学位論文要旨



No 116046
著者(漢字) 劉,慶
著者(英字)
著者(カナ) リュウ,ケイ
標題(和) 複数センサシステムのための知識に基づくセンシングストラテジに関する研究
標題(洋)
報告番号 116046
報告番号 甲16046
学位授与日 2001.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第4883号
研究科 工学系研究科
専攻 精密機械工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 大園,成夫
 東京大学 助教授 高増,潔
 東京大学 教授 保坂,寛
 東京大学 助教授 湯浅,秀男
 東京大学 教授 矢作,直樹
内容要旨 要旨を表示する

 人間は環境への適応、環境世界の創造を、周囲に存在する個々の個別的対象に対する行動を通して実現するのである。このような一つ一つの個別的対象は本論文では行動の対象と呼ぶことにした。人間にとって、行動の対象に対して行動をする過程においては行動の対象の個別性に関する情報はなくてはならないと言われている。ところが、人間は自身の感覚器官などの生理的な制限で感覚系だけでは必要な情報を十分に獲得することができない場合もある。この場合には、人間はセンサを利用することにより、自身の感覚器官の生理的な制限を克服することができる。センサの利用は単一のセンサにだけではなく、場合によって複数のセンサを利用する必要もある。複数のセンサの利用は、単一のセンサより冗長、相補的で、より低コストの情報を獲得することができるという利点があるが、その有効利用の実現、つまりその利用のストラテジの決定は解決しなければならない問題となっている。この問題は具体的に、以下の三つの問題に分けて考えることができる。

1.どのように複数のセンサを選択すれば良いかという問題

2.どのように複数のセンサを利用して必要な情報を獲得すれば良いかという問題

3.獲得した複数の情報をどのように処理すれば良いかという問題

これらの三つの問題の内、三番目の複数のセンサによって獲得した複数の情報をどのように処理すれば良いかという問題は、センサフュージョンの分野で多く研究されている。これに対して、一番目のどのように複数のセンサを選択すれば良いかという問題、また二番目のどのように複数のセンサを利用して必要な情報を獲得すれば良いかという問題に関する研究は少ない。ところが、複数のセンサの選択も、複数のセンサによる情報の獲得も、複数のセンサによる情報の処理と比べれば、複数のセンサによるセンシングの実現にとって不可欠であり、同様に重要であると言える。複数のセンサによる情報の処理は、複数のセンサの選択と複数のセンサによる情報の獲得によって影響されるので、センシングの実現にとって、複数のセンサの選択と複数のセンサによる情報の獲得に関する研究が最も重要であると言える。

 センサは行動の対象に関する情報の獲得に利用されるので、センサの選択と利用は行動の対象と密接な関係があると言える。したがって、本論文ではまず、唯物論哲学における最も基本的な概念「反映」に基づいて、個別的対象および個別的対象に関する概念間の相互関係を考察した。

 一つ一つの個別的対象は孤立的に存在するのではなく、反映の性質によって他の個別的対象と関係をもって存在するのである。ある個別的対象の個別性は反映の性質によって関係している他の複数の個別的対象によって決定されている。このような個別的対象に対して、人間は認識を通して個別的対象に関する概念を獲得するだけではなく、個別的対象の間における相互関係も認識することができる。これによって、人間が獲得した一る一つの概念は孤立的ではなく、概念の間には相互関係も存在することを示した。概念間の相互関係に基づいて、既知の概念のもとで、その外延に属する個別的対象の個別性を偶有的属性によって表現することができることを示した。

 センサの変換機能と個別的対象との関係を解明するには、さらに反映という概念を利用して、個々のセンサを一つ一つの個別的対象とする視点から、個々のセンサ間、また、個々のセンサと個別的対象との関係を考察した。

 センサとは一つの概念であるので、その外延には個別的対象が存在する。この個別的対象は様々な個別的センサであると言える。この様々な個別的センサは一つ一つの個別的対象であるので、様々な個別的センサ、様々な個別的センサと他の個別的対象の間には、反映の性質による相互関係が存在することを示した。このような様々な個別的センサ、様々な個別的センサと他の個別的対象の間における相互関係もその概念およびその概念間の相互関係に抽象化することができる。その結果、概念の世界ではセンサの変換機能は属性に対応するのであって。属性には階層性があることを示し、これは複数のセンサの利用可能性の証拠であることを指摘した。

 以上の考察に基づいて、複数のセンサを利用する場合、知識に基づいたセンサの選択の戦略を提案し、戦略の決定方法について考察した。

 次に、本論文では、センサは人間によって作られた道具の一つであり、その利用は人間の認識行動の一部であると考えた。この考えに基づいて、複数のセンサの有効利用を達成するために、人間の感覚・人間の認知過程について考察した。

 センサは人間が自身の感覚器官の生理的な制限を克服あるいは低減する目的で創造した道具であり、行動の対象に対して行動をする過程においては感覚器官の機能の拡大あるいは延長として利用されるのである。すなわち、人間は自身の感覚器官の代わりに、道具であるセンサを通して、行動の対象の個別性に関する情報を獲得して、行動の対象に対する行動を実現するのである。道具であるセンサの利用は人間の行動の一部、具体的に言えば、人間によって行動の対象に対して行われた認識行動の一部であると考えた。この考えに基づいて、複数のセンサの利用に関するヒントを得るために、人間の感覚・人間の認知過程を考察した。

 人間は視覚、聴覚、触覚などの複数の感覚器官を持っており、それらを通して外界の情報を獲得している。人間の感覚・人間の認知過程については、哲学の認識論と認知科学の分野では多く議論がなされている。それらを考察することによって、人間の感覚・人間の認知は受動的行動ではなく、能動的行動であることが分かった。詳しく言えば、人間は感覚・認知をするときには、盲目的ではなく、行動の対象に関する知識と行動の対象の個別性に関する情報の獲得知識に基づいて必要な情報を能動的に獲得するのであると言うことが分かった。これによって、複数のセンサの利用にとって知識はなくてはならないと考えて、知識に基づく複数のセンサの利用ストラテジを提案した。次に、提案した知識に基づく複数のセンサの選択および利用ストラテジを用いて、センシングシステムの構成について検討した。

 センシングシステムが直接に人間によって利用される場合には、センサ系(複数のセンサからなる)とセンシング行動系があれば十分であるが、行動の主体として利用される場合には、さらにセンシングのための知識システムが必要であることを指摘し、センシングシステムの構成を論じた。

 さらに、信念という概念の利用を通して、知識に基づく複数のセンサの利用ストラテジを、構成したセンシングシステムによるセンシングモデルに利用して、信念に基づくセンシングモデルの構成を論じた。

 行動の対象に対して行動する過程において、行動の対象の個別性に関する情報がなくてはならないと言われている。ところが、獲得した行動の対象の個別性に関する情報にはほとんど不確実性がある。したがって、行動の過程において、人間は不確実性のある情報に基づいて行動の対象に対して判断を下して、その判断の結果によって行動を決定しているのであると言える。信念は「不確実性のある情報を証拠として下した判断の結果の確実性を表す概念」であるので、信念という概念を、人間(あるいは行動の主体とされるセンシングシステム)が不確実な情報に基づいてセンサの利用を決定するという行動に利用することができると考えた。この考えに基づいて、信念に基づくセンシングモデルを構成した。それに応用例によって知識に基づく複数のセンサの利用ストラテジについてその有効性を検証した。

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は、複数センサを有するセンシングシステムのための、知識に基づくセンシングストラテジの構成について論じたものである。

 対象に対する行動の過程においては、人間にとって対象に関する情報がなくてはならないが、自身の感覚器官などの生理的な制限で感覚系だけでは必要な情報を十分に獲得することができない場合もある。この場合には、センサの利用は必要となり、さらに対象の多様化・複雑化によっては、単一のセンサの利用だけではなく、複数のセンサの利用も必要である。本論文の、知識に基づくセンシングストラテジの複数センサによるセンシングシステム構成法、および、複数センサを有するセンシングシステムのセンシング戦略の決定法の提案は、工学的に重要である。

 本論文の各章ごとの要旨は以下のようである。

 第1章においては、本研究の目的と意義、研究の背景および概要について述べている。

 第2章においては、複数センサの選択ストラテジを構成するため、「反映」概念を利用して、対象間および対象の概念間の相互関係を一般的に考察した。対象は孤立的に存在するのではなく、反映の性質によってそのほかの対象と相互関係をもって存在するのである。ある対象の個別性は、反映の性質によって関係しているそのほかの複数の対象による反映によって決定される。このような対象に対して、人間は、認識を通して対象に関する概念を獲得するだけではなく、対象間における相互関係も抽出することができる。これによって概念は孤立的ではなく、対象間において相互関係も存在することを示した。概念間の相互関係に基づいて、既知の概念のもとで、その外延に属する対象の個別性を複数の偶有的属性によって表現することができることを示した。

 第3章においては、第2章に議論した内容に基づいて、反映という概念を利用して・さらにセンサおよびセンサの変換機能について一般的に考察した。センサは一つの対象であって、反映という性質を持っている。したがって、センサとそのほかの対象(もしくはセンサ)の間において反映の性質による相互関係が存在している。センサとそのほかの対象(もしくはセンサ)およびその間の相互関係に関する考察の結果、概念の世界においては、センサの変換機能は偶有的属性に対応し、階層性があること示した。これは、複数のセンサの利用が可能となる根拠となることを指摘した。

 第4章においては、まず、第2、3章による考察の結果に基づいて、センサの複数利用の必要性を指摘して、偶有的属性によって対象の個別性を表現するための、知識に基づく複数センサの選択ストラテジを提案し、複数センサの決定法について議論した。次に、複数センサの有効的利用を達成するために参考になる、人間の感覚・認識過程を考察した。人間は視覚、聴覚、触覚などの複数の感覚器官を持っており、それらを通して対象の情報を獲得している。人間の感覚・認知過程については、唯物論哲学の認識論と認知科学の分野では多く議論がなされている。それらを考察することによって、人間の感覚・認知は受動的行動ではなく、能動的行動であるといわれている。詳しく言えば、人間は感覚・認知をするときに、盲目的ではなく、対象に関する知識に基づいて必要な情報を能動的に獲得する。センサの利用は、実は人間の認識行動の一部である。したがって、複数のセンサの利用にとって、その有効利用を達成するには、同様に能動的センシングの実現が必要である。このため、知識の利用がなくてはならないと考え、知識に基づく複数センサの利用ストラテジを提案している。

 第5章においては、第4章で提案した知識に基づくセンシングストラテジを用いて、複数のセンサを有するセンシングシステムの構成について検討した。センシングシステムが直接に人間によって利用される場合は、複数センサの有効利用を達成するには、センシング行動系があれば十分であるが、行動の主体として利用される場合は、さらに、センシングのための知識システムが必要であることを指摘して、センシングシステムの構成を論じている。

 第6章においては、さらに、信念という概念をセンシングに導入して、知識に基づく複数センサの利用ストラテジを用いて、信念に基づくセンシングモデルの構成を議論した。対象に対して行動する過程において、人間にとって、対象の情報がなくてはならない。ところが、獲得した対象に関する情報には通常不確実性がある。したがって、対象に対する行動の過程において、人間は不確実性のある情報に基づいて対象に関する判断を下して、その判断結果をもとにして行動を決定しているのであると言える。信念が「不確実な情報を証拠として下した判断の結果の確実性を表す概念」であるので、この概念は、人間あるいは行動の主体とされるセンシングシステムが不確実な情報に基づいてセンシング行動を決定することに利用できると考えた。この考えに基づいて、信念という概念をセンシングに導入して、信念に基づくセンシングモデルを構成している。

 第7章においては、応用例を通して、複数のセンサによるセンシングにおいて、信念に基づくセンシングモデルの有効性を検証している。

 第8章は結論と展望である。

 本論文における成果をまとめると以下のようである。

 反映という概念を利用して、対象間の相互関係を一般的に考察することによって、偶有的属性による対象の個別性に関する表現の知識に基づく複数センサの選択ストラテジを提案した。これによって、複数センサの利用を必要とする場合、センサの選択をもっとも有効的かつ効率的に達成する事が可能となり、センシングシステムの構成に基本的な貢献となる。人間の感覚・認知過程に関する考察によって、知識に基づく複数のセンサの利用ストラテジを提案し、さらに、信念の概念の導入することにより、信念に基づくセンシングモデルを構成する際、センシングストラテジを利用した。これによって、複数センサを用いるセンシングシステムにおいて、複数のセンサが盲目的に利用されるのではなく、信念値のもとで能動的に利用されることになる。これによって、複数のセンサの有効利用が期待できて、センシング時間の短縮、処理すべき情報量の減少、センシングコストの低減などに貢献している。

 複数のセンサを用いるセンシングにおいて、複数のセンサの有効利用を実現するには、まだ残された課題であるが、本研究により為された数々の研究成果は、効率的で有効な、複数のセンサによるセンシングの実現に対する大きな貢献となる。

 よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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