学位論文要旨



No 116044
著者(漢字) 星野,由紀子
著者(英字)
著者(カナ) ホシノ,ユキコ
標題(和) 対話行動により成長可能な日常生活ロボットのシステム研究
標題(洋)
報告番号 116044
報告番号 甲16044
学位授与日 2001.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第4881号
研究科 工学系研究科
専攻 機械情報工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 稲葉,雅幸
 東京大学 教授 井上,博允
 東京大学 教授 佐藤,知正
 東京大学 教授 広瀬,通孝
 東京大学 助教授 國吉,康夫
内容要旨 要旨を表示する

 本研究では、日常生活ロボットにとって対話行動を通して周囲の環境・人に合わせて成長する機能が重要であるという観点からのシステム構築を行うことを目的としている。この、対話を通した成長機能を持たせるために日常生活における場面の考察からロボットボディの構成法、インタラクションシステムの構築法、インタラクションプロトコルまで含めた広い意味でのシステム構築を種々のロボットでの実現による実例を伴いながら考察研究を行う。

 第1章「序論」では、この観点から日常生活ロボットのシステムを構築するための背景、目的と本論文の全体構成とを述べている。

1 日常生活で近くにいるロボット

 第2章「日常生活におけるロボットの存在形」では、ロボットのいる日常生活の一コマを題材にとり、人とロボットが日常生活で繰り広げるインタラクションの種類やプロトコルについての考察、ロボットボディを通して気軽に教えるインタラクティブラーニングにおける人とロボットのインタラクションとそのプロトコル、教示する対象の種類の分類を行った。また、必要とする能力をコミュニケーション能力、知識獲得能力、タスク能力のそれぞれを分類を行った。

 第3章「対話行動により成長可能なロボット行動システムのデザイン」では、第2章のインタラクションに関する考察を元に、日常生活で一緒にいるロボットに必要な機能をロボットシステムとして実現しするためのアプローチ法について述べた。

 第2章であげたインタラクション可能なロボットシステムに必要な機能は、1)視聴触覚入力を持ちかつ十分な運動能力を有するボディ、2)多種多様なセンサ処理が可能なロボットシステム、3)場のコンテキストに基づくインタラクションシステム、4)拡張可能なロボットの行動記述方式、5)自然な対話型行動獲得のためのプロトコル、6)センサ情報からの必要なデータ抽出と自分の構造の自己再構築、である。

 これを実現するために、まず状況考慮型インタラクションシステムとして1)多種多様なセンサ入力デバイスとよく動くボディ、2)多様な場で適用可能なネットワーク分散型センサ初期処理システム、3)拡張が容易なモジュール化した行動記述、4)人とロボットのインタラクションプロトコルの記述法、5)対話を通して人になじむ機能、を構築し、特に最後の対話を通して人になじむ機能として、1)人とロボットのインタラクションからの必要情報の収集、2)必要データの抽出、3)行動モジュールとインタラクションモジュールヘの変換と適したネットワークへの付加、4)教えられた動きの再利用、ができる自然な対話を通した行動獲得システムを構築する。この方針に従い日常生活ロボットのシステムを構築していく。

2 多種多様なセンサ入力デバイスと十分な運動性能を有するボディ

 人とロボットのインタラクションを実現するためには、まず、人からの働きかけをロボットが知り、かつ、ロボットが反応することができなくてはならない。

 第4章「多様な対話行動が可能なロボットボディの機能設計と実現」では、多種多様なセンサを持ち、インタラクションの出力も行うことのできるロボットボディを、場面に合わせて1)子供と遊べるロボットPremium, 2)全身分布型触覚による密着型インタラクションロボットIgoid, 3)人の存在が認識しこの受け答えができるフレンドリアーティファクトPenguin, 4)視聴触覚を用いたインタラクションと対話を通した行動獲得を行えるKUMA,の4種類の複雑度を持つボディとして実現した。図1にロボットボディの概観を図2にKUMAのハードウェア構成を示す。

 脳とボディを分離し、頭脳部にはPCクラスタを、ボディは軽快に動く形で実現するというリモートブレイン方式をどのロボットも採用している。

 また、人の近くにいる時に重要になる全身分布触覚については、ロボットの全身に分布させることのできるセンサデバイスがなかったため、独自の柔らかいセンサスーツを開発した。導電性の布を積層することでスイッチ構造を作り、柔らかく自由な形に成形できるタッチセンサを実現した。

 これと体内LANを導入し大容量のセンサ情報を取り扱えるようにしたことにより、視聴触覚や、体勢感覚といった多くのセンサ入力を得て、多自由度関節、音声出力といったロボットの出力を制御することができ,インタラクションに適したロボットボディプロトタイプを実現することができた。

3 多様な場に適用できるネットワーク分散型センサ初期処理システム

 第5章「拡張可能な並列分散型マルチモーダル感覚処理システム」において、ネットワーク分散アーキテクチャであるCORBAとモジュール型自律ロボット情報システムBeNetとを併せたBeNet/CORBAというシステムを構築した。このシステムは、Pluginアーキテクチャを適用し、必要な計算処理をBeNet/CORBAモジュールで実装して必要なモジュールを必要なだけ立ち上げて接続することで、データ構造も周期も異なるデータを一括して取り扱うことのできるシステムとなっている。

 これにより多くの計算機パワーを必要とする第4章で述べたロボットの多種類センサ情報を処理することができ、データをネットワークごしにシームレスにやりとりできる機構が実現できる。さらに、バリエーション豊かなロボットボディに対応できるセンサ処理システムとなった。

 図3にBeNet/CORBAのモジュールと分散ネットワーク図を図4にBeNet/CORBAを用いたKUMAの初期処理システムをそれぞれ示す。

4 拡張が容易なモジュール化した行動記述と人とロボットのインタラクションプロトコルの記述法

 第6章「対話行動記述のためのコンテクスト導入と行動表現」では、モジュール構造をインタラクションプロトコルの記述法とロボットの行動記述法を決め、それぞれ記述法に基づくネットワーク型データベースを活用する行動選択及び行動生成システムを構築した。図5、6に行動選択・生成プロセスの流れ図を示す。

 ContextNetの名付けたインタラクションプロトコルネットワークは、センサ解釈法、行動選択ルール、モジュール遷移ルールの3種類のデータを持つモジュールによるネットワーク型データベースとなっている。これにより、場によってセンサ解釈や行動判断基準を変えることができる。

 またStateNetと名付けた行動記述は、ロボットの内界センサ情報をノード、ノードとノードをつなぐロボットの行動をアークとするネットワークであり、ロボットのとりうる状態とその状態間を行動として結ぶというデータベースとなっている。

 この2つのネットワークを持つことにより、場の状況によってセンサ解釈や行動基準がかわることができ、両ネットワークともにモジュール構造であることから次章で述べるインタラクションを通した行動レパートリを容易に獲得できる。

 また、前章と同じく、様々な種類のロボットシステムに対して適用できるように汎用性を高めた。図7にKUMAの場合のContextNetとStateNetとを示す。

5 対話を通した行動・情報知識獲得

 第7章「対話型学習行動の発生機構と対話のプロトコル」において、インタラクションを通して行動獲得するために必要な機能について考察し、それをモジュールに分類すると同時に行動獲得のためのインタラクションプロトコルを組み立て、実際にモジュールとインタラクションプロトコルを実装した、その際、第6章で述べたインタラクションプロトコル記述法に即してLearningContextNetを実装し、対話をしながらロボットの行動記述ネットワーク及びインタラクションプロトコルに新しい行動データを付け加えるシステムを実現した。

 この章で、人からの自然な感覚チャネルを通した対話を通した行動獲得の際のインタラクションプロトコルの代表例を取り出し、必要なセンサデータの抽出法、データのネットワークへの追加法を述べ、テーブルルックアップ方式ではなく、ロボットが自分の行動を組み立てるのに使える形で行動を増やしていくことを実現した。触ったり音声で伝えることによって直感的にわかりやすい形で人から指示を与えられるようにし、また、ロボット側からの情報収集や確認もジェスチャや言葉を通して行う。そして、得られたセンサデータは、人から与えられた言葉によって行動を起こすルールモジュールを現在のContextNetモジュールに書き加える形でレパートリとして増やし、データ自体はStateNet上のセンサ空間距離の近い位置に加えられていく。図8に対話による行動獲得の状態遷移を示す。

 これにより、もしロボット自身に全てを作りこまなくても人が望んだときに手軽に新しい動きを追加していくことができるようになった。

6 人とロボットのインタラクション実験による実証

 第8章「日常生活ロボットの対話行動実験とシステム表現」では、第4章から7章までで述べてきたロボットのハードウェア、基本システム、インタラクション記述及び行動記述を用いて、ハードウェアのところで述べた4種類のロボットに1種類システムを加えて5種類の違った場でのインタラクションシステムを実際に構成し、人とロボットのインタラクション実験を行うことでシステムの有用性を検証した。

 まず、子供と遊ぶという場面をかまきり型ロボットPremiumで実現した。ゲーム、操縦、自律の3つのモードに関して多彩な動きをすることができる。

 次に密着型インタラクションを全身分布型触覚を搭載した子供サイズのロボットIgoidを用いて行った。抱きかかえや、触ることによる注意喚起をすることができた。

 さらに卓上型フレンドリアーティファクトPenguinを用いて部屋の定位置から人を観察し特定の人のいた時間と伝言なども届けられる留守番という場面を実現した。視聴触覚を用いて複数の状況にまたがるインタラクションが可能になった。図9に実験の様子を示す。

 また、視覚と聴覚を持つ受け付けシステムでは、ドアの入り口に設置し、メンバーかどうかによって対応を変える。

 さらに、視聴触覚を持つ全身型ロボットKUMAを用いて、他のロボットで行ってきた視聴触覚対話行動に加えて、対話を通した行動獲得実験を行った。人からの依頼を聞いた時に自分の知らない行動であった時に対話的行動獲得状態へと移り、プロトコルにそってインタラクションが展開される。図10に実験の様子を示す。これにより、対話を通してロボットが新しい行動を獲得したことを示せた。

 この5例により、2章であげた日常生活での行動のうち、コミュニケーションは人がわかり、人からの働きかけを理解しロボット側も適切な反応を返し、さらにアクションに経験を使えることが示せた。また、行動・情報知識獲得に関しては、その場だけの教示からトリガを持った行動として記憶、インデクスを持った情報として記憶できることが示せた。

 これにより、自然なインタラクションを行うためのシステム、また、さらに行動を獲得するシステムとして、人と視聴触覚を通して直接的な意思疎通を行い、行動・動作も直接的な対話によって増やすことができることが示せた。

 そして第9章結論と考察で実システムで日常生活ロボットの対話による成長可能性がどこまで実現できたのか、ということを評価し、本システムの有効性とさらに日常生活ロボットの発展に向けた今後の課題について考察を行った。

図1: 開発したロボット群(左からPremium Igoid Penguin KUMA)

図2: 全身型ロボットKUMAのハードウェア構成図

図3: BeNet/CORBAのユニットと分散ネットワーク概念図

図4: 全身型ロボットKUMAのセンサ初期処理システム

図5: 状況を考慮した行動選択・生成プロセス

図6: 各プロセスの流れ図

図7: 全身型ロボットKUMAの対話プロトコルと行動記述ネットワーク

図8: 対話を通した行動獲得プロトコル

図9: Penguinにおけるインタラクション実験

図10: KUMAにおける対話による行動獲得実験

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は、「対話行動により成長可能な日常生活ロボットのシステム研究」と題し、人によって異なる日常生活で人を支援するロボットには、簡単な言葉を使って指示ができ、必要ならばその場でロボットの身体に直接触れて教え、その人の生活に必要な行動と知識を日々の場面に応じた対話を通して徐々に獲得させてゆける成長型のシステム構成法が重要であると考え、身体構造と利用形態の異なるロボットを複数作り実証的にそのシステム論を展開した研究をまとめたものであり、9章からなる。

 第1章「序論」では、本研究の背景と目的、および本論文の構成について述べてある。第2章「日常生活におけるロボットの存在形」では、日常生活におけるロボットの役割とその存在形態を考え、端末画面を通してプログラムを与えるロボットではなく、ロボットの身体を通した対話を通して行動を増やしてゆける仕組みが、人によって異なる日常生活へ対応可能なロボットにとって必須の能力であるという本研究の基本的立場を示している。日常生活で筆者が存在してほしいと考えているロボットの事例を複数示し、それらに共通となる対話能力、行動・知識獲得能力、獲得行動の実行能力について論じている。

 第3章「対話行動により成長可能なロボット行動システムデザイン」では、日常生活ロボットには、身体を通した直接的な対話が可能となる感覚系、その多様性を実時間で受け入れられる情報処理システム、場面に応じて対話を受け入れられる状況考慮型システム、自然で単純な対話を通した行動獲得システムが重要であると指摘し、本研究で設計し実装しているロボット行動システムの基本デザインについて述べている。

 第4章「多様な対話行動が可能なロボットボディの機能設計と実現」では、人との対話研究のために試作してきた4体のロボットのそれぞれにおいて、その身体実現方法と機能要素について述べている。身体部位に応じた多様な直接接触教示を可能とするために、導電性ファブリックを用いたロボットの全身を覆う触覚センサスーツの実現法、身体サイズと構造に応じた体内プロセッサのネットワークの構成法について示している。

 第5章「拡張可能な並列分散型マルチモーダル感覚処理システム」では、多様な計算機ハードとオペレーティングシステムの違いを吸収し、感覚情報の種類に応じた拡張性を持たせられる感覚処理システムとして、分散オブジェクト機構のひとつであるCORBA機構を基本とした並列処理モジュールのネットワークの形のシステム構成法を示している。個々の感覚処理系を並列処理モジュールのプラグイン形式で記述することにより拡張性を与える方式となっており、試作ロボットすべてのそれぞれにおける個々の感覚処理プラグインの実現方式とその機能実験について述べている。

 第6章「対話行動記述のためのコンテクスト導入と行動表現」では、対話行動はその対話がなされる場面のコンテクストを区別できるシステム構成でなければならないとの考えを示し、ロボットの感覚情報解釈部、次の行動目標を決める判断部、コンテクストを遷移するかどうかの判断部の記述をひとまとめにしたモジュール記述とし、コンテクスト遷移を表すネットワークにより新しい場面の処理を簡単に登録し、追加できるContextNetシステムについて述べている。

 第7章「対話型学習行動の発生機構と対話のプロトコル」では、人との対話の中に現れた教示用言葉や直接接触教示、あるいは、ロボットがそれまでに知らない言葉や教示動作を発見した場面において発動される対話学習行動について述べ、そこでの対話のプロトコルについて述べている。

 第8章「日常生活ロボットの対話行動実験とシステム表現」では、試作したロボットを用いて、操縦や対人ゲームなどの遊びの場、身体を通して教える場、人からのメッセージを覚える場、人を区別して反応する場、料理などの作業時の補助役の場、など試作したロボットごとに行った対話行動処理の実験について述べ、そのすべてについて、身体動作の遷移表現とコンテクスト遷移表現の詳述を行っている。

 第9章「結論と考察」では、各章の内容をまとめ、本研究でなされたシステム研究を総括し、今後行われるべき発展についての考察を行って、本研究の結論を示している。

 以上、これを要するに本論文は、ロボットが日常生活で活躍するために、視聴触覚等の拡張性の高い感覚情報処理システム、多様な日常生活の行動と知識を場面ごとに扱うためのコンテクスト遷移表現、個々の動作や知識を必要に応じて教えてゆける学習型対話行動について、複数台のロボットの試作を通してその構成法と実装法を実証的に示し、あらかじめ想定できない場面においても人との対話を通して行動レパートリーを増やしてゆける成長型の日常生活ロボットのシステム構成論を示したもので、機械工学および情報工学上貢献するところ少なくない。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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