学位論文要旨



No 116042
著者(漢字) 飯田,誠
著者(英字)
著者(カナ) イイダ,マコト
標題(和) 三次元水平軸風車の設計と数値解析
標題(洋)
報告番号 116042
報告番号 甲16042
学位授与日 2001.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第4879号
研究科 工学系研究科
専攻 機械情報工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 荒川,忠一
 東京大学 教授 小林,敏雄
 東京大学 教授 笠木,伸英
 東京大学 教授 松本,洋一郎
 東京大学 助教授 谷口,伸行
内容要旨 要旨を表示する

 本論文は、三次元水平軸風車の設計と風車周り流れを、三次元数値解析により明らかにしたものである。水平軸風車周りの流れ解析は、翼素・運動量理論、局所循環理論をはじめ、渦理論などにより解析されてきた。しかし、これらの理論には多くの経験則が組み込まれており、設計点以外での性能評価や風車で非常に興味深い誘導速度の詳細な解析は行うことが困難とされている。また、風車周り流れを粘性を含めたナビエ・ストークス解法で詳細に解析した研究は、米国に圧縮性流れとして取り扱った一例があるのみである。本研究は、擬似圧縮性解法・重合格子法などの数値流体力学手法を用いて、水平軸風車周りの流れを、タワーも含めた風車全体シミュレーションを非圧縮流れ解析として世界で始めて行ったものである。

 本論文では、はじめに従来の設計手法に基づいた新しい風車翼型の提案を行っている。風車は、変動する自然風況下で運転されるため、作動レイノルズ数範囲が航空機などに比べ低く且つ広範囲で、翼に対する迎角が絶えず変動する。そのため、このような状況下で安定性能を有する翼型の開発が必要とされてきた。過去工業技術院機械技術研究所では、翼面上で層流を維持するため薄翼理論をもとに層流剥離点をより後方にする設計を行い、低レイノルズ数域で高性能を維持したMELシリーズ翼を開発してきた。本研究において、このMELシリーズ翼型に改良を施したMFシリーズ翼型の提案を共同で行い、風洞試験を行うと共に国産高性能風力発電用タービンブレードWINDMEL IIIの開発をした。

 本論文の中心課題である数値解析については、風洞実験用小型水平軸風車と本論文で開発したWINDMEL IIIを対象とした。風洞実験用小型水平軸風車は、NACA0012 翼型を構成翼型とする単純な形状を有する小型風車で、この小型風車の風洞研究を行っているデルフトエ科大学Vermeerの実験と比較した結果、パワー係数・スラスト係数の実験値と非常に良い一致を示し、信頼性を確認した。本解析コードは、風車シミュレーションを可能にすべく、重合格子などの技術が組み込まれていて、高い解析精度を有するものとなっている。また、WINDMEL III 風車に対するシミュレーションと従来の設計手法とを比較し、数値解析がより信頼性の高い手法となっていることを確認した。さらに、タワーを含めた非定常の風車シミュレーションを行い、タワーとの干渉によってブレードに作用する力が変動する現象を捕らえることに成功した。

 本論文は、七つの章から構成されている。

 第1章は、序論で風力エネルギーの背景、水平軸風車周り流れ解析の従来研究、そして本研究の目的を述べる。風力エネルギーは、地球温暖化の原因となる温室効果ガスを排出しないクリーンエネルギー資源で、また太陽がある限り永遠に無くなることのない非枯渇性再生可能エネルギーである。また、この風力エネルギーはエネルギー源が自然風であるため、間欠性・不規則性を内包し、更にエネルギー密度が低いという問題点を持つ。それにもかかわらず、近年の環境問題から、環境負荷が小さいことから注目され、世界規模での開発が進んでいる。水平軸風車周り流れの理論解析は、ヘリコプターやプロペラ飛行機などの航空分野で発達してきた回転翼型の空気力学より得られた知見と経験をもとになされてきた。表1に水平軸風車周り理論解析の代表研究と代表研究者を示す。大きく分けて翼素・運動量理論、渦理論、局所循環法、加速度ポテンシャル法、そして数値流体解析などが挙げられる。

 風車は、大気流の変動成分の影響が航空機に比べて極めて大きい。ほとんどの流体機械や航空機が、その起動停止時や離着陸時を除いて定常流下で作動するのに対し、風車は常に変動流つまり非定常流下で作動することが多い。このような運転状態では、風車後流に大きな逆流が生じる場合も有り、運動量が保存されないような流れ場における風車周り流れ解析は、従来解析法である翼素・運動量理論などでは困難である。

 本研究の目的は、三次元水平軸風車周りの流れを設計点のみならず、非設計点においても解析が可能な三次元定常数値解析ツールを開発すること、及びタワーも含めた風車全体の非定常解析を行ない、ブレードに対する負荷変動について解析することである。また本研究では、次世代高性能風車の開発も研究目的の一つとしている。

 第2章では、従来設計手法と次世代高性能風車の設計とその風車用新翼型MFシリーズ翼型の開発と風洞試験について述べている。従来風車を設計する際には、多くBetz、Willsonが考案した翼素・運動量理論を用いた最適設計、性能解析を行なってきた。しかし、翼素・運動量理論は、定常・一様流れで乱れがない流れを仮定している。そのため、安定的な流れ状態である設計点では、非常に高い精度で解析ができるが、非設計点ではその信頼性が大きく低下する。本章では、従来設計法の問題点を指摘している。また、本論文ではこの欠点を正しく理解し、設計に利用すれば計算負荷も非常に軽いことから設計点での有効な設計手法の一つとして位置づけている。実験結果の少ない水平軸風車の性能評価する上で大きな指針となり、数値計算の信頼性を検証する上でも重要である。本論文では、高性能風車翼型の開発を目的の一つとしている。本章では、この翼型開発についても述べている。風車の作動状態は、先に述べたように航空機などと比べ運転レイノルズ数が低くかつ非常に広範囲にわたる。またブレードに流入する流れの迎角も風向・風速の変化により絶えず変動する。そのため航空機用翼型とは全く異なった観点から翼型を設計する必要がある。そのため本研究では、機械技術研究所と共同で、低レイノルズ数域で高い性能を有する風車用翼型MELシリーズ、及び改良翼型MFシリーズの風洞試験を行ない、過去の結果と共にまとめた。図1には、代表翼型の最大揚抗比のレイノルズ数変化を示す。MFL翼型およびMF翼型は航空機用翼型LS翼、FX翼に比べ、低レイノルズ数域で高い揚抗比を持ち、レイノルズ数の変化に対し鈍感であることがわかる。これらの特性は、風車用翼型として非常に必要とされてきた優れた翼特性で、本研究よる翼型開発が十分な成果を挙げていることが示された。ここで開発した翼型を用い、従来設計法により高性能風車ブレードWINDMEL IIIを設計・性能解析をした。その結果低い周速比でも比較的高い性能を有し、かつピッチ角の変化による性能の変化が小さいことが分かり、MF 翼型の翼特性が十分性能に寄与していることが確認できた。

 第3章は本研究で用いた数値流体解析の基礎式と数値解法について述べている。本研究では、Chorinにより提案された擬似圧縮性の手法を用いた。定常解析では、擬似時間に対しオイラー陰解法を適用し、δスキームにより解析を行ない、非定常解析ではクランクニコルソン法により離散化を行ない、松野らの考案したδ2スキームを用い解析を行なった。空間の離散化には、Hartenにより提案されたTVDスキームを導入して3次精度の風上差分を適用した。風車周りの実際の流れは、風向・風速が変動し、またタービン後流では流れが半径方向に広がる。そのため、風車周りには大きな計算領域を必要とする。そこで本研究では重合格子法を用いて計算を行なった。各領域境界での物理量の補間には、線形補間及び最小二乗法補間を適用した。

 第4章では、計算コードの検証を行なった。検証対象は風車用翼型及び非定常解析の信頼性を円柱周り流れの解析により行なった。翼型解析の結果から低い迎角においては実験値と非常に良く一致している結果を得ることができた。円柱解析の結果から、ストローハル数・抗力ともに実験や他の数値計算結果と非常に良く一致していることが分かった。

 第5章は実験用小型風車の3次元定常数値解析について述べている。解析はVermeerらが行なった実験用小型風車を対象とした。本対象は、回転半径0.6m,ブレード長さが0.42m、構成翼型をNACA0012とした風車である。図2には、解析結果を示す。図には実験値と翼素・運動量理論の結果及び計算結果を示す。その結果、重合格子を用いた計算結果が実験結果と非常に良い一致を示した。更に、翼端渦や翼根近傍での剥離現象など実際の風車周り流れに近い流れを解析できた。この結果より、本研究で開発したコードは、パワー係数・スラスト係数などの設計で必要な風車性能を最高効率点のみならず幅広い周速比で実験値と良い一致を示した。

 第6章は、第2章で設計したWINDMEL IIIに対し定常・非定常な数値解析を行なった、図3には、解析した計算格子を示す。格子領域は外部流れ、2枚のタービン周り、タワー、そして補間を安定的に行なう中間領域格子が3つの全部で7つの計算領域の重合格子を用いた。図4にはブレードがタワーを通過直後の圧力分布を、図5にはスラスト係数のアジマス角変化を示す。スラスト係数とは主流流れ方向にロータに作用す無次元力である。図より、タワーとの干渉領域付近で大きなスラスト係数の変動が発生し、最大20%のスラスト係数の低下が存在することが分かった。

 第7章は、以上風車周り流れ。高効率風車開発について、従来法、実験、数値解析によって明らかにした各章の結論を誘起的にまとめる。本研究では、開発した3次元ナヴィエ・ストークスコードで複雑な水平軸風車周り流れが解析でき、設計への大きな貢献を果たした。

表1 水平軸風車周り理論解析の代表研究と代表研究

図1 最大揚抗比のレイノルズ数変化

図2 小型風車のパワー曲線と軸方向力係数

図3 WINDMEL III 計算格子

図4 風車周りの圧力分布

図5 スラスト係数のアジマス角変化

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は三次元水平軸風車の設計と、風車周り流れを三次元数値解析により明らかにしたものである。従来水平軸風車周りの流れ解析は、翼素・運動量理論、局所循環理論をはじめ、流入する流れが定常、安定な一様流れであるという仮定を設け、基礎流体理論及び経験則を適用したモデル理論により解析されてきた。これらの解析手法は、流れが安定的な設計点付近では非常に良い精度で性能を予測することが可能であるが、これ以外の非設計点では、流れの仮定が崩れるためその信頼性は大きく低下する。風車は、変動する自然風況下で運転されるため、作動レイノルズ数範囲が航空機などに比べ低く且つ広範囲で、翼に対する迎角が絶えず変動する。そのため風車は設計点以外で運転することが多くなる。風車の非設計点の流れ場解析は、非常に重要であるにもかかわらず、先に述べたモデル理論では困難とされてきた。また、粘性を含めたナビエ・ストークス解法で解析を行う場合、外部流れである風車周りに格子を配置させるには、かなり多くの格子点数を必要とするため計算機および計算時間の制約上解析されなかった。近年の計算機の発展により風車のナビエ・ストークス解法による研究が米国で行われたが、多くの計算時間を要した圧縮性流れとして取り扱った解析が一例があるのみで、本分野の研究は未だ遅れている。本研究は、擬似圧縮性解法・重合格子法などの数値流体力学手法を用いて、三次元風車周りの流れの特徴である翼端渦、翼端近傍の後流を詳細に解析した。さらに非定常解析に拡張しタワーも含めた風車全体シミュレーションを行った。非圧縮解法による風車全体のシミュレーションは、世界的にも先進的研究であり特徴の一つといえる。

 本論文では、はじめに従来の設計手法に基づいた新しい風車翼型の提案を行っている。先に述べたように風車は、変動する自然風況下で運転されるため、作動レイノルズ数範囲が航空機などに比べ低く且つ広範囲で、翼に対する迎角が絶えず変動する。そのため、このような状況下で安定性能を有する翼型の開発が必要とされてきた。工業技術院機械技術研究所では、翼面上で層流を維持するため薄翼理論をもとに層流剥離点をより後方にする設計を行い、低レイノルズ数域で高性能を維持したMELシリーズ翼を開発してきた。申請者は、本研究において、このMHLシリーズ翼型に改良を施したMFシリーズ翼型の提案を共同で行い、国産高性能風力発電用タービンブレードWINDMEL III の開発を導いている。本論文の中心課題である数値解析については、単純な形状を有する小型風車での研究を行っているデルフト工科大学Vbrmeerの風洞実験と比較した結果、パワー係数・スラスト係数の実験値と非常に良い一致を示し、信頼性を確認している。本解析コードは、膨大な計算格子点数を要する風車シミュレーションを可能にすべく、重合格子などの技術が組み込まれていて、より少ない格子点数で高い解析精度を有するものとなっている。また、高性能風車WINDMEL III に対してもシミュレーションを行い、従来の設計手法と比較し翼特性が十分反映した結果であることを示し、より信頼性のある手法となっていることを確認している。WINDMEL IIIに関してはさらに、タワーを含めた非定常の風車シミュレーションを行い、実用問題で非常に重要とされているタワーとの干渉によってブレードに作用する力が変動する現象を捕らえている。

 以上のように本論文は、世界的にも研究が遅れている水平軸風車の全体シミュレーションコードを開発し、実験値と比較検証を行い従来設計手法以上の信頼性を有していることを確認している。また数値解析に止まらず新たな高性能風車翼及びタービンの開発も行っている。このように、本研究は従来の水平軸風車技術を飛躍的に進歩させる一助となったと考えられる。よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

UTokyo Repositoryリンク