加による熱分解槽の効果があまり報告されていない状況であるので、本研究では組合せプロセスの可能性だけを示した。より帳広い有機物に対しての超臨界水と超臨界水酸化法でのNaOHの効果と反応速度、また、この効果をより生かすための新しい組合せプロセスの研究はこれからの課題である。

図1管型反応器について熱分解槽と酸化反応槽の組合せプロセスを適用した例

図2従来のSCWOプロセス(a)と本研究で提案した組合せプロセス(b)の構造の比較

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は、「超臨海水中でのフェノール類の分解に及ぼすアルカリ添加の効果」と題し、超臨界水酸化法で有機物の酸化反応後生成する酸の中和のために用いられているアルカリ剤、特にNaHOに注目し、フェノール類の分解に及ぼすアルカリ添加の効果を、その反応メカニズムや速度論的解析を通して、定量的に明らかにしたものである。

 第1章は、「緒論」である。研究の背景と目的、及び論文の構成を示している。

 第2章は、「既往の研究」である。超臨界水の特徴やその中での反応、超臨界水酸化法等に関する文壇レビューを行っている。

 第3章は、「実験のための予備的検討及び分析方法」をまとめたものである。

 第4章は、「超臨海水中でのNaOH 添加による2-クロロフェノールの反応経路及び反応速度」では、2-クロロフェノール(2CP)とフェノールに対する NaOH の添加効果について調べ、2CP に対してはNaOH添加による総括反応速度式を求めた。実験の結果、NaOH の添加はフェノールに対してはあまり効果がないが、2CPに対しては分解率を増加させる効果が示された。また、NaOHの添加による2CPの分解について温度の影響を調べた結果、亜臨界水中ではNaOHを添付してもあまり効果がないことが明らかになった。2CPの分解後の中間生成物を調べた結果、滞留時間6.7秒の条件で液体中ではフェノール、クレゾール類、2-シクロペンテノン、アセント、アセトアルデヒドなどが検出された。また、気体中ではメタン(CH4)と水素(H2)が主な生成物であり、酸化反応の主な気体生成物であり、酸化反応の主な気体生成物であるCO2とCOは微量検出された。一方、より短い滞留時間(0.25秒)ではフェノール、クレゾール類以外に二量体生成物である1-クロロジベンゾダイオキシン、ジクロロフェノキシフェノール、2,2'-オキシビスフェノール及び4,4'-オキシビスフェノールなども検出された。こうした中間生成物から、熱分解によるラジカル以外にOH-イオンが直接2CPと反応する置換反応も起こると考えられた。また、NaOHの添加による2CP分解に対して総括反応速度式を求めた結果、反応速度式のパラメータは、2CPの反応次数aは1.41±0.12、NaOHの反応次数bは0.30±0.07及び水の反応次数cは-2.71±0.21、Arrhenius 因子は10 9.7±1.1[mol/L]1-a-b-c/S、活性化エネルギーは15.6±3.0kcal/molであった。

 第5章「超臨界水と超臨界水酸化法におけるフェノール類に対するNaOHの添加効果」では、超臨界水中と超臨界水酸化法でのNaOHの効果を調べるため、2CPとフェノール以外にカテコール、ヒドロキノン、2-クレゾール、2-メトキシフェノール、2-ヒドロキシベンズアルデヒド、2-ヒドロキシアセトフェノン、2-ニトロフェノール及び2-アミノフェノールの8種類のフェノール類について実験を行った。実験の結果、NaOHを添加してもあまり効果がないものはフェノールとクレゾールであるが、この二つ以外のフェノール類はNaOHの添加によって分解が促進された。一方、超臨界水酸化法ではすべてのフェノール類に対してNaOH添加により分解が促進されたが、2CPに対してはNaOHの添加による超臨界水酸化反応より超臨界水中でのNaOH添加による分解のほうがより速い分解速度が得られた。こうした結果からNaOHと2CPの問には他のフェノール類物質と異なる特異な反応メカニズムが働いているものと考えられた。

 第6章「超臨界水中での塩・酸及びアルカリ剤の効果及び有機塩素化合物に対してのNaOHの効果」では、第4章と第5章を通じて超臨界水中と超臨界水酸化法でNaOHの添加による2CPの分解において他のフェノールと異なる特徴があることが確かめられたので、この特徴をより調べるため、NaOHの代わりにKOH、NaOH、HCI及びH2SO4を添加した。また、脂肪族塩素化合物である1,2-ジクロロエタンと1,1,1-トリクロロエタン、芳香族有機塩素化合物であるクロロベンゼンと2-クロロアニリンに対してNaOHの添加効果を調べた。その結果KOHの添加はNaOHと同じように2CPの分解を促進させたが、NaC1、HCl及びH2SO4は若干分解率を高める傾向が見られた。こうした結果から超臨界水中でアルカリ剤の添加が2CPの分解を促進することが明らかになった。また、1,1,1-トリクロロエチレンと1,2-ジクロロエチレンはNaOHの添加により分解が促進されるが、ジクロロメタンについてはほとんど分解が起こらないという結果が得られた。こうした結果から、塩基性条件下で起こることが報告されているハロゲン化アルキルの脱ハロゲン化水素反応が超臨界水中でも起こり、この反応により2CPの分解が促進されると考えられた。また、クロロベンゼンと2-クロロアニリンについての実験の結果、クロロベンゼンはNaOHの添加に関わらずあまり分解しなかったが、2-クロロアニリンではNaOHの添加が分解を促進することが確認できた。こうしたことから、ベンゼン環に付加している塩素だけではなく、他の付加基も反応に大きく関与することが推測できた。

 第7章「超臨界水での熱分解と酸化反応槽の組合せプロセス」では、超臨界水酸化法で塩化物イオンと酸素との共存により促進される反応器の腐食と有害物質の生成を抑制するため、超臨界水酸化反応の前処理として脱塩素のための熱分解槽を導入する組合せプロセスを検討した。実験の結果、従来のSCWOプロセスに比べ、本研究で提案した組合せプロセスのほうでより高い2CPの分解率が得られた。また、中間生成物としては従来のプロセスではクロロジベンゾダイオキシン、ジクロロフェノキシフェノールなどの二量体が検出されたが、組合せプロセスでは二量体の生成が抑制されほぼ検出されず、従来のSCWOプロセスとは異なるフェノール、クレゾールなどの中間生成物が検出された。こうした2CPの分解率と中間生成物の結果から組合せプロセスが超臨界水酸化法の問題点を解決する可能性を示唆した。

 第8章は、「総括及び今後の課題」である。

 以上要するに、超臨界水中でのフェノール類の分解に及ぼすアルカリ添加の効果を、その反応メカニズムや速度論的解析を通して、定量的に明らかにしたものであり、有害液状廃棄物等の完全分解プロセスとして、より温和な条件で腐食等を防ぎつつかつダイオキシン類などの非意図的生成物を抑制するシステムの工学的設計に極めて貴重な情報を提供している。従って、本論文により得られた知見は都市環境工学の学術の発展に大きく貢献するものである。

 よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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